第2章16話 悪いのはだーれだ
場面は再び、展開された。
舞台は、見知った学校の中だった。この学校は千年間何も変わらずにいた。
ただ一つ違うのは、先生はスコレーただ一人ということだ。長い年月を超えて、教師は増えていったのだろう。
教団に立つスコレーが、一通りの説明を終え、目の前にいるわずかな生徒に笑いかける。
「さて、以上で君たちに教えることは無くなった。魔法は自由なものだ、あとは各々で学ぶといい。さらばだ。」
各々が立ち上がり、教室を後にする。
亜人戦争は一体どうなったのか、イロアスはそれが気になってしょうがなかった。だが、それでもスコレーの記憶を見続けている。
それが何かしらの、答えにつながると信じて。
「あぁ、アラクシアはこっちに来なさい。話がある。」
スコレーは、一人の男の子を呼んだ。アラクシアという少年は、スコレーに導かれるままに、図書館へと連れられた。
そして、イロアスと同じように図書館のさらに下へと連れられ、そこで禁忌を見る。
「死後、私の魂はここに封じられる。世界の理に反して輪廻の輪から外れるのさ。」
「それを僕に伝えてどうするんですか。世界の理に反するなんて禁忌ですよ。」
「これから君は、『魔導王』になるんだ。私の禁忌を守る共犯にね。」
「『七人の使徒』になれと?禁忌を犯す大罪の共犯になれと?この学校で、僕も教師になれと?」
「そうだ。『使徒』としての自覚なんていらないさ、あの女神なき今の時代はね。一つ面倒を押し付けるなら、この学校と王朝を守る結界を維持するんだ。」
「お断りします。僕は先生から教わった魔法で亜人戦争を終わらせます。そんなことをしている場合じゃないです。」
「『魔導王』の権能すらも与えられるというのにかい?」
その魅力的な提案に、アラクシアは黙ってしまった。
選ばれたものにのみ与えられる権能。それは、魔法が好きなアラクシアにとってはあまりに魅力的であったのだ。
「詳しく、聞かせてください。」
「私の権能は知識の伝達だ。端的に言えば、君は私の魔法の全てを知ることができる。君を選んだのは、この廃れた時代の中でも君は全ての属性に適性があるからだ。そして君の努力次第では、私の魔法を全て扱えることができる。」
その端的な説明は、アラクシアのとっては亜人戦争の終結を意味する。
『魔導王』としての力は、この戦争を終結させるにはあまりに大きすぎる力であったのだ。
「・・・僕は、何をすればいいですか。」
※※※※※※※※※※※
結界に密着するほどの亜人の数。
結界内で怯える貴族と王族。
戦争とは名ばかりの、攻城戦であった。それも、決して開くことのない攻城戦。
しかし、勝敗はすでに決していた。
亜人が行った策略は、兵糧攻めである。結界内に入ることができる行商人を殺し尽くし、結界内には一切の財が入らないようにした。
ついには騎士団の介入があり、戦争は過激化した。
だが、亜人戦争は突如として終結することになる。
「『魔導王』だ!」
「撤退しろ!」
「『魔導王』様だ!」
「やっちまえ!」
水色の髪に水色の瞳のスコレーではない。
そこにいたのは、
「『魔導王』アラクシア様!」
「アラクシア=フィラウティア様!」
フィラウティアの名と、『魔導王』の地位を継いだ若き天才が、宙に浮いていた。
アラクシアが唱える魔法が、亜人の群れを燃やし、凍らせ、刻み、埋め、焦がす。光は視力を奪い、闇は体を蝕む。
逃げようにも結界に阻まれ前には進めず、撤退しようにもこの国は砂漠がその足を呑む。
かくして、亜人戦争は亜人の敗北で決着がついた。
そこから彼らがどんな人生を歩んでいるのかは、現在の状況から見て取れるだろう。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
記憶はそれで終わった。
気づいた時には、イロアスとスコレーは禁忌の塔に戻ってきた。
「どうかな?」
何がどうかというのは、スコレーはあえて指摘しなかった。
知りたいものは知れたのか、そう聞いてきたのだ。
「これが、お前の言う罪悪感なのか。」
イロアスは逆に質問した。
もちろん、知りたいことは知った。結界ができた所以、誰が結界を張ったのか、そこに何の感情があったのか。
スコレーには、本当に罪悪感があったのか。
彼女は確かに言った。
ほんの少しばかりの罪悪感でここに呼んだと。
「私が抱いている罪悪感はこの話じゃないよ。それは次に話そう。今は、君の親友の亜人の話だろう?もう一度聞こう、どうだったかな?」
千年前のディコス王朝が亜人を差別した理由は、彼らが世界大戦によって魔獣に脅かされ続けたからだ。
それをイロアスは攻めることはできない。彼らなりの事情があった。しかし、彼らはやりすぎた。
「お前が止めることはできなかったのか。」
「・・・まぁ、君が冷静になれるまでは君の質疑に応答しようか。」
スコレーは質問に答えずに怒りのまま質問をするイロアスに付き合うことにした。
「お前は、『使徒』だろ!なぜ止めなかった!」
「まず第一に、私は『使徒』になりたくてなったわけじゃないのさ。私は条件付きで女神テディアに協力した。私は世界のことなど、どうでもいいんだよ。」
それはイロアスの予想に反した答えだった。
イロアスにとって、『七人の使徒』は英雄に等しい。
その英雄から発せられる言葉ではなかった。
「私はね、研究者なのさ。知識欲の塊とも言える。私は知りたいことのために力を貸した。知りたいことだけを追求する。亜人の進化の歴史はすでに解明されていてね、私は彼らに興味はなかったのさ。」
イロアスは反論しようとしたが、やめた。
あまりにも、価値観が、見ている世界が違う。
魚に陸で生活しようと言ってるようなものだ。そんなこと不可能だろう。
「しかし・・・ふむ、一体誰が悪いのかという議論にしたいのなら、私も興味がある。」
「どう言うことだ。亜人は、彼らは何もしていない。」
「あぁ、もちろんその通りだ。彼らは進化しただけで、何もしていない。しかし、時間を進めてみよう。」
スコレーは、再びイロアスを浮遊させる。
「君は今、『厄災』は悪だと断言できるかい?」
イロアスはその質問には答えられなかった。
イロアスは、知らないものを悪と断じることはできない。それは一種の優しさからくるものだろう。
だが、世界は『厄災』を悪と断定している。
「今、ディコス王朝は『厄災』と対峙している。それは世界の常識からすれば、ディコス王朝に立場が揺らぐことだろう。しかし、それは何も知らない無知な愚図の思考だ。」
再び、場面は展開した。
※※※※※※※※※※※
目の前に映る風景は、ディコス王朝の壁の外。それも最近のものだ。
「私は『観測者』と似たような力が使える。範囲はディコス王朝までだがね。これは最近見た私の記憶だ。」
ディコス王朝の騎士団と、謎の黒装束の集団が戦っている。
「騎士団は見ればわかるだろう。問題は彼ら黒装束。彼らはね、『厄災』に与する一団だ。」
世界の常識から、『厄災』に与するなどあり得ない。それは世界を敵に回すことに等しい。
「この王朝を脅かす『厄災』は『戦争』の名を与えられた男だ。先陣をきって騎士団と刃を交えている彼だ。」
黒装束に身を包み、両手剣を持ち、騎士団を次々に切り刻んでいく。しかし、何か違和感を感じる。
「さて、彼に注目するのもいいが、彼の後ろを見てごらん。」
その違和感の正体を掴めないまま、イロアスはスコレーの指す方向を見る。
「・・・亜人を助けてる?」
黒装束の集団が、亜人の売買場を襲撃し、中から亜人を助けていた。
「彼らは、『厄災』だ。しかし君の望み通りの行動をしているのは、その『厄災』だ。」
亜人を救う。その行いをしているのは間違いなく『厄災』であった。相対するのは、助けることを阻んでいるのは、ディコス王朝であった。
その目の前の光景を見て、イロアスは、答えのない迷宮に入り込んでしまったような気分に陥った。
「彼らは自分たちを革命軍だと呼称している。まさにその通りだ、これは間違いなく『革命』だ。」
現実はいつだって、残酷だ。
世界が正しいなんて、一体誰が決めたのか。
場面は再び、禁忌の塔に戻る。
※※※※※※※※※※
亜人差別の歴史。それによる戦争の勃発。そして亜人を救う『厄災』。
さらに、亜人を救いたいという『英雄』を目指す少年。
「図書館に通い詰めている君をずっと見ていて、もどかしかったよ。何も知らないっていうことがあまりに哀れでね。」
「まるで全てを知っているような言い方だ。」
「私は全てを知っているわけではない。しかし、君の助けになれる。だから、私の罪悪感を拭う手助けをしてくれ。」
それは、知識を与えた代償。
「・・・お前を助ける?」
「気分が乗らないようだね。だが、断言しよう。私の助けになることが、この国の亜人差別をなくす手掛かりになる。」
「・・・言ってみろ。」
「見た方が早い。そして、全てを説明するのは私じゃない。適任者がいるのさ。君は彼も救わないといけないからね。」
スコレーは、不敵に笑い、腕を前に出す。
「亜人を救いたいのなら、君は王朝も『戦争』も『魔導王』すらも救わなければならない。ただ一つの取りこぼしも許されない。」
スコレーは指に力を込めた。
「断言しよう。君に救えなければ誰にも救えない。」
その言葉と共に、スコレーは指を鳴らした。
その瞬間、イロアスは見たこともない空間に飛ばされた。
冷静に、周囲を見渡す。そこには、残虐なものがあった。
一人の女の子を閉じ込めた水晶が、鈍い光を発していた。
「なんだこれは・・・」
絶句する少年。その背後から忍び寄る影。
「なぜ、ここにいる。」
聞き覚えのある声が、背後からした。
イロアスは背後を振り向く。
こんなところで、会いたくなかった。
そんな言葉を含んだ、七色の瞳が、こちらを睨んでいた。




