第3章5話 妄執の愛玩
「アル!!こっちだ!!」
「待ってよお兄ちゃん!」
元気に庭を駆け回る双子がいる。
アラクシアの実験から6年が経過した。
かの双子は元気に育っている。
「どこ行きましたのーー!!アーロン坊ちゃん!!アルテミア嬢様!!」
庭を駆け回っていた元気な双子は、急いで草陰に隠れる。遠くから聞こえるメイドの声に反応して、素早い動きを見せる。
「静かにしろよ、アル。」
「ダメだよお兄ちゃん!!」
何をしたのだろうか、すくすくと育った双子の片方はどうやらヤンチャに育ったようだ。
アルテミアがビクビクとしながらも、兄を止めようと奮闘する。
「ちゃんと謝ろうよ・・・」
「もう遅い、だってしっかり追ってきてるもん。」
「いまなら間に合いますよ?アーロン坊ちゃん。」
隠れている双子の会話に、自然と紛れるメイド。
このメイドの名前はマリエラ。
黄金都市になりつつあるディコス王朝には似つかない紫の髪色をもつメイド。
前にこの屋敷にアラクシア=フィラウティアが訪れた際に、雇われていたメイド。
この無惨な未来を迎えるだけの双子を育てるために雇われたメイド。
そして、何も知らないメイドである。
ただこの双子を、愛を持って育てているメイド。
そのメイド、マリエラは、驚いて声も出さずに逃げようとするアーロンをすぐさま掴む。
同じく驚いて声も出せていないアルテミアは、掴まれてもがくアーロンを見て言葉を発する。
「マリエラさんごめんなさい。」
「いえいえ、アルテミア嬢様は何も悪くありません。問題はアーロン坊ちゃんの方です。旦那様のツボを割って逃げるなんて何事ですか。」
「いいだろツボくらい!大体なんで金持ちはすぐツボを買いたがるんだ!」
「あれは歴史的価値の高いものなのですよ!きっと。」
「飾るためにツボ買うなんて意味わかんねぇよ!」
「さぁ、旦那様に謝りますよ。」
子猫のように掴まれているアーロンを屋敷の中に連れ戻す。その後ろからトボトボとアルテミアがついてくる。
屋敷の中、旦那様ーーつまり、トレース=マギア=ボラデルカの自室をマリエラがノックする。
「入るが良い。」
「旦那様、失礼致します。」
猫のように掴まれていたアーロンを下ろし、手を繋ぎながら部屋に入る。
また後ろにトボトボとアルテミアがついてくる。
その様子を見て、トレースは笑いながら話しかける。
「また何かやったのかね?アーロンや。」
マリエラと手を繋ぎながら、もじもじとしているアーロンに優しく接する。
「じいちゃん、その・・・ごめんなさい。」
「それは何に対してかな?アーロンや。」
「じいちゃんのツボを割っちゃって・・・」
「あぁ、構わんよ。この屋敷のものは所詮は貰い物に過ぎんからのう。じゃがちゃんと謝れてえらい!」
まるで好々爺のように、トレース=マギア=ボラデルカは双子に優しく接した。
双子が優しいおじいちゃんに向ける眼差しは、なんとも暖かく、光を持っていただろうか。
何も知らないと言うのは、本当に幸せなものだ。
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「お久しぶりです、トレース。老けましたね。」
「おぉ、早かったのう。さぁ、見てくれ。」
まるで自分の作品を見せつけるが如く、トレースは久しぶりにきた客人ーーアラクシア=フィラウティアに双子を見せた。
庭で魔法を使う双子。
アーロンは闇魔法であり、その効能は影。
アルテミアは水と光の魔法。
「闇と光か。親の属性は?」
「息子の方は闇だ。儂と同じでな。嫁の方は知らぬが、恐らくは水と光なのじゃろうな。」
「・・・あの女については調べてましたよ。結構な上級貴族でした。代々水の属性を受け継ぐ家系でした。」
「それならば、あの光属性は・・・」
「まぁ属性は遺伝しませんが、無関係というわけではありません。ですが、光の属性は稀です。さらに加えれば、闇属性を持つ家系には滅多に光属性は現れません。」
「魂を二分化したことが原因か?」
「さぁ、それを研究するのはあなたでしょう?」
秘密の会話を交わしながら、双子の様子を眺める。
「さて、呼んだのは他でもない。我が子達を学校に入れてくれ。」
「なぜです?」
「魔力を高めさせるのじゃ。実験には魔力の耐性がないと困る。」
「来る時に、変に抵抗されても困るのですが。できれば弱いままがいいです。」
「魔力耐性がなければ、すぐに死んでしまうぞ。それほど魂が一つに戻ろうとする時にはとてつもないエネルギーが発生するのじゃから。」
「・・・わかりました。では学校へ招待しましょう。」
「あのメイドも連れて行け。あれに育てられることが良い教育になっている。変にぐれることもなかろう。」
「あんまり変に人を入れたくないですが、まぁいいでしょう。失敗したくないので、性格が捻じ曲がっていたら大変ですからね。」
※※※※※※※※※※※※
双子が学校に入学してはや数年。
「マリエラ、見てくれ!!影の認識を変えてみたんだ!」
「マリエラさん、見てください!水魔法と光魔法を組み合わせたんです!これで北側の砂漠にも活気が溢れますよ!」
魔法学校でも身の回りの世話をするように命じられたマリエラは、アーロンとアルテミアの成長をただ笑顔で見守った。
魔法の授業を何よりも楽しそうに受け、日に日に成長する二人を見て喜んだ。何よりも、愛を込めて喜んだ。
そして、それを同じく見守るアラクシア=フィラウティアもまた、喜んだ。
全ての計画がうまくいくことを願って。
学校での双子の暮らしを、アラクシアの記憶が見せることはなかった。
それは、アラクシアが興味のない記憶として消されたのだろう。
それもそのはずだ。
アラクシアにとって、双子の成長なんぞ興味はない。
ただ計画がうまくいけばそれでいいのだ。
ーーそして場面は、展開される。
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それは薄暗い光届かぬ地下。
全ての望みが叶う日が来た。
「やっとですね。」
万全に用意された大結晶の前に居座る一人の車椅子の研究者。
余程の時が過ぎたのがわかる。
「寿命が尽きる前で本当に良かった。」
結晶を見つめ、ひたすら時間が来るのを待つ。
「さて、そろそろ来る頃かな?」
何かを感じとり、車椅子の研究者は後ろを振り向く。
近くの扉が開き、彼はやってくる。
「遅かったじゃないか。」
「君のとこのメイドがうるさくてね。まぁだが眠ったまま連れてこられたさ。」
「さぁ、始めようか。研究者として、見過ごすわけにはいかない。」
眠りについている双子を、万全に用意された実験器具の上に載せる。
アルテミアは結晶に、アーロンは台座に。
二人の眠りは深く、まるで眠らされているようであった。
「時は来た!!ようやく!!先生に会える!!」
「始めよう。魂は今、一つに。」
車椅子の研究者ーートレース=マギア=ボラデルカの権能によって、魂は共鳴する。
元々一つであったもの。その修正力が、とてつもないエネルギーを発生させた。
「さぁ!!結晶を閉めろ!!閉じ込めるんじゃ!!」
大結晶が、アルテミアを閉じ込めようとするその時、
「ここは・・・」
台座に横たわっていたアーロンが目をさます。
莫大なエネルギーが、眠りから目覚めさせた。
「じいちゃん・・・先生・・・何を?アルテミアに何をしてるんですか?」
「目を覚ましたか。」
「関係ないです。もうすでに魂は共鳴しています。」
アーロンを完全に無視し、アラクシアは大結晶を塞いだ。
中に囚われたアルテミアを見て、アーロンは暴れ出す。
だが、アーロンにはすでに魔法がかけられていた。
「動けない・・・!!俺とアルテミアに何をしてる!!」
荒れ狂うアーロンを無視し、アラクシアは計画を実行する。
計画の詳細はこうだ。
結晶内に閉じ込めたアルテミアの魂を引っ張り出し、結晶内に魂と器を分けたまま閉じ込める。
一度でた魂は、永遠にもう一つの魂と共鳴し、再び器に戻ることはない。そして、空となった器に先生の魂を入れる。
こうして、先生ーースコレー=フィラウティアとの再会を夢に見ている。
「さぁ、アルテミアの魂よ早く出ろ!!その器を開け渡せ!!先生の器となるのだ!!トレース、早くしろ!!」
トレースは魂を引っ張り出そうとする。だが、アルテミアも結晶内で目を覚ましてしまった。
ずっと魂を引っ張られる謎の不快感に、眠りの魔法は解かれる。
「・・・なぜひっぱり出せない?アルテミアの魂は保護されているのか?」
「何をしてる!!早くしろ!!」
「仕方があるまい、アーロンの魂に変更する。男の体じゃが我慢せい。」
「・・・くっ!!仕方がないが、早くしろ!!魂が一つになっては意味がない!!」
「アルテミア!!今助けてやる!!」
怒り狂うアーロン。
狂気の笑顔に満ちる先生。
助けようともしない祖父。
アルテミアは、頭が良かった。
一体何が起きているのかその全てを察するには十分過ぎるほどに。
自分は結晶内。もはや逃げることなど叶わない。
だが、アーロンは違う。
「アーロン、逃げて。」
結晶内。もはや音も届かないが、確かにそう言っているのを聞こえた。
「いやだ!!お前もいなきゃーー」
結晶の中で、輝かしいほどの光が発せられる。それは、アーロンの状態異常を解除し、身を軽くし、道標を示した。
全てを照らす光は、だんだんと弱くなる。
「アラクシア!!アルテミアが弱っている!!魂が出るぞ!!」
「よくやった!!ようやく時がーー」
狂気に笑うアラクシアが、自身の魔法が解かれるのを感じた。
台座の上のアーロンが、涙を流しながら走る。
「逃すか!!」
アラクシアが魔法を放つが、アーロンもまた、天才であった。
この学校で学んだ魔法の技術は、遺憾無く発揮された。
アルテミアが示してくれた道の先、それはーー
「影よ、繋げ!!」
アーロンは、地下から姿を消した。
「くそ!!くそ!!くそ!!計画は失敗だ!!」
「いいや、そうではない。よく見てみろ。」
結晶には、意識なくあり続けるアルテミアがいた。
「魂はどうなっている。」
「魂は残念ながらアルテミアの中だ。じゃが、常に引っ張られ、莫大なエネルギーは発生し続けている。」
「それは副産物のはずだ!!計画は失敗だ!!この器には、魂が残っているじゃないか!!」
「わしは見たいものは見れた。スコレーとの再会なんぞワシにはどうでも良い。」
車椅子の男は、さっさとその地下室から出ていった。
沈む表情をした、アラクシアは結晶の中の少女を見つめ続ける。
そして、狂気に満ちた声で、叫ぶのだ。
再会叶わぬ先生を想いながら。
ーーそうして、記憶の本は閉じられた。
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2代目『魔導王』アラクシア=フィラウティア。
彼の歴史は、亜人戦争をおさめた英雄として名を残している。
だが、実際はーー
「狂気に満ちた異常者だな。これが、お前たち『魔導王」が代々受け継いできた恩恵か?結晶の中の女が維持し続けたディコスの結界と学校の秘匿。」
イロアスは、知っていた。
詳細なことはともかく、『魔導王』が代々受け継いできた罪を、知っていた。
ダスカロイが背負う、その業を。
「そう、これが『魔導王』の秘密であり、罪だ。」
「これが今回の襲撃の理由か?」
「そうだ。アーロンという少年、彼が『戦争』マギアだ。結晶に閉じ込められた双子の妹アルテミアを取り返しにきたのだ。そして、ボックを殺しに。」
沈黙が、続く。
今回の西の大陸での戦いの意義を、見失っているのだ。
『戦争』マギアは、この国を恨む理由がある。
そして、『魔導王』の侵した罪が、あまりに残酷であった。
『戦争』マギアを生み出したのは、他でもない。
ーー『魔導王』の妄執であったのだから。
「『戦争』マギアの正体が知れたな。紛れもなくこの国の悪意が生み出した、『厄災』だ。『魔導王』アラクシア=フィラウティアの妄執の愛玩だ。」




