第2章26話 さようなら先生
杖の機能は魔力を通すことができること。
それによって、闇の魔力回路から通す魔力をそのまま杖に流す。それによって、杖に魔力を留めておくことができる。その後、光の魔力回路に魔力を通す。
するとどうだろう。
肉体には光の魔力が、杖には闇の魔力が通ることになり、これが闇と光を同時に扱うことができるメカニズムである。
リディアが攻撃をまともに喰らってしまった理由は三つだ。
一つ目は、権能への過信。それにより杖をただの木だと確信し、光と闇の共存の可能性を無視したこと。埒外の可能性の一切を排除したこと。
それをギオーサは何度も注意した。
『可能性がゼロということはありません。それを排除することは愚かです。常に警戒しなさい、さもなくば盤外の獣に狩られるわ。それは歴史が証明してきた確かなものなのですから。』
二つ目は、勝負を焦っていること。この戦いは時間との戦いだ。
先ほど地下に向かわせたリンピアとサンにも短時間で任務を遂行するように伝えてある。
ダスカロイを早々に我らが主君が殺してしまう前に、我らが主君の殺戮の自由を脅かさないように、迅速に任務の遂行を目指すのだ。
さらに、こちらに向かっているはずの『冠冷』の存在が気になる故でもある。
世界最強と肩を並べる存在がくれば計画が狂う。我が主君の実力を疑うわけでもなければ、見たこともない相手にビビっているわけでもない。
ただ、警戒して損はない。
三つ目は、ギオーサ=イリキオメルという老婆の実力を見誤ったこと。
彼女は優れた教師であることは認めていた。だが、彼女はこの900年に及ぶ戦争に一切参加をしたことはない。故にその実力を測ることもできず、一切未知数の実力であった。
だが、間違いなく、この西の大陸においてギオーサ=イリキオメルは数少ない実力者である。
だからこそーー
「今ここで確実に仕留めます。」
爆煙の中、ゆらめく影がそう口走る。間違いなく直撃したはずの光の魔法弾は、リディアに血を流させるほどのダメージを負わせた。
無論、ギオーサもこれで倒せたなどとは微塵も思っていない。だが、何か違和感を感じる。
直撃したはずなのに、足の痙攣も瞳が揺らぐことも、息切れも冷や汗もない。
「先生、あなたは間違いなくこの王朝内で我が主君に手のかかるほどの実力者です。ですので、今ここから、時間も我が主君にすらも気に留めずに全力であなたと向き合います。」
剣を一振りし、煙を薙ぎ払う。
姿を把握したその瞬間、ギオーサは動く。すぐに杖とそれを持つ手とは逆の手で、白と黒の別種の力を放つ。
ギオーサの持つ闇の効能である引力をリディアは切り裂く。その引力に惹かれていた光が暴発し、この学校内で壁や床、天井を穿つ。
それに目を止めることもなく、斬撃をギオーサに向かって放つ。この斬撃はギオーサ自身に傷をつけるものではない。しかし、彼女は最大限の注意を払っている。
声が出せない原因の斬撃。触れれば自身の体の何らかの機能を失う。
それを多少大袈裟でも、確実に避ける。
故に、次の行動は遅くなる。
斬撃に目がいき過ぎた。光の矢が瞬時に飛んでくる。ギオーサは自らの頭上に黒渦を展開する。正直、相手が光属性ならば、闇魔法はこれだけで十分効果がある。
だが、光の矢の雨が天に昇っていくその最中、弓を構えるリディアがいた。闇魔法が展開されている中、未だ光の矢を撃つなどという愚行を起こすわけがない。
その矢は、鈍く銀色に光る剣。
「貫け。」
勢いよく放たれる概念を斬る剣に対する対抗策は、避けること以外ない。だが、目に映るまでにラグがあり、体制が整う前に放たれたこの剣は不可避であった。
黒渦に呑まれないように光ではなく闇魔法を展開する。それは、やはり引力をもった闇魔法。
吸魔の薔薇
声の出せないまま不完全な魔法として発動。本来、あらゆる物質を飲み込み成長する薔薇の闇魔法。だが、それの効能もまた引力である。
それすなわち、剣が貫ける魔法である。この剣は、「引力」という機能を斬ってギオーサに届いてしまった。その鈍い銀色の剣は見事にギオーサの両目を貫いた。
血は出ない。しかし、斬られた。その「視力」という機能を。
「さようなら、ギオーサ先生。」
奪われた視力は、戦いには必須の機能。
だが、斬られた部位が心臓や脳、肺ではなくてよかったと心から思う。それが奪われていたら、すぐに戦線を離脱してしまうから。
誰にも聞こえていない、自身にすら聞こえないその奪われた声で、彼女は確かにこう話したかった。
『臨天魔法』と。
闇が二人を覆い被せる。それは結界となって、二人を閉じ込めた。
目が見えなくなり、敗北の二文字が脳裏に刻まれたその刹那、ギオーサは一か八かの不完全な臨天魔法の展開を実行した。
リディアが止めの一撃を入れるよりもはるかに早く、それは展開された。
ギオーサは自分の光魔法を極限にまで凝縮させ、球状にさせる。
リディアはそれを見ていることしかできなかった。無論すぐに斬撃を結界に飛ばし、「閉じ込める」という機能を斬り抜け出す手段は考えた。だが、それをさせることがないのがこの闇魔法による結界である。
四方八方が闇によって展開され、その全てに引っ張られ続ける。彼女はすでに地面から離れ宙を舞っていた。闇を斬っても意味などないのだ。まずそこに辿り着けることができないのだから。
「引力」という機能を斬っても無駄である。あくまで斬れるのは斬った部分であり、それが全体に伝わるわけではない。
目の前の闇を斬っても、後方の闇まで斬れていることにはならない。
リディアは狂ったように斬撃を周囲に飛ばしまくる。どこもかしこも引力という機能が失われつつあるのは確かだ。だが、その前にギオーサの持つ光は放たれた。
それはリディアと同じように四方八方の引力に引かれながら、結界内を脅威的なスピードでバウンドしている。
そしてそれは高い頻度で、リディアに衝突する。光が元々持つ脅威的な速さが、四方八方の引力に引き寄せられてさらなる速さが上乗せられる。
先ほど与えられたダメージなど比較にならない威力を、何度も何度もーー
そう、何度も何度も二人に向かって放たれる。
「自爆・・・特攻なんて・・・!!」
不完全な臨天魔法の展開による障害は、光が自分に当たらないように四方八方の引力の強弱を調整できなくなったことである。
自爆特攻と言われても否定などできない、だがそれでも、目の前の敵を今ここで葬り去るという意思だけは貫き通す。
リディアは、脱出できないことを覚悟した。それは、どちらかが倒れるまでなどという意地の戦いをするためではない。
剣を、再び装填する。狙いを定めるはーー
血飛沫が上がる。概念を斬るはずの剣はーーギオーサの胸に深く、深く突き刺さる。
視力を奪われた老婆は、その剣先の向きなど知り得ない。
「権能に頼り過ぎていました、故に、修正しました。権能を使わないただの剣にしました。私も確かに過信していましたけど、あなたはそれを過信していた。」
リディアは必ず権能を使って戦うと、どうして決めつけてしまったのか。
「誰ももっていないものを、みんなに見せびらかしたくなる気持ちは、わかってくれますよね?」
世界樹の杖・・・あぁ、確かに・・・その気持ちはわかりますよ・・・
「さようなら、あなたを尊敬していましたよ。」
胸に刺さった剣を握る。
そのまま振り抜けばーーーー
「おい、そこまでだ。」
いつからそこにいたのだろうか。その男は、自分が手を伸ばしている剣を握っている。
「ーー離せ。」
「テメェは最近この学校にいたやつだな。随分とあの緩い連中とつるんでたみてぇだけど、今やってる行為は敵だ。テメェは、裏切り者だァ!!」
鳴り響く雷鳴に、瞬間的に顔面を防ぐ。
「リンピアと対人練習をしてよかったわ・・・でも、あの子よりも威力がおかしいわね。」
剣は奪われてしまった。未だにその少年の手の中にあり、ギオーサの胸の中にある。
「テメェみてぇな女の裏切り者がこの世で一番憎い。あの女を思い出す。テメェだけはここで殺す!!」
裏切りという狂気を、世界で最も憎むのは正当にこの少年だろう。
裏切りの家系と蔑まれる、アストラ=プロドシアの参戦である。
彼の力を推し量るには、今の攻撃で充分であった。
過剰に激怒するアストラに少し誰かの面影を感じる。
かつてディコス王朝を攻めてきたノートス帝国の将。
「なるほど、情報は武器とはまさにこのことね。あなた、アストラ=プロドシアね。」
帝国の将アナ=プロドシアーーアナトリカ王国最悪の裏切り者。自分の家系と、そこが保有する領土の全てを殺し尽くした最悪の魔女。
そのプロドシア家唯一の生き残り。
「・・・そう、復讐にしか生きることができない哀しい男。」
「黙れ、裏切り者に言葉なんて不要だ。死んで詫びる以外に道なんていねぇんだよ。」
「でもいいのかしら、先生が死んでしまうわよ?」
気を散らすつもりで言った言葉は、アストラの耳のは届かなかった。瞬時に攻撃を仕掛けてくる。雷の速さで動き、雷鳴を轟かせながら執拗に顔面を狙ってくる。
「女性嫌悪かしら?あんな姉を持つと大変ね。」
「ここは戦場だ、女だろうが男だろうが死にゆくヤツに気なんて使わねぇ。それに、テメェの顔がきにくわねぇ。」
「これでもモテるんだけどね。」
「テメェはあの時と同じ顔してやがる。迷いなく邪魔する全てを殺す顔だ、それが気にくわねぇ!!」
防戦を強いられる。少し距離を取っても一瞬で詰められる。
剣さえあれば距離に関してはどうにかなりそうなんだけど。
光の盾でなんとか防御している状態。そこに無数の光の雨が降り注ぐ。
アストラは一瞬だけ真上を見て、その無数の光の雨をかわす。
その戦闘センスこそがプロドシア家の血筋というわけね。各大陸にいくつか存在する戦闘一族の血筋。あの時、アナ=プロドシアすら『大将軍』エナリオス=スニオンに一歩も引かない素晴らしい戦闘をみせていた。
弟もその血筋をしっかり受け継いでいる。これは、ギザとバビロンじゃないと厳しいかな。
光の雨を全てかわされるとは思ってなかったが、それでも収穫はあった。一瞬目を逸らすだけの仕事は成し遂げた。
光の鎖が、アストラの真横を通る。それを一瞬だけ目を離した瞬間に飛ばされたものと理解する。だが、それは自身への攻撃ではない以上、気に留める必要はない。
その鎖のつながる先は、剣である。
ギオーサの胸に深く刺さった剣が、鎖に引っ張られ乱暴に抜かれるその時、光の鎖は断ち切られる。
「・・・誰かしら?」
アストラとの戦闘に夢中で気づかなかったが、その佇まいから察するに相当の実力者であることを測った。
「よくも自分の恩師にこんな真似ができるわね。」
おかま口調のその男は、いつも見せるテンション感とは真逆の顔を見せた。
「アストラ=プロドシア、ギオーサ副校長をヒミアちゃんのとこにお願い。あなたの方が速いもの。」
「あぁ?なんで俺がーー」
「アストラ。」
あまりにも冷たい口調と、鋭い目つきに開いた瞳孔に、アストラは押されてしまった。そのまま命令通りにギオーサを抱え、指示通り地下へと向かう。
剣を抜いてしまえば、出血により失血死してしまう可能性があるため、剣を刺したまま運ぶ。
「・・・あなた、『炎鬼』くらいの実力者ね。私ばかり貧乏籤を引いちゃうわ。」
「そうね、怒れるおかまの相手ほど嫌なものはなくってよ?それに、無線の切られたのだから集結するのは当たり前ね。」
玄関ホール右手の戦いは相手が代わる。
革命軍副司令官リディア=エフェソスvsキノニア=ディマル




