第2章29話 図書館戦争
『番人』として、ただなすべき事をなす。禁忌の塔を守るのが自分の使命である。
故にこの塔の秘密を知る紫の蝿を叩き落とすのもまた、自らの使命である。
その後、情報を聞き出すのも使命であり、知っているかもしれない革命軍全てを殺し尽くすのも、使命である。
・・・使命。
使命使命使命使命使命使命使命使命使命使命使命使命使命使命使命使命使命使命使命使命使命使命使命使命使命使命使命使命使命使命使命使命使命使命使命使命使命使命使命使命使命使命使命使命使命使命使命使命使命使命使命使命
ーー使命なのだ。
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スコレー=フィラウティアの死は、何事もなかったかのように忘れ去られた。
もっとも、このディコス王朝ではただ結界をもたらした魔女として知られているが、それは千年の月日がまるで記憶を上書きするように王家代々の秘術として塗り替えられた。
すぐにフィラウティアの名を継いだ『魔導王』が現れ、『七人の使徒』としての役割は継がれていく。
国一番の『魔導王』は二代目であるアラクシア=フィラウティアであると、国の歴史はそう語り、スコレーの名などたいして広まらなかった。
だが、そんなことはバイオラカスにとってはどうでも良かった。
彼は幾時を超えてもなお、スコレーの残した言葉と使命を守ってきた。いずれくる死ぬ時まで。
一度結論づけた命題の答えには、納得はしている。多くの本を読み、多くの知識を得た異種なる巨人は、「死にたくない」という結論を得た。「強者たれ」という巨人の掟に沿って、「死」を絶対的な強者と認定したのだ。
だが、妙だった。確かに死ぬことは恐ろしい。しかし、あの日浜辺で生きたいと願った時、死ぬことなど恐ろしくもなかった。
・・・もう一度、もう一度死に直面するならば、きっとーー
そう願って、千年の月日が流れた。
つに時はきた、今ここが、命の瀬戸際である。
彼の中にある『命題』と『使命』が、混同する前にーーー
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
リンピア=ゼスは、革命軍幹部第5席に座る者である。
その属性は雷に属し、美しい頭髪の色と合わせて『紫電』と呼ばれる女性である。
ただ、彼女は戦士ではない。主な役割はその頭脳にある。
彼女はアジトに滅多に顔を見せない革命軍副司令官リディア=エフェソスと遠隔で情報を共有しながら、作戦を立案する軍師の立ち位置にいる。
彼女の持つ魔力量は生まれついてのものであり、その戦闘力についてはまたのちに語ろう。
どうあれ、彼女の本職は頭であり、その華奢な体を酷使することにはない。だが深刻な戦力不足と、革命軍の司令官である『戦争』がその実力の半分しか発揮できない現状のおかげで、彼女は幾度となく戦場に現れた。
その戦闘方法は革命軍幹部最強であるギザの教えであり、多種多様な攻撃方法があるわけではない。
ただ一つの戦闘方法しか有していないにも関わらず、ギザの教えと、生まれ持った魔力によってリンピアは戦ってきた。
そのたった一つの戦闘方法は、戦場を壁上から俯瞰してみたセイレン=スニオンによって暴かれた。
雷の道をただひたすら速く動く。それだけである。
セイレンの退場は、あまりに愚かしく早々であったが、バイオラカスという知識を溜め込んだ巨人にはありがたい助け船であった。
大量にある本棚という障害物を利用し、ひたすら加速を繰り返す。その加速力から考えて、強靭な肉体を有する巨人であるバイオラカスですら、致命傷である。
だがそれはお互い様であった。塔に直接つながる図書館の分厚い床や壁を平気でめり込ませる拳は、華奢な肉体を持つリンピアには致命傷である。
かくして、二人は互いに一撃必殺であることを予感した。
当てれば勝ち、当たれば負けの、至極シンプルな戦闘がすでに幕を上げている。
枷ある世界を喰らってなおその速さで動けることには感服する。恐らく雷で無理やり筋肉を動かしている。故に、これは早期決着でもある。
そんな無理をすれば、すぐに体が悲鳴を上げるだろう。
ーーそれは、単純にして明快な考え。だが、的を得ていた。
リンピアの体はすでに限界を迎えている。筋肉に流す雷が、どんどん強くしている。そして血管は破れ、その美脚からは血が流れ出る。
それでもやらねばならない。決して負けてはいけない。
速やかな任務の遂行のために。
加速する。血を出し、尋常ならざる汗をかき、それでもリンピアは加速する。ただ速く、ただ威力を増すためだけに。
図書館中に紫の閃光が輝く。その美しい輝きは、やがて一本の道で壁にぶつかる。
相手が来るのを待つのでは後手に回る。ならば、その輝かしい紫の雷道にそびえたとうではないか。
バイオラカスがそう思い、握った拳は、今までのゲンコツのそのどれよりも遥かな握力を見せた。
雷の直線上に、バイオラカスが立ち、リンピアと激突するまでのコンマ数秒。
決着はーーー
ーー持ち越された。
図書館中を輝かせた紫の閃光は、同じくらい輝かしい青色の何かによって呑まれた。
「なっ・・・!!」
「・・・!」
決着のその瞬間、それ以外に目のくらんだ二人だが、この戦場には相対する組みがまだ二組あるのを忘れてはいけない。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
時は少し遡り、バイオラカスによって枷ある世界が発動された直後。
この魔法の餌食になったのは、リンピアともう一人いた。
『虐像』ロドスーーバイオラカスと同じ巨人種であり、リンピアと違い弱者を痛ぶるために地下に降りてきた大男。
リンピアは体に雷を流すという荒技でことなきを得たが、ロドスはそうもいかなかった。
彼は魔法についての知識など乏しい。それは巨人族であるが故だ。バイオラカスについて語った時、すでに巨人族については説明したので割愛する。
そして、バイオラカス同様、ロドスも巨人族の中では異端児である。頭が弱いのは巨人族の性を引き継いでいるが、この巨人ロドスは「強者たれ」という鉄の掟が全くもって意中にない。
むしろその逆である。
彼は、弱者をいたぶり続ける。自らの強さなど興味もない。ただ、弱者を痛ぶるだけの力があればいいのだ。
故に革命軍でも彼の立場は異質であった。調停機関にいるはずの巨人が外の世界にいたというだけで、『戦争』から革命軍に誘われた。
その長い寿命から、彼は数百年もの間、『戦争』と共にその弱者を痛ぶるためだけの武力を振るっている。
故に、彼には弱者を痛ぶるだけの武力しか使わない。ならば、枷ある世界によって重荷を背負わされたその武力は、もちろん低下する。
ただ、それは人間ベースの話である。ロドスはあくまで巨人であり、戦闘民族である。
膝のついたロドスを見逃すはずもなく、なんなら、膝をついたその音共に動き出した男が一人。同じく動き出したセイレンとは速さが違った。まさしく戦場に出た経験の差である。
ストラトス=アンドラガシマは、魔法学校の教師でありながら戦場に多々現れた稀有な男である。同じ稀有な者としてギュムズ=ナシオンが挙げられるが、ストラトスとギュムズでは戦場に出る明確な理由の違いがある。
だがこの二人に共通していることはーーー強い、ただそれだけである。
そのストラトスの魔法は特殊である。炎属性の中でも希少な効能を有し、それは人が身につけようとも身につけることのできない。殺傷能力は高く、破壊力も大きい。
だからこそ、この場でもその使い所は限られる。
大きな破壊は、現在この学校を浮かせているダスカロイへの負担にしかならない。なぜならば、ダスカロイは破壊の衝動で落ちる瓦礫すらも浮かせている。
・・・いや、ダスカロイならばそうするだろう。
そしてもう一つ、ギュムズの戦闘が現在深刻にダスカロイに負担を負わせている。それは、戦闘相手との兼ね合いもあり仕方のない面もある。
上から降りてきた中で、恐らくギュムズが相手している狼人族が最も強い。あれが幹部最強であるだろう。
そんな中、自分がダスカロイに負担をかけさせるわけにはいけなかった。故に、使い所だけを考えねばならなかった。
その時が来た。目の前の敵は膝を着き、その隙を見せた。
ついにストラトスはその実力を発揮する。
ストラトス=アンドラガシマの異名は『炎鬼』である。その異名は相対する敵が恐れつけた名であった。その属性は炎であり、その種族は人間である。故に、『炎』という名は理解できるが、『鬼』という名は的外れである。
この世界には確かに鬼人族という亜人が存在するが、ストラトスはそれにも該当しない。
ならば、なぜなのかーー
ロドスに向けられてストラトスが放った魔法はただの炎魔法である。だが、その色は通常見れる赤色ではなく、禍々しくも神秘的な青色をしていた。
その脅威を、ロドスは長年の感覚と、わずかに残る巨人族の直感で感じ取った。
ーー直撃は死を免れない。
防御も全力で魔力を展開しなければ軽度の傷では済まないだろう。
・・・思い出した。こいつは『炎鬼』だ。強い敵だ、出会わないようにしてきた敵だ。
強い奴とは避けるべきだ。だけどーー
「弱い奴を痛ぶるにも試練があるというわけだな!!」
目一杯の力を込めたその巨躯は、まるでデバフをかけられているとは思えぬほどスムーズに動き出し、ストラトスの青い炎を避けた。
バイオラカスの枷ある世界は、人間をベースに考えられた魔法である。その魔法は本を読み知識をつけたことで得た魔法であり、バイオラカス独自の魔法ではない。
人間の体に重荷を背負わせ動きを鈍らせるために開発された闇魔法である。それゆえに、巨人族であるロドスには多少は影響のあるものの、決して大きなものではない。
かくして、デバフの効いていない巨人ロドスと、またも自分の魔法の使い所を探る羽目になったストラトスの戦いは始まった。
だが、ストラトスは確かに見た。自分の破壊力のある炎が、図書館の壁を貫けなかったところを。天井は優に破壊されたが、なぜか図書館の壁は破壊されなかった。
禁忌の塔という存在すら知らされていないストラトスにとって、それはあまりに不可解なことであったが、千年もの間謎に司書を続けている巨人族のいる図書館。
以前から気になっていたが、どうやら特殊な場所であることを把握した。
・・・ダスカロイ、もしかして地下には何かあるのか。こいつらが揃いも揃って地下に向かっている理由があるのか。
そのことに想いを馳せて、ここでの戦闘は自分にとって最適であると判断する。
自分の魔法に、制限をかける必要は無くなったのだ。
先ほどの、ストラトスの異名に戻ろう。『鬼』という異名は、先ほどのロドスの発言からでも推察できるだろうが、彼の炎魔法は他の者よりも圧倒的な攻撃力を誇る。
恐らく、並び立つ、もしくは超えるような魔法使いは『灼熱』の異名を冠するリオジラ=プラグマだけである。それほどまでに破壊力のある炎によって、彼は幾人もの敵を焼き殺してきた。
一度放てば数人が死に、十発でも放てば百人死ぬ。その鮮烈な戦い方はまるで戦闘民族の中でもさらに異常種である「鬼人族」そのものである。
故に、『炎鬼』。
戦場にてエナリオス、ギュムズと並び、多くの革命軍を葬ってきた人間である。
さて、ストラトスの炎魔法の一体何がそこまでの破壊力を帯びているのか説明しよう。
恐らく、多くの人間が見たことある炎というのは、赤色であったり、橙色、はたまた黄色かもしれない。だが、彼の持つ炎の色は美しくも奇妙に光る青色である。
まるで魂が揺らぐが如く、その炎は奇妙に揺らぐ。
この世界には、炎には温度によって色が決まっている。その中でも、最も温度が低い色は赤色であり、最も高温であるのは青色である。
また、化学反応ーー否、この世界では錬成学または古代学において、炎にある金属を入れると、色が変わるという仕組みがある。
ストラトスの持つ青色の炎は、前者である。
圧倒的な高温の炎であり、その威力はあらゆる金属を溶かし、貫通する。それは生物も等しくである。
魔力を通さねば防御など不可能であり、それも小さい魔力などは取るに足りない。
ロドスの強靭な肉体と、魔力を併せ持ってしても火傷は免れなく、下手をすれば肉体が融解する。
故に、生物的、巨人的な本能で避けたのは正解であり、もしもガードなんて真似をしていたのならば、その両腕はすでに肩には繋がれていないだろう。
その見事な本能を発揮したロドスは、先述の通り弱者を痛ぶることが趣味であり、至高である。
故に、強者との対戦は極力避けてきた。
だが、今宵ばかりはそうもいかない。すぐ下には目的の弱者が自分を待っているーーそう考えれば、今目の前にあるものは試練である。
自身の属性は相手と同じ炎。だが、千年もの間ろくな鍛錬も積んでいない自分と相手では、その差は小さくはない。だが、幸運である。
同じ炎ならば、幾分かの威力を相殺できる。
そう思い、ロドスは炎の鎧を自信に纏わせる。それはリアの丹花の鎧とは違い、全身を渦巻くように纏う全身甲冑である。
眉を顰めるストラトスと、甲冑の下で笑うロドスの戦いが始まった。
「我を貫いてみせよ!!青い炎の使い手よ!!」
鎧を纏うロドスが突っ込んでくる。
だが、攻撃はあまりに単調である。ただのタックルだ。それならば、お望み通り貫いて見せよう。
「青穿」
ストラトスの両の手の間から、まるで光線のように発射された青い炎は、一筋の道となってロドスに直撃した。だが、本来ならば貫けるはずの青い炎は、ロドスを何十歩分も後さずりするに至らせたが、貫くには至らなかった。
「我の装甲の一部は崩れたが、どうやら貫くには至らなかったな!!」
地下にも轟くほど、学校が揺れている。どうやら、時間はなく、被害は大きい。ダスカロイの限界も近いだろう。
それが無情にも、ストラトスを『炎鬼』にたらしめない理由であった。
彼は未だ、力を制御している。たとえこの空間が特殊な空間であったとしても、全力を出せば貫きかねないと思ってしまう。
この手の技はダメだ。ならば、
「広範囲で削り取る。」
一点に集中し貫通する技がストラトスにとっての基本的な技である。元々高温であり、容易く溶解させる炎をまとめ上げ放出することにより、その一撃はあまりに重くなる。
故にこれを基本としてきたが、どうやらそれでは勝てない。
青い炎に形を与える。それは獣の形となって、ロドスを食い破らんとする。
「青獅子の牙」
明らかな破壊力を秘めた攻撃を、力技で耐え忍ぶロドス。その攻防はやがてーーー
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
紫の雷が、バイオラカスと衝突するコンマ1秒。
ストラトスとロドスの戦いが破って入る。
互いに一撃必殺を秘めた攻撃は、次に持ち越される。それに比べると攻撃を弱めるストラトスと、弱者を痛ぶってきたただ頑強な巨人ロドスとの戦いは残念ながら劣る。
だが、意図せずとも混同してしまった戦場は、2対2となる。
その立ち位置はバラバラだ。バイオラカスとストラトスは自然と肩を並べるような立ち位置をとったが、ロドスとリンピアはそうではなかった。
リンピアは邪魔をされ、速さは落ちたものの、その走りを止めるわけにはいかなかった。
なぜならば、彼女の華奢な足はすでに限界であり、もはやどうにかしてこの一撃をもってどちらかを仕留めるしかなかった。
故に走り続ける。
ロドスという理不尽な肉体を持つタンクを手に入れた今、彼女の方がことがうまく進んでいることに、相対する者は誰一人として気づかなかった。
だが、たった一人の味方だけがそれを感知していた。
それは弱者を痛ぶることしか考えないロドスではなく、唯一、同じことを共有していた少女である。
任務遂行を掲げる少女サンのみが、リンピアのために動いていた。




