第2章27話 一撃必殺の激突
光魔法によって、教師の位置と状態がわかるようにしている。それは「天眼」と呼ばれる魔法であり、その効果は登録されたモノのみに反映される。
すなわち、ダスカロイが信じてきたこの学校の教師にのみ反映される。
故にわかってしまった。
「顔色が良くないぞ?『魔導王』。」
ギオーサが瀕死の重体であり、そこにニア先生が合流した。だが、ギオーサの状態は非常に悪すぎる。いつ死んでもおかしくない危篤状態。
それ故にギオーサの情報が遮断されてしまった。
それは苦い顔もしてしまうだろう。
「『魔導王』、大丈夫です。アストラがギオーサ先生を運んでます、地下に向かっています。」
地下・・・そうか、ヒミア先生のところか。この学校の保険医でもあるヒミア先生ならばーーいや、その前に、
「なぜわかるんだい、ミスター・イロアス。」
「水魔法の応用です、今この学校内にいる大体は把握できてます。だけどーー」
この『戦争』との攻防をしながら全体を把握し続けるのは不可能だと言いたい。この言葉すら満足に伝えることができないほどにまで休む間もなく攻撃され続けている。
なんとかダスカロイの援護もあって動けてはいるが、反撃する余地があまりにもない。
そのダスカロイですら、この学校を空中に浮かすことに魔力を割き続け、反撃する余裕はない。
「どうか把握し続けてはくれないか、ミスター・イロアス。今この戦場においてどこか一つでも崩れれば終わりだ。時間まで粘れば我々の勝ちだ。一つでも情報が欲しい。それに何より・・・」
「天眼」に割いている魔力を温存できる。
魔法学校を浮遊させる魔力、目の前の強さを増した『戦争』を相手取る魔力。今はこの二つにだけ魔力を割きたい。そして『戦争』を相手取るためには今の全力を出せない自分だけでは不可能に近い。
「ミスター・イロアス、君に期待する。」
その言葉は、イロアスに衝撃をもたらした。
かの名高き『魔導王』が自分に期待すると断言した。それは誇り高いことであり、イロアスを認めたことへの何よりの証拠である。
だが、イロアス自身が、決してダスカロイを心の底から信じることはできていなかった。まだ『魔導王』という異質な使徒を信じることはできなかった。
イロアスはまだダスカロイを見ている。自分も信じたいと、心から願っている。だからこそ、この戦いが終わったら全てを聞こう。この王朝で、この学校で、一体何が起こったのかを。その顛末をきき、
自分がやるべきことを決するために。
この目の前の『戦争』が本当に、世界がいう悪なのかと。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
戦場は玄関ホールから、地下へと移る。
爆音を鳴らし、一階と二階を繋いだ豪雷が図書館を焼く。
その図書を保護する司書が怒り咆哮する。
だがその怒りは本を焼かれたことに対するものではない。
「なぜその秘密を知っている。」
一階から降ってきたこの女は確かに言った。「塔はどこにあるのか」と。
それを知るものは、この学校内だけでも『魔導王』ダスカロイと、不意に招待されたイロアスという少年の2人である。それ以外に塔を知っているものなどいない。
例え学校の教師でも自分の知るものでない限り、殺処分の対象である。
明らかに敵が知っているという事実。彼らを知っている、確か「革命軍」と名乗る集団だ。
「どこまでその秘密を知っている。誰から仕入れた情報だ。答えろ。」
知っているもの、全てを殺す。ただそれだけの掟。
「あら、なるほどね。禁忌に触れた塔ならそりゃ門番もいるわなぁ。」
「誰からの情報だと聞いている!!」
巨人は吠える。こいつは知りすぎている。一体何者が情報を渡したのか、それらを知るためにこいつを殺す。
その死体を引きずって、革命軍の頭に聞くとしようか。
「殺す。」
今は、それでいい。殺して、まずはこの学校に起きる異常事態を解決する。それが門番としての責務。
降って湧いてきた女4人。そのうち3人はこの学校の生徒であると認識する。故に殺すべきはこの紫の髪の女と巨人。責務を遂行する。
「枷ある世界」
リンピアとロドスが急に膝を突き始める。バイスが唱えた魔法の正体は、かけられた二人にしかわからなかった。だが、その効果がなんであれ、敵が膝をついたその瞬間をチャンスだと思わない者などここにはいなかった。
先ほどからずっとリンピアを相手にしていたセイレンがすかさず動き出す。いくら相手の速さのカラクリを知っているからと言っても、セイレンにはまだ彼女を捉えることができていない。
今、膝をついたこの瞬間が好機であった。
手に持つ剣をリンピアめがけて突く。
だが、その剣はリンピアに突き刺さることはなかった。
やや頬を切った程度で、リンピアは体から放電しながらセイレンを痺れさせる。
「危ないわぁ、ほんまに容赦ない子やね。」
先ほどより強く放電させる。常人ならば心臓が麻痺して止まるほどの電気量であるが、水の属性を巧みに扱う彼女を常人として扱うのは難しい。
水をうまく使い電気を自分の体から流す。そうして致死量の電力は免れたが、ただで済んだわけではない。体がやや麻痺を起こしている、うまく自分の体を動かせない。
こんな中、『紫電』とも呼ばれる雷使いの速さを捌けるわけがないが、その不自由さは相手も同じであった。
リンピアは自分の体の異常を素早く把握する。全身が重い、まるで体中に錘をつけているかのように。だが、ただそれだけだ。相手に電気を流す戦術に変更する。
自分の動きが鈍いのなら、相手の体も同様に鈍くしてしまえばいい。
そうすれば、目の前の敵には必ず勝てる。天才だの『大将軍』の娘だの知らないが、所詮は子供。戦場を俯瞰してみたところで実戦はまた別もの。
経験値が違う。
自分の戦場の分析を以上とし、同じ状態に陥ったロドスの方をふと見る。
ーーーそんな隙間時間が、自分にあったと思ってしまった。
地下一階から、わずかに明るい電気が自分たちを照らしていた。そのせいだろうか、自分に大きな影が覆い被さるのをすぐに察知した。
大きな巨人が、自分に殴りかかってくる。その拳は今まで見た中で最も大きなゲンコツであった。
リンピアは女性だ。リンピアは革命軍の中では珍しく、華奢で細身だ。脂肪は少なくスタイルはいい。リディアと比べても細身であると言える見た目をしている。
その身軽さと雷の魔法によって、高速移動を可能にし、風による抵抗は少ない。
だからこそ、この一回りも二回りも大きな拳を喰らえば、顔の原型がとどめなくなるくらいの打撃を受けるだろう。
目の片方は潰れ、鼻の骨は折れ呼吸困難に陥る。それは戦闘不能に直結する大打撃。打たれ強いわけでもないリンピアにとっては、なんとしても避けなければならない圧倒的な武力。
セイレンの油断を誘うためにまだ使わないようにしていた奥の手を晒す。
自らの体に雷を流し、筋肉を無理やり動かす。バイスのかけたバフを超越した回避を見せる。
からぶった拳は、地面に放たれた。この地下二階の大図書はどこの教室よりも強固にできている。それはここから禁忌の塔に繋がっているためだ。下手に壁や床など壊されればたまったものではない。
故に、その威力はあり得ない。
床に拳がめり込み、辺りの地面にヒビがはいる。その威力で何の防御魔法を展開せず顔面に受ければ、顔の原型が崩れるどころか、顔そのものがなくなってしまう。胴と顔はおさらばで、頭蓋が図書館を転がることになるだろう。
そのあまりの威力にリンピアは冷や汗を流す。まるでディコスの戦場に立ったかのような緊張感を走らせる。一手間違えれば即死の相手だ。
その凶悪で暴力的な拳を振るう巨人バイスは、すぐにリンピアを追いかけとらえようとする。その鬼気迫る姿にリンピアは久しく忘れた恐怖を感じる。
現在任務中であるリンピアには、特に敵と戦う必要性はない。だが、相手が目的の塔の番人である以上無視できない。目の前の恐怖よりも、主君の期待に添えないことの方が恐ろしい。
それは『戦争』マギアが任務を失敗した際に激昂するというわけではない。何かしらの制裁を加えるわけでもない。彼は革命軍の全てに寛容であり、睨む敵は王朝と学校の長である『魔導王』、そしてそれに与する全てである。
今、一撃でも喰らえば死ぬであろう敵と対するよりも、自分たちを信じてくれている主君を裏切る行為の方が恐ろしい。故に、リンピアの体は目の前の恐怖相手に強張ることはない。
リンピア=ゼスは、巨人を仕留めることを最優先とする。塔の発見はサンに任せるものとした。
一方、枷ある世界というデバフを受けてなお、自らの拳を避ける女を確実に仕留めることしか頭にない。ロドスとかいう同族も気になるには気になるが、自分の使命をただ遂行する。
何度か見たことあると大図書の司書。きっと彼は協力する気はないだろうし、彼だけでもことが足りるかもしれない。だが、それは自分のプライドがそれを許さない。
「殺す。」
「やってみんさい、うちも主君からの任務がある、手早く済ませるで。」
この二人の格上の死合いに、割って入る小娘が一人。
実践経験も少なく、試合数も少ない。切磋琢磨できる友人やライバルはいなく、同年代でただ一人優秀すぎた小娘。偉大な父を持ち、それでも天狗にならずに鍛錬を積んできた。
この学校に当初来た時、緩いと思ってしまった。結局この国では父からしか学ぶものなどなく、戦場も俯瞰してみるほかない。
このディコス王朝で孤立した高嶺の花こそが、セイレン=スニオンである。
目の前で、実力者が二人ぶつかる。
枷ある世界という闇魔法を受けてなお、雷で無理やり筋肉を動かし、『紫電』という異名通りに動き続ける女。何度も戦場を見た紫の髪の女。
王朝のために、この女をここで撃つ。
ーーー力みすぎた。それが、彼女の敗因だ。
前に出過ぎたのだ。リンピアの雷の軌道を先読みし、そこに待ち構える。水魔法によって脇に逸れる雷を一本道にし、集中させる。
戦場を俯瞰し、観察し続けた彼女の予測は正しい。
リンピア=ゼスの雷は、いわば道である。彼女はその雷の軌道に沿ってのみ高速移動ができる。だが、所詮は俯瞰してみた光景だ。実際に目の前にたてば、リンピアの姿など一目見た瞬間に殺される。
上から見るのと、目の前で見るのとでは訳がちがう。偉大な父『大将軍』エナリオスだからこそ、リンピアを直線上に入っても止めれるのだ。
力みすぎ、体が強張る。
だから、一瞬で現れた紫の閃光を前に、手も足も出ないのだ。
セイレン=スニオンの最後の光景は、紫の光が自分の鳩尾に激突した光景だった。
先ほどとは打って変わり、任務の遂行により力を入れている。子供をあしらうような先ほどの地下一階の戦闘とは訳がちがう。
先ほどは、塔の捜索を主軸とした戦闘だ。確かに邪魔な存在ではあったが、スピードが現在求められているのに対してあしらう程度でよかった。
だが今は違う。目の前には目的の塔に最も近い存在がある。だが、攻撃は重く死に直結する。ただの殴打が命に関わる相手。ならば、戦闘にのみ集中する。
自らの道に不意に現れたのは驚いたが、それで戦闘体制を崩さないのは経験の差であった。瞬く間に鳩尾に膝蹴りを喰らってしまったセイレンは、吹き飛ぶように図書館の入り口から階段の下まで吹き飛ばされた。
そして、セイレンの瞳は閉じられた。
余計な異分子をすぐに排除する。これで、一対一。
向かい合う『番人』バイオラカスと『紫電』リンピア=ゼス。
一撃でねじ伏せる『番人』と、俊足で片付ける『紫電』。この二人の激突は、ものの数分で終わるだろう。
雷を幾分にも図書館中に走らせる。うまく本棚という障害物を使い、加速し続ける。この加速の力こそが、リンピアの力だ。
光の速度を持った攻撃は、たとえ華奢な女性の体だとしても数百倍に及ぶ力をうむ。巨人とはいえ、その力には耐えきれまい。
互いに一撃必殺を持ち、それを必中とする瞬間を狙う。
リンピアの頭には、主君に捧げる任務遂行のことしかない。
そして悲しくも、『番人』の頭の中にも、使命遂行のことしかなかった。
互いに互いを見ていない激突が幕を開け、その幕はすぐに閉じられるだろう。




