第3章12話 思い思われ、邂逅は果たされる
「だあれ?」
900年ぶりにきく誰かの声に、眠れる少女は耳を傾けた。
自分を目覚めさせた人なのかもと、そのような期待はなかった。
だけど、絶対に自分を目覚めさせた人と関係があると確信していた。
ここはどこで、彼はどこにいるのか。
瞬間、檻が揺れる音がする。
部屋の端の机に、雑に置かれた檻の中に、何かがいる。
「そこにいるの?」
檻の中をよく見る。
そしてーー
「妖精さん?」
彼女には、見えるのだ。
「私のことが見えるのね。それは未だ『戦争』としての役割を果たすためなのかしら。」
妖精さんとやらは、驚くこともしなかった。
本来ならば、見えるはずのない自分の姿を、はっきりと視認する彼女に。
「『戦争』?役割?なんの・・・いや、そうね、そういうことなのね。」
精霊の言葉は、その一切を信用できた。
なぜかはわからない、自分の中の何かが強くそう主張した。
自分には、大きな役割がある。
それは、長い眠りの中で与えられたもの。それはきっと、彼の中に目覚めた何かに影響されたもの。
「ねえ、妖精さん。」
「できれば精霊と呼んでくれるかしら。」
「ねえ、精霊さん。」
「何かしら。」
「私は、『厄災』なんだね。」
精霊は驚いた。たった一言で、自らの世界の立ち位置を理解したのだ。
そしてそれはーー
「悲しいことだって、そう思ってるの?精霊さん。」
「悲しいわよ、900年ぶりに目覚めた少女が、世界の敵として目覚めるなんて。」
「そんなことないよ、だって私たちは、『厄災』なんでしょ?」
「・・・そう、あなたは目覚めたばかりなのに、『厄災』が何かを知っているのね。」
「誰かがね、私に何かを伝えたがているの。でも、それに私は耳を傾けなかったけど、お兄ちゃんは耳を傾けてしまった。」
「・・・あなたは、強いのね。」
「ううん、そうじゃないわ。お兄ちゃんが、とても優しかっただけだよ。」
世界は、何も知らない。
きっと、『厄災』がなんたるかを知っているのは、中央の『使徒』だけだろう。こんなに知られていないのは誰かの情報操作の所為に他ならないが、それもあの白髪の魔術師の所為だろう。彼なら『厄災』の正体を世界に伝えないだろう。
「精霊さん、悲しい顔しないで。」
「ごめんなさい、でも、あなたたちは大丈夫。」
「・・・?」
「あの子があなたたちを救ってくれる。あの子は、あなたたちを絶対に見捨てないから。」
精霊セアは、なんとも悲しい目をして、900年眠っていた少女ーーアルテミア=ボラデルカを強く見つめた。
アルテミアは、優しい目で見つめ返し、たった一人の兄を想った。
魂を分けた兄弟ーー『戦争』アーロン=マギア=ボラデルカを。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ねぇ、君はどうしてーーー
陽光届かぬ地下に、明るすぎるほどの光が入る。
その光には触れたら火傷をしてしまうほどに強い光だった。
「地下でそんな炎魔法なんて使ってしまったら、酸素が薄くなっちゃうわ。」
「大丈夫だ、地下の扉は開けてきたし、この地下には空気が循環するように作られてんだろ?」
「あら、勉強熱心なのね。」
「さっき教えてもらった、リアに。」
炎が威力を増し、形が整えられ、敵を傷つける。
イロアスの炎魔法は、水魔法と同様に進化を遂げている。
「素晴らしいわね、さすが主君との戦いを生きただけあるわ。」
水魔法で鍛えられた繊細な魔法捌きに、威力を拡散しないように形を丁寧に整える。
炎槍は、見違えるように鋭さを増して放たれた。
「あら、怖い。」
背負っている大刀を両手で握り、放たれた炎槍に向かって斬撃を放つ。
放たれた魔法は真っ二つにはならず、その勢いが落ちていく。
「あんたの権能はすでに共有されている。」
「そうだね、ギオーサ先生が頑張ったんだから、私の権能くらいは把握しとかないと。」
「概念の切断。あんたは本来の大刀の物理を斬る力と、概念を切る力がある。つまり、実質あんたに斬れない物はない。」
今魔法は届きすらしなかった。
それはつまり、魔法がリディアに向かって放たれる運動エネルギーを斬ったということ。
思った以上に厄介極まりない。
「ねぇ、君はどうして・・・」
リディアは何かを言いかけて、続きを言紡ぐのをやめた。
そして徐に大刀を握り、イロアスに向かって振るう。イロアスは大袈裟にそれを回避した。
ギオーサ先生は口を斬られる前に、教師陣にできる限りの情報を落とした。そしてそれをキノニア先生がさらに情報を落とした。
部位を切られれば、その機能を殺される。
大袈裟にでも避けなければ、立って戦うこともできなくなる。
斬撃の直線上に立ってはいけないというなんとも戦いづらい。
普通なら少しよければ反撃に転じれるが、大袈裟に避けなければならない故に反撃になかなか転じれない。
だけど、何かしらの違和感だけはある。
それが、彼女を倒す鍵になる。
そしてイロアスは違和感が生む隙があれば炎・水魔法で攻撃に転じる。
それをリディアは炎・水の効能ごと切り伏せる。
・・・私はどうして、君に何かを、期待してしまうのだろうか。
君ならもしかしてと、どうしてそう思ってしまうのだろうか。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
場所は移り変わり、そこは王都のど真ん中。
その宮殿の一番上に、全てを覗き見て宮殿を守護するものが一人。
「さすがに、数が多すぎるわね。」
実態のない影を何度切り刻んだことだろうか。キノニアの風魔法が宮殿を包み初めてからもう何体の影が地面に沈んでいっただろうか。
「無駄なあがきはよせ。」
「この国が滅ぶのは確定事項だ。」
「お前一人では守りきれん。」
騒々しい影が幾度となく宮殿を包む竜巻に攻撃を仕掛ける。
影たちは中を突破し、何かを奪うつもりもない。この国の全てが攻撃対象であるが故に、その攻撃力はあまりに高い。周囲を巻き込むことも厭わない圧倒的な暴力に、キノニアは既に消耗し切ってきた。
キノニアが守り始めてから時間でいうと実に10分強。
たかだかそれだけの時間だが、それは今この国で最も必要な時間であった。
「あんたの本体が、こんな影を生み出す余裕もない時がくる。それまでの時間稼ぎでいい。」
「そんな時はこない。もう既に、風穴が空くぞ。」
「それはないわ。」
それは、信頼である。
彼なら、今の彼なら、全ての決着をつけれるだろう。見方も敵も、もはや彼が道化とは思わない。
「ディコス王朝を滅びに導くのはあなたかもしれないけど、この国最強がそれをさせないわよ。」
影たちの動きが、鈍くなっていくのを感じる。
それはーーー
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
リディアとイロアスの戦いが始まった時、そのさらに地下で、奇しくも邂逅を遂げた者たちがいる。
女神なき時代となってから実に千年。
この時代の中で、『厄災』と『使徒』が一対一で雌雄を決する場などなかった。
それほどにまで、この時代は停滞していたのだ。
だが、たった一人の少年が、『魔導王』の業を一緒に苦悩し、奔走し、共にあった。
たった一人の少年が、必死に『戦争』を救おうと迷走した。
それが、この戦いのきっかけなのかもしれない。
たった一人の、『光の子』が見せた奇跡。
「ようやく、君と二人きりだ。」
地下五階。その場所は、決起集会が行われるかの如く、ただっぴろい空間がある。そしてその最奥に、座して待っていた男がいた。
「さぁ、始めようか、アーロン。君とボックたちの因縁の全てに、決着をつけよう。」
「・・・その名を語るな。俺は『戦争』マギアだ。」




