第2章17話 禁忌を犯す正義
七色の瞳が、イロアスは睨む。
秘密を知られてしまった彼は、『魔導王』ダスカロイ=フィラウティアは、イロアスに向けて殺意を放つ。
・・・と思いきや、その表情は徐々に和らいでいき、ただ一つのため息をこぼした。
「ボックの魔力感知を逃れられるとは思わない〜さ。ミスター・イロアス、君は会ったんだね。」
誰とは言わずに、ただそう聞かれた。
禁忌なのだ。それはそうだろう。名前を出すだけでその禁忌性は十分だ。千年前の歴史上の人物が魂だけとなってまだ生きていますだなんて、一体誰が信じるだろうか。
「会いました。俺は、あまり好きじゃないですけど。」
「だろうね。君が現在抱えている苦悩の原点に関わるお方だ。いい印象ではないだろうね。」
ダスカロイは、なぜかイロアスの苦悩を知っていた。それは、果たして魂となったあの気に食わない『魔導王』から聞いたのか、無口な司書から聞いたのか。
「ボックもあの人にはあまりいい印象はない。いつだってあの人は我々『魔導王』を困らせてきたのだから。まさに、今の状況のようにね。」
また、静かに怒りを目に宿らせる。
「なぜ、ここに飛ばされたんだい?」
恐らく、歴代の『魔導王』のみが許された場所なのだろう。
禁忌を平然と破る魔女と、その共犯者となり続ける彼ら後継者。
だが、この残虐性は、確かに見てはならなかった。特に、イロアスのような誰かを救いたいと願う『英雄』候補ならば。
「あいつの、罪悪感を救ってくれと言われた。そしてそれが、亜人を救う助けになるはずだと。」
ダスカロイは少しだけ、無言で頭を抱えた。スコレーの言っている意味は、イロアスは半分以上理解できなかった。それはまだ何も知らないからだ。
しかし、ダスカロイは全てを知っている。
故に、彼は口を開いた。その全てを説明する義務を果たすために。
「ミスター・イロアス。君は、どこまで見せてもらったんだい?」
おちゃらけた話し方ではなく、いつにも増して真面目に、ダスカロイは尋ねた。
そして、見せてもらった全てを、自分の感じた全てを、イロアスは話し始める。
※※※※※※※※※※※※
イロアスが全てを語り終えるまで、ダスカロイはただ黙して聞いていた。
自分の中にある、歴代の『魔導王』の記憶と擦り合わせながら。
「ありがとう、ミスター・イロアス。ならば、ボックが話すべき内容は、まさしくこれというわけか。」
そう言って、彼の七色の瞳は悲しみを浮かべながら、水晶に閉じ込められた少女を写した。
「ミスター・イロアス。君は、『戦争』がいつから存在しているか知っているかい?」
歴史学の授業にて、イロアスはその答えを知った。
『戦争』は『厄災』の中では最も新参者であり、その力も未熟である。
実際にディコス王朝と争い始めたのは800年前であり、その時から『原罪』の庇護下にある。
「彼はね、時代にして今から900年前から存在している。100年もの間、沈黙していたのさ。」
100年の誤差は、正直イロアスからすれば、それほど疑問には浮かばなかった。
900年前か800年前かなど、たいした差ではない。
現代を生きるものにとってはの話に限るが。
『魔導王』の権能は、魔法学応用の授業で説明された。
その権能は、知識の伝授。
では、その「知識」を広義的な意味に捉えるとしよう。
「人の記憶」すらも、「知識」と捉えるなら?
「彼が『戦争』としての役目を得たのは、2代目『魔導王』であるアラクシア様のせいと言ったら、ピンとくるかな?」
この言葉で、ようやくスコレーの見せてくれた記憶と繋がった。
「じゃあ罪悪感っていうのは・・・」
「ボックも驚いているよ。あの初代様からそんな言葉を聞けるとはね。だが、ここに連れてきたということは間違いなくそれだ。」
「一体何が行われたんですか。この少女は誰なんですか。」
ダスカロイは口を紡ぐ。しかし、語らない選択肢などなかった。
他ならぬ初代様が送ってきたのだ。勝手に入ってくるような泥棒ではない。
全てを語るようにと、丁重に送られてきた客人だ。
「ミスター・イロアス。我々が代々受け継いできたのは、権能だけではない。」
「・・・結界の管理権ですね。」
スコレーの記憶において、スコレーはアラクシアに確かにその維持を任せているのを聞いた。
「その通りだ。しかし、見た通りあんな馬鹿げた結界を維持するなど、それこそ初代様に匹敵するほどの魔力量がないと不可能なのさ。ボックも、初代様ほどの魔力量はない。」
「なら一体どうやって結界を維持しているんですか。」
その質問に、ダスカロイは目線で答えた。
見つめた先の、少女こそがその答えだというのだ。
「この世界には、触れてはならない禁忌がある。」
イロアスは、黙って話を聞いていた。
怒りは確かにある。しかし、少女を見つめ続けるダスカロイの目が、あまりに悲しそうだったのだ。
「一つ目は魂。我々は女神様の決めた真理によって、死後魂は器を離れ冥界に行く。そして冥府の王によって魂は浄化され、輪廻の輪に組み込まれる。」
いつものような、陽気な声ではない。ただ淡々と話すダスカロイに、イロアスは不思議な感覚を覚える。
「その魂の輪廻から外れることは、女神の許し無くしては禁忌だ。それを初代様は犯し、我々は代々それを黙してきた。」
代々みんな共犯者だと、ダスカロイはそう言う。
「二つ目は時間だ。時間を止める、巻き戻す、進める。それら全てを犯すことは禁忌だ。しかし、これを犯せるものなど千年あって一人いるかさ。現に初代様は時間だけは研究しなかった。」
スコレーにすら成し得ることができなかった。それは単純な魔力量の不足。
「概念に干渉するためにはあまりにも膨大な魔力が必要だ。それは初代様でも足りず、アラクシア様でも足りなかった。」
「その禁忌が、結界の維持に何の関係があるんですか。」
「アラクシア様は、魂を使って、永久的に結界を維持させることに成功した。」
魂と永久。それは、二つの禁忌を犯していると言っているようなものであった。
「その結果が彼女さ。」
その言葉の意味を理解するのに、時間がかかった。
「・・・人体事件ですか!!共犯どころの騒ぎじゃない!!今までなぜ黙っていたんですか!!」
この空間に、イロアスの声だけが共鳴する。
七色が見せる悲しさに共感することなく、先ほどから腹に溜まった怒りが込み上げ爆発した。
「わかっているさ。しかし、あの結界こそが千年間この王国を守ってきた。守っている相手は確かに肥えた人間だ。およそ守る価値も見出せない。しかし・・・」
そこから先の言葉は、聞かなくてもわかっている。
全てを救うと心に決めたイロアスの正義にも、確かに彼らを見殺しにすることなどあり得ない。
「ボックはね、彼らを殺すことなどできなかったんだよ。」
まただ。
またその目をする。
ずるい。あまりにもずるい。
「・・・彼女は、一体どんな仕打ちを受けたのですか。」
「魂と時間の実験さ。その内容は酷く単純だ。」
その少女をよく見つめる。誰かに似ていると今、気づいてしまった。
「一人の魂を二分し、成長させる。」
どこで彼女を見たのかも、すぐに思い出せた。
ダスカロイの言葉を半分に聞き、イロアスは最悪の想像をする。
「魂は不思議なものでね、二分するとその器も二分される。」
二分する。その言葉が、先ほどの違和感の正体を掴んだ。
「本来一つの魂で経験される時間は、二分されることで二倍の時間になる。その魂を再び一つに戻す時、莫大な時間によるエネルギーが生み出される。」
その違和感とは、『厄災』の割にはあまりに弱々しかった、と言うことだ。
「彼女が眠り続けている理由は、魂がすでに元に戻ろうとしているからだ。つまり、理論上はエネルギーは無限に発散され続ける。そのエネルギーを、魔力に変換し、結界の維持に充てる。」
「ダスカロイ、この子は・・・」
「この子は、『戦争』の魂の片割れだ。」
イロアスの中で、善悪が揺れる。
一体誰を、救えばいいのだろうか。




