第2章12話 1週間の終わり
「さて、今の事件は校長によって収まったものとしようか!!では、気を取り直して続きをしようか!!6回戦目の者はは壇上に上がるといい!!」
『魔導王』ダスカロイ=フィラウティアによって連れてかれるミューズと、カケ=ドューレを黙って見送り、イロアスは無力な自分を嘆いていた。
それを、リアは横目に見て心情を察する。しかし、リアにはかける言葉はなかった。
亜人について悩む彼に、軽い言葉は必要ない。そして心情を察するに、正論も必要はない。故にリアが選んだ選択は沈黙であった。
イロアスは、沈黙により嘆いたが、もう一人は憤怒に身を包んでいた。
それは、親友を大勢に馬鹿にされ、逆境を思い悩み奮闘する、尊敬する人物に罵声を浴びせた。
臆病な彼は、怒りに満ちていた。
壇上に上がる彼は、フェウゴ=ヴァサニスは震えずに人前に出た。
「フェウゴ・・・」
イロアスの背後で横になっているカンピアが震えた声を出す。その震えは、何の感情から由来されるものなのか。
ミューズから、フェウゴの話は聞いていた。彼の魔法は水と闇を掛け合わせることによって毒を生成する魔法。ヴァサニス家が得意とする魔法で、長年この毒魔法で大監獄を守ってきた。
故にヴァサニス家は番犬の家系と呼ばれている。大監獄の番犬。
「ボ、ボクは君たちが嫌いだ。」
憤怒と嫌悪。それらが毒をより深く、より黒く、闇へと堕とす。
「き、棄権しないと、し、死ぬよ。」
闘技場すらも溶かすほどの猛毒。それが発生させる毒煙が結界を満たす。それだけで、対戦相手の意識は朦朧とし始める。
「そこまでだな!!」
ただそこで毒を吐き出すだけで、あらゆる生命は意識を失う。大監獄の番犬の異名を、ディコス王朝に響かせた瞬間であった。
「カ、カンピアとミューズ様を笑った罰だ。に、2度と彼らを笑うな。」
そのセリフと共に、フェウゴは闘技場を出た。
イロアスはその姿に魅入った。リアは彼のことを臆病者だと言った。その真意はわからないが、少なくともイロアスの目にはそうは映らなかった。
イロアスは、先ほどから何もできないままであった。それをフェウゴが少しだけ、やり返してくれたのだ。
自分の無力さは何も変わっていない。しかし、心は僅かながら晴れやかになった。
「さぁ、最終戦だ!!壇上へ!!」
そして、この実技の授業も終わりに近づく。
アナトリカ王国の最後を飾るのは、
「サン、頑張れ。」
サンは無言のまま壇上に上がる。他の人には感じ取れないだろう、僅かな怒りを垣間見せながら。
サンの実力を正しく評価しているものは、ここにはいない。
同じ騎士団の所属のアストラでさえ、その真価を見極める事はできなかった。未だ余力を残している謎の実力者。それがサンという少女である。
この試合でも、彼女の真価を発揮する事はないだろう。
ただ無言で、結界内を水で満たす。ただそれだけでいい。
ディコス王朝の貴族は、ここに魔法を学びにきているわけではない。彼らからしたら、この学校に通うのはただの伝統行事である。
故に、ディコス王朝は大きな武力を持ち得ない。アナトリカ王国にとって、ディコス王朝の貴族は、ただ魔力が高いというだけの、競うべき相手にすらならない。
5勝1敗1分け。
この結果が、それを物語る。
こうして、波乱に満ちた実技の授業は終了した。その後、ミューズ=ロダという親友を見る事なく、3日目を終えた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
4日目。この日は2日目と同じスケジュールである。
属性適応学を受ける。炎と水の授業を受けて、臨天魔法のきっかけを掴みにかかる。
炎の効能をより深く理解し、水の効能を集中して実践する。
そうしてイロアスの4日目の授業は終了した。
残りの時間で、イロアスは図書館に引き篭もった。リアは寮に残り、ミューズは面会すらさせてもらえなかった。小さな精霊セアとは、喧嘩したっきりだ。
イロアスは一人で、地下にある巨大な図書館に籠った。
司書であるバイスに申し訳程度のお辞儀をし、前に来た時に案内された場所まで歩く。
「ここに来たときは、ただ魔法を学びたかっただけなんだけどな。たった三日間であまりにもことが起きすぎてるな。」
そうは言いつつも、本来の目的を達成する。
「千年前に憧れた英雄が、魔法を使うことができなかった。そして、この書物を記した初代『魔導王』は一体何者なんだ。」
そうして、イロアスは図書館の閉館時間ギリギリまで、千年前の書物を漁り続けた。しかし、結果はなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
5日目、9:00。
生物学の授業を受ける。アナトリカ王国の留学生でこの授業を受けるのは、イロアス、サンの2人のみであった。
本来はミューズも受けるはずの授業であったが、彼は現在謹慎処分中であるため、この授業の初回は受けることができない。
「サンは何でこの授業受けるんだ?」
「・・・動物好き・・・」
何とも可愛い理由であるだろうか。イロアスは思わずにっこりしてしまった。
「授業をはじめるぞい!」
この授業を担当する教授は、魔法薬学でお馴染みのエピス=ピュロン教授である。ちなみにだが、この生物学の授業のあとは魔法薬学の授業なので、この教授と2連続で会うことになる。
「さて、今日の授業は、本来ならばこの世界にいる魔獣について解説していこうと思ったんじゃが、校長からお願いされてのう。」
そう言いながら教科書を配り、ページを指定する。
その指定のページには、大々的に章の名前が書かれていた。
「亜人について学ぶぞい。」
教科書に書いてある亜人についての説明は、ミューズから聞いていた通りであった。
魔獣が人に近い形に進化した亜種。
「最初に発見された亜人は、1500年前まで遡る。初めて観測された亜人は、魔人族じゃ。」
魔人族。それは、悪魔と呼ばれる魔獣が知性を得て、言語を語り、人の姿を真似た高位種族である。
「大昔では、それは悪魔にのみ許された進化であると思っておったそうじゃ。それほどまでに悪魔とは高い魔力を保有しておった。」
悪魔は、現代にも存在する。そこらの魔獣とは一線を画すほどの実力を持ち、半端な実力者はすぐに死に至るだろう。
魔人族は、その高位種族。それが、どれほどの実力を有しているかはわかるだろう。
「これが、亜人が恐れられるようになった原点じゃ。知性もあり、言語を話す。しかし、その心はどこまでも悪魔であった。」
イロアスはその全てを、ただ黙して聞いていた。亜人ミューズのことを、より深く知り得るために。
「そして、魔人族をはじめとして、次々と魔獣が、動物が進化を遂げていった。中には、人間に友好的な種族となるっものもいた。亜人は、それぞれが独自に判断し、成長していた。人間につくもの、敵対するもの。そして、千年前の世界大戦が起きた。」
この世界大戦では、多くの種族が女神テディアと共に厄災の女神ヘレンと戦ったという。
「だが、どれだけ人間に友好的に接していても、所詮は人外の獣から進化した種族じゃ。そして、戦争は人外の獣を敵として認識してしまった。それがどういうことかは、言うに及ばないじゃろう。」
人間なのか、魔獣なのか。その曖昧な境界線を人間は恐れた。
それが亜人差別。ミューズが戦っている強大な敵の全てである。
「亜人差別は、その火の手を今でも増しておる。同情の余地はある。じゃが、人間は曖昧と言うものを何よりも恐れる。無知を何よりも恐れるのじゃ。この国では、亜人は迫害され奴隷に身分を落とされる。それを良しというのか、悪しというのかは、ここで論じるつもりはない。」
そして、亜人についての全ての話が終わった。1500年経とうとも、曖昧なままの種族は迫害されつつある。千年前にどれほど人間側に貢献しようとも、彼らはその功績を無に帰された。
「サン、ミューズは、とんでもないやつと戦ってるんだな。」
「知ってたでしょ・・・」
「知ってたさ。知ってたけど、知らないんだよ。」
ミューズは、今、何を思っているんだろうか。ただそれだけを知らないイロアスは、何も知らないのと同じであるのだ。




