第2章30話 バイオラカス
ーーバイオラカスは、『番人』である。
彼を一言で表すならば、それが最も的確だ。
彼は、司書であり、「命題」に苦悩する知恵者であり、知恵持つ特殊な巨人であるが、そのどれもが彼の全てを表す言葉ではない。
バイオラカスという特異な巨人を一言で表すならば、やはり、『番人』である。
では、何の『番人』であるのか。それは、初代『魔導王』スコレー=フィラウティアの魂眠る禁忌の塔の『番人』である。
では、なぜ『番人』になったのか。
それは、スコレーに頼まれたからーーー
ーーー果たして、本当にそうだろうか。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
図書館の入口側では大きな二組の戦いが合併し、再び混戦となった。
だが、残りの1組はその戦場に吸収されることなく、図書館の奥側で戦っていた。
本棚という障害物を挟み、二人の可憐な少女は互いに異なることを想い合う。
一人は、今日完遂すべき任務と、我が主君の悲願を叶えるその時を。
もう一人は、障害物の向こうにいるたった一人の友のことを。
お互いに、その想いは強く、その歩みは気高い。若くして、彼女らの成そうとするべきことは大きい。だからこそ、ぶつかる魔力も大きい。
普段は一切その実力の端を見せることはなかったサンが、今最も魔力を高めている。その魔力にあてられ、リア=プラグマは、彼女こそが自分たち同期の中で最も強いことを悟る。
かつて武力のみで十大貴族に成り上がったアストラ=プロドシアでもなく、人間とは異なる能力を秘匿する亜人ミューズでもなく、生まれながらにして死に至らしめる魔力を持ってしまったフェウゴでもなく、進化し続ける鬼才イロアスでもない。
戦場で誇る経験が圧倒的に足りない自分達の中で、人を見極める能力も、その判断能力も、すべきことの順位をつける力も、その魔法の扱い方すらも、圧倒的な経験で差をつけている。
戦場の経験こそが何よりの鍛錬であると考えるリアは正しい。だからこそ、冷静に把握できたサンの実力に唯一ついていくことができた。
これがアストラやミューズならば、恐らく殺されていたかもしれない。イロアスでさえ・・・
そう考えると、自分で良かったと殊更思う。
自分で言うのも何だが、アタシは強い。さらに、この学校に来て炎属性のさらなる進化を遂げた。現状サンを相手取るにふさわしいのは、実力でもアタシがベスト。
そして、殺さずに捕縛するという実力者でしかできないことを、やり遂げる魂胆でいる。
その魂胆など、意に介さずにサンは障害物を隔てている元同僚をどうしようか迷っていた。
・・・なるべくなら、殺したくない。
そういった感情が芽生えたのは、初めてだった。
生まれて初めて、革命軍以外の人に対してそう思えた。
この半年は、自分には長すぎたのかもしれない。およそ友と呼べる同期は革命軍にはいなかった。だからなのかもしれない。
だけど、任務だけは遂行しなくてはならない。
主君のために生きることが、自分で生まれて初めて決めた道。
それを邪魔するつもりなら、その時はーー
だから、お願い。
「邪魔しないで・・・」
サンに、殺させないで・・・。
水魔法の応用である霧。それが再び辺りを包む。
だが、その抜け出し方はすでに得た。リアは炎を爆発させ、周辺の霧をはらう。だが、爆散してもすぐに霧が包む。どうやら根比をしようというのだ。
ーーいや、そんなはずはない。根比など、時間がないと断言した革命軍がするはずがない。
目的があってこその無限の霧。
ならば、霧の中に包まれている術者であるサンを捉えるべく動く。
魔力探知に決して引っかからないサンの霧は、ある別の探知方法によって暴かれる。
「アタシはこの学校でひたすら効能の範囲を広げる努力をした。ただ燃やし、焼き尽くすだけが炎魔法じゃないわ。地味だけど、身につけれるものは全て身につける。見なさい、この眼を。」
霧の中、正確にリアを把握できるサンは、リアの眼球に魔力が集中していることを感知する。
「熱源探知。」
それは温度を推し量る魔法。だがそれは戦闘においてはあまりに正確ではない。なぜならば、この図書館のような障害物が多々存在する場所では、あらゆる温度が共存し、正確に人だけを測ることなどできない。
しかし、霧の中ではそれが可能となる。
空間は霧に包まれ、温度も水に奪われていく。そんな中、人間が発する温度は高い。
サンは、自分をも霧化している。だが、その水温だけは誤魔化せない。人が活動する温度を誤魔化すことなどできない。
「見つけた。」
認識を阻害させるサンの魔法の霧が見破られる。だが、サンはリアの元には向かっていなかった。
「何をして・・・」
その時、リアは気づいてしまう。
サンは、リアを見ていない。
今彼女の頭にあるものは、任務のみである。邪魔するものへの排除もない。それは時間との戦いでもあるが、もっと別な理由があった。
いや、確かに時間が関係しているが、『戦争』が焦る時間の要因ではない。つまり、『冠冷』の存在ではない。
図書館中に鳴り響く、雷鳴の叫びが聞こえてしまった。
サンにしかできない、サンが言い渡された任務。
それは、禁忌の塔の発見である。
サンは水魔法のスペシャリストと言ってもいい。水魔法の真髄は、その探知能力の高さにある。
イロアスが訓練していたように、サンはあらゆるものを水の波紋で感知することができる。
自分を中心として広がっていく波紋に触れた魔力の場所に人がいる。そこまでは、イロアスも習得することができた。だが、サンはそのさらに上をいく才能を持つ。
それは、地形すらも把握する波紋。隠されたものでも、波紋がそれを見つけてくれる。例え魔力を持たずとも、正確に地形を把握することができる。
リアがまっすぐこちらに向かっているのを察する。
「邪魔しないで・・・!!」
霧がサンの元に集められ、密集する。それは、本来あり得ぬことだが、質量を持ってリアにぶつけられた。魔法が可能にする質量を持つ霧がリアに直撃する。
重い・・・!!
リアはぶつけられた霧をそう感じ取った。たかが空を舞う水であるが、塵も積もれば山となるとはこのことである。密集された質量を持つ霧は、リアに思わぬ攻撃を与えた。
だが、リアはすぐに霧を2本の愛刀で裂き、距離をつめる。
そのわずかな時間で、サンはついに場所を特定した。
その瞬間、声という音速より速い手段で、サンはリンピアに結果を報告する。
手を伸ばし、はめている黄金の指輪を外す。そして、リアの目の前が光に包まれた。
「これは・・・光魔法!!サン、あなたはどれだけ隠して生きてきたの!!」
その光は、声など届かぬほどの雷鳴を鳴らしながら走るリンピアに確かに届いた。
自らの決着の時を知らせる光が、確かに届いてしまった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
合図は放たれた。
それを感じ取ったのは、サンが光魔法を使えるという前情報があるリンピアと、戦場での経験値がものをいったストラトスのみである。
だが、別の予感を感じ取ったものが一人いた。
戦いの終わりを予感した二人と比べ、彼が予感したものは違った。
図書館が光る。それは『紫電』の光ではなく、奥から放たれた光。
『番人』バイオラカスは予感する。
今ここで、命題の答えが得られるだろうと。
そして、その光に呼応するように動き出す二人を、見逃しはしなかった。
一人は、唯一何も予感しなかった『虐像』ロドスを早く仕留めにかかる。得意の青い炎をさらに強く、広く、強靱に繰り出す。
一人は『紫電』の異名通り、紫の雷となって再び図書館を加速し始める。その速度は、先ほどとは比べ物にならないほどの加速であった。
相対するバイオラカスは直線上に立ち待ち構える手段は取れないと判断する。
先ほどとは違って、あまりの速さに予測した地点を紫の虫が通過するまでが速すぎる。
現状身を固めて立ち止まるしかないバイオラカスは、上からまるでシャワーのように水滴を浴びる。
その正体が、触ってみて初めて血だと気づく。
その血飛沫の出所は天井を見上げてもわからなかったが、すぐにそれも察する。
恐らくは、紫の虫から出た血だと。さらに具体的には、紫の虫の脚から出血している。
これだけの加速を、何のリスクも無しに行えるはずなどなかった。すでに枷ある世界でデバフをもらい、それを雷魔法で無理やり筋肉を動かしている。
もはや人間には耐えれぬほどの負荷があの細い足にかかっている。タダで済むはずなどない。
もはや足を動かすことも叶わぬかもしれない。将来を一切見据えない戦闘。
一体何がそこまで突き動かすのか。動かぬ足で戦場に赴いたところで待ち受けるのは「死」以外ないというのに。
・・・この虫ならば、命題の答えを知っているのだろうか。
死が怖くないのか、なぜ生きるのか。
その答えを、この「死」と密接に関わる戦いの中で、知り得る気がする。
だが、すでにバイオラカスは考えを改めた。
自らの命題よりも、『番人』としての責務を果たさねばならない。例え、命題の答えがそこに転がっていたとしても、『番人』として、使命を全うしなければならない。
ーーー『番人』バイオラカスとして、命題よりもまずは使命を優先する。
それが、何とも矛盾しているということに、この巨人は気づかない。
一方で、その命題に一切悩むことなく、今を懸命に生きる『紫電』リンピアは人生での最高速度に達した。それは自分でもうまく制御できてはいない。ギリギリのところで障害物を避けながら走り続けた。
その疾走の中、リンピアは電磁波を飛ばし続けていた。もはや顔を上げても自らの速度が早すぎてはっきりと敵の居場所を把握することは叶わない。
この電磁波が生命線である。サンの水魔法よりかは正確ではないが、この図書館内であればある程度把握できる波。サンから教わった波での人の捉え方。
そして掴む、仁王立ちのバイオラカスの立ち位置を。
魔力を自分の体中に纏わせて、『番人』バイオラカスはただ待った。
自身の体に先ほどからビリビリと電波が伝わる。それは加速されて図書館中に帯びた電気ではなく、別で発せられている電波であるとわかっていた。
そして、自分ではもう一切捉えられない紫の虫の姿と滑走路。
故に、この電波をあえて浴び、位置を特定させ、向こうから来てもらう。全方位を警戒することにはなるが、それ以外に方法などなかった。
もはや、バイオラカスの中には使命しかない。ただ、塔を冒す者を殺すのみ。『番人』として、なすべきことをなすまで。
そして、決着の刻来たる。
全方位から攻撃できるリンピアが選んだのは、図書館入口方面からの攻撃であった。
全身を土魔法で固め、闇魔法で防御力を向上させているバイオラカスは、衝突するまでリンピアの存在を一切感知できなかった。
脚から出血するほどの加速で、リンピアはバイオラカスと衝突した。
土魔法という世界の足場という効能を持つ防御魔法最強の属性と、あらゆる魔法を増強するという効能を得たバフである闇属性。
この二つの掛け合いによって守られたバイオラカスに、加速された雷魔法が激突する。
リンピアの雷魔法の効能は、加速であった。しかし、それは衝突する前の効能である。
リンピアは、衝突する直前に効能を切り替えていた。それは「加速」から「裂雷」へと。
戦場において、相手の魔法属性の効能を把握するのは常識である。そして、把握した効能だけと決めつけないのもまた、常識である。
ただ加速してぶつかるのではない。リンピアは、加速された自分の速度に、「裂雷」という全てを裂く雷へと。
雷が、図書館入り口から最奥まで、一直線に走る。それは1秒にも満たない速さと、美しい紫色の輝きを放っていた。
「リンピア姉様・・・頑張って・・・」
サンが指し示した方向をぶち破り、リンピアは姿を消した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
・・・痛いな。
体に激痛が走る。肉の焦げた匂いが鼻を刺す。
だが、不思議と熱さは感じない。むしろ体は冷たくなっていく。
そして徐々に、痛みも感じなくなっていく。
・・・あぁ、死ぬな。
紫の虫と衝突し、体の半分が消し飛んだ。いくら巨人族とはいえ、これは死に至るだろう。
血管は焼けこげ、むしろ出血は少ない。だが、もう1分も持たずに意識はなくなる。
その最後の一時を、バイオラカスは命題に当てた。
なぜ、今死にたくないとは思わないのだろうか。
なぜ千年前、死にたくないと思ってしまったのだろうか。
・・・なぜ、紫の虫は血飛沫をあげながらも、前に進み続けたのだろうか。死ぬことを恐れなかったのだろうか。
その答えはーー
・・・考えてもわからない。いや、実際は考えてもなかったのだ。
この戦闘において、最も深く考えたことは、『番人』として生きることだった。
・・・なぜ、『番人』になったんだっけか。
そうだ、スコレーに頼まれたんだ。だからーー
ーーいや、違うな。
俺は、何か生きる理由が欲しかったんだ。死よりも優先される何か大いなる何かが欲しかったんだ。死よりも優先されるという死よりも強い何かが欲しかったんだ。
だから俺は『番人』になった。
・・・そうか、もしかしたらあいつはそれをわかってーー
死ぬことより優先される使命に俺は殉じることになる。それが不思議と恐ろしくなく、全うできなかったはずなのに、不思議と人生が満ちている。
使命があるからーー
ーーーそうか、思い出した。
千年前、死にたくないと叫んだあの日、俺は何か特別な使命を持っていたんだった。
目の前で、今なお繰り広げられる戦いの中、千年ぶりに現れた同族を見る。
新たな『番人』という使命のおかげで、一切考えることなどなかった同族のことを、今考える。
なぜこんな場所に巨人がもう一人いるのか、その理由をバイオラカスは思い出した。
・・・千年前の巨人の子だ、よく似ている。仕留め損ねた、小人殺しの巨人の子。
千年前、俺は使命を持っていた。
今も、俺は使命を持っていた。
遂行することのできなかった二つの使命が、偶然にもこの図書館にて集う。
遂行できなかった・・・確かにそれは悔やまれるが、遂行するのは自分じゃなくていい。
「ス・・ラトス・・・」
口から吐血しながら、その名を叫ぶ。目の前で猛威を振るう彼は、こちらをみた。
何か叫んでいる。よく聞こえない。
だがそんなことはどうでもいいことだ。どうか、俺の話を聞いてほしい。
「行け・・・頼む・・・」
図書館の奥を指差し、バイオラカスは最後の手段を講じた。そしてもはや、今の自分に成せることは無くなった。
使命を、最後の最後まで全うしたのだ。
生きる理由は、使命のためだ。千年間という長い刻の中、バイオラカスは『番人』として生きた。これを使命として捉え、その生涯にほとんどを『番人』に捧げた。
故に、バイオラカスは『番人』である。
これ以外に、彼を的確に表す言葉は存在しない。
生きてきた理由は明かされた。千年もの間苦悩し続けた命題はこれにて完結した。
ーーでは、生きてきた意味はあったのだろうか。
・・・どうか教えてほしい・・・スコレー・・・
そうして、新たな命題を生み、『番人』バイオラカスは最後の仕事を終え、その瞳は永遠に閉じられた。
「さぁ、もうすぐ客人が来てしまうからね。手早く済ませようか、バイス。」
閉じた瞳が開くと、そこは見知らぬ世界が広がっていた。周囲は本で満たされ、目の前を浮遊するのは千年ぶりに再開する恩人だった。
「君の命題の答えは見つかったかい?」
「・・・あぁ。理由は見つかった。」
「そうか、理由はか。」
「なぁスコレー、俺が生きてきた意味はあったのか。」
「・・・意味を決めるのは未来だよバイス。決して自分でもなければ過去の遺物である私でもない。君が『番人』として生きたことにどんな意味があったのか、それは未来を生きるものしか知り得ない。」
「・・・そうか。」
「そもそも、生きる理由すらも他者から与えられたものだと気付いたのだろう?生きる理由なんて基本的には生命には与えられてなんかいないのさ。もし生まれてすぐに生きる理由を与えられている生命がいるのならば、それは不幸なことだ。」
「なぜだ?俺はその理由に苦悩してきた。その理由が与えられていることなど幸福でしかない。」
「他者から与えられた理由など、私にとってはクソ喰らえだ。私は自分で生きる理由を決める。他人から与えられたレールなど、私は壊して進む。」
「そうか。お前らしい。」
「さて、本当に少しの間だけ君の魂をここに呼んだが、君の魂は本来ここにいるべきじゃない。わかっているね?」
「あぁ、俺は還る。2度と会いたくないが、彼女が管理者だというのならばしょうがない。」
「まぁ彼女は私に怒っているのであって、君には何ら感情を抱いてはいない。安心したまえ。」
「ではな、スコレー。」
「千年もの間守ってくれたことに感謝する、バイス。さよならだ。」
「・・・スコレー。」
「何だい?」
「『番人』としての生は、嫌いじゃなかった。理由をくれたことに感謝する。お前はきっと、そんなつもりじゃなかったんだろうがな。」
平然と感謝を述べ、『番人』バイオラカスはその塔から消えた。その最後の後ろ姿を見て、スコレーは少し笑った。
「・・・感謝されて嬉しかったのなんて、あの女神以来だなぁ。」
そんな思い出に浸る彼女の私室に、客人は訪れる。
足を引きずり、息を荒くし、雷の余波を纏う紫の髪を持つ女性は、その部屋の主人に物を尋ねる。
「スコレー=フィラウティア・・・『厄災の箱』についての書物はどこにあるんかな?」
「それは物騒な話だね。本当に招かれざる客人というのは態度が悪い。せっかくいい気分だったのに。」




