第3章16話 毒を纏っていたとしても
人の心に、土足で入り込んでくる無礼者。
でも、それが何よりも嬉しかった。
10年一人で生きてきたフェウゴ=ヴァサニスにとって、何よりの喜びであった。
土足なんて関係なかった。むしろ、土足でいいから上がってきて欲しかった。
何よりも、一人から救って欲しかったのだ。
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「貴様はここで殺さねばなるまい。弱者を守る盾である貴様を殺せば、後は我の独壇場だ!」
カンピアを結界内に蹴り飛ばし、たった一人残って巨人と相対する。
いつも一人だった。
でも今回は違う。
一人にしてくれない親友を、守るために。
「ボ、ボクが君を倒すよ。」
纏うは闇魔法。その効能は猛毒。
触れるもの、吸うもの、見るもの、その全てを侵す死の魔法。
それはかつて、実の母を殺した魔法。
それはかつて、自らを孤独にした魔法。
それはかつて、最も忌み嫌う魔法。
だが、今はたった一人の親友を守るための力。
「蟒蛇」
毒液で作られた大蛇が、巨人を飲み込まんと口を広げる。
大きく大きく開けたその口は、主であるフェウゴの何倍もある巨人を丸呑みできそうであった。
「全ての弱者を痛ぶるために、もっと熱を上げるぞ!!炎の巨人拳!!」
炎の拳が毒蛇を蒸発させる。しかし、毒液を蒸発させたとしても、その蒸気は毒である。
さらに悪いことに、温かい空気というものは上昇する。
熱によって毒を蒸発させ続ける限り、巨人族であるロドスの方が遥かに毒を吸い続ける。
「厄介極まりない!!」
炎の拳が、何度も何度もフェウゴを襲う。
しかし、毒の盾が熱を防ぎ、蒸発し、上昇する。
「瘴気旋風」
上昇した毒ガスが、フェウゴの一振りでロドスの方に押し付けられる。
一切合切、全ての毒ガスは一体化してロドスに付き纏い、正常なる空気はもはやそこにはない。
「甘いな、小僧。」
毒のおおよそは、100度熱せば死ぬ。
もちろん、複雑に構成されている毒はその限りではないが、フェウゴの毒は未だ完全なものではない。
一度触れれば死ぬような毒を構成することももちろんできる。しかし、過去のトラウマが完全に死んでいるわけではないフェウゴからすれば、そんな毒を構成することなどできはしない。
「お前の毒は、確かに強い。しかしその構成自体は複雑ではないな。なぜなら我はまだ吐血にすら至っていない。」
その言葉を確かに聞いたヒミアは、ゾッとした。
本当にこの巨人はーー
「異常だ。あり得ない。あいつ、自分の体で実験しやがった。」
「ヒミア先生!早く結界を開けるのである!フェウゴが・・・!!」
「悪いがそれはできないよ。彼の魔法は危険だ。結界を展開し続けなければいけない僕は今治療ができない故に、毒に侵されたとしても何もできない。」
「なら私だけでもーーー」
「ダメだ。友ならば信じなさい。」
「友だからこそ!!隣で立っていたいのである!!」
「その気持ちは、戦場では要らないよ。能力のあるものが戦うべきだ。はっきり言って今の君は足手纏いに他ならない。」
「それでも私はーーー」
「おい!!何をしている!!」
カンピアの背後から、誰かが何かを叫ぶ。
「さっさとその巨人を倒せ!!そいつも投入しろ!!」
「そうよ!何をしているの!凡人風情が何を結界内にいるの!」
「その巨人を殺しなさい!」
カンピアは、その目で見て、その耳で聞き、全てを疑った。
何を言っているのか、さっぱりわからなかった。
「そこの間抜けな緑と黒の気持ちの悪い配色の髪色の男!さっさとあの巨人に向かって行きなさい!何をボーッとしているの!」
「そもそも穢らわしい凡人が、何を結界内にいるのか。」
アナトリカ王国の十大貴族であることなど、どうでもよかった。昔なら、多少なりとも凡人という言葉に反論していたが、もはやそんなことどうでもよかった。
だが、ついに聞きづてのならない言葉が聞こえてしまった。
「あの毒のやつも気持ちの悪い・・・絶対に結界に入れないでちょうだい!」
何を、言ってるのであろうか。
このゴミは、何を言ってーーー
「カンピアくん!落ち着きなさい!」
「貴様らは、自ら戦うことすらも忘れたのか。」
「カンピアくん!!」
「貴様らの国ではないのか!!なぜ、ディコス王朝の民でもないフェウゴが、必死に戦っているのに、貴様らに侮蔑の言葉を投げられなければならない!」
「何を言っているのか。我々の富と名誉は世界のためにある。他国であろうがなんだろうが、我らのディコスを守るのは凡人の役割であろう。」
「貴様らは、戦いもせず、ただのうのうと暮らしてきた。何もかもを亜人のせい、『魔道王』のせい、『戦争』のせい、果てまでは世界のせい。」
「我らは遥かなる世界大戦のーーー」
「やかましい!!」
カンピア=ミルメクスの、魂の叫び。
彼だけが、唯一富を持つものに対抗できる。
なぜならば、彼はミルメクス家だからだ。
商人の家系として、アナトリカ王国の十大貴族にまで上り詰めた天才たちの家系。
彼だけが唯一、富と権力について反論できる。
「ミルメクス家の嫡男として、私が貴様らの全てを否定する。」
「ミルメクスだと・・・」
「アナトリカの商人か・・・」
「富とは、民なくしてあり得ない!!貴様らの肥えた富は、全て民のためにある!国のためでもない、世界のためでもない、富とは、民から承ったものであり、民のためにあるものだ!!」
『富は民のため』ーーミルメクス家の御法度である。
アナトリカ王国にその身命の全てを捧げ、王に民のためにあらんとせよという命を、何代にも渡り全うしてきた。
彼の言葉が、実際にディコスの貴族に響いたのかなんてことはわからない。
だが、その言葉が、実際に彼らを黙らせた。
「フェウゴのために、動かなくては。」
あの日、私がフェウゴに話しかけたのは、偶然なんかじゃない。
私は、ずっと友達になりたかったのである。
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結界の外。もはや、結界内からは毒霧の濃厚さによって、あまり見えなくなっているだろう。
だが、声だけはしっかりと聞こえる。
カンピアは、ずっとボクと戦おうとしてくれている。
「そ、その事実だけで僕は戦える。」
すでにフェウゴの毒は、敵を殺すための毒へと進化を遂げている。
だが、相手の巨人は未だ毒が回りきっていない。
「貴様の毒はぬるい。相手を殺そうとする意思がない。」
そう言っているロドスは、常に熱をまとい、遥かに過激な熱消毒をしている。
そして、相対するフェウゴもまた、かなりの息切れを起こしている。
「貴様の毒は確かに我を蝕んでいる。熱消毒とは言っても、それには限りがあり、貴様の毒の効力も徐々に上がっている。だが、我の熱も辛かろう?」
暑さが、フェウゴの呼吸を苦しめる。もはやここが何度あるのか知らない。
フェウゴは既に毒による被膜で、熱を直接吸収しないように整えている。だが、それすらも貫通するほどの熱気がある。
「もはやこれは、我の全身に毒が回るのが先か、貴様が熱に倒れるかの戦いだ。」
そしてもし、そんな勝負になっているのだとしたら、フェウゴに勝ち目などない。
この巨人は、痛みなどないのだから。苦しいなど、ないのだから。
「さて、時間はかけたくないからな。さらに熱を上げていくぞ!」
燃え盛る炎。上がる熱。切れる呼吸。
苦しい、苦しい、苦しい、怖い。
でも何よりも怖いのは、たった一人の親友がいなくなってしまうこと。
「胞子」
毒の粉末が舞い散る。
その上に、
「黒不浄」
そこら中に浮遊している猛毒を一挙に集める。
今まで発動した猛毒を、一斉に混ぜ合わせ、一つの毒として注ぐ。
「こ、この毒は複雑に絡み合って、一つの強い毒を生み出す。そ、それを喰らえば、い、いくら巨人といえども死にいたる。」
「やはり貴様は異常な魔法だ。この世界のどこを探したとしても、そのような理不尽な魔法はあるまい。貴様すらも、毒に侵されていなければ成り立たぬ魔法だ。」
「ボ、ボクは既に縛りを得ている。」
この巨人には知る由も無い。
何せ、この事実は家族も知り得ない。ただ一人、世界でただ一人だけが知っている。
『親殺し』の代償である。
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「ボ、ボクと友達に?」
記念パーティーの隅っこで、カンピア=ミルメクスとフェウゴ=ヴァサニスは出会った。
「うむ、私と友達になって欲しい。」
「ど、どうして、ボ、ボクなんかと・・・?」
「だって、君は一人じゃないか。」
「・・・そ、そうだよ。だ、だから関わらないほうがいい。」
「どうして?」
「ボ、ボクがなんて呼ばれているのか知らないの?」
「・・・知っているのである。」
「お、『親殺し』だよ。そ、そんな人と友達になりたいわけがないでしょ?」
「関係ないのである。」
「す、少なくとも、ボ、ボクにはあるよ。ま、また、だ、誰かに触れたら死んでしまうかもしれない。」
「私は死なないのである。それに、商人の家系の私がその情報を知らないわけないのである。」
「な、なら、は、離れてよ。き、危険だから。」
「嫌である。私の富は民のためである。私は、君を救いにきたのである。」
「す、救いに?」
「そうである!私は、いつか私の力で世界を救うのである!今はまだ、家系としての富の力しかないのであるが、いつかは自分の力で成し遂げるのである!」
「そ、それで?」
「そのための第一歩として、私は君の友達になりたいのである!」
「ぎ、義務感で友達になるの?」
「義務感とは失礼な。私は、君と友達になりたかったのである。ずっと。」
「ど、どうして?」
「だって君は、誰よりも優しいじゃないか。」
その日、土足で心に上がり込んできたカンピア=ミルメクスは、あまりにも無礼で、あまりにも優しかった。
そんな彼が、自分のことを優しいと言ってくれた。
あぁ、彼に報いたい。
カンピアと、共にいたい。
「ボ、ボクの毒は、お、『親殺し』の罪によって自らに一切の効果をなさない。そして、効果をなさない範囲は既に広がっている。」
あの日、フェウゴが自らの母を殺した日、世界は彼に呪いと祝福をかけた。
彼は最も愛する家族から見放されるが、彼を信じるものたち全てを守る。
知らず知らずのうちに、母親の命をかけた縛り。
それが、フェウゴが毒の一切を受け付けない理由であり、そしてーー
「ボ、ボクの親友にも、そ、それは影響する。」
ロドスは、油断していた。
一対一だと、いつからそう思っていたのだろうか。
「来たぞ!!フェウゴ!!」
最初から、彼らは二人で一つなのだ。




