第2章15話 結界の秘密
ディコス王朝の亜人を救うために、何を知るべきなのかをひたすら考える。いつも通り授業をこなしながら。
ディコス王朝について、詳しく知る必要がある。
歴史学で学んだものは、あまり信用できなくなった。
確かに然るべき歴史を学んだが、裏に隠された歴史までは教えてくれない。ゆえに、自分で探る必要がある。
そう思い、やはり図書館に行く。
いつも通り司書であるバイス教授に挨拶をするが、今日はいつもと違う方向に歩き出す。ディコス王朝の歴史について学んでいく。
図書館を彷徨きながら、ディコス王朝に関連するところにたどり着く。
何時間そこに居座っただろうか。調べても亜人差別についてたどり着くことはなさそうであった。
「結界について知らないと話になんないのか・・・、『魔導王』に聞いた方が早いか。」
そう呟き、イロアスは立ち上がる。
少し歩き出した先で、ふと、足が地面の感覚を無くした。
「は?」
足の感覚を無くしたと思ったら、次は目の前の風景が一変した。
「なんだここ・・・?一体どこだ?」
目の前には大きな扉が、まるで俺を待っているかのように佇んでいた。
その扉が、一人でに開き始める。
「入ってこいってか。」
そう呟き、イロアスは歩みを進める。扉の中に入った瞬間、そこには見たこともない風景が広がっていた。
円柱状の空間に、壁には数多の本が並んでいる。空にすら本が浮遊し、いや、本だけではない。
イロアスすらも浮遊しているのだ。
「なんだここ、どうなってるんだ?夢か?」
「ここを夢だと思うのかい?」
その空間は、イロアス一人ではなかった。
天から声をかけられた。見上げるとそこには、浮遊する椅子に座りながら、本を読んでいる女性がいた。
その女性は本を閉じ、こちらを見つめる。
髪色と同じ水色の瞳が、まっすぐイロアスを見つめていた。
「あなたは誰で、ここはどこだ。」
「当然で、短く的確ないい質問の仕方だ。答えよう、私はスコレー=フィラウティアだ。そしてここは私の部屋だ。」
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ーースコレー=フィラウティア。
それは教科書でも、文献でも見た名前であった。
千年前に実在したとされる初代『魔導王』。世界戦争後には、西の大陸にて魔法学校フィラウティアを設立し、世界の魔法の発展に貢献した偉人。
そう、すでに死んでいるはずの人物だ。
それが今、イロアスの目の前にいる。
「私が書いた文献を調べていたのだろう?なら私が何者なのかは名前を聞いた時点で察したようだ。」
「見てたのか。いや、そんなことよりも、なんで生きてるんだ!」
「当然でいい質問だ。その質問の答えは、私は死人であると答えよう。」
目の前にいるスコレーは死人。ならば、
「あぁ、君はちゃんと生きてるよ。当然の質問をまたされそうだったから、先に答えておこう。そしてもう一つ答えておこうか。私は魂だ。これでどうかな、イロアス。」
次に聞こうとしていた質問を先取りされた。だが、知りたいことは知り得た。次は、
「次は、どうやったら帰れるとかかな?得体の知れない場所になぜいるのかを考えればいいさ。」
先取りされ、考えろと言われた。
その誘導に則ったら、答えは簡単に出た。
「あなたが呼んだ。帰りはあなたが用意する。」
その答えに辿り着いた時、彼女は笑った。
「正解だ。」
「なんで呼んだんだ。」
「君に、見せたいものがあってね。少し悩んだが、君は知るべきだと判断したのさ。あとは、ほんの少しばかりの罪悪感さ。」
イロアスには何を言っているのか理解はできなかった。
それを察したように、スコレーは話し始める。
「イロアス、君は亜人差別について知りたいのだろう。そしてまずはディコス王朝の亜人差別について調べているのだろう?そこで結界について知るべきだと判断した。素晴らしい思考線だ。」
「俺の手助けをしてくれるってことか。」
「その通りだよ。この結界について、まずは知識を与えよう。では、私の記憶を遡ろうか。」
そう言いながらスコレーが指を鳴らすと、イロアスとスコレーはこの謎に満ちた空間の中を浮上し始めた。そして天を仰ぐと、そこには真っ白な光があり、その眩しさに目を瞑った。
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次に目を開けた時、そこは、
「・・・ここは?」
目の前には大きな古びた城が一つ。城壁はなく、木で作られた柵が周囲を囲っている。
「千年前のディコス王朝さ。それも世界大戦の終戦後のね。」
現在の黄金都市とはかけ離れた、ボロいボロい城に壁。一体何があったと言うのか。
「この地方はね、魔獣によって侵略を受けたのさ。だが、特別な理由で見逃された。それ故に西の大陸に住んでいた人間はこの城に逃げ込んでいる。」
特別な理由については、イロアスは聞かなかった。きっとそれは今、本質ではない気がしたからだ。
「つまりここは、魔獣に日常を脅かされた人間が集う憩いの場だったのさ。それが千年前のディコス城であり、現在のディコス王朝の原点だ。」
そして、場面は展開される。
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一人の女性がその城に近づく。その女性には、見覚えしかなかった。
「千年前の私だな。私はとある目的でここを訪れた。」
しかし、この城では事件が起きていた。
「亜人を殺していたのさ、この城の人間は。」
何人もの亜人が首をさらされていた。まるで近づくなと言わんばかりだ。その残虐性は、見るに耐えないものであった。
沸々と湧いてくる怒りが、身に沁み始める。
「イロアス、これは千年前の話だ。彼らは魔獣に脅かされてきた。その魔獣の亜種とも言える亜人をそう簡単に受け入れることなどできないのさ。」
「だからと言って、殺していいはずがない。」
「さぁ、どうだろうか。私は、そうは思わなかった。少なくとも千年前の私はね。」
場面は再び展開される。
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「『魔導王』スコレー=フィラウティア。魂の研究に手を貸してやってもいい。」
そこは玉座であった。おそらく、あの城内だろう。一際目立つ玉座に、一人の王が座している。
その王にへつらうことない態度で、千年前のスコレーが口を開く。
「何か、条件があるようだね。」
王に対し、へつらうこともなく、敬語も使うことすらない。しかし、王は咎めずに話を続ける。
「この国に結界を張れ。」
「・・・どんな結界かな?」
「亜人を阻む結界だ。もっと細かく言うならば、私の許可を得なくては入れない結界だ。」
千年前のスコレーは、それを快諾した。
「なぜ、そんな条件を呑んだんだ!スコレー!」
その情景を見て、イロアスは込み上げる怒りをスコレーにぶつけた。
現在のディコス王朝の惨劇の原因となる結界は、スコレー=フィラウティアによって作られたのだ。
「私はね、彼の力を借りる必要があったんだよ。正確には、彼ではなくて、彼の横に立っている研究者のね。」
「だからと言って・・・!」
「私にとっては魔法の研究は全てだ。それ以外のことなど小事にすぎない。私には、亜人差別や亜人の虐待などには関心がない。」
場面は再び変わる。
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場面は天空に浮く城になった。全く見たこともない城が浮遊している。
その中に、スコレーはいた。そして、王の横に立っていた男もいた。
「ボラデルカ、君のおかげで完成した。感謝する。」
「あぁ、こちらも魔法について興味が湧いた。感謝する。」
二人の研究者が不敵な笑みを見せ合う。
完成したものは、イロアスがスコレーと出会ったあの不思議な空間であった。
「彼はトレース=マギア=ボラデルカ。この国・・・いや、この世界で最も魂について詳しい一族だ。私は彼を探してこのディコス王朝にやってきたのさ。」
現在の、魂だけとなったスコレーがイロアスに説明する。
「完成したものは君を招き入れた私の部屋だ。あれの本質は、魂を閉じ込める空間だ。私はある塔をヒントにしてこれを造った。」
そんな説明は、イロアスにとってはどうでも良かった。
「さて、世界の倫理に触れるこの禁忌を隠さなくてはな。魂の管理者の怒りを買ってしまう。」
「どう隠すつもりだ。」
「うーん、あからさまに隠すとバレそうだ。」
「人が来ないとかか?」
「人が来るように仕向ければいいのかな。私の人生の展示会にでもしようかな。」
「それは誰も来ない。」
「失礼だな。そう言うなら、何か意見を発するべきだ。」
「そうだな、学校なんてどうだ?『魔導王』が教える魔法学校。」
そうして、魔法学校フィラウティアは造られた。
設立理由は、魂の研究という女神が定めた世界の禁忌を隠すための、カモフラージュであった。
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「スコレー、どうにかしろ。」
再び場面は玉座に戻る。厳格な態度をし、前より少し豪勢になった王がスコレーに何かを命じている。
「私はもう君には興味はない。これ以上は関与しないよ。学校につながる魔法陣まで作ってあげたんだ。」
「禁忌にふれた魔女風情がよく言う。どうなってもいいのか?この国を敵に回すのか?」
「そう出ると思ってね、あの魔法陣には認可の縛りを設けさせてもらったよ。そして学校には認識阻害の結界を張った。学校は、私の許可なく立ち入ることはできないさ。」
「この魔女めが!この国が再び戦争に呑まれようとしているのだぞ!」
「自分がやったことだろう。こんな愚王は久しぶりに見たな。彼ら亜人を弾き出したのは、他ならぬ君だ。」
城を囲う結界の外には、武器を持った亜人が包囲していた。
これが、西の大陸で起こった亜人戦争の勃発である。




