第2章章末話 来たる
図書には、『世界大戦の記憶』と書かれていた。
目的は世界大戦の最後の方の記憶だと、主君は教えてくれた。
スコレーの記憶などどうでもいい、ページを捲り、『厄災の箱』というワードだけを探す。命を賭けた縛りによって発達された視神経が、そのワードを見つけ出す。
「・・・あんた、この情報を隠してたんか?『使徒』とはよく言ったもんやな。」
「なんとでも言うがいいさ。私が何もしなくともどうせ世界は動き出す。それに、死者が現代の者たちに何かすることはない。」
「じゃあ潔く死ねばええんちゃうか?こんな無駄なことをして現世に留まるから利用されるんとちゃう?これはあんたの失態やで。」
「仕方ないだろう。私は自分の研究をしたいだけだからね。それがどんな被害を被るかなど知ったことではない。」
これ以上は無駄な会話だ。そう思い、話しを切る。
いや、そう思ったからではない。
もう限界なのだ。
視界はぼやけ始め、血が止まらない。
もはや感覚のない足で、出口へと歩む。スコレーももう止めようともしなかった。
出口まで、ただ視線をやり、リンピアは塔から出て行った。
一人、再び塔の中でつぶやく。
「まぁ確かに、『使徒』としては失格だね・・・なんであなたは私を選んだんだろうね。なぁ、メルキオル・・・お前もそう思うだろ?」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
扉から出ると、そこには待っていたかのように一人の男が立っていた。
「バイスは死んだ。」
その報告に、一体なんの意味があるのだろうかと不思議に思う。
バイスとは、恐らく自分と戦った相手だろう。お互いに死力を尽くしたのだ。
「お互いの信念のぶつかり合いや。恨むのは筋違いやで。」
ましてや瀕死の我が身に、一体何を語ろうと言うのか。
いや、そもそも語るに値しないのだ。何せここは、
「戦場に言葉は不要。ただお互いの正義や信念という我儘を押し付けるだけの場や。誰が死んだ、どいつが死んだなんてもんはどうでもいい。死んだら困るのはお互いの大将だけやで。」
「そうか・・・ここはなんだ。」
「知らんのかいな。おたくの大将は随分秘密主義なんやな。」
「ここで何をしていた。その本はなんだ。」
ただ静かに、確認する男ーーストラトス=アンドラガシマの問いにリンピアは笑って流した。塔の中から奪った本を、静かに地面に落とす。
本は緩やかに、地面に描かれた影に呑まれていった。
「任務完了・・・さよならや、我が主君。」
答える気も、もはや抵抗する気もない。
その姿を見て、ストラトスは静かに、それでも厳かに魔力を込める。
「青龍の息吹」
それは炎魔法を修めるものが辿り着く高火力の魔法。神獣の息吹を真似た高火力の炎魔法。
それをストラトスは自身の炎魔法の効能により他者の二倍以上の火力を出す。
その青い炎が、リンピアに直撃する。
死体は燃え崩れ、灰となって風に舞う。ストラトスは、ただ、その灰を見て歯を食いしばった。
自分はこの戦いで、一体何ができたのだろうかと。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
時同じくして、玄関ホール最後の戦い。
リンピアの最後の行動はこの戦いの終わりを告げる。
影が生き物のように蠢く。その暴動を魔法を駆使しかわすダスカロイとイロアス。その影に、『戦争』マギアは何かを感じ、そのすぐ後に、今までの笑みが消えた。
「・・・よくやった、リンピア。俺が送るのはただ賞賛のみだ。」
また、魔力の質が変わった。そしてすぐにイロアスは驚愕する。
「まだ、本気じゃなかったのか。」
「あの雰囲気・・・ストラトスにも伝えるべきだったか。」
「『魔導王』!!何が起きるんですか!!」
「喚くな、人間。今宵の戦争は終わりだ。全ての任務は完了し、そして残すは貴様らの命の灯火を消すのみだ。」
全ての任務が完了したと、その言葉を聞き逃さなかった。それはつまり、この学校を落とす準備が整ってしまったということ。
『魔導王』ダスカロイ=フィラウティアを殺す準備が整ったということに他ならない。
自分は今死ぬわけにはいかない。今ここで学校を地に落とせば真下にある王朝は崩壊する。
だからと言って、ミスター・イロアス含む生徒を無視できない。全ては校長としての責務であり、『使徒』としての責務。
もう2度と、彼の前で情けない姿を見せるわけにもいかない。
自衛しろなんて言えない。決して。
だからこそ、奮発しよう。全てを賭けて、『使徒』と校長の責務を全うする。
「権能解放ーー知識の書よ具現せよ。」
100を超える本がダスカロイの周囲に現れる。それは見た瞬間わかるくらいのとんでもない魔力量の消費だと思う。しかし、ダスカロイに疲れている気配はない。
「権能と魔力は別だからね、安心したまえミスター・イロアス。ボックが持ちうる最大限の魔法で君を守って見せよう。」
「守るものが多くて大変だな、『魔導王』。だが、俺を甘く見過ぎだ。」
無数の影が線を伸ばす。全てを殺す槍となって二人を襲う。
「願い込める書物」
数冊の本から魔法が放たれる。それは理外の魔法であった。いや、これが魔法ではなく権能というもの。
イロアスがこの学校で学んだ魔法の使い方とはかけ離れたものであった。
その摩訶不思議な書物から繰り出される魔法は影の槍に対抗するための光魔法。
「それが影である以上、光には逆らえない。」
大きな魔法ではないが、光魔法によって影がこちらに介入できていない。それ即ち、
「影はただの魔法であって、権能ではない。」
未だ『戦争』マギアの実力の底は知れぬという事実であった。
そのマギア本人は、ただ笑っていた。
「やっと、貴様らを殺せる。900年の苦汁を、吐き出せる。死ぬがいい『魔導王』、鈍い黄金の都市とともに沈め。」
影は光に屈する。しかし、影もまた光によって生み出される。
その依存する関係が、光魔法が決して弱点になり得ない理由である。
「大いなる影には大いなる光がなければならばい。しかし、ボックの今の魔力じゃ厳しいか〜な。というか、『聖女』クラスじゃないと無理だね。」
「呑め、黒より深き海」
深い影が、海のように広がり波を立てて二人を襲う。
「呑まれれば終わりだ!逃げろ!!」
迫り来る影から逃げ続ける。荒波は音を立てて全てを呑む。そこら中に転がる瓦礫も、黒装束の仲間もろとも呑み込んでいく。
ダスカロイの書物が何冊かイロアスのそばを浮遊し続ける。
イロアスが波に呑まれる瞬間に、本は光を発し影を払う。
「荒技だけど、炎もある意味光だろ!」
炎魔法を連発し、影を払う。しかし、本質的に照らす意味を持つ光とは違って、炎には大きく影を薙ぎ払う力はない。
だが、炎は等しく明るいという性質が影を弱める手段になっている。
だが、
「マジかよ・・・」
天を仰げば、その青は黒に変わり、埋め尽くされていた。
「写せ、黒より遠き空」
海と空が、黒に染まる。
そして、全てを呑み込みながら、やがて二人は黒へと落ちるだろう。
その瞬間だった。
まるで時が止まったかのように、その海も空も、動きを止める。
いや、違う。
影が、凍ったのだ。
「ギリギリセーフか?」
見知らぬ男が、二人の背後から現れた。
白髪の髪で、白銀のその瞳が、冷たくもしっかりと戦況を見つめていた。
「誰だ・・・いや、お前は・・・」
「知らなくても結構だ。忘れられるのには慣れてるからな。だが名乗っておこうか。」
ゆっくりとこちらに歩みながら、冷気を纏って彼は笑い、名前を名乗る。
「『冠冷』エルドーラだ。」
最強、来たる。
これにて、今宵の役者は揃うのであった。
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その男は周囲を見渡し、ただ笑う。その笑みになんの意味があるのかは彼にしか知り得ないが、それを不気味に思わざるを得なかった。
だが、その不気味さなどどうでも良くなるほどの圧倒的な魔力を肌で感じる。その魔力は冷気となって、学校の玄関ホールを包み込む。
先ほどまで埃溜まる部屋の角まで全てが影に包まれていた。しかし、その影ですら氷の中に閉じ込められ、時の牢獄に閉じ込められる。
「状況は理解している。まさか学校が浮いているのをこの目で見れる日が来るとはな。」
この混戦の中、ただ一人平静を保っている。それもまた不気味に思えてしまう。
「あぁ、ダスカロイ、もう風魔法を解いていいぞ。」
その言葉が、何を意味するのかを理解したのは二人。
一人はもちろん風魔法で学校を浮かせ続けた『魔導王』ダスカロイ=フィラウティア。『冠冷』エルドーラのその言葉に驚きもせず、少しだけ笑って魔法を解く。
その瞬間に、意味を理解する。
もう一人は『戦争』マギア。
この学校を落とせなくなったという事実が全てを意味する。
任務は成功。だが、自身の作戦は失敗に終わるという意味。
このまま戦い続けるという選択肢は、残念ながら取れなかった。それほどの傑物が来たのだ。それほどの、戦況を一変させてしまうほどの怪物が来てしまったのだ。
「・・・時間切れか。」
「おい、俺が来たのに大人しく帰れるのか?」
「確かに貴様がいることによって全てが真逆に転じる。今の状態の俺なら逃げることは容易い。」
「へぇ、言うじゃねぇか。やってみろよ。」
黙って見てろと言わんばかりにマギアは魔法を発動するが、その光景が再び時が止まったかのようにイロアスの瞳に刻まれた。
イロアスは見た。
エルドーラの指の一振りで、目の前にいた化け物マギアはピクリとも動かなくなった。ただの指の一振りでである。
「・・・力がどんどん増えてるな。」
氷像と化した『戦争』マギアの氷にヒビがはいる。地面に描かれた影が暴れ尽くす。それを躱わすイロアスとダスカロイ。そして、微動だにしないエルドーラ。
「ではまた会おう。」
「・・・転移源はあっちか。」
もう一度氷漬けにしようと腕を動かしたが、それを無駄な行為だと悟ったのか、エルドーラは攻撃をやめた。
『戦争』マギアはゆっくりと影に沈みながら、再会を約束する。
イロアスは同じような影の魔力を、学校の5箇所で感知した。
それは実質的な、革命軍の撤退を意味する。
『魔導王』ダスカロイは、マギアが完全に姿を消すのを見つめて、床に大の字に倒れ込んだ。
圧倒的な魔力を持ちながら、この巨大な学校を浮かせ続け、それでいて力を取り戻した『戦争』と対峙しながら、イロアスを守った。
「・・・ボックの失態だ。」
それでもなお、彼は自分を責め続けた。
周囲は破壊し尽くされた跡だけが残り、奪われたものはあまりに大きい。
魔法学校フィラウティアでの戦いは、戦果で見れば大敗であった。




