第2章18話 あなたは結局
初代『魔導王』スコレー=フィラウティアによる結界の影響で、亜人は差別を受け続けるようになった。
革命すら許されず、ディコス王朝に逆らうことすら許されない。
身分は奴隷に落ち、およそ生きている心地はしないだろう。
親友ミューズのためにも、自分の『英雄』願望のためにも、その心からも、亜人を必ず救わなければならない。
亜人を救うためにはどうすればいいのだろうか。
具体的なプランは思いつかない。しかし、絶対に邪魔なものがある。
それは、結界だ。
しかし、2代目『魔導王』アラクシアによってその結界は永久的なものになった。
だが、それはあまりに人道から外れた方法であった。
魂を二分することによる二倍の時間の蓄積。その時間のエネルギーによる永久的な結界。
さらに、その実験対象にされたのは、『七人の厄災』が一翼である『戦争』であったのだ。
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「彼らは、実験をするまでは『戦争』ではなかった。この実験の結果、『戦争』に選ばれたんだ。」
時間のエネルギーを永久にするためには、その魂を二分したまま、片方を眠らせる必要があった。
いや、眠らせるという言い方は正確ではない。正確には、魂の片方だけが戻ろうとする状況を作り出す必要があった。
「そのために、この少女が眠りについた後、もう片割れを遠くに捨てる必要があった。」
「それが今ディコス王朝を襲撃している『戦争』。この少女のもう片方の魂。」
イロアスの中で全てが繋がった。
記憶の中の『戦争』に対する違和感。そして、千年前のスコレーの共犯者である魂の研究者トレース=ボラデルカの存在。
さらに、スコレーの罪悪感。
自らが進めた魂の研究の「知識」の継承。その上で生み出された『厄災』。
『七人の使徒』としてのあるまじき結果。
そして何よりも、イロアスというたった一人の少年に全てを託す無責任さ。
イロアスの中はもはやグチャグチャであった。
亜人を救いたいというただそれだけの欲。しかし、実際に亜人を救っているのは『戦争』である。
その忌むべき『戦争』ですら、国の玩具にされた被害者。
だが、ディコス王朝は世界からすれば『厄災』と戦う正義の大国。
何よりも今イロアスが辛いのは、目の前の少女一人すら救えない事実だ。
この少女の解放は、すなわち結界の崩壊を意味する。ともあれば、ディコス王朝と亜人・『厄災』の抗争は過激を増し、間違いなく世界を揺るがす大事件になる。
それは多くの生命の死を意味する。
「クソッタレ・・・」
八方塞がりもいいところだ。何よりも、スコレーがここに飛ばす瞬間に言った言葉が俺に重荷をかける。
『君に救えなければ誰にも救えない。』
「・・・先生、外に連れてってもらえませんか。」
ダスカロイは、何も言わずにイロアスの肩に手を当て、転移する。
その転移先から見る、この国が持つ残虐性の結果に、頭をかかえる。
「・・・先生、リアとミューズを連れてきてくれませんか。」
その数分後、ダスカロイはイロアスの指示通りに二人を連れてきた。正確には、二人の影に隠れてセアもついてきた。
しかしそんなことは良かった。この苦悩を、誰かと分かち合いたかったのだ。誰でもいいわけじゃない。
イロアスが信じている人と、分かち合いたかったのだ。
「ミスター・イロアス、リディアに話はつけておくよ。3人とも夜ご飯までには帰ってきてくれ。」
その言葉に、俺は反応しなかった。それはダスカロイに怒りを向けているわけではない。
今は、何に怒っているかもわからないのだから。
「すまない。」
去り際に、そう言われた気がした。
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この残虐な光景は、『魔導王』が守ってきたのか。
そう思うと、悔しくてたまらなかった。
俺が目指す『英雄』に値する『使徒』が、こんなことをしているなんて。
今日起きたことを頭で整理しながら、何度も怒りを表にだしかけ、何度もそれを抑えた。
ダスカロイは何も口止めをしなかったが、イロアスは自分の意志でそれを自分の中で留めている。
3人には、今回の件を何一つ言えない。
だが、この苦しさをどうか、どうかーー。
「みんなは、世界が正しいと思うか。」
曖昧に、イロアスは聞く。
3人とも、何も質問を返すことなく、冷静に考察する。
「僕はーーー」
ミューズが、何か話し始める。それは、目の前の光景にしばらく絶句していたからだろうか。
恐らく、ミューズは知っていた。だが、まさかここまで残虐だとは思わなかったのだろう。だから、今彼は、拳を握り続けるのだ。
「今目の前の世界を、間違っていると断言する。」
そうだ。間違っているんだ。でも、
「でも、今の僕には何もできない。それが、ひどく悔しい。」
そう、何もできない。全てを知ったイロアスも、今、何もできないのだ。それを、必死になって考えている。みんななら、何か答えを持ってないのかと。
「そうね、アタシ達だけじゃどうにもならないわね。なら、どうにかできる人に頼りましょうか。」
「えぇ、この状況を打開できる、打開したいと思っている人が一人いるわよ。」
リアとセアは、答えをすでに得ていた。
「アタシたちの王女様ならね。」
アナトリカ王国王女セレフィア=ロス=アナトリカ。
彼女の有する国は亜人差別が流行している。しかし、それは決して彼女の策略ではない。
ノートス帝国に流れ、国に牙を向く亜人達を国民が嫌っての蛮行である。それに彼女の意思はなく、また彼らも、それを彼女の意思と思ってはいない。
彼女は亜人を救っている。実際、ロダ家に絶大な力を持たせ、その家系の周囲に亜人の住む場所を提供している。
彼女はこの世界で少数派である、亜人との共生を目指す人である。
「セレフィア様は幾度となくこの国との対話を出願している。しかし、この国の王がそれを一方的に跳ね返すんだ。自分たちは被害者だと。」
千年前の世界大戦に怯えた国ディコス。それを盾に彼らは対話を拒む。そして恐らく、その歴史を承知しているセレフィアは強く出れないだろう。
だが、
「ロア、あなたが思い悩む理由に、あなたはきっと知ってしまったんでしょ?世界の誰もが知らない秘密に。」
この秘密をばら撒けば、全てが丸く収まるだろうか。
そう考えると、イロアスはひどく不安な気持ちになるのだ。ダスカロイが、その前の『魔導王』が、さらにその前の、その前の、その前のーー
彼らが黙り続けた理由は、そこだろう。
世界の秘密をばら撒いても、結界を今解いても、起きるのは『戦争』だ。西の大国を世界は見捨てることができるのだろうか。
『魔導王』を断罪することはできるのだろうか。はたまた、断罪すること自体が正しいのだろうか。
これは開けてはならない箱だったんじゃないのか。
「・・・らしくないわね、イロアス。」
沈黙を続けるイロアスに、冷たくそう放つリアは、その冷たさとは正反対な真紅の瞳で、真っ直ぐ見つめた。
「あんたは、助けたいと思った人に、迷いなく手を伸ばすんでしょうが。何をうじうじしてるのさ。全部助けるのよ!一人助けて、それでまた困っている人がいたら手を伸ばす。それが、あなたでしょう?」
リアは、イロアスのことをよくわかっている。きっと、彼はその言葉を待っていたのかもしれない。
欲しいのは答えではない。
「ごちゃごちゃ考えない!あんたが今助けたいのは誰!」
スコレーは言った。
『ただ一つの取りこぼしも許されない。』
まるで呪いのような言葉だ。
救うことを、義務付ける呪い。
違う。イロアスは、違う。
「俺はーー」
イロアスは、義務ではない。
「俺はミューズを助けたい。」
義務ではない。当然なのだ。
目の前にいるから、当然に手を伸ばす。ただ、それだけ。
しかし、それだけをできる人間が、この世にどれだけいるだろうか。
助けられる方すら、驚愕しているのだから。
「僕を・・・僕なのかい・・・」
いや、そうではない。わかっている。亜人全員を救うつもりなのだ。わかっている。
だが、彼はーー
ミューズは、久しく流れなかったものに再び驚く。
「泣くなよ、ミューズ。」
「だって、こんなに嬉しいことはないだろう。」
初めて、ミューズ=ロダは、人間の親友を得た。
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「そろそろ、肌が冷えますよ。」
その感動に水を刺さないように、彼女は黙って涙が止まるのを待っていた。
「ありがとうございます。もう十分ですよ、リディアさん。」
満足したように、イロアスはそう答えた。
「君は、そこから見て何を思いましたか。その非人道とも言える蛮行を見て、一体何をするのですか。」
それは、とてもディコス王朝の壁内の人物の言葉とは思えない、発言だった。
「その『魔導王』の張った人と獣を分つ境界を、どう撤廃するのかは決まりましたか?」
ミューズとセアは、彼女とは初対面だから、あまり何も思わなかっただろう。
しかし、一度彼女と会っているリアは、そのような発言をする人だとは想像もしていなかったことだろう。しかし、イロアスはそれに対して、真正面からこう答えた。
「俺は、この結界をぶち壊します。」
満面の笑みで、イロアスはそう答えた。3人の誰の了承も得ていない。しかし、得る必要なんてない。
彼らは、何も責めないのだから。
そして、もう一人、満面の笑みを見せた。
「そう、あなたみたいな子が来てくれて嬉しいわ。じゃあ、行きましょうか。」
そして四人は、帰路に着く。
魔法陣の上にのり、リディアに見送られながら学校に帰ってくる。
その魔法陣の前で、一人の男は座して待っていた。
七色の瞳がこちらに問う。どうするのか決まったのかと。
「『魔導王』。俺はこの結界をぶち壊しますよ。そして無くしましょう、人と亜人を分つ境界なんて。あなたも見たいでしょう、みんなで輪になって踊る夜を。」




