第1章3話 10歳の死闘
ここ数日、ずっと見ていた。彼が打ちひしがれているのを。
魔法が使えない子は初めて見た。なんとかしようと前例を探したが、王国図書にすら過去にただ一人だけいたと記述されているだけで、治療法すら存在しないと言われた。
この子が日に日に心が荒んでいっているのも納得できる。魔法社会において、魔法が使えないなんて、何を夢見れば良いのか。
あまりにも残酷な現実が、わずか10歳の少年に打ち付けられている。
気の毒に、そう思ってもミテラにはかける言葉が見つからなかった。それがなんの価値のない励ましだと知っているから。
そう思い悩んでいる彼女の元に、普段彼と共にしている、彼と同じ翡翠色の眼をした精霊がやってきた。
小さな、それでも威厳に満ち溢れた彼女は言うのだ。
「あの子には大きな決断をする時が来ます。その時はどうか、彼のことを信じてほしい。」
そして今、強大な敵に魔力もなしに立ち向かった彼の姿は、賞賛に値するものだった。あの打ちひしがれていた少年の姿はそこにはなかった。
なんとしても守らなければならないと、ミテラにそう決意させるほどに勇敢な行動だった。
※※※※※※※※※※※
「ミテラ叔母さん・・・」
ミテラ叔母さんは俺を見て少しだけ笑い、そして目の前の炎を見る。激しく燃える業火の中でゆらゆら人影が動く。
「見事だねぇ。そいつに気を取られてて気づかなかったよぉ。」
子どもっぽい言葉が炎の中から聞こえる。その声と共に紺碧の眼をした男が炎から出てきた。
嘘だろ、全く燃えていない。それどころか火傷すら負っていない。
「そいつの足掻きは無駄ではなかったってことだねぇ。彼女が来るまでの時間稼ぎになったんだぁ。」
「ロア、下がってなさい。あいつは相当強い。私も騎士団が来るまでの時間稼ぎにしかならないわ。」
ミテラ叔母さんは真っ直ぐ紺碧の眼をした男を見つめる。だが紺碧の眼をした男は俺の方を見た。そして冷酷に命令は下される。
「ミストフォロウ、あの子どもを殺してぇ。」
「その名前で呼ばないでください。それにちょい待ってください、この炎俺だけ燃やしてこの赤ちゃんを連れ去ろうとするんすよ。」
一つ目の仮面の男ーーミストフォロウが炎を手で振り払いながら俺の方にゆっくりと近づいてくる。俺は自分に向かってくる明確な殺意を前にして、足を震わした。
「逃げなさいロア!」
ミテラ叔母さんの大声で体が起き上がった。だけど俺は恐怖心から足を半歩下げてしまった。
「あらら、可哀想に。こんな小さくて怯えてる子どもを殺すなんて気が引けるっすね。」
俺は恐怖している。魔法が使えてたら・・・いや、魔法が使えたとしてもこの男の殺意を前に俺は怯えていただろう。
未だその殺意丸出しの男の腕の中にいるアフターが可哀想だと思ってしまった。
そうだ、アフターは未だにあっち側の手にある。
助けなければ。
少し前の言葉が俺に喝を入れる。
『今その歩みを進めて、アフターから遠ざかる自分を、あなたの中の英雄は許さない。』
普通は逃げるべきなのだ。このままここにいてもミテラ叔母さんの足を引っ張るだけ。俺は魔法が使えない、身体能力が高いだけの10歳の少年。その身体能力だけでここに残るのは邪魔以外のなんでもない。
そんなのわかった上で、恐怖したという理由で、ここから逃げるわけにはいかなかった。
なんのためにここに来たんだ。
アフターを救うためだろ。
あの子の『英雄』になれ。
未だ仮面の男ーーミストフォロウの腕の中におさまっているアフターをなんとしてでも救わないと、俺はここに来た意味がない。
そうして震えた手で構えた俺を見て、ミストフォロウはため息をつきながら話し始めた。
「約束しやしょう、俺はこの赤ちゃんを殺さないことにするっす。殺せという命令っすけど、赤ちゃんはどうせこの一件なんて覚えてないっすから、見逃しやしょう。その代わり、依頼主の頼みなんでね、命差し出してくれや。」
「ロア早く逃げて!アフターは私が必ず連れて帰るから!」
「僕を前によそ見はなしでしょ、小娘ぇ。」
「・・・邪魔しないでよ!」
紺碧の男とミテラ叔母さんは激しい戦いをしている。
赤い炎が森を照らし、それを消すかのように大量の水が何かの翼の生えた生き物の形を模っている。それがぶつかり合って蒸発した水が霧散し、雨が降る。そんな天候を変えるほどの魔法のぶつかり合い。
この様子だとミテラ叔母さんがアフターを救い出すのは無理だろうなと悟った。そんな隙はない。
俺がやるしかない。
魔法が使えない俺はこいつに勝てない。それでも、俺にもできることはある。
そして俺は震えた拳を解き、静止する。
そんな俺を見て、ミストフォロウは警戒を解き、俺に近づいてきた。
「話のわかる子どもでありがたいことっす。感謝するっす。」
こいつは俺が物分かりのいい怯えた子どもに見えてるんだろうな。何もわかっちゃいないな。
俺は『英雄』を夢見る男だ。
ミストフォロウは剣を振りおろす。なんの迷いもなく、ただ俺の左肩を上からまっすぐに心臓を目掛けて。
俺を侮っているミストフォロウは、また反応できない。俺が今できることは、
「騙し打ちしかないだろ。」
全部見える。振り下ろす瞬間、角度、速度、俺の眼ならわかる。俺には魔法が使えない代わりに与えられたこの身体能力がある。
体を少し捻る。ただそれだけで剣を躱し、最小限の動きで下顎に全力の拳をヒットさせ、腹に蹴りを入れ、アフターを奪い距離を取る。
まさに命のやり取りによる覚醒。覚悟を決めた俺の勇気は、油断した襲撃者には捉えきれなかった。
そして俺は一目散に逃げた。ここから先は戦っても負ける。相手は窓を溶かし、ミテラ叔母さんの炎を素手で振り払った。あいつは魔法を扱える。魔法が使えない俺はこれ以上戦っても負けるだけだ。
逃げる一択。
「完璧だ、出し抜いてやったぞ。アフターを取り戻した・・・!」
そんな興奮じみた喜びは束の間だった。振り返らず逃げる俺の目の前を草木の壁が道を塞いだ。そして後ろから何かを引きずる音と共に声が聞こえた。
「本当にお見事だぁ。いくら油断していたからといって、ミストフォロウに攻撃を入れるなんてねぇ。」
夜の森の闇から怪しげに光る紺碧の眼を持つ男は、真紅の髪の女性を引きずりながらこっちにやってきた。引きずられているミテラ叔母さんは両腕が折られてるみたいだ、抵抗もできていない。
その後ろから、無様に殴られた顎をさすりながらミストフォロウが追いついてきた。
「すいやせん。甘く見てましたっす。」
「あの少年の勝利だねぇ。まぁ依頼は誘拐だし、あとはもう俺が殺しとくよぉ。騎士団が迫ってる音がするぅ。」
「あらら、じゃあトンズラこきましょう。」
「お前はよく頑張ったね魔法も使えないのに、やれることを十分やったぁ。でもこの小娘を攻めちゃいけないよぉ。僕を相手に数分でも時間を稼げることがすごいことなんだぁ。でもこの小娘はどこか戦いに腰が引けてるね、真紅の髪の一族なら本来であればもう少し戦い甲斐のあるものだと思うけど、昔何かあったのかなぁ。」
そう俺たちを褒めながら紺碧の眼の男は手を前に掲げる。かなりのエネルギーがその手に集まっているのが直感的にわかる。これをくらったら死ぬかもしれない。
だけど、アフターだけは必ず救う。俺がここにきた意味だけは必ずやり遂げる。
俺はアフターを下に優しく置いて、アフターを守るように両腕を広げる。
「少年や、赤ちゃんを頑張って守ってごらん。守りきれたらお前に敬意を表して、手は出さないであげるよぉ。」
俺の方を見て手をかがけていた紺碧の眼をした男もまた、油断している。
だからこそ、仕留めたと思ったはずの真紅の髪の女性の動きに反応できなかった。俺に気を取られすぎたのか、はたまたこの女性にはもう何もできないと思っていたのか。兎にも角にも、油断した。
それがミテラ叔母さんに自由を許した。
男の手から真紅の髪がブチブチと音を立てて抜けていく。そして折れた腕がミシミシと音を立てながら、ミテラ叔母さんは腕をかがげ、紺碧の眼をした男を炎でふき飛ばす。
ミストフォロウが瞬時にミテラ叔母さんを俺の方に蹴り飛ばし、直撃を貰った依頼主の方へ駆け寄る。
ミテラ叔母さんはそのボロボロの体で俺のとこまで這って、力強く、折れた腕で俺とアフターを抱きしめた。
そしてミテラ叔母さんは、ボロボロの顔で、俺の方を見て笑った。
「ロア、よく頑張ったわ。とても勇敢な子。そしてごめんなさい。」
「ミテラ叔母さん・・・?」
「私はあなたが魔法を使えないとわかって心が荒んでいくのを黙って見てたわ。かける言葉が見つからなくて、ごめんなさいね。でもあなたは立ち上がって、今ここにいる。あなたは立派に戦ってアフターを取り戻した。魔法が使えなくてもこんなに立派に戦ったわ。よく頑張ったわね。」
そういうと、ミテラ叔母さんは俺の頭をぎこちなく撫でて、またしても無傷で立ち上がる紺碧の眼をした男の方を睨んだ。
「この子たちだけは死なせないわ。」
「とても素晴らしい行動だったけど、ここまでだねぇ。」
ミテラ叔母さんは守るように俺たちを両腕で包んだ。
その姿とその強い顔を見たとき、俺は自分の中に何かが流れるのを感じた。それは今まで感じたことのないもの。
俺が最も欲しがったもの。
なんとなくわかる、これが魔力ってやつか。不思議だ、初めての感覚なのに使い方がよくわかる。
この力を向けるべき相手をよく見る。紺碧の眼の男の力の矛先が俺たちに向いている。確実に俺たちを仕留めようとしてるが、注意してるのはミテラ叔母さんだけで、俺じゃない。
俺が魔法を使えないというその確信を、見逃さなかった。
俺はミテラ叔母さんの抱擁を振り解き、奴らに手をかざしてありったけの魔力を込める。体中を巡っていた不思議な力はやがて炎に変わり、その炎は、何もかも焼き尽くす勢いで放たれた。
凄まじい威力をはらんだその炎は、地面を抉りながら2人に直撃した。
眩暈がしてフラフラする。なれない力を使ったせいで体がうまくいうことを聞かない。
それでも相手がいた場所をしっかり見届ける。
そして俺は笑った。
炎でよく見えないが、黒い影が1つゆらゆらと動いている。
「俺の奇跡の一撃なんだけどな・・・」
笑うしかないだろこれは。炎を薙ぎ払いながら俺の方へ歩み寄る紺碧の眼をした男も笑ってるような気がする。
「すごいな少年や、魔力を隠してたんだねぇ。見事だよ、全く感知できなかったぁ。ミストフォロウには大ダメージだよぉ。でも、調子の乗りすぎだねぇ。」
今のをくらって無傷でいる。どんな化け物なんだ。さっきから俺に恐怖させてきたミストフォロウですら、相当ダメージを受けているのに。
俺が込めた力よりも何倍も凝縮されているだろう凄まじい熱のエネルギーが紺碧の眼の男の手に集まる。
ミテラ叔母さんはこんな奴相手に戦っていたのか、すごいな。
だけど俺は最後まで戦うよ。『英雄』は諦めない。そして俺は拳を握った。
ーーー終幕の時間がやってくる。
違和感を感じたのは、恐らく紺碧の眼をした男と同時だった。違和感を突き刺す天を見上げた。そこには、幾つもの光が、深い闇に覆われた夜の森を照らしていた。
そして次の瞬間、目の前に光の雨が降る。
紺碧の眼の男は俺への攻撃をやめ、何か黒い力でそれを防ぐ。そして俺たちから距離を取った。そうしてできた俺と紺碧の眼の男の間に現れた女性は、優しい声で俺たちに声をかけてくれた。
「よく頑張ったね、ミテラ。そして勇敢な少年。」
優しくて温かい光を纏いながら、空からゆっくりと降りてきて俺の目の前に現れたその女性は、誰よりも美しかった。綺麗な金髪の短い髪に、後ろから2本の触覚のように長い髪が整えられている。眼の色も綺麗な金色をしていて、天使のようだった。
その美しい天使の横には見慣れた小さな女の子、セアがいた。セアは俺たちの方を振り向いて笑う。
「2人とも、無事でよかったわ。」
そして俺たちに美しい笑顔を向け、すぐに紺碧の眼の男と向かい合った。
その時、紺碧の男は困惑した表情を浮かべていたように見えた。
「急いで来てよかったよ。まさかここにいたとはね、『魔王』。」
その可憐なる天使の呼び声に、表情を困惑から戻した『魔王』とやらが、その天使をまっすぐ見つめる。
「この国にいるのバレてたのかぁ。随分と優秀な捜索隊があるみたいだね。それに騎士団が来てるのは知っていたけど、お前が直々に来るとはね。それじゃあ撤退かなぁ。収穫もあったことだし。」
「帰すと思ってるの?」
そう言うと、突如現れた光の槍が、紺碧の眼の男ーー『魔王』に目掛けて穿たれる。『魔王』はまた何か黒い力でそれを全て防ぐ。そしてその黒い力で空中に亀裂を入れた。
「今お前とやったら怒られちゃうよぉ。てことで、じゃあねぇ。」
『魔王』と、のそのそと立ち上がって様子を伺っていたミストフォロウがその亀裂に入り込もうとした。その瞬間、巨大な光の塔がその亀裂をかき消し、撤退を防ぐ。
「やれやれ、戦うなとは言われてるけど、少しくらいならしょうがないよね。」
そう言った『魔王』は、さっきまでとは違う雰囲気を纏い、明確な敵意を持った。
今の俺ならわかる。魔力が桁違いだ。俺は思わず本能で迎撃の姿勢を取った。
「下がってなさい、少年。あなたは仕事を十分果たしたわ。あとは私に任せなさい。」
戦う姿勢をとってしまった俺を見て語りかけた天使のような女性もまた、桁違いの魔力。
「ここから先は割り込む隙間はなさそうっすね。じゃあ俺は撤退するっす。」
ボロボロになったミストフォロウは、そう呟くと颯爽と撤退した。そして俺がミストフォロウに目線をやってる瞬間に、戦いは始まっていた。
それはまるで闇と光、対称的な力同士の戦いだった。無数の光の矢と、無形の闇がぶつかり合う。
「よく見ておきなさい、ロア。」
いつの間にか俺のそばに寄ってきてたセアが語りかける。
「『英雄』を目指すあなたはこの戦いから眼を逸らしてはいけないわ。あの女性こそ、今最もそれに近い存在である『七人の使徒』の一人、『聖女』セレフィア様よ。」
その美しい女性は、光を纏い、闇を照らす。その姿に俺は憧れの『英雄』を重ねた。その姿に、目が離せなかった。
「さて、嫌な気配が向かってきてるなぁ。流石にあいつを相手にしたら負けだなぁ。てことで、失礼するよぉ。」
そう言って『魔王』は俺たちの方を見た。俺は瞬時に察した、これはまずい。
「逃げろ!!」
「暴乱の夜」
闇が球状になって俺たちめがけて飛んでくる。俺の必死の声に呼応するようにミテラ叔母さんが炎を盾の形にして構えた。しかし闇は炎を飲み込み、俺たちを襲う。俺はみんなを守ろうと前に立ち、両腕を広げた。
闇が俺の目の前まで来た時、闇は見えない壁に阻まれ、俺の前で歩みを止めた。
「聖域」
俺たちを包んだ光の領域が、無形の恐ろしく強大な闇を防ぎ切った。しかし『魔王』の目的は俺たちを殺すことではなかった。
ほんの一瞬、天使のような女性から、気を逸らすこと。
「じゃあねぇ、『聖女』、そして面白い少年。」
そう言って、再び空間に亀裂を入れて、『魔王』は撤退した。
俺はそれを見届けた後、急にきた睡魔と疲労が意識を奪っていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『魔王』が去った戦いの地で、倒れた少年のそばに『聖女』が寄る。
「魔力切れね、外傷はなし。大丈夫よ。」
『聖女』ーーセレフィアは少年が焼き尽くした森を見る。大地がえぐれてそこにあった草木は灰となっている。
「これをこの少年が・・・凄まじい威力ね。」
そんな感想を告げるセレフィアに、全身ボロボロの真紅の髪の女性が歩み寄る。
「助けていただいてありがとうございます。」
「ミテラ、久しぶりね。あなたはすぐに治療しないと。」
「失礼ですがなぜこんな辺境にいらっしゃるのですか。」
「あの精霊さんに呼ばれてね。はるばる王都まで来てくれたのよ。」
「でも王都からここまで、そんな短時間でこれるとは思いませんが・・・」
「一週間ほど前に王都に来ましたから。」
話題の精霊が二人の会話に割ってはいる。
「小さな魔獣が孤児院をうろちょろしてるのを見たのよ。危険を感じて王都までいって彼女を呼んできたの。」
「今この国は今一番『厄災』から狙われているから、もしかしたらと思ってね。」
「そう・・・です・・か・・」
話を聞いて安堵してしまったミテラは、気絶してしまった。
「よく頑張ったわね、ミテラ。ゆっくり休みなさい。」
「・・・『聖女』。」
「えぇ、おそらくまだばれていないでしょう。今回の狙いはその赤ちゃんのようですね。」
「・・・そうですね。」
「ですが、『魔王』に目をつけられてしまいました。孤児院に何人か信のおける兵をつけておきます。もちろんばれないように。」
「ありがとう。」
「『厄災』の動きが活発化しています。くれぐれも気をつけてください。」
『聖女』はそう忠告し後処理をはじめ、精霊はイロアスの元へいく。
彼女は覚悟を決めなければならない。
この子に、身勝手で過酷な『願い』をする覚悟を。




