第1章4話 語られる物語
「ここは・・・」
気づくと俺は一面真っ暗な世界に浮いていた。どこを見ても暗闇で覆われている。下を覗いても真っ暗で、地面の感覚がない。
「俺は、何してたんだっけ。」
あぁ、そうだ。アフターを助けないと。ここにいたら何か記憶が混濁する。早くここから抜け出さないと。
その時、
ーーーーーーガタ
後ろから何か音がした。その音とほぼ同時に後ろを振り向く。そこには、まるで最初からあったかのように箱が置いてあった。
丁寧な装飾がされている正方形の小さな、かなり古い箱だ。両手で運べるサイズで、紺色の鉄のようなものでできている。鍵穴が正面についていて、その鍵穴に向かって四方から鎖が巻かれている。
一見普通の箱に見えるが、誰もが感じるだろう。とても不気味で、触っちゃいけない気がする。
でもなぜか、とても惹き寄せられる・・・。
「 ーーーー 」
声が聞こえる。
箱から声が聞こえる。俺は不気味だが妙に魅力を感じるその箱に近づく。
再び声がする。
俺を呼んでる声がする。
「 ーーーー私を 」
その瞬間、箱から闇が溢れ出す。
動けない動けない動けない。
これはやばい。箱が俺に近づいてくる。闇を纏いながら俺に近づいてくる。そしてまるで鍵穴が口かのように錯覚し、その口からこう語られたのだ。
「 開いて 」
そして俺は完全な闇に包まれた。何も感じない闇の中に落ちて、意識はだんだんと失われていく。
少しだけ心地いいーーー
ーーー「干渉できる力があるとはね。」
声が聞こえる。こんな闇の中から一体誰が・・・
歩み寄ってくる音がする。音の方向を見ると、闇の中に長い杖を持った男の人がいる。
その杖が光を発し、俺を抱いていた闇が祓われる。
男は俺に笑いかけた気がする。
「さぁ、目覚めの時間だよ、イロアス。」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
目を覚ますと、見慣れた天井が俺を出迎えてくれた。何か夢を見ていた気がするけど、思い出せない。
「目を覚ましたのね。」
夢を必死に思い出そうとする俺に、ミテラ叔母さんが俺のベッドの横の椅子で腰をかけてそう問いかけた。ミテラ叔母さんは頭や手などあちこちに包帯を巻いているが、笑顔で俺の方を見ている。
「話があるわ、ロア。今回の事件について。」
とても真面目な声で、違う方から声がする。
俺の目の前を飛んでいる精霊セアが、そう語りかけた。
「セア・・・」
「・・・ミテラ叔母さん、あなたにも聞いてほしいわ。あなたもあの後倒れてしまったから。」
部屋から出ていくそぶりを見せたミテラ叔母さんをセアは止めた。俺は驚いた。セアが俺以外の人に姿を見せるなんて。
そんなことはお構いなしに、今雄弁と語られるのだ。この世界で起きている惨状と、待ち望まれている『英雄』の話を。
※※※※※※※※※※※
遥か昔に、この世界は2人の女神によって創られた。
1人は『豊穣の女神』ヘレン。ヘレンはこの世界に豊かな大地と生命を創った。
もう1人は『愛の女神』テディア。テディアはこの世界の生命に秩序と感情と、そして魔法を与えた。
この世界の生命は各々の進化を遂げ、やがてこの世界は『人類』が文明を築き支配していった。2人の女神は人類に興味を持ち、姿を変えて人類と共に暮らすことにした。
しかしヘレンは、人類が大地を汚し、他の生命の尊厳を無意味に奪い、己の欲を満たすためだけに生きる獣と知った。それは全ての大地と生命の母である私への冒涜であると、そう感じた。
故にヘレンは人類を滅ぼすことにした。
逆にテディアは人類が愛を育み、信念を持ち、誰かのために自らをも犠牲にできる尊い生命だと知った。
故にテディアは人類と共に生きていくことにした。
そんな2人が対立するのは当然の結果だった。世界はやがて2つに割れ、時代にして今から千年前、争いが生まれた。
1つは、人類を滅ぼすことを掲げた女神ヘレンを崇める『魔獣大陸マギサ』。あらゆる魔獣、複数の亜人を従えて人類を襲った。
もう1つは滅びから救うために立ち上がった女神テディアを信仰する『聖界メディウム』。テディアが力を分け与えた『七人の使徒』と眷属の精霊、そして亜人や人類が団結して立ち向かった。
この大戦の結末は、ヘレンの敗北だった。しかしただでは負けなかった。ヘレンは『厄災の箱』を神界から呼び出し、その箱を開いた。テディアは英雄と共にその箱をヘレンごと封じたが、力及ばず『厄災』が複数に散らばり、世界に舞い降りた。
その後、『預言者』サンドラは千年後に厄災の箱を開く『鍵』と、新たなる『英雄』が現れると予言した。そしてこの現在、『七人の使徒』と『厄災』が世界の均衡を保ちながら、その時を待っている。
セアから淡々と語られたその昔話は、何となく聞いたことがある。不思議そうな顔をしているとミテラ叔母さんは俺に話しかけてきた。
「ロア、授業でやってるのだけれど・・・」
俺は、地雷を踏んだらしい。ミテラ叔母さんの顔がそれを物語っていた。
「それがどうしたの?」
俺は一生懸命ミテラ叔母さんの顔を見ないように、疑問を的確についた。この話が今回の事件と何の関係があるのか、それは当然の疑問だろう。
「『鍵』については何も詳細は分かってないの。でも新たなる『英雄』については少しだけ分かってることがある。それは予言の中では『光の子』と伝えられているわ。」
その言葉には聞き覚えがあった。二人がアフターを攫った小屋の中で言っていた言葉。じゃああいつらは、新たな『英雄』の可能性として攫っていったのか。
俺が思考にふけておると、ミテラ叔母さんが興味深い発言をした。
「『光の子』・・・それってもしかして、10年前にこの国に落ちてきた『光』と何か関係があるのかしら?」
「あの光が予言に関係していると見て間違いないわ。でもその光は忽然と姿を消したの。だから誰も光の行方を追えていない。今回の一件は、あの2人がアフターを予言の中の『光の子』だと勘違いして攫ったから起きたことよ。泣いてる時に光ってたから。」
「じゃあどうみても悪党のあの2人は『英雄』を殺そうとしている。そう考えていいってことだね。」
「おそらく『厄災』の手先ね。『厄災』からしたら『英雄』は最も邪魔な存在だもの。」
「『厄災』・・・」
新たなる『英雄』、この存在も大いに気になる。『英雄』を目指す身としては是非とも俺がなりたいけど、俺は『光』なんて知らないし、俺の知らないところで『英雄』が誕生しているのかと思うと、少し嫌な気持ちになった。
しかし、俺はそんなに気にしなかった。俺は何があっても『英雄』になると決めた。だって、『英雄』は生まれ持ってなるものではなくて、みんなに認められてなるものだから。
俺は生まれた時から『英雄』なんて認めない。
そして『厄災』。俺が『英雄』になる上で、きっと最大の敵になるであろう。しかし俺は魔法を手に入れた。夢にまた一歩近づいたのだ。それを俺は今喜んでいた。
「そしてここからは、今回の一件とは関係ない話よ。ロア、あなたのご両親について。」
俺は、喜びの顔を止めざるを得なかった。
俺の両親?なんでセアがそんなことを知ってるのか。そう言おうとしてセアの方を見た時、セアは俺の顔を黙って見つめていた。そして聞く姿勢が整った俺を見て話し始めた。
「あなたのお父さんは、とても勇敢で誰よりも強く、誰よりも優しかった。そしてあなたのお母さんは、それはとても美しく、慈悲深いお方だった。そんな2人の間にあなたが産まれた。でも・・・」
そしてセアは悲しそうな、でも俺をまっすぐ真剣な翡翠色の眼で見て、続きを語る。
「ーーーあなたのご両親は『厄災』との戦いの末に、亡くなってしまった。お2人は私にあなたを託してくださった。そしてあなたにある『願い』を託した。これから伝える言葉はその『願い』。」
俺は黙って聞いていた。
するとセアは俺の方を見て、笑顔で泣いた。
まるでこの言葉を伝えるのを待ち侘びたかのように。
「世界を救って、イロアス。」
その言葉を聞いた瞬間、俺は自分が何者なのか、両親が何者なのか、セアが一体何者なのか、そんなこと全てがどうでも良くなってしまった。
だって嬉しかったんだ。俺は捨てられたわけじゃなかったんだ、俺は望まれて生まれたんだ。それが何よりも嬉しかった。
誰からも祝福など受けていないと、昨日の夜まで本気でそう思っていた。俺は、誰からも期待されずに、ただ魔法も使えずに朽ちていく。そう思っていた。
それがたった1日で全てが覆った。それでも、俺は望まれて生きていることが、何よりも嬉しかった。
セアが俺の見るべき未来を指し示した。そして、今、両親からの『願い』を託した。
昨日までの俺には、決して託すことができない『願い』。死んだ眼をしていた俺には到底託すことのできない『願い』。
それを今、託してくれた。
俺は今涙が止まらない。
俺は愛されていたんだ。
「俺が救うよ、全部。任せてよ、セア。」
きっと今もどこかで、誰かが『厄災』に怯えて生きている。俺みたいに両親を知らない子もいる。きっとそれよりも辛く苦しい思いをしている奴だっている。
もう一度目指すよ、『英雄』を、俺の夢を。
だって、
ーーー誰もが愛を求めている。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ここは白銀の世界。そこに大きな漆黒の城が聳え立っている。その周囲には多くの家が建ち、屋根は白に染まり、人が住む環境はない。そんな無人の城下町の周囲を高く黒い壁が囲っている。
相変わらず何もない街だな。男はそんなことを思いながら黒い城の門の前に立つ。
相変わらず殺風景な城だな。男はそんなことを思いながら城の中を歩く。窓を眺めても真っ白で何も見えない。ここに人類がいたら立って前に歩くことすらできないだろう。本当に哀れな種だ。男はそんなことを思いながら、大きな扉を開ける。
相変わらず、不幸な顔をする男だな。そんなことを、目の前の玉座に座る男に思う。
「光の子は見つかったか、サタナ。」
「いやぁ、そううまくはいかないよぉ。せっかく掴んだ情報もただの寝てたら光る赤ちゃんだったしなぁ。しかも『聖女』まで来たんだもん。流石に撤退だよぉ。君怒るしね戦ったらぁ。」
紺碧の眼をした『魔王』ーーサタナ=クシファは笑いながら語る。玉座に座る男の前ではあり得ない態度で。周囲にいる臣下を見ると誰もが厳格な態度を取り続けている。
普通はそうだろう。玉座には王が座るものだ。誰もが頭を垂れる。不敬は許されない。
しかしサタナが取る態度はそれではない。しかしそれはそうだろう。彼もまた王なのだ。周囲の臣下をよく見ると、人ではない、人ではない何か。角が生えたり体から獣のような体毛が生えてたりする。この世界で当てはまる言葉があるとするならば、魔獣。
ーーー魔獣の王、『魔王』。
それが紺碧の眼をしたサタナ=クシファの正体。全ての魔獣を統べる者。
では、玉座に座るこの男は何者なのか。周囲の魔獣はその男に一切何も感じていない。おかしなことだ。自らの主人は玉座に座らずにここにいるのに、その玉座を空け渡さないこの男は何者なのか。
「でも収穫はあったよぉ。精霊が『聖女』と共に現れたぁ。今この現代、精霊は人類にすら姿を隠しているぅ。そんな中人類と協力するはぐれ精霊が『光』が落ちた王国の『聖女』と共にいるぅ。もしかしたら、『光』はその精霊と何か関係があるかもしれないねぇ。」
「精霊だと・・・」
「あと面白いことにね、最初出会ったときは魔力を全く感じなかった少年がいたんだけど、切り札としてミストフォロウを倒すくらいの炎魔法を使ったんだよぉ。面白い子だったなぁ。」
「アナトリカ中に散りばめている魔獣を王都に集中させろ。お前の眼を使って精霊を見つけ出せ。」
「はいはーいぃ。やっと見つけられそうかなぁ、光の子ぉ。『厄災』にとって最も重要だもんねぇ、
ーーーねぇ、『原罪』ちゃん。」
『厄災』の一つ、『原罪』は玉座から立ち上がりその間から出る。去り際に少し、笑った気がした。




