第2章8話 秘密の2日目
水の属性適応学が終わり、ミューズ、サン、フェウゴの三人は寮の道に着いた。
だが、イロアスは約束の場所に赴いた。
12:10、1階広間の奥の鉄扉の前。
そこにはまるで道化のような話し方をする、道化のような性格の先生、ダスカロイ=フィラウティアがいた。
「約束の時間だ、ミスター・イロアス。君の質問に答えようか。さぁ、ぼっくの部屋に再び招待しよう。」
イロアスが2日目にして、最も気になることを尋ねた。
再び足を踏み入れた、『魔導王』の部屋。いわば、校長室。
今思えばなんとも不思議な空間だ。魔法陣でしかここに訪れることができないのに、この部屋には扉が一つついている。どこに繋がっているのかわからない不思議な扉。
その扉を眺めていると、ダスカロイは話しかけてきた。
「どこに繋がっていると思う?」
イロアスは当然答えられなかった。教えてくれるのかと期待した。
「秘密だ!はーはっはっは!」
・・・殴ってもいいですか。
「さて、君の質問を聞こうかな。」
急に真剣な先生としての顔をし、生徒イロアスの言葉に耳を傾けた。
そしてイロアスは、入団試験での水晶の、漆黒の光について語り始めた。
「ふむ、無属性を示す黒に、魔力を有することを示す光。確かに矛盾だね。」
1日目の授業のおさらいをしておこう。人が元来魔力回路を持ち合わせており、それは属性によって色が異なる。
無属性の場合、7色7本の魔力回路が、複雑に絡み合い、その影響で魔力回路が閉じてしまい、魔力を通さない状態に陥る。
「針の穴を通すが如く、絡み合った魔力回路に空きが生じているのか・・・いや、それでは漆黒の説明が・・・」
何やらぶつぶつと『魔導王』が独り言を呟く。『魔導王』ですら、この現象については何も説明はつかないのか。
「・・・ん?」
「何かわかったんですか!」
「ミスター・イロアス、魔法使える?」
「はい、炎と水を。」
「うん、おかしいね。」
「はい、おかしいんです。」
「・・・念のため確認するけど、水晶の故障の線はないんだ〜よね?」
「ないです。あの後、何回も師団長に調べてもらいました。」
イロアスは、水晶の他にも疑問点を持っていた。それは、ミストフォロウに襲われた際、緊急避難として使えるはずの魔石が反応しなかったことだ。
あの魔石には、イロアスが推奨で登録した魔力と、エナの魔力が登録されている。
受付を担当したお姉さんからも事情を聴取し、水晶には目の前で見せてくれた炎属性を登録したと語っていた。
だが、反応しなかったのだ。
「君は魔法が使える。炎と水の2種。だが、水晶は無属性を示し、魔力の有も示した。矛盾だらけだ〜ね。だが、そこまで矛盾だらけなら、一つだけ心当たりがあ〜るよ。」
「なんですか?」
「権能さ。」
権能ーーそれは女神から個人へと直接与えられる、魔法と違う能力。
「知っての通り、権能は女神個人から与えられ、現在では『七人の使徒』と『七つの厄災』にのみ与えられている。だが、さらに詳細を言うならば、もう少しだけ権能を与えられているものがいる。」
「それって一体・・・」
「女神によって作られた3人の半神半人や、女神直属の天使がそれにあたり、他にもまだいるとされている。まぁ天使は今どこにいるかわからないけどね。さて、ここで質問だ。権能は遺伝すると思うかい?ミスター・イロアス。」
「しない!だとしたら、リアは今権能が使える状態にある。」
「素晴らしい、正解だ〜よ。遺伝はしない。だが、遺贈はされる、と言うのがぼっくの見解だ。」
「遺贈・・・?」
「そうだ〜よ。例えばだ、君の国の『灼熱』が権能を継承することなく死んでしまったとしよう。すると、その権能はどうなる?」
「その血縁関係者に渡る?」
「正解だ。実際に、『灼熱』の家系ではその現象が2度ほど確認されている。」
『魔導王』が、何を言いたいのか、少しだけわかった気がする。でも、ここから先は、きっと、俺には答えられない質問が来るだろう。
だから、彼は彼女をみたのだろう。『魔導王』の質問は予想でき、それに答えることが出来る存在は、今この世界でただ一人なのだから。
「さて、ミスター・イロアス。君は家名がないが、君のご両親は一体何者なのかな。」
イロアスが答えられなく、とある精霊だけが知り得る質問。
「君がもし権能を持ち合わせているのならば、それは遺贈された可能性が高い。」
イロアスは、その質問の答えを待っていた。
質問をされている側なのに、質問の答えを待つ。その不可解な状況は、たった一言で瓦解する。
「答えられないわ。」
「おやおや、これは珍しいものを見ている〜な。まさか精霊とはね。」
イロアスが抱いた淡い期待も、同時に瓦解した。両親のことが少し聞けるかもしれないと思ったのが、淡い期待だった。
その期待を瓦解させたのは、いつも傍にいる姿を見せない精霊である。
唯一、イロアスの両親を知り、イロアスを託された精霊。
その精霊は、滅多に見せることのない姿を、『魔導王』の前に晒した。
「彼の両親については秘匿させてもらうわ、『魔導王』ダスカロイ=フィラウティア。」
「それはどうしてだい?」
「それも答えられないわ。」
「・・・ふむ、これ以上は野暮だね。」
「一つだけ、ロアの両親はそんな権能持ってないわよ。」
「一番聞きたかったことはそれだよ、えーと、ミス・・・?」
「セアよ。」
「ミス・セア!ありがとう。だがそうなると・・・わからないな!はーはっはっは!」
自身ありげに語っていた『魔導王』は、自身の広げた理論が破綻した瞬間に大笑いをした。
「君の両親にそんな権能がないということは、遺贈された確率はゼロに等しい。すまないね、ミスター・イロアス。ぼっくでは力になれなかったみたいだ。だが、こちらでももう少し調べてみよう。君も調べるといい。」
「調べるって、どこで?」
「どこって、学校で何か調べ物をすると言ったら場所は一つさ。」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「でっか・・・!!」
14:00。地下2階のフロア全て。
見渡す限り、本。
「ここがフィラウティアの誇る大図書か。」
属性適応学が終わったミューズ、リア、そしてセアと一緒に図書館に来た。
カンピアは3限と5限、フェウゴは7限が待っている。サンには普通に断られた、読書が退屈で嫌いらしい。アストラは声をかけることすらできなかったので、もちろん来るわけがない。
3人とセアは見渡す限りの本から、何を調べるのか少し話をした。
「僕は、亜人について少し調べたいことがあってね。」
「アタシは、臨天魔法についてかな。まぁ他にも魔法の本を読み漁ろうかしら。」
「俺は無属性についてだ。」
各々の調べたいことがあり、このただっ広い空間に散り散りになった。
「何から調べればいいかな。」
「そりゃあもちろん、過去に存在した無属性の例でしょ。ミテラ叔母さんが言うには、この千年間でただ一人だけ居たらしいわよ。」
いるなら教えてくれればいいのに。そう思いながら、無造作に歩き回って無属性に関する図書を探す。全てを回り切るのには時間がかかりすぎるなぁ。
こういった状況の時、あなたならどうするだろうか。
イロアスのような、他人に対して緊張感を抱かないタイプの人は、真っ先に詳しそうな人に聞くのだ。
大図書の入り口に座す、この静謐なる場所とは不似合いの巨漢の男がいた。
間違いなく、この図書の管理人であるが、どう考えても本を読まなさそうな、いかつい顔つきをしている。真っ黒な髭を生やし、ボサボサの髪を生やし、大きな手に本を持っている。似合わないメガネをかけて、座している。
しかし、他人に対して全くの緊張を抱かないイロアスは、その巨躯に全く動じずに話しかけた。
「すいませーん、本を探してるんですけど。」
「・・・なんの本だ。」
読書の邪魔をされたとでも思ったのだろうか、それとも元からそういう性格なのか、その男は端的に返した。
「無属性についての本を探してるんですけど。」
イロアスがそう返すと、巨躯の男は本を置いて立ち上がり、ついて来いという眼でイロアスを見て、無言で歩き始めた。
数分歩きながら、奥に進む。迷いのない歩きは、まるでここにある本の全てを把握しているかのようだった。
「名前を聞いても?」
イロアスが、無言の空間を打破しようと話しかける。
「・・・バイオラカス。バイスと呼ばれている。」
「バイス先生、身長、大きいですね。」
「小さい方だ。」
あまりに端的に返されるので、会話が続かない。イロアスは会話するのを諦めた。
その後、数分歩き、バイスは立ち止まる。
「ここだ。」
そこに並べられている本は、表紙がボロボロで、あまりに古い書物だった。さらに、
「冒険譚・・・?」
それは、何かしらの魔術に関する本ではなかった。
「先生、本当にこれにーー」
話しかけた時には、バイスは背を向けて帰路についていた。
案内された通り、イロアスとセアは、冒険譚を捲る。
そこに書かれていたのは、セアが過去に話してくれた、イロアスの目標である『英雄』のお話だった。
『英雄』の幼少期の話が、冒頭に書いてある。
かつて生きた騎士の話をここに記す。
かの騎士は、聖公国メディウムにてその生を受ける。
その騎士、魔力を持たずして生まれ、忌子として両親から捨てられる。
「・・・魔力を持たずして生まれだと・・・!!」
イロアスは、セアの方をすぐに見た。セアはその言葉に驚き戸惑っていたように見えた。
しかし、その驚きはーーいや、今はそれよりも・・・
イロアスは急いで続きを読んだ。
聖公国メディウムの女王テディアは、その忌子を愛し拾い上げた。
その忌子、無属性にして、絶世の身体能力を持ち合わせていた。生まれつき魔法が使えないことからの縛りによる、身体能力の無限向上。
その力をもってして、忌子は見事『使徒』の地位まで上り詰め、『英雄』と呼ばれ、更には世界最強の名を高らかにした。
その名はーーー
「ーーーアレス=オクター。」
イロアスが憧れた、『英雄』の名前。
「無属性だったのか・・・」
7年前、魔法が使えなければ『英雄』にはなれないと思っていた。しかし、憧れた『英雄』は魔法なんて使えなかった。自分と同じ、無属性であったのだ。
しかし、自分とは異なるタイプであった。
その後、その冒険譚を読み続けたが、『英雄』はその心技体のみで最強の座に居続けたとされている。
一方、イロアスには、現在炎と水の魔法が使え、生涯をかけて魔法を使えなかった『英雄』とは異なる。
「無属性がいるという記述は、ミテラ叔母さんが見つけていたけど、彼女はそれが一体どの時代で、誰なのかは把握できなかったわ。それもそのはずね。」
秘密多き精霊が、語り始める。
『英雄』の話を語った精霊は、まるでこの事実を知っているかのようだった。
それは、先ほどの驚嘆の仕方から察してしまった。
「一体誰が、『英雄』が魔法を使えないなんて思うかしらね。」
「なぁ、セア。知ってただろ。」
突然の返しに、セアは驚き、沈黙した。その沈黙が、答えだとは知らずに、彼女は黙ってしまった。
先ほどの驚嘆の仕方は、『そんなこと知らなかった』というものではない。
『なぜこの事実が書かれているのか』という驚きであった。
7年前、セアはまるでその『英雄』について知っているかのように語った。それが、引っかかってしまったのだ。
「どうしてそう思ったの・・・いや、もう気づいてしまっている顔ね。」
「どうして隠してたんだ、セア。7年前、教えてくれていたら、俺はあんなに・・・」
あんなに、落ち込むことも、世界を恨むこともなかった。それなのに、
「知らせなかったら、あなたはどうなってたかしらね。今みたいに、魔法が使えることがあったかしら。いいえ、ありえないわ。あなたは、魔法が使えなくとも誰かを助けるという道を、果たして模索できたかしら。いいえ、ありえないわ。ただ、堕落していくだけだったのでは?」
「ならなんで、この『英雄』の話をしたんだ。」
「必要だったからよ。あなたにご両親の願いを託すためには、魔力なんてなくても、力なんてなくても、誰かに救いを与え続ける『英雄』たる器が必要だった。そして、『英雄』の秘密を黙っていたのは、魔法が使えなくとも誰かを助けるという道を選び取って欲しかったから。全て、必要だったのよ。」
『願い』を託すため、セアは計画的に秘密を隠した。
それは、きっと正しいことなのだろう。
だがその正しさは、彼女にとっての話に限る。
イロアスからすれば、選び取った道ではなく、与えられたレールの上に走らされているような感覚であった。果たして、自分の道は、本当に自分で選び取った道のなのかと。
そう、邪念を抱くには十分な、会話であった。
「この秘密は、千年間世界にすら秘匿されたものよ。一般人が知り得ていいものではないわ。」
そう言ってセアは冒険譚の最後のページを捲る。そこには、著者の名前が刻まれていた。
スコレー=フィラウティア。
「初代『魔導王』の著書ですって・・・確かに、だったら知り得ていても不思議じゃない。」
「なぁ、なんでセアは知ってるんだ?」
再びの沈黙。彼女には、秘密が多すぎる。
その秘密の全てを聞き出したい。そう思ったが、それはきっとーー
「わかったよ、17年の付き合いだもんね。」
「・・・ごめんなさい。」
7年前、かの英雄が無属性と知りながら、それを隠匿し、イロアスに道を示した。その道を、イロアスは信じて走り続けたのだ。
「私がたとえそう仕組んだものだとしても、あなたが選んだ道よ。どうかそれを忘れないで、ロア。」
確かにイロアスは自分で選んだ。だが、その道は丁寧に掘削された道だったのだ。それがイロアスにとっては・・・
1日目は、ミューズとアストラが。
そして、2日目は、イロアスとセアが、その関係に歪みを生じさせた。
秘密は、誰にでもあるものである。
だが、秘密が人を美しくすることはない。
それは、ただ不信を正当化する理由にしかならない。




