第3章13話 黄金都市にて
王都内。
王都の中は、確かに混乱に満ちていた。
だが、決して騒然としているわけではない。
周囲の建物は崩れ、華やかしい黄金都市は瓦礫の見える都市へと変わっていった。
そして、その建物から何かがない。普段より見窄らしいはずなのに、黄金はむしろ輝かしく見えた。
なぜならば、影がないから。
黒のない黄金は、輝かしく見えたのだ。
その瓦礫の上に、何か黒いものが蠢く。
鳥の影のような、何かが都市を巡る。
「僕の仕事は、君をこの場に留まらせること。どこの戦場にも行けず、僕だけの相手をすること。」
天から、鳥の影の主人が語りかける。
見るも無惨になった、黄金都市に佇むたった一人の騎士に向かって、その言葉を吐いたのだ。
「君が動けば、この都市内での勝敗は決まっているようなものだ。まぁ、君もタダでは済まないけどね。」
たった一人の騎士『大将軍』エナリオス=スニオンは、黙して天にめがけて高圧力の水魔法を放ち続ける。
それを悠々と避け、煽る。
「無理無理、風魔法に自慢の翼。僕を撃ち下ろせる人間なんていない。」
空を舞う『彗星』バビロンーーこの世界の亜人の中でも一際希少種である鳥人族である。
空を舞い、優雅に大地を転々として生活する鳥人族だが、その中でも風魔法を持って生まれてくる鳥人族は珍しい。
鳥人族と言っても、人の形をしており、その質量があるかぎりいくら鳥人族とはいえ長く空中に滞在することはできない。
風を読み、乗ってこそ、彼らは長時間空中にいることができる。唯一、風魔法なしで空中を闊歩できる種族なのだ。
その中で、風魔法を持って生まれたバビロンはエリートである。
革命軍幹部第2席の座を与えられ、任せられる仕事はどれも失敗を許されない大事なものばかりである。
それは今もそうだ。このディコス王朝騎士最強の『大将軍』エナリオスを相手取って時間を稼ぐ。
「だけど、思った以上に簡単そうかな?」
生き物のように水を扱うが、高い高度を保ち、優雅に回避する。
魔法は、距離が遠ければ遠いほどその正確さを失う。それが、バビロンが魔法に捕まらない理由である。
「立ち止まってる場合?」
そして、バビロンを相手取るのに最も厄介なのは、彼の攻撃である。
はるか上空から落とされる風の隕石が降ってきたかのような一撃。
それが、何度も何度も落ちてくる。
さらに言えば、バビロンは上空を滑空していて、こちらの手の届かない場所から落としてくる。
その理不尽さは、まるで手の届きようのない遥か彼方の『彗星』のようである。
それが、彼の異名となった。
そしてその威力もさながら、『彗星』と呼ぶに相応しい威力であった。
エナリオスに向かって放たれた風魔法を、幾重にも重ねた水の盾で防ぐ。
しかし、その威力は高く、三枚ほど高圧の水の盾を貫通した。たった一撃で。
それが少しの溜めで放たれるのだ。地上にいたら致命的になるかもしれないその溜めによる隙も、空中では意味をなさない。
つまり、バビロンの魔法には隙という縛りによる威力向上がし放題なのだ。
水の盾が全て貫通され、エナリオス自身が三叉槍を振るうにまで至る。
それは、一般的な魔法使いはもはや魔法で防ぐ術はないことの証明であった。何せ相手が『大将軍』であるためだ。
「ほらほら、反撃はしてこないのかい?」
煽る。煽る。
誰も手の届かない安全圏から、ただ理不尽に攻撃をする。
「あー、そっちはダメだよ。」
城の方へ避けようとして、バビロンが道を防ぐように風の弾丸を放つ。
それらを全て避けるが、城へは遠い。
「僕を無視しないでよ。そっちにいったところで、今更救えないよ・・・あぁ、でもなんか頑張ってるね。主君の分身体もまだ一人も城に辿り着けてないのか。でも時間の問題かな。」
「・・・それはお互い様だろう。」
「何?僕をそんなに早く仕留める気でいるの?偉そうだね、君がいくら強くとも攻撃は届かないのに。」
「貴様もそうだが、あの影どもだ。」
「影どもだと?」
「ダスカロイはすでにたどり着いたようだ。」
「なぜそんなことがわかる。」
「貴様に教えてやる義理はない。」
瞬間、大量の水が噴水の如く空に舞う。
水滴がいくつかバビロンにつく。
「まずい・・・!!」
「串坐せ。」
バビロンについた水滴は、質量をもち、水の槍となってバビロンの体内を刺す。
水滴は、周囲の空気の目に見えないほどの水を吸収して質量を保つ。それが、槍を作り出す質量を持ったのだ。
「ッッッ危な!!」
水の槍は確かにバビロンに傷を与えたが、それは羽にまでは及ばなかった。そして瞬時に風で水滴を吹き飛ばし、上空高くに避難するのは流石であった。
少し近づきすぎたようだ。
もっと高く飛ばないと。そう思い、バビロンは高度をあげる。
もはや人の手では届きえない場所。
結界で上限が決まっているとはいえ、もはや魔法なしではバビロンには届きえない。強力な遠距離魔法に特化したものでなければ、攻撃を与えることも出来ない。
いや、少し違う。
バビロンもまた、強力な遠距離魔法に特化した者なのだから。
バビロンが上空に上がる猶予で、エナリオスは城へと近づく。城を囲む不躾な影を殲滅するために。
キノニア=ディマルは確かに優秀だが、あれは時間稼ぎを前提にしている。いつか必ず破られる。
そも、この都市を守るのは自分の役目。自分に与えられた、役割を果たさねばならない。
それが、守り手たる自らの血の使命なのだから。
「行かせないよ?」
空から、隕石の如き落下速度で空気の砲弾が落ちてくる。重力加速度により、投げ下ろされる風魔法は威力・スピード共に強力であった。
長年戦場にいながら、1人の幹部も仕留められなかったのはバビロンあってこそだと、再認識した。
上空からの援護基い、当たればタダでは済まない攻撃に、イラついた思い出もある。
「今度は、都市内に乗り込んでくるとは・・・」
城の付近まで、たどり着けさえすれば、この鬱陶しい鳥を落とす。
それが、守り手としての最善手。
だが、既にキノニアの防風は、ある者たちに突破されていた事実を、彼は知らない。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
キノニア=ディマルは、もう侵入者を作らないように必死であった。
自らの防風が、あの獣にいとも容易く突破されてしまったことが、心底腹立たしい。
だからこそ、もうこの全ての影を中に入れるわけにはいかなかった。
まだ、間に合う。だが、影を入れてしまえば、敗北する。
だが、そんなに現実は甘くない。いくらこの影が遠隔操作され、その一体一体は大した力を持っていないとはいえ、あまりに数が多い。正に数の暴力である。 この防風は、既に突破されつつあった。
故に、キノニアは今ここでその判断をする。
「防風以外の、あらゆる魔法を自らに禁じる。」
攻撃手段を失う強力な縛り。それによる魔法効果の向上。さらにーーー
「 風はあらゆるものを阻み、風はあらゆるものを切り裂く。畏れ多くも近付く者に、呼吸すら忘れさせる程の旋風を。侵入する者に、平穏を忘れさせる程の烈風を。其は、風の護り手なり。其は、風の使いなり。其は、風の神の大志なり。 」
既に発動している魔法の後追い詠唱。
それによる圧倒的な効果の向上。
そして、再び唱えられる防風の魔法。
「風雅の社」
そこは風神の坐す社。何人たりとも、その社に立ち入ることすら許されない。
キノニア=ディマルを、殺す以外に、侵入の手段は無い。
「外は任せなさい。中は、頼んだわよ。あんたは、ギュムズが認めた亜人なのよ。」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『大将軍』エナリオスと、キノニア先生の防風を突破し、獣はただ進む。
夢にまで見た、元凶との再開を目指して。
『暴獣』ギザは、その歩みを止めることは無い。
何か、煩わしい同族が何度も道を防ぎに来るが、大したことは無い。その一切を重力で押し潰し、何事も無かったかのように突き進む。
ーーーそれが出来たら、今頃この国の王の首を噛みちぎっているだろう。
「邪魔くせェ!!どけやがれェ!!」
「どくわけが無いだろう!!」
ギザの重力魔法は、すでに宮殿の部屋をいくつも破壊し、今彼らのいる場所はいくつもの部屋の壁が壊され、1つのだだっ広い部屋のようになっている。
何度も何度も、目の前の亜人を推し潰そうと必死になる。だが、それは叶わない。
亜人ミューズ=ロダだけが唯一、彼の天敵となっているのだから。
こうして、王都での戦場は過激さを増す。
まず最初に崩れるのは、どこだろうか。
足音が鳴る。
重い足取りだ。
それは、決して深手を負っている訳でもない。
ただの質量にほかならない。
弱者の匂いがする方へ、その太くて堅い足を、1歩1歩進める。
「早く、弱者をいたぶらねばな。」
『虐像』ロドスは、既に宮殿内に侵入していた。
『暴獣』の跡を追いかけてーーー




