第3章1話 謁見
戦火に満ちた学校を見つめる『魔導王』
それを憂う『炎鬼』
哀しげな気に浸る『朱姫』
拳を握りなおす亜人ミューズ
休む同期に、生徒を看る教師たち
それらを座って見つめるイロアス
戦場で何もできなかったイロアス
足手纏いになってしまったイロアス
精霊を奪われたイロアス
無力だ。何もできなかった。
嘆くことすら許されぬほどの無能。
自分を責め続けることしかできない愚か者。
自分にピッタリの侮蔑的な言葉ならいくらでも思い浮かぶ。
荒れ果てた学校を見て、そこで自分が何をできたのかを何度も何度も考えた。
そして結論はいつもこうだ。
「・・・何もできない。」
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『冠冷』エルドーラが戦場にきて、革命軍が撤退した。
リア、キノニア、ミューズ、エピス、アストラ、フェウゴーー彼らのそれぞれの対戦相手も影に姿を落とした。
全ての黒装束たちも、同様にしてその影に消えた。
それをもって、学校内での戦いは幕を閉じ、すぐさま戦後処理に追われる羽目となった。
エルドーラが凍結させた学校は、再びダスカロイの風魔法によってディコス王朝横の砂漠地帯に着陸させられた。
「詳細については後に語ろうか。とにかく、負傷者全てここに運べ。ヒーラーは生きてるのか?」
「あぁ、地下にヒミア先生がいるはずだ〜よ。」
「さて、モタモタしてる暇はない。幹部と戦ったものは迅速に治療を受けてすぐに俺の元に来るように伝えろ。」
それだけ伝えてエルドーラはすぐに戦後処理を始めた。
学校中が慌ただしく動き始める。地下から続々と現れる無傷の生徒と、重傷を負ったセイレン、ギオーサ教授が運ばれる。
共にフェウゴ、アストラ、カンピアも上がってきたが、喪失感に浸るイロアスの目には入らなかった。
生徒の半分はヒミア先生と共に治療を行い、もう半分は広くて安全な場所を確保するために瓦礫の除去を始めた。
ミューズ、リアも治療されていた。二人とも血を流してはいたが、致命傷には至らなかったようであった。
二人はなんと勇敢に戦ったのだろうか。水魔法で感知した限りでは、幹部と戦っていた二人。自分とは違う。たった一人で幹部と戦いながら、生き残り、みんなを守った。
結果を残した親友たちと、自分を比べてしまう。
まるでそれとは対照に、イロアスは自分を見つめ、ただ黄昏ていた。時間だけがただ過ぎていく。
そんな無意味な時間の中、何もできない自分をただ憂いていた。
「セア・・・」
17年付き添った精霊を目の前で奪われた。
その喪失感は計り知れなく、ただ、呆然とするしかなかった。
大した傷も負わずに、特段何もできていない。何もしていない。
「・・・行かなきゃ。」
それでも動かなければならなかった。
自分が何もできていないと思っても、それでも、対峙したのはかの『戦争』だ。情報を共有しないと。
情報だけでも、共有しなければ・・・
ふらつく足で、トボトボと歩き始める。覇気のないその歩みの先に男が立っていた。
「・・・ストラトス教授。」
イロアス同様、ほぼ無傷でこの戦場を終えてしまった男が、もう一人いた。
ストラトス=アンドラガシマ。ダスカロイに地下を任され、何もできなかったと嘆く男がここにはいた。
だが、彼は燃えていた。
「イロアス、その目はなんだ。」
「その目・・・?」
「生き残ったのにそんな目をするな。お前を生かしてくれたものに失礼だ。」
「俺は何もできませんでした。俺は・・・」
「お前の願望は知っている。苦難は多く、今日みたいなことも少なくはない。だが、貴様はダスカロイという『魔導王』の横で為すべきことを為したのだ。あいつが生きているということがその全てを物語る。何もできないなんて言うならば、俺が感謝を述べよう。あいつが生きてここにいることに、感謝を。」
イロアスの目には、いつもより覇気のないストラトスとしてそこに写っていた。だが、彼はまだ燃えている。その瞳に火を宿している。
地下で起きたことは悲惨なことだと知っている。
水魔法の探知によって、教師から一人の死者を出していることを。
悲しさも、憂いも、怒りも、後悔もある。
だがストラトスが前を向き、自分を鼓舞し続けてくれた。
「ありがとうございます、先生。」
感謝などされるべきではない。何もしていないことには変わりはない。
だが、その言葉が、イロアスに癒しを与えた。何もできていないわけではないと、そう鼓舞されることが彼にとっては嬉しいことであったのだ。
「ではいくぞ、『冠冷』が呼んでいる。」
二人は歩む。先ほどとは違い、大地を踏み締め、その2本の足で強く歩く。
そこに憂いも怒りも悔しさもある。
だが、瞳には火があった。大志があったのだ。
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二人の歩いた先に、エルドーラが待っていた。
何体もの氷像を生み出し、その小さなエルドーラの分体が瓦礫除去を手伝っている。
その数は百は下らない量であり、地下三階から屋上までの全てに蔓延っている。
「もう少し待つぞ、あいつらが治療を終えるまで。」
三人で無言の空間を過ごし、少し気まずくなってきた頃にミューズやリアが帰ってくる。今は何も話さず、時間があったら話そうと約束した。
「さて、ギオーサ・ギュムズ・セイレンの3名は一命を取り留めた。だが、あいつらから話を聞くことはできない。と言うことで、生きて口のきけるやつから話を聞く。まずダスカロイから言え。」
「ボックの話は長いけど、大丈夫そうかな?」
「細かい話は別でする。とにかく移動しながら戦場でのやつについて話せ。」
「移動しながら?」
「あぁ、今から王朝の王に謁見する。」
「まぁ、そうなるか〜な。ボックの話はそこですると言うことかい。」
「そうだが、厳密に言うとお前らの話だ。」
「・・・そうだね。」
「後々負傷者も全て王朝に運ぶように伝えろ。時間がない、すぐに王朝にいくぞ。ダスカロイ、風魔法を頼む。」
ダスカロイの風魔法によって、幹部と戦った全てのものが浮遊する。そして、戦場での幹部の能力、戦闘スタイル、性格に至るまで全てを話し尽くす。
そして至る。ディコス王朝の王都、黄金都市の中心にある宮殿に。
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イロアス含む集団の戦闘を歩くのは、この国での信望厚い『魔導王』の称号を背負ったダスカロイではなく、他国の騎士である『冠冷』エルドーラである。
あまりにも堂々としたその歩みは、まるで自分の家を歩くかのようにズカズカと無遠慮に進む。
黄金都市の中心である宮殿。
その名はシボラ大宮殿と言う。
ディコス王朝の中心部に位置し、その黄金の眩さは思わず目をほそめる。
貴族ですら立ち入ることを恐れる大宮殿であり、王族の住む宮殿である。
その宮殿を、我が物顔で歩く。
「そこを右だ。」
宮殿内を知る唯一の男ダスカロイの道案内に進み、そこにあるのは大きな黄金の扉。
その扉の前に立つ二人の近衛兵によってエルドーラは呼び止められる。
「来客の予定など聞いていない。」
「今すぐ立ち去れ。」
「結界の消失と『戦争』マギアの復活。それによって『冠冷』が来たと伝えろ。」
近衛兵は見合った後に、二人のうち一人が黄金の扉の中に入っていった。
「扉をぶち破るのかと思った〜よ。」
「そうしたいがな。」
待つこと数分、近衛兵が戻り、その黄金の扉が開かれる。
「特例だ。普段はーー」
「時間がない、早く通せ。」
近衛兵の説教を黙らせ、エルドーラは堂々と入室する。しかし、その歩みは再び止められる。
「中に入っていいのは『冠冷』と『魔導王』だけだ。亜人などもってのほかだ。」
「知ったことじゃない。」
エルドーラは面倒だと思ったのか、近衛兵の手と足を氷で拘束した。たびたびつぶやく時間がないことに関係しているのか、急いでいるように思える。
一行は何も言わずに入室し、その内部である王室に入る。
黄金都市よりも遥かな黄金。全てが金の装飾でできたその王室は、結界の外にある亜人の棲家とはさらに異なる異質さだった。
この金を、少しでも分け合うことはできなかったのかと、そう思って仕方がなかった。
「無礼である。」
王室の奥ーーその黄金の玉座に座す男から発せられる低い声に、威圧と魔力を感じた。
「時間がないからな。アナトリカ王国『聖女』セレフィア=ロス=アナトリカからの命により、参上した。同国騎士団所属『冠冷』エルドーラだ。」
「お前のことは知っている。ダスカロイのこともだ。そのほかのことなど知らぬ、下がらせろ、エナリオス。」
玉座の下に厳かに立つ一人の男が、槍を構えてこちらに歩む。
「俺とやる気か?エナリオス。」
「命令とあれば。」
ただ静かに、そう言い放ち、手に持つ三叉槍を握り直す。水色の瞳に、僅かな闘気を込めながら。
「時間がないと言っている、ディコス王。」
「理解している。その上で、余の前によくぞここまで俗物を並べたものだ。身の程を知れ。」
「悪いが無視する。事態は想像以上に深刻なんだよ、お前の想像より俺は急いでいる。では本題だ。『戦争』は力を取り戻しここに攻め入る。それだけなら俺で対処可能だが、事態はお前らの思っている以上だ。」
ディコス王はエナリオスに目線をやり、自分を無視して話し始めた無礼者を殺すように伝令を送る。
エナリオスはそれに従い、エルドーラに向かって突撃する。
だが、エルドーラは構わず話し続けた。
「ノートスがこちらに攻めてくる。」
その一言で、エナリオスの動きが止まった。
「・・・王よ。」
「虚偽ならばーーと言うのはあまりに唐突だ。話せ。」
「では心して聞け、異国の王よ。これはアナトリカ王国王女セレフィア=ロス=アナトリカの言の葉である。」
「申せ。」
「予言の時の始まり、この地で起きる争いはその火蓋を切って起こす最初の聖戦と心得よ。それ故に、『戦争』の動きと連動して『原罪』・『渇望』に動きあり。ノートス帝国は、戦力を二分しアナトリカとディコスに攻め入る動きである。」
それは、『戦争』率いる革命軍とのみを想定していたのに対し、あまりに想定外の現状であった。
「さて、余裕がないことは理解できたか?愚王よ。」
黄金宮殿の主人、その玉座に座す王の顔相が揺れる。
先ほどまでの威厳に満ちた表情はみるみるうちに崩れていく。
そしてそれは、自分たちも一緒だった。




