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誰もが愛を求めている  作者: 天邪鬼(あまじゃき)
第2章  魔法学校フィラウティア
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第2章28話 この巨人が番人に至るまで




 「あい・・・つ・・・は・・・」


 気がつくとそこは、見知らぬ浜辺であった。


 「逸れ巨人かな?」


 一人の人間が、浜辺で横たわる自分に近づいてきた。


 ・・・ここはどこだろうか・・・どこに()()()()()のだろうか・・・


 「怪我をしているね。調停機関が管理している巨人が怪我をしてこの大陸に流れ着く・・・何か事件があったみたいだね。」


 怪我・・・そうだ、あいつを止めようと・・・


 「こんな状況ですまないが、君は生きていたいかい?」


 生きて・・・いたい・・・?


 「巨人族はとても研究しがいがあるんだ。ぜひ死ぬなら死体を提供して欲しい。どうだろうか?」


 研究・・・この人は、俺には関心がないのか・・・


 「どうだろうか、君はまだ生きていたいかい?」


 死が見える。目の前はぼやけ始め、痛みを感じなくなっている。体は水に流されて冷えているはずなのに、何も感じない。

 俺は、俺は・・・


 「いぎ・・・だい・・・」


 何か特別な使命があるわけでもない。自分をこの様までもってったあいつに復讐したいとも思ってはいない。これから先を生きる執着もない。


 だが、なぜだろうか。生きたいと思ってしまったのは。


 「・・・そうか。非礼の詫びだ。君の怪我を治療しよう。だが、少しだけ研究には付き合ってもらうよ。」


 なぜ、生きたいと思ってしまったのか。それは俺が生涯をかけて悩み続けた命題となった。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 時は今から900年前まで遡る。

 それはイロアスが禁忌の塔で見た時代。スコレー=フィラウティアが魂の禁忌を犯した時代。


 その時代に彼は存命であった。


 調停機関が管理する巨人族。なんの因果か、彼はここディコス王朝に流れ着いた。


 「目が覚めたみたいだね。」


 目を覚ました時、第一声はあの浜辺で聞こえた女の声だった。


 「君は巨人族であるのは見ればわかるが、意外に小さい方だね。かの巨人の英雄ダイダラなんて10メートルは降らなかったぞ。」


 自分が小さい方だというのは理解しているが、巨人の英雄と比べないでほしい。あれは巨人族の中でも異質中の異質であり、祖であるのだから。


 「さて、これから長い付き合いになりそうだ。君の名前を聞いておこうか。」


 長い付き合いの意味がわからないが、助けられた恩だ、名前くらいは答えておこう。


 「・・・バイオラカス。」


 「長い、バイスだ君は。」


 名乗らなければよかった。初対面の相手の名前を略すどころか、そう認識させようとしている。バイオラカスという名前を抹消しようとしている。


 ・・・名乗らなければよかった。


 「・・・お前の名は。」


 自分だけ名乗ることに少し腹立たしさを覚えたから聞いてやった。別に覚える気はない。


 「おや、世界を救った英雄の顔を知らないとは。まぁ大した活躍はしていないからしょうがないか。よく覚えてーー」


 「長い。」


 「・・・スコレー=フィラウティアだ。」




※※※※※※※※※※※




 自分を拾ってくれた女・・・まぁ名前で呼んでおこう。スコレーは、この広大な学校の校長だそうだ。自分は目を覚ますとここにいたが、実際はどこにあるのかは知らない。


 早くここを出て行きたいとは思ったが、特段外に出てもやることがないから外には出なかった。


 だが特にやることもないから、学校を練り歩くと、スコレーが小さな部屋でで数人の小さい小さい子供相手に何か話している。


 「おいスコレー、暇だ。」


 小さな部屋の小さなドアを開ける。するとそこにいた小さな人間の子供は叫び始めた。


 「きゃー!巨人だ!」

 「食われる!!」


 ・・・やかましい。


 「ふむ、バイス、研究の時間はまだだ。大人しく本でも読んでなさい。」


 「無理だ、俺に読書の趣味はない。」


 「せっかく寿命を伸ばしたんだ、その限りある生の中で知識を詰め込め。バカのまま死ぬなんて、何のために生き続けていたのか死ぬ寸前になってもわからない恥だ。」


 何のために生き続けたのか・・・あの浜辺で倒れたときの俺は、そんなこと考えもしなかった。


 バイオラカスが小難しい顔をして悩んでいるのを見て、スコレーは笑う。


 「君の悩みは何か知らないが、悩むことは素晴らしいことだ。わからないことを知ろうとすることこそ、人間の究極の美だ。」


 悩むことなどしてこなかったから、バイオラカスにはその言葉の深い意味など理解できなかった。


 ここで少し、巨人族について語ろう。


 巨人族は、戦闘民族である。亜人に分類されるが、人間から派生した特殊な亜人である。だが、人間ほどの知性はなく、『強者たれ』という巨人族共通の鋼の掟がある。


 もちろん、バイオラカスにもその掟はある。だが、彼は特殊である巨人族の中でもさらに特殊であった。


 現在調停機関によって管理されている巨人族のどこが『強者』なのか、甚だ理解できなかった。

 だが、周囲の巨人はそれをどう思うこともなく、ただ調停機関の長とその付き人に従う。彼女らを『強者』とは思っている。だが、真に戦闘民族ならばいつか謀反でも起きるだろう。


 しかし、巨人族は人間相手に謀反を起こしたことなどなかった。

 彼ら巨人族が誕生してからの何千年という間、ただの一度もだ。


 恐らく巨人族は真なる意味で、戦闘民族ではない。それを、バイオラカスという巨人だけが悟っていた。


 巨人など、たかだか体が大きく、力が強い人間にすぎない。それを他の人間と比べて自分たちは彼らに比べれば戦闘に長けていると、そう謳っているだけの亜人。


 故に、知識は発達せず、強者に従う。

 思い悩むことなどなく、意見が食い違えばすぐに武力で解決する野蛮な亜人。


 死ぬその瞬間に、間違っても「生きたい」だなんて言葉は発さない。その生涯に意味などなく、その生涯にただの一度の後悔もない。使命もなければ、成し得たいこともない。


 それが、この世界の巨人族である。


 故に、「生きたい」などとありえぬ言葉を発し、ましてや生きることに思い悩み続ける巨人族など特殊でしかない。それが、バイオラカスという特異な巨人である。


 バイオラカスは自分が特殊であることを自覚している。それもまた特殊なのだが、それはこの際もういいだろう。

 自覚しているからこそ、彼は「生きたい」と思ってしまったことに悩まざるを得ない。


 そしてその悩みを、究極の美であると断言したスコレーに、多少の興味が湧いた。


 「・・・おすすめの本はなんだ。」


 「・・・自身の特異性について悩んでいるのであれば、おすすめの本はいくらでもあるさ。」


 この日から、バイオラカスは大図書に居座るようになった。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 自分の900年の居場所に、紫色の蝿が飛ぶ。


 あぁ、鬱陶しい。


 バイオラカスの知性は、歴代の巨人族の中でもダントツで発達した。故に、戦闘においてただ力を振り回すことなどない。


 その拳は、土属性によって強化され、何をも砕く破壊力を持ち、自身のスピードの無さをカバーするために闇魔法によって相手にデバフをかける。


 だが、今宵の敵は、雷属性によって速さを格段に強化している。


 巨人族にはない知性を、フルに活用する。


 ・・・先ほど、そこに倒れている生徒は間違いなくこの紫の蝿の進行方向に立った。無差別ではない、この速さは条件付きの速さであること、それを考察できることを理解する。


 もう何百年ぶりの戦闘だろうか。


 命の危険を感じたのは、あの日が最後だろうか。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 「・・・まずいな。嗅ぎつけられたか。それとも密告でもされたか?」


 学校の大図書にて、バイオラカスの身体の研究を続けるスコレーと、それでも本を読み続けるバイオラカスがいた。だが、その愛らしい光景とは裏腹に、事態は深刻であった。


 「厄介な相手だ・・・まぁ、私が悪いんだけどね。バイス、下がっててくれ。」


 スコレーの言っていることはよくわからなかった。現在この学校はスコレーの張った結界がある。聞くところによると、この結界は認識不可の魔法が組み込まれているらしい。


 ならば、敵対するものなどここに来れるはずがない。何を騒いでいるのか。


 だが、それはやはりスコレーよりまだ世界を知らぬ童の戯言であった。目の前には急に出現した謎のゲートがあり、そこから計り知れぬ力を持った人が歩み寄ってくるのを察知した。


 巨人族の『強者たれ』という掟を、わずかでもその胸にあるバイオラカスは、咄嗟に思ってしまった。


 何もしてはいけない、と。


 「魂の禁忌。それを犯すものは何人たりともその生を奪う。それは女神が決めた、麗しき女神の血より濃い世界の掟。決して開けてはならぬ禁忌の扉。」


 ゲートから現れた女はゆっくりとこちらに歩み寄り、その姿を晒した。


 「プラヴィア・・・という冥界の主人がいると聞いた。どうやら君のことだろう、その計り知れぬ魔力からそう察したが、正解かな?」


 「無礼である。女神の許可なく妾の名を周知させることなど不敬だ。ましてや、禁忌を犯した魔女風情が、誰の名を軽んじて呼んでいる。」


 「やれやれ、認識阻害では足り得なかったか。だがその上位となると人たる身の私には扱えないしなぁ。困ったものだ。」


 その場にいるだけで、呼吸が荒くなる。それほどの殺気を纏いこちらに歩み寄る。

 スコレーは彼女をプラヴィアと呼んだ。だが、バイオラカスにはその名を口にすることなどできなかった。


 殺気を込められたことなど、幾度となくある。それは巨人族にとっては普通であり、日常だ。

 だが、彼女の放つものは何かが違う。恐らく、本当の意味で死ぬのだ。命ではない、魂が死んでしまうのだ。


 全身のあらゆる神経が全力で悲鳴をあげている。それほどの威圧に、なぜスコレーは立っていられるのか、わからなかった。


 死ぬのが怖くないのか・・・?彼女は、生きたいと思わないのか・・・?


 「さて、完成はしてしまったし、しょうがない。すぐに実行に移すとしようか。」


 「・・・実行だと?貴様、まさか妾の管理下から逃れられるとでも?」


 「そのまさかだよ。本当はまだやりたいことがたくさんあったんだが、まぁしょうがない。思った以上に早く嗅ぎつけられてしまったようだ。幸い、後継者は定めた、この権能の行方も決まっている。」


 「させぬわ。」


 プラヴィアは、スコレーに何もさせないと手に持っていた槍を突き刺す。それは禍々しい異形のオーラを纏い、スコレーを確実に捉えた。


 だが、スコレーは刺されることなく平然とその槍をかわした。


 「貴様・・・!!いや、ルダスだな!!」


 「正解だ。だが、このままでは埒があかないな。では、こうしようか。」


 そう言ったスコレーは、自らの心臓に手を当て、詠唱した。

 それをなんとしても止めようとプラヴィアは槍を突き刺す。それは今度こそ彼女に的中したがーー


 「さて、魂の契約といこうじゃないか。君の『運命』という皮肉を込めて、これが最も効果的じゃないかと判断した。」


 血反吐を吐き、心臓をやりに貫かれてなお、スコレーは笑っていた。


 「妾を・・・どこまで侮辱すれば気が済むのだ!!」


 「君は私に関して、その任を全うする必要はない。君が願う最大の幸福を縛りに、君は2度とこの学校には立ち寄れない。」


 「ーーーールダスッッ!!よくもこの女に垂れ込んだな!!」


 「君の『運命』を利用させてもらった。では、またいつか会おう、冥界の女王よ。」


 その言葉と共に、プラヴィアはゲートごと消えた。まるで何もなかったかのように。


 プラヴィアと共に消えた槍の抜けた穴から流れ続ける血に気にも留めず、血を流しながらスコレーはこちらに向かって歩んできた。

 瀕死の女。それを目の前に、バイオラカスは、一つだけ問う。


 「死ぬのが、怖くないのか。」


 それはプラヴィアに恐怖し、再び命の限りを垣間見た故の質問であった。


 なぜ生きたいなどと思ってしまったのか、その命題の答えは、バイオラカスは死にたくないからと結論づけたのだ。死ぬことへの恐怖に屈したのだと。


 死こそ絶対の強者なのだと、バイオラカスは巨人の掟に嵌め込んだのだ。


 「死ぬことは怖くないが、これから先の疑念や謎に直面できないことは何より悔しく、恐ろしいな。私の無限の知識欲は、ここで終わるのかと思うと怖くてたまらないさ。」


 「だから、生きたいと思うのか。」


 「・・・やはり君は、生きたいと思う自分に苦悩しているのか。だが安心したまえ、私は君の苦悩の答えを知っている。」


 「なんだ!!教えてくれ!!」


 「人に聞いた答えなど、なんの価値もない。自分で生きて、多くのものを見て、多くの知識を持ち、そして死ぬ時に、やっとわかるんだよ。」


 「関係ない、俺はその答えを知りたい。答えを知るものが死んでしまう、早く答えろ!」


 「では君に一仕事与えよう、それは必ず君を答へと導く。」


 「・・・なんだ、言ってみろ。」


 「禁忌の塔の番人となって欲しい。これから先、恐らく千年もの間、世界は動かない。その間、どうかこの塔を守ってほしい。」


 千年、それは巨人の寿命を考えれば、幾分か余裕のある数字だった。そして何よりも、それが自分の命題の答えを満たすのならばーー


 そうして、バイオラカスは禁忌の塔を守る『番人』となった。


 今から、千年も前の話であり、時を現代に戻してもなお、彼は『番人』であり続けている。


 ーーー今なお、命題に苦悩しながら。




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