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誰もが愛を求めている  作者: 天邪鬼(あまじゃき)
第3章  双生と哀獣の戦場
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第3章7話  愚者は再び迷宮へと




 この国に来てから、イロアスは悩んだ。


 何が正しく、何が間違っていて、誰を救えばいいのか。




 世界が認める大国ディコス王朝。

 煌めかせる黄金が、本来美しいと崇められる黄金が、鈍く見えるほどこの国の闇は深い。


 亜人を救いたいと、そう願うイロアスからすればこの国は敵に等しいほど残酷に亜人を差別している。

 だが、それでもこの国なくして『厄災』と戦うことは叶わない。


 この国にはそれほどの力があるのだ。


 『大将軍』エナリオスに、『魔導王』ダスカロイ=フィラウティア。

 失ってはいけない大きな力を持った人がいる。


 この国も、救わねばならない。




 だが、この国が亜人差別を進ませているのは確かである。そんなことは許されない。


 それは、親友である亜人ミューズ=ロダの夢である亜人差別をなくすこと。

 その全てに反する。


 だから彼は、この国を憂いた。

 しかしそれは、憂いであって、怒りではなかった。


 それはイロアスにとってあまりに悲痛なものだった。

 怒りではなく、ミューズが全てを背負って戦うと、そう彼は思っているのだ。


 ミューズも、救わなければならない。




 そんな中、亜人に手を差し伸べる男がいる。


 その男は、この国を憎み、たった一人の妹を助けに、900年もの間戦い続けた男。

 『戦争』と呼ばれ、『七つの厄災』の一翼にまで数えられる男。


 学校に攻め込み、国を憎んで全てを影に沈めようとする『厄災』。

 だが、心に刻まれた痛みは、900年もの間蝕み続けた。


 『戦争』マギアもまた、救わねばならない。




 この戦いで、彼女は敵に回った。


 いや、初めから敵だったのだ。


 だけど、同じ授業を受け、同じ飯を喰らい、同じ宿に泊まった。

 同じ危機も乗り越え、騎士団に入ったのだ。


 彼女は心から敵対しているのだろうか。

 殺そうと、しているのだろうか。


 きっと、そうではない。そんなはずはない。


 サンもまた、救わなければならない。




 魔法学校フィラウティア。そこにある禁忌の塔に、彼女はいた。


 スコレー=フィラウティアーー初代『魔導王』である彼女は、記憶を見せてきた。


 それは、『使徒』としてありうべからざる業。それを、代々『魔導王』は継いできたのだ。

 単にそれを背負ってしまった当代『魔導王』ダスカロイ=フィラウティア。


 彼もまた、救わねばならない。




 救わなければならないものが、イロアス一人ではどうしようもないほど、複雑に絡み合っている。


 一度はミューズを救うことに決めた。

 なぜなら、ミューズを救うことは亜人を救うことだから。


 それ即ちこの国の澱みを救うこと。

 亜人戦争の最たる理由である差別の撤廃に大きくつながること。


 そして、イロアスの英雄への道に繋がる。


 だが、『戦争』マギアと対面し、元々悩んでいた『厄災』の見方が大きく変わった。


 彼はただ、愛する妹を奪われた被害者であった。

 この国を、『魔導王』を憎むにたる被害があった。


 だからこそ、彼が『厄災』と呼ばれ、彼が『戦争』と呼ばれ、世界の敵と呼ばれ。

 それが、イロアスには耐えられない。


 逆もまた然り。


 かつてありし『魔導王』の姿は、断じて『使徒』たるものではなかった。

 その業を受け継ぎ、迷いあぐねいたダスカロイ=フィラウティアの姿も、イロアスには見るに耐えかねた。


 英雄願望を持ち、その覇道を進むと決めた。

 全てを救うと、その愚道を進むと決めた。


 だからこそ、この戦いを通じて、


 イロアスは再び思考し迷い込む。

 出口などない迷宮へと。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 「イロアスくん、僕はこの国でやるべきことを決めた。」


 城のあるバルコニー。

 その場所からは、この街がよく見えた。


 時はすでに夜中。

 会議からすでに何時間も経過している。


 本来ならば見えるはずの星々も、この都市が発する黄金の輝きによって見えない。


 疎ましく思う、その顔で、亜人ミューズ=ロダは夜空を眺める。


 「僕はね、亜人差別をなくしたい。そのためにいっぱい考えたんだ。この亜人差別を推奨するような国でできることを。他の亜人を助ける方法を。」


 ミューズは、イロアスを見て、指をさす。


 「僕は君と同じ『英雄』になる。そのために、まずはこの国を救う。」


 「・・・この国は、亜人を差別している。だけど、敵は亜人を救っている。」


 「そうだね。亜人である僕がこの国を救うのは間違っているのかもね。」


 「間違っているとは思わない。だけど、なぁミューズ、どうしてこの国を救うんだ?」


 しばしの沈黙。

 その末に、ミューズは笑った。


 「君がこの国を救おうとしているからだよ。」


 その答えは、イロアスにはよくわからなかった。


 「わかんないみたいな顔じゃないか。ならはっきりさせておこう。僕はね、君の味方だ。」


 その答えは、イロアスの知らない答えだった。

 考えて、考えて、その末に悩んでいるイロアスの答えとは違う。


 「僕は亜人で、その差別をなくしたいことは変わらない。だから、君がいなきゃ僕は向こうに靡いていたかもしれない。それくらい、この国で起きている惨劇は僕には絶望的だ。でも、君がいる。」


 イロアスは、全てを救いたい。

 だからこそ、彼は他者よりも何倍も悩みこむ。


 「君は全てを救おうとしている。君なら、全てを救えるかもしれない。たとえ救えなくとも、たとえ君の手からこぼれ落ちることがあっても、君は救おうと足掻いてみせる。それを僕は全力で信用する。君を信じている。」


 「君がまた悩んでいることは知っている。僕を救おうとしていることも、『魔導王』を救おうとしていることも、亜人を救おうとしていることも、サンも救おうとしていることも、ましてや、『戦争』ですら救おうとしている。」


 「それを、僕は友として誇りに思う。君は誰にでも優しく、誰をも想い、誰をも救おうとする。だから僕は君を信じる。君がそうする限り、僕は君を信じる。だって僕は既に君に救われているからね。」


 ミューズは亜人を救いたい。亜人差別をなくしたい。

 きっと、同じくらい悩んでいるのだろうと、そう思っていた。


 だけど違う。


 悩みはあるのだろう。

 でも、その行動には一点の曇りもない。


 その曇りを晴らした存在が自分だという。


 「イロアス、アタシもあんたの味方よ。あんたが、アタシを救ってくれたように、アタシもあんたを救う。」


 ミューズと同じ目で、リア=プラグマはイロアスを見ている。

 彼女もまた、サンと一対一で対峙して、多くのことを思っている。


 だけど、彼女もまた、行動に迷いはない。


 「どうしてお前らは、何も迷わないんだ。」


 迷宮は、奥深くに続いている。

 迷い、迷い、迷い続けたその先にーー


 「一回、倒しちゃえばいいのよ。」


 迷宮の最奥には、何もない。


 答えは意外とすぐ近くにあるものだ。

 それは、見つけられないかもしれない。


 迷宮の魅力に取り憑かれたものには見えない。


 「イロアスくん、君は悩みすぎなんだ。僕らにも分けておくれよ、その重荷を。」


 イロアスは既に一杯一杯であった。

 その言葉が、どれだけ彼を救うことになるのか。


 「なぁミューズ、俺は全部救いたいんだ。」


 「そうかい。なら、救いたい人と向き合うしかない。だからこそまずは今始まる戦いに向き合わないと。」


 「その件なんだけど、サンはアタシに任せてくれないかしら。」


 「僕からも、亜人差別は一旦任せてくれないか。話さなければならない奴がいるんだ。」


 「・・・じゃあ、俺は『戦争』マギアと『魔導王』だ。」


 イロアスは、バルコニーから見える堕ちた学校を見る。

 きっと、いまだ彼女の手のひらで転がされていたのかもしれない。


 だが、愚者は迷宮から上がりでた。


 二人の友のおかげで。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 「あーあ、私のかけたまじないが解かれてしまったか。」


 随分と荒らされた跡がある。

 棚に綺麗にしまわれていた本は、荒々しく空中に放り投げられていた。


 「しかし権能を使ったのに、彼に振り解く力があったのか。それとも、魂だけとなったこの身では限界があるのかな。面白いな本当に。」


 「何も面白くありません。彼はあなたの操り人形ではない。」


 禁忌の塔。今やその存在は会議で公にされた。

 だが、中に入り、その塔主と対等に会話できる人間はただ一人。


 「ダスカロイ、君は魂だけとなった私に人道を説きにきたのかい?」


 「いいえ、あなたに宣言をしにきました。」


 「ほう、何かな?」


 「この塔の門を閉じます。もうあなたは、生者の国と関わらないでいただく。」


 それは、千年続いた『魔導王』の宝の、放棄そのものであり、

 千年続く呪縛からの解放であった。


 「既に、結界はなく、学校は堕ち、塔の存在は明かされ、我々の罪も暴かれた。ましてや、あなたの塔から書物も奪われた。」


 「それは当代である君の責任だ。学校一つ守れない弱い君のね。」


 「そうかもしれませんね。」


 「私のせいにされては困る。ましてやこの塔は現代の神秘そのものだ。魂の研究のーー」


 「ですが、あなたは過去の人間だ。」


 ダスカロイは強く、スコレーの言葉を遮る。

 その言葉には、確かな怒りがあった。


 「これ以上、現代にあなたの意思は介入させない。僕らはいい。だが、彼の邪魔はさせな〜いよ。」


 自分を含めた、何もかも全てを救い、『英雄』となるだろう彼の邪魔だけはさせない。

 それがたとえ、初代を消すことになっても。


 「塔は永遠に閉じます。本当は、それこそが『魔導王』としてなすべきことだったんでしょうね。業を継ぐのではなく、業を断ち切る。やっと、ボックの代でできそうだ。」


 「・・・まぁ、好きにするといい。門は閉じられても私はここにいる。いつか必ず、誰かが訪れる。」


 「でもそれは、『魔導王』ではない。ボックの代で、君の存在は永遠に過去に落ちる。」


 その宣言の元、ダスカロイは部屋から出ていく。

 そして、爆音と共に、門は破壊された。


 遂に、千年に及んで守られた塔は、立ち入ることができなくなった。


 だが、これで良かったのかもしれない。かの『番人』も、笑って死んでいったのだから。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 夜が明ける。


 各々の想いは、夜の闇と共に消えていった。

 そして、もうその想いを逃さないようにと、黄金都市に結界が張られた。


 いつ攻められてもいいようにと、結界は再び国を覆う。


 そして、太陽は真上に登った。


 「開戦だ。」


 世界の誰かが、そう言った。


 轟音と共に、ガラスの割れるような音が鳴り響く。


 「さぁ、この黄金都市を沈めようか。」


 轟音と共に、黒い触手のように自在に伸びる影を、誰もが見た。

 そこには、『戦争』マギアが立っていた。




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