第1章5話 ようこそ王都へ
「ロア!!早くしないと馬車が来ちゃうわよ!!」
「今いくよ。」
窓の外から聞こえる声にそう言い返した少年ーーイロアスは、今読んでいた大切にしていた日記を、隣に置いてあるぎゅうぎゅうに詰まっている鞄に無理やりに、でも慎重に詰めた。その日記には10歳と書かれている。この少年イロアスにとって大事な年。自分のやるべきことが決まった年。
世界を救うと、『英雄』になると決めた年。
その日から7年経った今日、イロアスは17歳になった。身長は170に届かないくらいで、髪はサラサラな黒髪で綺麗な翡翠色の眼をしている。服装は質素な者だが十分大人に見えるスタイルがある。7年前から始めたミテラ叔母さんとの戦闘訓練でとてもたくましい体つきだ。その体で大きな荷物を背負って玄関に向かう。
遂に騎士団になるために孤児院を出て、王都に向かうのだ。騎士団の試験は10日後で、受験資格は今年度17歳になるもの。
今がオリン暦××年2月21日で、試験は10日後の××年3月1日、受験資格は××年4月1日までに17歳になっていればいい。
ちなみにオリン暦というのは昔神が住んでいた神界のことを『オリン』というからである。そして1年は12ヶ月で表されて1ヶ月は30日で、1年は360日である。1日は24時間で、1時間は60分、1分は60秒である。
そんな授業でやったこの世界のことなど知らなそうなイロアスは少し急ぎ足で玄関に向かう。玄関を出ると、孤児院の全員が集まっていた。
「さぁ王都に行って試験受けて騎士になって英雄になって世界救うぞ、セア!」
「試験は10日後だから今からハイになっても疲れるだけよ?そもそもここから王都に行くのに7日かかるし。」
「え?」
この世界のことどころか試験のことすら知らなかったイロアスは、一気にテンションが下がった。気持ちが下がったせいでやけに重たく感じる荷物を馬車に詰めて、みんなに挨拶をする。イロアスには同い年の孤児はいなかったから全員とここでお別れだ。みんな泣いてくれている。1人を除いて。イロアスはそいつに笑いながら話しかける。
「アフター、お前は泣かないのか?」
「バカ言うなよロア兄。騎士になったらまた会えるんだ。先に行って待っててよ。」
生意気な天才はいうことが違うなと感心した。でもどうか、この愛しい天才が騎士になる頃には世界を救いたい。そう思った。
そしてもう1人、ちゃんと挨拶しないといけない人がいる。
「今まで育ててくれてありがとうミテラ叔母さん、行ってくるよ。」
そういうと、綺麗な真紅の髪をした彼女は、綺麗な涙を流しながらイロアスに何かを渡す。布に包まれた何か。
それは真紅の髪に引けを取らないほどの美しい2本の剣だった。1つは明らかに女性用で、軽くて細い剣。もう1つは重い男用の剣。剣には名前が彫ってある。
「スタフ?」
「スタフは夫の名前よ。その剣をあなたにあげるわ。もう1つは、私のお願いなんだけどある人に渡して欲しいの。詳細は手紙に書いといたわ。よろしくね。」
ミテラ叔母さんはイロアスにお願いごとをして、最後に綺麗な笑顔で、
「ロア、風邪引かないでね。」
「いってきます。」
そして、馬車はレフォー孤児院を離れ、『アナトリカ王国』の王都アテネへと向かう。
世界を救うための第一歩の幕開けだ。
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世界の東の大陸を占める『アナトリカ王国』は、千年前に『聖公国メディウム』に全面協力した大国である。
伝説にある『聖界メディウム』とは、幾つもの国が『聖公国メディウム』に協力して一時的につくられた大国のことを言う。
アナトリカ王国はその中で最も協力を惜しまなかった国と伝えられている。
そしてこのアナトリカ王国は、『厄災』に対抗しうる『七人の使徒』が2人いて、安寧を築いている。
レフォー孤児院を出て7日目の朝、セアとイロアスはアナトリカ王国の王都アテネに到着した。
王都アテネの正門は、手を取り合っている2人の女神像の間に造られている。その門を潜るとそこに広がっていた世界は、とても豊かで、とても美しい都だった。一際目立つ大きな純白の城が門から入ってすぐでも見える。
初めて孤児院から出た彼からすると、そこは何もかも全てが新しかった。
「セア!探検しよう!」
「まぁ、今日一日くらいならいいか。でも先に宿行くわよ。」
馬車は丁寧に宿まで送ってくれた。2人は馬車の引き手に丁寧に挨拶をして、それから宿に入ることにした。
この宿はミテラ叔母さんの知り合いが経営してるらしい。毎年レフォー孤児院はここにお世話になってるみたいだ。
「それにしてもこの宿・・・」
「なんと言うかね・・・」
「ボロいね。」
木造の宿でそれはそれは築年数が多いような、立派な宿ではある。泊まるのは3日だけって考えたら十分だろう。さぁ、さっさと荷物置いて探検しよう。そう思ってイロアスは元気よく今にも折れそうな木造の戸を叩いた。
「誰かいませんかぁ・・・ありゃ?」
扉が倒れた。風通しが良くなった玄関で、素晴らしいスタイルをした女性が立っていた。しかし、初めて会うはずなのになぜか既視感を感じた。
あぁそうか、ミテラ叔母さんだ、この既視感は。地雷踏んだんだ。
そこからの判断は、イロアスの成長がよく見れた。
逃げる。
素晴らしい判断と行動力。しかし決定的なミスを犯してしまった。
「あたいから逃げられると思ってるのかい?クソガキ。」
あれはまだ俺が孤児院にいた頃の話。いつものように授業で寝てた時のことだった。俺は視線を感じて身の危険を感じ、すぐに窓から飛び出した。それはとても天気の良い日だった。
あぁ、そうだ、こんな感じで背後から抱きつかれて、青い空を眺めたんだった。
「扉壊すんじゃないよ!!」
「げふぅ!!」
綺麗な投げ技だった。
セアがこちらを可哀想な顔で俺を見ている。扉壊れたの・・・俺のせいじゃないのにね。
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目が覚めるとそこはいつもの17年過ごした天井ではなく、見知らぬ天井だった。木製のボロい天井。
・・・だけじゃない。4つの獣の耳が見える。
「目を覚ましたよ!!」
「この人頑丈だね!」
「おうおう妹たち、その兄ちゃん、母ちゃんの投げ技喰らって気絶しちしまったんぞ。少しはそっとしてやらんか。」
「ここは・・・君らは・・・?」
「おう兄ちゃん、ここは『亜人』が経営する宿『閑古鳥』ぞ。ようこそレフォー孤児院からきた騎士候補生!今日から3日間、ここが兄ちゃんの家ぞ!」
『亜人』ーーそれは魔獣が人に近い形に進化した生物。
亜人に関する問題は多々ある。それは主に差別である。千年前、『厄災の女神』ヘレンに加担した多くは魔獣であった。しかし、複数の亜人も女神ヘレンに加担したと言われている。
それ故に忌み嫌われる対象になってしまっている。その亜人が経営する宿だと言うのなら、このボロさも納得いく。
「亜人が経営してもいいんかって顔ぞな、兄ちゃん。」
イロアスは黙ってしまった。この大柄な2本の牛の角を生やした男はまっすぐ彼の目を見て、的確に考えていることを読み当てた。狐の耳を生やした2人の小さな女の子たちも、さっきまでの騒音とは打って変わって、静かになってしまった。
「兄ちゃん、亜人は初めてぞな?レフォーのミテラさんは人間の孤児しか育てないぞな。そんでレフォーはしっかり亜人に関する授業をする。差別を含めてぞ。ここに来るレフォーの孤児は最初はみんなそういう顔ぞして、それでもワイたちに愛想を振り撒き始めるが、次第に世界の差別常識に染まって宿に帰らんぞなる。兄ちゃんはどうぞな?」
「関係ないよ。」
即答したイロアスに、牛の角の男は驚いた顔をして黙ってしまった。
「俺には両親から託された偉大な目標がある。そこに亜人の差別なんてない。他の全てが敵でも俺が君らを守るよ。あと俺、授業聞いてなかったから亜人差別とかよくわかんない。」
それを聞いた3人の亜人は大声で笑った。何がそんなに面白いかよくわからなかった。
「おもろいぞ兄ちゃん!気に入ったぞ!わしはアゲラダ、牛人族ぞ!この2人はアローとぺクぞ、耳にピアスしてる方がアローぞ。」
「よろしくだよ!!アローだよ!!私たち双子なんだよ!!」
「よろしくね!ペクね!私たち狐人族ね!」
「俺はイロアス、ロアって呼んでくれ。」
「あんたたち!!うるさいわ!!・・・おうクソガキ目を覚ましたね。ここがあんたの部屋だよ。3日間は衣食住を保証してやるけど、そっから先はミテラとの契約外だからね。」
イロアスを投げ飛ばしたこの宿の主人がこの部屋に怒鳴り込んできた。アローとペクは一目散に部屋から飛び出して逃げていったが、アゲラダはずっと笑ってる。
一度は地雷を踏んでしまったがここで礼儀正しいところを見せて挽回しよう。
「俺はイロアスと言います!今日からお願いします!」
「・・・あたいはクルーダ、熊人族だよ。扉早く治しなさいよクソガキ。」
そして俺は何も挽回できないまま、その日1日は宿で過ごした。セアは精霊特有の認識阻害の魔法でみんなには見えていないから寂しそうな顔をしていた。ごめんな。
ここの宿『閑古鳥』は、夜は居酒屋としてやってるらしい。亜人差別の話を聞いたから、全然客来ないだろうなと思っていたけど、亜人がいっぱいくる。ここは亜人にとって憩いの場らしい。俺はアゲラダに無理やり連れてこられてとりあえず端っこの席に座っていた。
亜人がチラチラとこちらを見てくる。時々舌打ちや睨みを聴かせてくる奴もいる。
当然だろう。さっきの話を聞く限り、亜人は人間に差別されている。そんな亜人に、人間を憎むななんて都合が良すぎる話だ。
・・・場違いだったか。せっかくの亜人のための憩いの場、邪魔しちゃ悪いな。
「こいつはワイが認めた人間ぞ!!みんな仲間に入れてやってくれぞ!!」
・・・え?アゲラダさん?なんで火に油を注ぐようなことを・・・
「そうか!アゲラダさんが見込んだ男か!」
「警戒して損したぜ!」
「おい小僧!飲むぞ!酒を持て!」
イロアスの心配なんてどっかに吹っ飛んでしまうほどの歓声。次々と亜人が笑顔でイロアスに寄ってくる。
「ロア!下手な心配するんでないぞな!おまえさんは大丈夫ぞな、ドシっと構えるぞな!」
アゲラダは人の心でも読めるのか?なんて思うほど、的確に俺の思考を突いてきた。
アゲラダの影響力は甚大みたいだ。彼の一声で周囲の態度が一変した。
「ありがとう、アゲラダ。無駄な心配だったみたいだ。」
「気にするでないぞな!さぁ、酒を持て!」
亜人の飲みっぷりはすごい。ドン引きするレベルだ。あちこちで肩組んでは歌って踊ってる。ど真ん中で筋トレし始めてるやつもいるんだけど。
そうやって飲み始めたはいいけど、あまりの飲みっぷりにドン引きしてテンションについていけないっていうのに、めちゃめちゃ酔っ払ったアゲラダが俺にダル絡みしてきた。
「ロア〜!飲んどるか!」
「これに混ざる自信がない。」
イロアスはまだ一杯しか飲んでない。ちなみに成人は17歳からなので合法である。
「いいかロア、クルーダ母ちゃんにはな、一人息子がおるんぞ。お前と同い年ぞな!騎士団に申し込んでるぞ!仲良くしてやってくれぞ!」
「へぇ、そいつもこの宿にいるの?」
「そこで筋トレしてるぞな。」
・・・あいつかよ。よりにもよって、真ん中で筋トレして一番俺をドン引きさせたやつかよ。仲良くできるかなぁ、俺。
「あの子はな、騎士団に憧れの人がおるんぞ。第3師団の副師団長でな、「アゴリ」っちゅうんだけどな、そいつはな、俺たち亜人の希望ぞな!たまにこの店にも飲みに来るぞな、運が良ければ会えるぞな。」
「すごいやつなんだなアゴリって人。俺も憧れの人がーー」
「そう、あの人はすごいんだ!」
いきなり耳元でそう叫ばれた俺は驚いて椅子から転げ落ちてしまった。こいつ、筋トレしてたやつだ。そう思うとドン引きした顔で見てしまった。
「この筋肉が美しいみたいな顔をしているな!君がレフォーからきたイロアス君だね!よろしく!僕はミューズ=ロダ!」
あまりに強烈な出会いでこいつのことは一生忘れないだろう。俺は筋肉なんて見てない。そして美しいなんて思ってない。でも絶対悪いやつじゃないなこいつは。そう思うほどキラキラとした眼差しだった。
「・・・よろしく。」
「共に騎士団になって筋肉で厄災を倒そうじゃないか!イロアス君!」
「はは・・・そうだねミューズ君・・・」
こいつとは少し距離を置こうかなと、そう思った。そして再び筋トレをし始めた彼と、酔っ払いすぎて寝てしまったアゲラダを置いて俺は部屋に戻った。
「遅い!!」
今日一日ほとんどほったらかしていたセアにしっかり怒られた。それでもいつも通りイロアスはセアと楽しくおしゃべりをした。7年前に仲直りしてから、セアがいたら欠かさずやっている日課。さっきあったことも楽しく喋った。
そしてイロアスはこの王都アテネで絶対にやりたいことをセアに伝える。
「セア、10歳の時に俺を助けてくれた金髪の天使みたいな人にお礼が言いたいんだ。」
10歳の時、俺を襲ったミストフォロウと『魔王』のことを追い払ったあの天使にもう一度会ってお礼がしたい。俺の命の恩人にお礼がしたい。
恩人ーー『聖女』セレフィア。世界を守護する『七人の使徒』の一翼。7年前、俺やミテラ叔母さんを窮地から救ってくれた人。
『七人の使徒』というくらいだから、必ずこの王都にいると確信している。
「明日、王城に行ってみましょうか、ロア。きっとそこにいるわ。」
「行こう!!」
明日、恩人の天使に会える。そう思ってワクワクしながら、2人は眠りについた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「でけぇ・・・」
孤児院を出発して8日目の昼、純白の大きな城の前に立って頂点まで眺める。首が痛くなるほどでかい。レフォー孤児院が何個入るんだろう。あのボロ小屋の閑古鳥は何十個入るんだろう。
「入ってみましょ。」
「そうだな、お邪魔します。」
門にいる2人の番人にしっかり挨拶をして入ろうとしたところで、肩を掴まれ、そして投げ飛ばされた。
「ここは王族、貴族、騎士団及び関係者以外立ち入り禁止だ。常識だぞ。」
そうやってなげ飛ばされた俺を爆笑する声が2つ。1つはセア、こいつ知ってて言ったな。
もう1つは知らない声だった。仰向けで倒れているイロアスを覗くように子どもがしゃがんでいる。
「君面白いね。お邪魔しますって、最高のギャグセンスだね。」
その子は青色の髪を後ろで一本にとめて、腰には2本の剣を差している。
そして、紺碧の眼をしている。
俺はこの眼を知っている。
イロアスはすぐに起き上がり、臨戦態勢に入った。この紺碧の眼を持つ子どもはきょとんとした顔をして見た後、再び笑った。
「いい闘気だね、君。僕とどこかで会ったことあるかな?敵意剥き出しだね。」
その場で緊張が走る。まさに一戦交えそうなこの緊張。そう思っていたところ、門兵が俺の両腕を掴んで地面に押さえ込もうとする。イロアスはその2人を7年間鍛えた体術で吹き飛ばす。
「何だこのガキ!」
「強いぞ!」
そんな門兵の戯言が耳に入らないほど、イロアスは戸惑いを隠せなかった。だってこいつはーー
「『魔王』・・・!!」
「・・・ロア?何を言ってーー」
門兵がセアの言葉を遮って、この紺碧の眼をした子どもの正体を明かす。
「何言ってやがる!この方はアナトリカ王国騎士団第2師団団長のーー
ーーエナ=アソオス様だぞ!」
そして紺碧の眼をした子どもーーエナ=アソオスは俺をじっくり観察してこう言った。
「『魔王』か・・・やっぱり君、面白いね。」




