第2章24話 『幻霧』
「お前は才能があるな。」
生まれて初めて、褒められた。
「日々鍛錬をしろ。期待しているぞ。」
生まれて初めて、期待された。
生まれて初めて、人として扱われた。
この人についていくことにした。それは、生まれて初めて、自分で決断したことだった。
※※※※※※※※※※※
リアが指を鳴らすと、サンとリンピアの周囲にいくつもの炎の柱が出現する。
サンとリンピアは黙って様子を伺う。それは冷静だからか、それとも経験上の行動なのか、それとも侮っているのか。
そのどれでも良かった。リアはできる限りのことをするしかないのだから。
力の差はあちらの方が上だ。残念ながら、同期の中では自分が一番強いと思っていたが、実力を隠していたスパイがいたのだ。
自分は、全力を尽くすしかない。
リアは突如としてその場から消えた。
だが、戸惑ったのはセイレンだけであった。
「お得意の転移魔法でしょ?ほんま必死やねぇ。」
リンピアの背後を完全に取った。しかし、それはすでに見抜かれた技法。
余裕でかわされるリアの攻撃。しかし、狙いはそうではない。
カウンターを喰らいそうになるところを再び転移する。
次はサンの背後を取る。わずかに触れるが、それも攻撃にはつながらない。
そしてすぐにまた転移する。
「小賢しいなぁ。それでも『灼熱』の孫娘なん?派手に戦いなさいや。」
まるで見本を見せるように、リンピアは魔法を使う。
彼女は『紫電』の異名を持つ。それは戦場において、まるで研ぎ澄まされた刀のように、鈍く光り戦場を駆け巡る。その光は紫に光ると言う。
その紫は、リンピアの髪色からきたものだろう。
セイレンは確かに聞いた。ここは地下だ。しかし、鳴り響く落雷の音。目の前が真っ白に光る。
リアの立てた炎の柱が尽く破壊される。
「ほなお試しやわ。その転移魔法はこれでもついていけるんかい?」
再び落雷の音がする。
反射的に今いる場所から離れなければならない。そう感じ取ったリアは瞬時に転移した。
転移のその瞬間、直感を信じて動かなければ、あと一手遅ければ、この戦場から一番最初に脱落するのはリアだっただろう。
先ほどまでいた場所に、雷を纏った鋭い蹴りが空を切った。
「なるほどね。その子にも魔力の残滓を残していたんやね。」
リアはセイレンに転移していた。
保険のためにつけていた残滓をもう使い切ってしまった。これで、保険はない。
保険がないことを試すかのように、リンピアは再び雷を四方に撒き散らす。
「後ろについて。」
セイレンはリアに強く語る。
その言葉を信じ、リアはセイレンの背後につく。
セイレンは四方に散乱する雷に寄り添うように水を操る、こちらに届く雷はすべて水に流されてリンピアの元へ帰っていく。
サンがその水を同じ水で弾く。
「あなたは雷の道に沿って走れるだけ。」
なぜか先ほどのようにこちらに飛んでこないリンピアに、セイレンが告げる。
「雷を流してしまエバ、高速で移動できない。」
「・・・『大将軍』の入れ知恵みたいやな。ええとこの娘はいいなぁ。」
「バカにしないで。これは私が自分で見抜いたものよ。上から見ればわかりやすかったわよ。」
「わかりやすいねぇ。喧嘩売ってるみたいやわ。」
「何を今更。900年も続く大喧嘩の最中でしょ?」
眉間にシワを寄せ始めるリンピアと、煽るセイレン。
よかった、セイレンがリンピアの魔法を見抜いていて。これで、ようやく集中できる。
「セイレン、アタシはあいつとーー」
「わかってる。」
論理的な彼女らしい返答だ。それ以上の会話など不要。リアもそれに倣い、ただ淡々と向き合うのだ。
「やっと、おしゃべりできそうね。」
アナトリカ王国騎士団の同期。同じ女の子で、この学校で6ヶ月も寝泊まりした。一緒に過ごし、会話も重ねていった。
ダンマリを決め込む彼女を前に、その隠れた力を見た後に、リアはただ哀しさを持った。
目の前の彼女は一体、何を思っているのだろうか。
それだけを知りたかった。
戦いなど、対話などではないのだから。
そんな、生ぬるいことを思っているのは、この地下一階の戦場においてリアただ一人であった。
「そんな気持ちできてるから・・・今ここで死んでいくんだよ・・・」
ーー殺意。
霧に覆われる。
できるなら、話して解決したかった。そんな甘いことがあってはならないと、戦場が教えてくれる。
「もう、寮みたいに話せないのね。」
「・・・仮にも『使徒』の孫娘なら・・・そんなことはあり得ないと知った方がいい・・・私は革命軍幹部第6席『幻霧』サン・・・」
「・・・そう、なら、斬ってから話をしましょう。」
腰にささった2本の剣を抜く。片方には愛すべき、家名の違う母の名が彫られている。
どうか力を貸してほしい。そう願い、柄を強く握った。
丹花の鎧の火を強める。
「あなたはどんどん眩しく燃え盛る・・・私は逆・・・」
燃え盛り、存在が強調されるリアとは正反対にサンはその存在感を薄めていく。
霧の中に、その姿を隠す。
「私は幻・・・霧の住人・・・」
霧がリアを包む。燃え盛る彼女の場所は一目瞭然であった。
その燃える真紅の瞳には、深い霧の中の何も映っていない。
だが、突如としてその瞳に銀色に鈍く光る何かが現れる。
間一髪、瞳にその何かが入るのを躱わす。だが頬にその何かが触れる。
頬を撫でると、赤い血が流れている。
斬られた。何もないところから、一瞬だけ現れた銀色の刃物が頬をかすった。
「また隠れるのかしら。そんなにアタシが怖いのかしら。」
「怖がってるのはあなたの方・・・見えない攻撃に立ち尽くすことしかできない・・・」
近くにくるまで一切感知できないのは確かであった。
リアはすでに魔力感知を展開している。その範囲に入った全ての魔力を持つ攻撃を感知できるはずであった。
だが現状、リアは何も感知できないまま攻撃をされた。
霧というのは水だ。空気中に存在する水蒸気が冷やされて起こる現象。
それがサンの魔法で霧が発生している。
そのため魔力感知には絶えず魔力が感知されている。だが霧には攻撃的意思はない。ただ水魔法の霧としてそこにあるだけだ。
それによって魔力感知が妨害されている・・・?
幾度となく銀色の刃物がリアに傷をつける。
ーーおかしい。
この霧の影響で魔力感知が常に発動しているのはわかる。しかし、刃物を握っているはずのサンの魔力が一切感知されないのはおかしい。
霧による魔力感知の妨害ーーいや、何か引っ掛かる。ただの霧にそこまでできるとは思えない。水魔法にはそのような効能はない。妨害の線は切っていい。
「あぁ洒落臭いわね。」
炎の効能の一つ、爆発。周囲の霧を薙ぎ払う爆発をする。
それはサンには感知されない特殊な爆発方法である。
なぜならばリアを中心とする自爆であるからだ。誰が自爆をするなどと思うだろうか。その心理をサンは読めなかった。
誰かのために自らを犠牲にすることには、サンは大いに賛成だ。しかしこの戦場においては、自爆することになんの得もない。それは任務の放棄と同時に、忠誠を誓った人への冒涜に過ぎない愚行。
それはリアも理解していた。今ここで自分が退場するなど愚の骨頂だ。だからこそ賭けた。自爆などしないだろうという心理に。
そして何よりも、この爆発はリアには多少の負荷しかかからない。
辺りの霧が晴れる。見渡しの良い体育館に、火傷を負ったサンがよく見える。
「・・・その鎧のせいで魔力の凝縮も見えなかった・・・何よりも・・・」
「この爆発は所詮は溜め込んだ炎の発散。私にかかる負荷は魔力回路の一部が数分焼き切れることかしら。でもおかげであなたの攻撃の方法も理解したわ。」
「・・・」
「あなた、自分を霧化してるわね。」
サンの負った火傷の具合は明らかに近くで巻き込まれた後だ。つまり、遠くでチクチクと攻撃をしていたわけではない。
身近にいたのだ。それも魔力感知の引っかからない方法で。
自らを水に変換し霧散する。
それはあまりにリスクを負う行為だ。下手な魔力制御ならば、2度と元には戻れないかもしれない覚悟の制約。それは縛りとなり、サンの魔力の絶対量を底上げする。
「アタシは弱い奴は嫌い。それはイロアスと出会った今でも変わらない。」
「サンは弱くない・・・」
「あなたは強い。心も強い。立場は違えど、アタシはあなたと過ごした時間を忘れていないわ。」
「あんなのは任務のために決まってる・・・みんなに近づいたのは時間割と行動パターンを把握するため・・・」
「アタシはあなたを連れ戻すわ。アタシはアタシの友を見限ることはない。戦争に与する罪人であろうとも、それが強く美しい心を持つ友ならば、アタシは友を優先する。」
「それが使徒の家系のすることなの・・・?」
「アタシはプラグマであり、ミテラ=メーテールの子だもの。この矛盾こそがアタシたらしめるのよ。」
数秒の無言。同じ体育館という戦場に雷鳴が響き渡る。その沈黙は決して音のないものではないが、リアとサンは互いに向き合い目を合わせた。
その刹那。
「腹立たしいわぁ。うちの疾走の邪魔ばっかりしよるんね。もう堪忍袋の尾が切れてもうたよ。」
体育館中央の空中。『紫電』リンピアの雷鳴が轟く。
紫の閃光を抑え続けていたセイレンの手は、わずかに届かなかった。
体育館全てが感電するほどの雷魔法。それはただ一点目掛けて射出された。
「紫雷放銃」
体育館の地面はあらゆる魔力を緩衝する魔法がかけられているにも関わらず、一点に目掛けて放たれた雷はその地面を割った。
「さぁ、サン。任務のお時間にしようかいな。」
地下二階に落ちる四人。その下はーー
※※※※※※※※※※※
ーー時は少しだけ遡る。
地下2階図書館前にて、『虐像』は吠える。
「邪魔をするな!我に弱者の悲鳴を聞かせよ!」
『虐像』。その異名を聞くと市民は怯え震える夜を過ごす。
その名に虐の文字を刻むのは、彼が弱いものを痛ぶる趣味があるからだ。その残虐性にその異名が与えられた。
このディコス王朝にて、最も市民が忌むべき敵は『戦争』よりも『虐像』である。
その巨体が小さきものを痛めつけて大声で吠え笑う。
『炎鬼』ストラトスは絶対に今ここでこいつを討伐する必要がある。こいつを逃せば、弱く震える生徒に明るい明日は来ないのだから。
それも、結界が破壊された今では尚の事だ。
だが、ストラトスは自らの魔法をふんだんに使うことができずにいた。それはダスカロイが現在進行形で『戦争』の相手をしながらこの学校を浮かせているからだ。
今ここで大きく負荷をかけさせるわけにはいかない。故にストラトスは大きく派手で強い魔法を使うのを躊躇っている。
さらに、ストラトスが用いる魔法は非常に特殊なのだ。それゆえに通常の魔法でさえ使うのを困難としている。
ストラトスには『虐像』ロドスに勝つ手段はある。サシでやれば間違いなくストラトスが勝つ。
「もどかしい、頼ることしかできないとは。」
目の前の巨獣決戦を、わずかなサポートしかできない自分をもどかしく思う。ここにいてもなすべき事はないのかもしれないとわずかに思う反面、ダスカロイに寄せた信頼が彼の行動を制限していた。
任されたのならば、何か必ず意味があるはず。
それが、彼が動けない最大の理由であった。
『番人』バイスもまた、地下二階以外に動けない者の一人だ。彼はそこに来てしまった侵入者を排除しようとしているだけであり、生徒を守らねばならないという職務や、同じ種族を初めてみた感動などない。
ただ、この地を守るだけの『番人』たれ。
魔法は未熟。ただ、守ることに特化した力。
属性は闇と土。筋力増強のバフと、この地を守るにふさわしい土の属性。
いわば、筋肉と気合だけでロドスを見事に留めていた。
気合というのは、見ればわかることだが、炎を全身に纏い突進してくるロドスに対して、素手で留め続けているのだ。それはもう、気合以外にない。
「むうぅ、我の熱血なる突進をこうも何度も止められては癪だ!だが、炎に触る続けるお前の手は既にーー」
言葉を交わす必要などない。侵入者には、鉄槌を。
増強された拳が、ロドスの頬を砕く。
巨体が見事に図書館の入り口の扉を壊し、そのさらに先まで引き飛ばされる。
立ち上がるロドスは、鼻から流れる血を拭い、燃え盛る。
「我に、血を流させたな・・・この下郎めが!!」
炎がさらに熱を上げてロドスを包む。体から蒸気を発し、近くの本が燃え盛るほどの熱気。
だが、臆することなく向かい合う巨獣2匹に、割って入るような轟音が響く。
天井が壊れ、瓦礫が降る。
雷鳴響く図書館に、二つの戦場は重なる。
「さぁ、サンや。塔はどこにあるんや?」
降りてくる四人の女の中から、バイスには聞き捨てならない言葉が聞こえた。
「ストラトス、俺はあの女を殺す。」
それは秘匿中の秘匿。知る全ての敵を、殺す務め。
千年に及ぶ一族の掟を、バイスは頭の中で何度も何度も復唱した。




