第2章19話 対談
人と亜人が手を繋ぎ、輪になって踊る夜。
そんな甘い夢を、ボックは見る資格があるのだろうか。それを自身に問う。
あぁ、やはりそうだよね。ボックには、見る資格はないよね。
また、ダスカロイは悲しそうに笑う。その顔が、嫌いだ。
「『魔導王』、あなたが結界を張り続けるなら、あなたにとって俺は敵ですか?」
挑発をしても、彼の笑みは消えなかった。
「ボックは誰の敵にもならないよ。だけど、具体的にどうするのかは聞いておきたいな。場合によっては、君がここにいる権利を奪うかもしれないからね。」
「それは敵対行動ですか?」
「いいや、抑止力だよ。」
さらに微笑んで話すこの道化に対して、イロアスは一つ決めていたことを話す。
「まずは、あなたの重荷を分けましょう。」
その言葉の意味を真に理解したのは、ダスカロイただ一人であった。
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リアとミューズとは、寮まで送ってバイバイした。二人はイロアスが秘密にしていることをそれ以上知らないようにしてくれるみたいだ。
イロアスは二人に感謝した。
一方でセアは秘密主義だが、人の秘密は知りたいようで、イロアスについてくることにした。
ダスカロイは三度イロアスを自室に招待した。ダスカロイ曰く、この部屋に入るのは最初の一回だけが普通らしい。滅多にこの部屋に招待することはないそうだ。
「さて、一体誰がボックの、いや、ボック達の重荷を減らしてくれるのかな?そこのついてきたまだ無知の精霊様かな?」
一度姿を晒している手前、セアはダスカロイに姿を見せている。ミューズといいリアといい、一度姿を晒した相手には寛容なようだ。
「いいえ、違います。あなたの重荷を分けるのは、俺たちの王女様ですよ。」
イロアスの不敵な笑み。ダスカロイの驚嘆。セアの何もわかっていない顔。
「口外しない・・・というより、できないと判断したから君には何も言わなかったんだ。なのに、君はそれを国外にまで持っていくのか。」
それは許容できないと、その目が語る。
もちろんわかってる。だが、イロアス一人では彼の重荷を楽にすることはできない。ましては、それでは一生ミューズを救うことなどできはしない。
「では停滞を選ぶんですか。」
「その通りだ。君はボックのこの責務を重荷と捉えるが、実際は軽い。ボックは校長の仕事をするだけでいいんだ〜よ。『戦争』は結界を突破できずに、この学校すら見つけることはできな〜いさ。」
結界はディコス王朝のみではない。
それは魔法学校全体にも施されている。
不可侵と認識阻害の二重結界だ。
初代『魔導王』スコレーによって張られた結界は、2代目『魔導王』アラクシアによって永久化された。
その結果、数名を除き、世界の誰も魔法学校の場所など知らない。それが『戦争』と争いを回避し続けている要因だ。
故にダスカロイはこう言うのだ。
「責務さえ果たせば、この争いのない日々が続くだけ〜さ。」
気づけば戻っていたこの喋り方の裏に、イロアスは不安を感じとった。
「あなたは、優しいですね。」
唐突な、対談ともなんの関係もないように、ダスカロイは自身が褒められていることを侮辱に感じた。
自分が優しいわけがない。
今自分は、亜人も、あの閉じ込められている少女も、何もかも見捨ててみて見ぬふりをすると言ったんだ。
それの一体どこが優しいのか。
イロアスは決して煽ったわけじゃない。本当にそう感じたのだ。
今もなお、優しいと感じている。
だって、こんなにも怒りを露わにしているのだから。
やっている行いがどれほどのものなのかを理解した上で、優しくないと否定している。その怒りが、優しさを肯定している。
「あなたは優しいですよ。そんなにも憤りを感じているのですから。ですが、俺は褒めたわけじゃないです。あんたの、本性を見抜いただけです。」
「くだらないよ、ミスター・イロアス。話を戻そう。この国の秘密を国外に持ってくことは許さない。君の口が軽いと言うのであれば、ボックにも考えがある。」
「俺をこの国に閉じ込めますか?見捨てることができない亜人のために、何年もこの国に貢献させるつもりですか?」
「そうだ、君はこの現状を見捨てることができないのだろう。ならば、まずは『戦争』を討ち果たすことだ。君はこの国の騎士団になってもらう。」
「それがなんの意味もなさないことを知ってるじゃないですか。もう、この問題はこの国だけで収められるものじゃないんです。」
「いいや、この国だけで完結させる。いや、すでに完結しているんだ。」
「完結など、しているわけがない!!」
この対談が始まってから、初めて飛ぶ怒号にダスカロイとセアは驚き沈黙した。
「わかってますよ、あなたが苦悩していることくらい。でもそれは、どうしようもないという苦悩だ。あなたはまだ、何もしていない!」
イロアスは、的確にダスカロイの道化を破いていく。
※※※※※※※※※※※
ダスカロイ=フィラウティアは、齢18で『魔導王』へと至った。
前『魔導王』の導きにより、初代であるスコレー=フィラウティアと禁忌の塔で出会う。
そこで、彼は共犯者となった。
彼は、頭が良すぎた。それゆえに、合理的だった。いわゆる現実主義者だ。
記憶を見た彼は、共犯者となり、もうすでに何もできないことを悟った。
そう、彼はまだ、何もしていない。
「あなたはまだ、何もしていない!」
目の前の少年は、『魔導王』ではない。しかし、初代の遊び心のせいで彼もまた共犯者となった。
彼は聡いとは言えない。しかし、彼は常にどうすればいいのかを考えている。だからこそ、ある種の現実主義者であると思っていた。
実際、イロアスはどうすればいいのかを常に考えている。どうすれば助けられるのか、それを考えれば考えるほど、現実主義者からすれば、ゴールは見えない。
だから、彼とは同じだと思っていた。
そうか、同じだから、見抜かれたのかもしれない。
「そうだ、ボックは、何もしていない。だって、何もできないのだから。」
「何もできないと憂うくらいなら、俺を助けてくれませんか。」
「ボックに何を望んでいるんだい。」
「今日、あなたが対談するのは、俺じゃないです。」
その言葉の真意を受け取り、ダスカロイは机の中にある水晶を取り出す。そこから数分して、目的の人物が顔をだす。
その水晶は映像を映し出す。
そこに映し出されたのは、なんとも美しい金の髪と瞳を持った天使だった。
「あなたから連絡が来るとは思いもよりませんでしたよ、『魔導王』。」
「そうですね、ボックもそう思っていたところです〜よ、『聖女』。」
今ここに、西の大国と東の大国の、『使徒』による対談が実現した。
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700年前、ノートス帝国が『厄災』の呑まれ、種族関係なく強さのみを見るという主義の元、多くの差別された亜人がアナトリカ王国を離れていった。
亜人に嫌われた『聖女』。
そう思うものもいただろう。
だが、彼女だけが幾度となく、ディコス王朝に対談を求め、結界の主である『魔導王』との接触を求めてきた。
『魔導王』は、世界には干渉しない。調停機関にも加盟することはなく、『戦争』をとどめておくから放っておいてほしいという主義を貫いてきた。
その交換条件として、留学制度を導入し、魔法陣を調停機関に提供することとなった。
故に、何度も何度も、『聖女』との対談を拒んできた。
しかし、『魔導王』は知っている。
『聖女』だけがこの世界で唯一、亜人問題に取り組んでいる心優しき人なのだと。
「ボックたちは、ずっとあなたと話したかったのだと思いま〜すよ。でも、ボックたちにはあなたは眩しすぎた。」
「私の後光に怯える前に、まずは状況の説明を求めるわ。」
そう言って、映像の中の『聖女』セレフィアは、イロアスを見つめた。
本来なら、その美しい金色の瞳を見つめ返すとこだが、イロアスは許可を得るためにダスカロイの七色の瞳を見つめた。
彼は、頷くだけだった。
「王女様、俺は、亜人を救いたい。あなたの力を貸してほしい。」
イロアスは端的に、そう説明した。
『聖女』はただ笑ってこう返した。
「さて、何からすればいいのかしら。」
ダスカロイもどうやら、ようやく腹を括ったようだ。
彼は、変わる。今ここで。
彼の口から、言葉が紡がれる。それは禁忌を犯し、懺悔する聖職者のようだった。それを黙って聞く『聖女』はまるで、女神のように見えた。
※※※※※※※※※※※※
「じゃあ、結界を壊しましょうか。」
重い話をした後に、軽くその発言が出た。
「え?」
ダスカロイは、そんな簡単な話ではないと言わんばかりの顔だったが、『聖女』がそれを黙らせた。
「まずは、頭の硬いディコスのお偉いさんとは話さなくていいわ。あんなのと話しても無駄よ。」
『聖女』がよほどディコス王朝が嫌いなのかはその発言でよくわかった。
「そして次に、私はそっちに行けない。」
それは問題発言であった。これは、亜人を救いたいという心意気のある『聖女』が必須だったのだ。他の誰かでは何かに綻びが生じてしまうかもしれない。
心から亜人問題について考えていると知っているから、『魔導王』も協力してくれている。
故にダスカロイの瞳が曇る。それは承知できないと。
「事情があるわ。まずは、『魔王』との衝突が相次いでいること。次に、ノートス帝国に動きがあること。これによって、私と『灼熱』は動けないわ。」
次点の望みである『使徒』も、この話を聞いて潰えた。
心意気の話もそうだが、ほしいのは戦力でもある。
結界が解かれれば、間違いなく暴動が起き、『戦争』が姿を表す。そうなれば総力戦だ。
問題は、それで亜人を傷つけてはいけないこと。俺たちは、亜人を救いたいのだから。
「暴動が起き、それを無力化できる人をそちらに送るわ。」
「誰ですか。」
「私が最も信を置いている、私の騎士よ。」
その答えは、ダスカロイのみが知り得た。
「確かに、彼なら大丈夫ですね。では、実行は2ヶ月後ですか。」
「そうね、私の国の騎士たちが卒業する日に元々迎えに行く予定だったから。」
「さっきから誰の話をしてるんですか?」
思わずイロアスは首をつっこむ。自分もこの計画に加担しているのだから。
「ボックが知る限りでは、世界最強の称号を持ち得る人物であり、君の上司にあたる人物だ〜よ。」
それは、アナトリカ王国騎士団副隊長であり、『冠冷』の二つ名を与えられた男ーーエルドーラである。
「さて、ディコス王朝とは話さなくていいって言ったけど、協力者の一人くらいはほしいわね。まぁいなくてもいいけど。」
ディコス王朝の壁内にいながら、そのあり方に疑念を抱く者。
「いますよ。」
「誰だい?」
ダスカロイがすぐにつめる。それはあまりに予想していないことであったから。
「リディアさんです。」
ダスカロイはそんなわけがないと否定する。
「いいえ『魔導王』。それに関しては私も保証するわよ。」
この対談始まって初めてのセアの発言。ようやく喋ることができてとても嬉しそうだ。ニコニコしている。
しかし、それとは別に、精霊から保障されていると言うことが何よりの信頼であった。女神の眷属からのお墨付きともあれば、信頼できる。
「じゃあ、今日の最後の確認をするわ。」
他にも色々話したが、それを締め括っての『聖女』の言葉。
「『魔導王』ダスカロイ=フィラウティア、結界を壊すことに異論はないわね。」
その言葉の重荷を、ダスカロイはよく理解している。
900年もの間、何代と続いた『魔導王』たちの誰もが見て見ぬふりをしてきた。それは、何をしても無駄であるという現実主義から来たものだ。
しかし、言わせてみれば、なんとも臆病な話だ。
ただ変化を恐れた弱者だ。
ボックは・・・
「異論ないよ。ボックも変わらないといけない。」
今日この日から、西の大国は変わり始める。
それは、良い方に進むのか、悪い方に進むのか。
だが、彼は動く。
『戦争』が、動き始める。




