第2章14話 壁がある国
「いやぁ、大変だったんだよ。今回のディコス王朝の訪問の許可をとるの。」
突如として歴史に授業に参戦してきた『魔導王』ダスカロイ=フィラウティアがぼやく。
「毎年必ず行っているディコス王朝の修学なんだけどね、今回はかなり宰相殿が怒っていてね〜。全く困ったものだ〜よ。でも、なんとか許可が降りたからね。と言っても、許可を出すのはボックなんだけどね。」
恐らく、4ヶ月前のミューズの一件だろう。宰相の息子カケ=ドューレに怪我をさせた事件。この一件で宰相が怒っているんだろうなと察する。
本当に国際問題になりかねないところを、ダスカロイがなんとかしてくれたんだろう。
それよりも、許可をもらうのが大変なのに、ダスカロイが許可を出すとは意味がわからないな。
「さぁ、行こうか。今日の授業は特別なものになる。」
そう言って、ダスカロイはみんなに準備を急かした。
準備といっても、たいして準備をすることはない。まぁ、心の準備くらいだろう。
授業を受けている全員がダスカロイについていく。学校の一階まで風魔法で全員を降ろし、玄関まで歩く。そこには大きな魔法陣が2つあった。
「この魔法陣は、ディコス王朝と調停期間に繋がってい〜る。しかし、それはただの転移魔法陣ではない。」
みんなが魔法陣の上に乗っても一切反応しない。
「魔法学校フィラウティアと通じる全ての魔法陣は、ボックたちフィラウティアの名を受け継いだ『魔導王』の許可がないと発動しないのさ〜。」
だから許可を出すのはダスカロイなのである。そして、ディコス王朝に行くためには向こう側の法律的な許可が必要であるということだ。
「では行こうか。」
魔法陣が発動する。
目の前の景色が一変する。室内から屋外へ。そこは、大きな広場の中心であった。
「ようこそ、『魔導王』と生徒たち。」
その広場に立っているのは、『魔導王』とイロアスたちの歴史学受講者と、知らない男と女。
「出迎えありがとう、クーポス宰相殿。」
ディコス王朝の宰相であるということは、この男はカケ=ドゥーレの親ということになる。その印象はやはり悪いものであった。
ダスカロイの言葉を無視し、出迎えの仕事を雑務のように終わらせたクーポス=ドゥーレは、その場をそそくさと立ち去った。
「やれやれ、随分嫌われたものだ〜よ。」
「申し訳ありません、『魔導王』ダスカロイ様。ですがクーポス様のお気持ちもどうかご理解下さい。」
「ありがとう、リディア。」
そしてダスカロイに一礼してから、その女性はこちらに向かって話し始めた。
「みなさんこんにちは、私は国務でフィラウティアを担当しています、リディア=エフェソスです。壁内の案内は私が担当しますね、よろしくお願いします。」
髪は金髪で、先ほどの男性と一緒であった。瞳は紫で、顔立ちはすごい美人である。
その後、リディアの案内で壁内と呼ばれる場所を案内された。
まず案内された場所は王城である。王城の中まではもちろん案内されなかったが、外見はあまりに立派なものだった。アナトリカの王城に並ぶかそれ以上の大きさだが、豪華さがまるで違う。
所々に黄金で飾られている。あまりに豪華だ。
その後も貴族の住まいをいくつも巡り、騎士団の駐屯所も巡り、壁内を一周するように巡ったが、全てが豪華であった。
巡るたびに、ここが壁内と呼ばれる理由がわかった。
王城を中心に、高い壁が大きく円を描くように囲っている。壁内とは、この壁に囲われた内側を指し、その中には王城は貴族の住宅地、騎士の駐屯所がある。
そして壁際には一般人が住んでいる。
壁内を一周したのち、リアがボソッと、
「本当に嫌な国ね。」
と呟いたのを聞いた。
見渡す限りの黄金都市といったところであった。ここに住んでいる人はかなり裕福な暮らしをすることができるだろう。
そして、黄金都市というのは、住人も含めてであった。見る人みんな金髪であったのだ。
「髪色も矯正させられるのか。確かに嫌な国だな。」
「違うわ、そう言うことじゃないのよ。」
リアにはそう返された。
一周した後、リディアがこちらに案内の終わりを伝える。
「私の案内はここまでです。あとは、壁の上から外側を見ましょうか。『魔導王』様、お願いします。」
リディアのお願いに、ダスカロイは風魔法で答える。みんなを優しく壁上まで運んだ。
そこで、先ほどのリアの言葉の意味を理解した。
この国では、亜人は奴隷として扱われる。しかし、壁内で亜人を見ることはなかった。恐らくあの豪勢な住居の中にいるのだろうが、ある程度の生活は保証されるのだろう。
しかし、これはあまりに悲惨で、残酷だ。
璧外は、貧困街であった。誰かが街中で倒れても、それを助けようともしない。なんなら、倒れた人の荷物を漁るのだ。
そして、何人もの亜人が街中を彷徨いている。だが、首輪をつけられ、鎖で繋がれている。
黄金なんてありはしない。満足に生活すらないだろう。衣食住さえ保証されない地獄が壁の外にはあった。
「リア、こういうことなのか。」
リアは、俺を見つめるだけで、答えた。
リアの隣にいるサンは、決して感情を表に出さない人であると認識していた。しかし、彼女の瞳には、イロアスよりも深い感情が宿っているように感じた。
「壁外には、地位が保証されていない人間と、貴族に買われていない亜人が住んでいます。彼らが壁内に入るためには、亜人は貴族に買われるか、人間はある一定の金を払うことです。それ以外に壁内に住むことはできません。」
貧富の格差と、人種の差別。それをあまりに明確にした境界線。それがこの壁であり、
「そのための結界ですか、『魔導王』。」
アナトリカ王国の貴族として、それを問う。
「この壁に沿って、結界が張ってありますよね。この結界のおかげで彼らは中には入れない。ゆえに暴動すら起きない。そして、この結界は魔法学校の結界に酷似しているように感じます。」
ダスカロイはしばらく沈黙したあと、リアをまっすぐ見つめた。それは、教師としての責務を果たそうとしたように見えたが、イロアスは何か違うものを感じた。
「この結界は確かにフィラウティアが関与してい〜るよ。だけど、中に入る許可を出しているのは王族と貴族だ。ボックはそこまで関与するつもりはない。」
それ以上リアは何も言わなかった。代わりにイロアスが答えた。
「『魔導王』。俺は、もっと近くであそこを見たい。」
その言葉には、誰もが驚いた。ディコス王朝の貴族の生徒はもちろんながら、リアもサンすらも驚いた。
「あそこに行っても、何も得られないと思うよ。」
ダスカロイはそう言った。しかし、イロアスはそうは思わなかった。
彼は今、親友のミューズのことを考えている。ミューズがここにいなくて良かったと思っている。でも、自分はここに来て良かったと思った。
亜人について、その差別について知る機会を得たのだ。
そのイロアスの強い意志の宿った瞳を見て、ダスカロイは説得を諦めた。
「ボックが一緒に行こう。誰か他について行く人はいるかな。」
誰も、ついてくることはなかった。リアは、行きたがっていたが、そのアナトリカ王国の貴族の風貌から、彼らの反感を買うから断った。
サンは、ただ無言で眺めるだけであった。
「では行こうか、ミスター・イロアス。」
「あぁ、ありがとう。」
ダスカロイは他のものに学校に戻るように伝えた。すでに許可は出してあるそうだ。リディアに引率を頼み、ダスカロイとイロアスは二人で璧外へと向かった。
※※※※※※※※※※※
国によって亜人の扱いは違う。
ノートス帝国では力あるもの全てを採用し、そこに亜人の差別はない。アナトリカ王国では、ノートス帝国に流れ、国を脅かす亜人を差別する。
ディコス王朝では、亜人は差別され、身分を剥奪され、奴隷に身を落とす。
壁の外に放り投げられ、衣食住さえ保証されない。
そうなってしまったのは、きっと千年も前からなんだろうな。
つまり、生まれた時から、ミューズにとっては亜人差別は敵だった。それは、何もしなければ死ぬまで襲ってくる悪敵。
あまりに理不尽だ。
助けてあげたいと思ったんだ。全てに手を伸ばす『英雄』であるために。
しかし、この貧困外はあまりにも荒れていた。きっとこの街を救えば、ミューズの助けにもなるだろうと感じていたが、あまりにも無謀だった。
一体どこから救えばいいのだろうか。
そう思えるほどに、壊れてしまっていた。
「『魔導王』として、この惨劇をどう思うんだ。」
それは、この国の惨状を知った上で何もしない『使徒』に向けた怒りであった。
イロアスがそこまでの地位と力を持ったならば、必ず助けようとするだろう。しかし、彼はこの現状を見過ごしている。
いや、彼だけではない。彼らだ。
フィラウティアの名を継いだ全ての『魔導王』が、この惨劇を見過ごしたのだ。
「君の気持ちはわかるよ。亜人の親友を持つのならば、この惨劇は見過ごすことはできないだろう。しかし、これをどうにかするためには、国を敵に回す必要があるんだ。ボックには、そこまですることはできない。」
その言葉には、何か真意を隠しているように聞こえた。
あえて気づかせるような何か意図を感じた。だが、今のイロアスはそれをスルーした。
貧困外を抜けた先には、砂漠が広がっていた。
何もない荒野が背後にあり、目の前には絶対に開かない黄金都市。
地獄だ。そう、イロアスは感じた。
※※※※※※※※※※※
「どう思いましたか。」
壁外を見終わって、帰ってきたイロアスにそう問うのは、壁内に残ったみんなを見送ったであろうリディアであった。
ここにも、外を知りながら放置する権力者がいる。その権力者からの質問には、一体なんの意図があるのだろうか。
国際問題を考えるならば、ここは言葉を選ぶ必要があるだろう。
しかし、そんなことはもう、どうでも良かった。
「クソみたいだと、そう思いました。俺は絶対、いつか必ず、救って見せます。」
リディアは、不敵に笑った。




