第3章4話 そうして彼は生まれ落ちる
魂の研究者ーートレース=マギア=ボラデルカは、この世界で3番目に魂について詳しい男である。
最も詳しいのは、冥界の主人である『運命』プラヴィアである。
冥界とは魂のみがたどり着く境地であり、その管理者ならば当然であろう。
2番目に詳しいのは、『賢王』である。
その理由は今はまだ語らずだが、彼の権能に深く関わる。
そして彼が3番目に詳しい男に当たる。
それもそうだろう。
二番目に詳しい『賢王』の血筋にあたり、最も詳しい『運命』とも繋がりがあるのだから。
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「あなたがトレース=マギア=ボラデルカか?」
黄金宮殿に、スコレーにその知識を授け、ただ一人自由な出入りを許された研究者がいる。
「いかにも、君の先生の、共犯者というべきかな?」
久方ぶりに降りてきた地上の黄金宮殿で、アラクシアは一人の男を探していた。
魂について詳しい人間を探し求めていた。
「どうか僕の研究に付き合ってほしい。」
「ほう、儂に手伝ってほしいとなると魂について研究したいのかな?」
「その通りです。」
「やれやれ、『魔導王』は魂がお好きなようだな。で、どんな研究がしたい?」
「僕がしたい研究はすでに決まっている。ここで話すのはよそうか、一応禁忌に触れる話だからね。ぜひ僕の自室に。」
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「さて、目的は何かね?」
「先生の完全復活です。」
トレースの言葉に間髪入れずにアラクシアは答える。
「ほう、それにはスコレーの意志も含んでいるのかね?」
「先生の許可は取ってないです。僕は先生に拒絶されてしまった。それでも僕は先生に会いたい。血が通い、僕に権能と魔法の全てを教えてくれたあの時のように、また二人で過ごしたい。」
「依存か。確かにスコレーの嫌いそうな類の人間だな。」
「手伝ってくれますか?」
「・・・内容によるな。その研究がつまらないものであるならば、儂は手を貸す気はない。」
「そうですか、ちなみに、人道を踏み外しても面白ければいいですか?」
それは『使徒』から出る発言とは思えないものであった。
人理を守る『使徒』が、人道を外すことなどあり得ない。
「・・・話してみろ。」
「一人の人間の魂を、二つに分ける。」
「ほう、それはまた思い切って人道を外れるのう。お主の目には全くためらいがないように見える。」
「躊躇いなどあるはずがないでしょう。先生にもう一度会えるのならば。」
「・・・詳しく聞こうか。魂を二つに分けた後はどうするつもりだ?」
「僕の見解では、器も二つに分かれる。そして双子として20年ほど育てる。そしてーー」
「待ちなさい。器も二つに分かれるという根拠は何かね?」
「この話は魂によって器が形作られるのか、それとも器があってそこに魂が入るのかという話に帰着します。僕は禁忌の塔に一度だけ入りました。そこにいらっしゃった先生は全盛期の姿をしていました。」
「・・・それで?」
「もしも器が先ならば、魂は器に合わせた形になります。つまり、本来僕が見るはずだった先生の姿は全盛期ではなく、死ぬ間際の先生のはずです。」
「じゃが仮に魂が先だとしても、器は老いていく。器が魂によって形作られるのならば、魂は老いているはずではないかね?」
「答えがわかっているくせに意地の悪い方ですね。器は所詮人間です、魂の全盛期を維持できるわけがありません。」
「ホッホッホ、いい見解じゃ。」
ーーー輪廻転生。
それがこの世界の絶対の掟である。
魂は冥界の招かれ、そこで全てを浄化される。
長い間器にいたことによって刻まれた魔力回路も、権能も、記憶も、その全てが洗われる。
そして、また真っ白な状態で現世に放たれ、母体に入り器が形成される。
世界が答えを言ったのだ。
魂によって器は形成される。
「一人の赤子を二人にする。そして双子として育てるんだ。20の頃になれば再び魂を一つに戻す。そして空になった片方の器に先生の魂を入れる!!そうすれば先生は再び血の通った器を取り戻す!!」
「ふむ。それならば適当な若い死体でもいいのではないか?」
「先生のような高貴な方に、死体を提供するわけにはいかない。それに、この実験にはもう一つ目的があります。」
「何かね?」
「片方の器は永遠に閉じ込めます。そうすることによって、魂は永遠に一つに戻れないまま、それでも一つに戻ろうとするエネルギーが発生する。」
「なるほど、その理論で言えば、そのエネルギーは無限になる。」
「そのエネルギーを魔力に変換し、僕が今になっている結界の維持と学校の浮遊に充てる。」
「スコレーの研究もさぞ面白かったが、君の実験も面白そうじゃのう。じゃが20年育てるとなれば、儂の寿命もギリギリじゃな。その実験はすぐに始めようか。」
「すぐに始められるならそうしたいですけど、魂を二分化する方法がまだわからないのです。そのためにあなたにこの話を持ち掛けてます。」
「魂の二分化なんぞ、儂にかかれば簡単じゃ。儂は『権能』持ちじゃからのう。」
魂の研究者ーートレース=マギア=ボラデルカは、この世界で3番目に魂について詳しい男である。
最も詳しいのは、冥界の主人である『運命』プラヴィアである。
冥界とは魂のみがたどり着く境地であり、その管理者ならば当然であろう。
2番目に詳しいのは、『賢王』である。
その理由は今はまだ語らずだが、彼の権能に深く関わる。
そして彼が3番目に詳しい男に当たる。
それもそうだろう。
彼には『賢王』から与えられた権能があるのだから。
その権能は、『魂への干渉』である。
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「儂の家系を使おうか。」
黄金都市を悠然と歩く二人は、王都内のある場所を目指していた。
「あなたの家系を使うというのは?」
「タイミングはバッチリだった。丁度儂の息子が結婚してな。嫁が産気づいているらしい。」
「まぁ、魂をいじるのならそれに特化した家系であるべきですね。あなたの家系が実験隊には良さそうだ。」
黄金都市の外れに目的地はあった。そこはボラデルカ家の敷地。王朝の貴族ではない彼の敷地は外れに追いやられた。
ボラデルカ家は元々ディコス王朝の人間ではない。先ほどから言ってあるが、トレース=マギア=ボラデルカは『賢王』の血筋にあたる。
つまり彼らの故郷はアナトリカ王国の上にある王権領域ガスパールにある。そのある王命によってトレースはこのディコスの地までやってきた。
「儂らは『賢王』の弟君の血筋じゃ。かの『賢王』は魂に干渉する『権能』を与えられた。じゃがそれは魂の管理人の不敬をかってしまったのじゃ。じゃから儂らの家系がこの地に派遣された。」
「どういう意味ですか?この地に何があると?」
「なんじゃ、スコレーから何も聞いていないのか。そもそもあの女がこの地に訪れた理由は儂らを求めてじゃ。」
「先生は何も教えてくれないのですね。僕はそんなに信用にたる生徒ではなかったのですか。」
「スコレーにそんな感情はない。お主を後任に選んだのもただ全属性という珍しい魔法使いだったからじゃな。」
「・・・では代わりに教えてください。この地には何があるというのですか。」
「すまんの、儂らにはそれを口にすることはできないようになっておる。契約じゃからの。さぁ、ついたぞ、入れ。」
黄金都市の中にあるとは思えないほどのボロ屋がそこにあった。
研究者とはよく言ったものだ。確かに彼らの研究は魂にまつわるものであり、黄金などとは無縁の存在である。その証拠がこれだ。
アラクシアは中に入ると、なんとも簡素な室内だ、と思った。
全く何もない、研究所。それが第一印象であった。
「お帰りなさいませ、ご主人様。」
一人の女性が、二人を出迎える。
「客人だが、茶などは必要ない。お主も今日は休んでいいぞ。お主を雇った理由はこれからじゃからのう。」
メイドは一礼して屋敷を出る。
この国では珍しい紫の髪に紫の瞳。黄金都市の人間は金髪に揃え始めているというのに。
「何をしている。こっちだ。」
トレースはメイドを見て呆けているアラクシアを地下へと案内した。
一階は所詮上部だけのもの。あらゆる人間を騙すだけ。
研究所は地下にあるのだ。
「お主の実験の内容を聞いてから、儂はすぐに準備を始めた。もうこちらはいつでも実験を開始できる。」
地下へ続く階段を降りた先、待っていたのは真っ白な空間であった。
ベッドが一つ、真ん中にあり、そこには女性が横たわっていた。
「彼女が、あなたの息子さんの妻ですか。」
「そうじゃ、薬で眠っているが、もうすぐ子供が生まれるじゃろう。早く始めないとな。」
「・・・あなたの息子さんは?」
「あぁ、この実験の内容を話したらのう、なぜか怒り狂って儂を殺そうとしてきたものだから、返り討ちにしてやったわい。」
「そうですか、気の毒ですね。」
痛める心など、もはやアラクシアの中にはなかった。
彼の心にあるのは、ただ愛しき先生との会合のみであった。
「あぁそうそう、始める前に、ここでは危ないので学校にいきましょうか。」
「あぁ、そうじゃな。」
アラクシアが風魔法で横たわる彼女を運ぶ。ベッドに横たわる彼女は、微動だにしない。
薬がよく効いているようだ。
「ではいきましょうか。今日はいい日になりますよ。」
アラクシアは、先生に決別された以来、久しく上機嫌であった。
目の前で浮かされている彼女は、確かに薬で眠っている。
しかし、目には何度も泣いたような、涙の跡があった。
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学校には、『運命』は来れない。
それはスコレーが命と引き換えーーいや、もっと正確には『運命』の弱みと引き換えに、彼女は学校の結界内には入れないくなっている。
つまり、すでに禁忌を犯したスコレーの魂も、これから禁忌を犯すアラクシアにも、魂の管理者たる『運命』は手を出すことはできない。
「ここが最も安全な場所ですよ。禁忌を犯すにはね。」
アラクシアは禁忌の塔よりさらに地下をつくっておいた。そこに自分の部屋を作り、普段はそこで魂について研究を重ねていた。
「さぁ、始めましょう。」
上機嫌に、人道を踏み外した『使徒』の実験が始まった。
ベッドの上で微動だにせず瞳を閉じた女性が、お腹を膨らませながら横たわっている。
今にも生まれそうなのに、痛みは大いに感じているはずなのに、彼女は微動だにしない。
「儂の権能は魂への干渉じゃ。これは王命を全うするために『賢王』から与えられたものじゃが、まぁこんな使い方もいいだろう。」
「・・・その言い振りだと、先生にはその権能見せてないんですか?」
「スコレーがつまらないと言ってな。まぁ儂はあの時は魂に関する情報を教えたに過ぎん。ほとんど全てスコレーが開発した。」
「さすがです、先生。」
「さて、始めるぞ。」
それは世界の禁忌。世界に蔓延る器形どる原始のルール。
涙の跡を浮かべる彼女は、薬を上書くように顔相を歪める。
もはや『使徒』としての使命はあらず、もはや王命も心にあらず、
人道を外れ、彼らは歪められた顔相には目もくれない。
そして、産まれ落つる。
声は二つ。
学舎の地下深くに、それは響き渡る。
「成功じゃな。」
「予定通り、双子だ。」
気の毒だ。
生まれ落ちて、初めて抱かれる手が、両親の手ではないのだから。
「それにしても不思議じゃな。片方は女で、もう片方は男か。」
「魂によって器が決まるのだから、別にいいんじゃないですか?」
「まぁ良いか。それでは名前を決めよう。実験体には与えねばならぬ。」
「・・・適当でいいですよ。」
「そんなことを言うな。儂もまた王命に縛られておるものじゃ。後継になってもらわねばのう。」
「後継にはならいでしょう。この子達の生は20年までなのだから。」
「権能と共に儂の契約も受け継がれる。死なないまま閉じ込めるのならば、儂にかけられた権能はこの子達に渡し、儂は20年後を自由に生きるのだ。そのために、名前だけはつけておかなくてはのう。」
「愛着のある玩具みたいなものですか。なら早々につけてください。」
「ふむ、そうじゃのう。」
外道にいるとは思えないほど、トレースはこの名前に真剣に悩んだ。
「よろしい、男はアーロン、女はアルテミアじゃ。」
「どうでもいいよ。さぁ、あと20年かぁ。待ち遠しいなぁ。」
もう一人の外道は、ただ魂が二分されたその結果だけを、喜んだ。
あと20年。それだけ待てば、愛しい先生と会える。
それだけを思って、アラクシアは笑った。
こうして生まれ落ちた双子。
男にはアーロンの名が与えられた。
彼が、900年後の現在にイロアスと対峙した『戦争』マギアその人である。




