第1章最終話 プラグマとメーテール
玉座の間での式典の後、イロアスとミューズと共に、リアは『閑古鳥』に向かった。
約束のために。
イロアスと永久凍土スクピディア交わした約束を果たすために。
予感はしている。だが、覚悟はできてない。
その足取りのまま、目的地に着いてしまった。
ボロボロの扉を開け、中に入る。本来こんなボロい宿にいるような人ではない。だが、行かなければならなかった。
出迎えてくれた亜人が、案内をしてくれた。
現ロダ家当主、クルーダ=ロダはただ一言、
「ここだ。覚悟を決めな、リア嬢。」
そして、クルーダとミューズはその場をさった。
残ったイロアスと共に、案内された部屋のドアを開ける。
あぁ、やっぱり、会いたくなかったな。
そこにいた、同じ髪を持つ女性を見た瞬間に、そう思ってしまった。
リアと同じ、美しい真紅の髪をした、美しい女性がそこにはいた。
「15年ぶりかしら、リア。」
愛すべき、憎らしい女性ーーミテラ=メーテールがそこにはいた。
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「何しに来たのかしら。」
出会って早々に、そんな憎たらしい言葉しか吐けない自分を笑ってほしい。
アタシの心は、出会って間もないイロアスに見抜かれた。
ずっと自分でも気づいていたのに、認めたくなかった心の内側を、見抜かれた。
アタシは家族を愛している。だから、もちろん母も愛している。
でも、母は、家族を捨てた。
なぜ、なぜ、なぜ、
「なぜプラグマを捨てたの?なぜあんたはメーテールを名乗っているのよ!」
アタシは、今日、15年ぶりに母と会った。その全てを決着するために。
「ミテラ叔母さん、メーテールっていうのは一体・・・」
イロアスは、きっとこの親子喧嘩に割って入る必要なんてないのだろう。しかし、他ならぬイロアスもまた、ミテラを母と慕うものなのだ。
彼にも、聞く権利はあるだろう。
「メーテールは、私の夫の性よ。スタフ=メーテール、それが私の夫の名前。」
父の姓を名乗る。それは、イロアスからすると、一種の家族愛なのではないかと思った。
夫を愛し、プラグマを捨てる。それが、どうやらリアにとっては家族を捨てたということになるようだ。
しかし、逆ではないかと思ってしまった。
なぜ、リアはプラグマにこだわるのか。イロアスからすれば、それこそ謎であった。
「あんたは、ミテラ=プラグマで、父の名前はスタフ=プラグマでしょ!」
「いいえ、私はミテラ=メーテールで、夫はスタフ=メーテール。ミテラ=プラグマではないわ。」
「どうして家族を捨てることができるのよ!」
「それは私が、プラグマ家よりスタフを選んだからよ。」
「ならアタシはどうして・・・どうしてプラグマなのよ。どうして、アタシも連れて行ってくれなかったのよ。」
一瞬の沈黙。それを破ったのは、言葉ではなく、行動であった。
ミテラ叔母さんは、突然背をむけ、服を脱いだ。
そして、その服の下にあったモノを、イロアスとリアに見せたのだ。
「何それ・・・そうまでして・・・いや、それは・・・」
ミテラ叔母さんの背中に刻まれていたのは、痛々しい業火に焼かれた傷跡だった。
「プラグマの家は、『使徒』の家系。『灼熱』の地位と権能を代々引き継ぎ、遠い昔に交わした盟約を守る一族。私は、その盟約に従えなかった、愚かな愚かな、臆病者なのよ。」
背中に刻まれた火傷は、その下に刻まれた盟約の証である家紋を消すためにつけられた傷であった。
初代『灼熱』は、自らの一族はその命尽きるまで、『厄災』と戦い続けることを、女神に誓った。
その誓いは盟約となり、プラグマ家は、『厄災』と戦い続けた。
だが、ミテラは、そうすることができなかった。リオジラの跡を継ぐものとして生を受け、その盟約を破った愚か者。戦場から逃げた臆病者。
それが、ミテラ=メーテールの生きてきた道。
しかしそれは、
「それは、先祖が勝手に作ったルールだ。どう生きるかなんて、そいつの自由だろ。」
でもきっと、そういかないのは、イロアスは知っていた。それでも、その理不尽さを、イロアスは嫌った。
「私は、戦場から逃げて、孤児院を開いたわ。戦いによって、身寄りのない子どもを育てるために。そして、悲劇が起きた。」
「・・・15年前、父が死んだわ。」
「・・・その時私は、孤児院にいたわ。」
「そう、あんたは、プラグマを捨てて、戦場から逃げて、愛する家族を見殺しにした!!あんたは、やっぱり臆病者だ!何もかもから逃げて、逃げて、逃げて、逃げて!そして、アタシからも逃げた!」
「えぇ、長く、逃げてしまったわ。だから、ここにきたのよ。」
「今更!!今更・・・遅いのよ・・・アタシはもう、プラグマの子なのよ。あんたたちメーテールの子じゃないのよ!アタシは、リア=プラグマなのよ!」
「私は、15年前の戦争に、行こうとしたわ。」
「なんの冗談よ、今更遅いのよ!」
「スタフがね、わざわざ孤児院まで来て、私を止めたのよ。」
「父が・・・嘘よ、嘘よ!」
「君の手は、人を殺すためにはない。君の真紅の髪は、人の血で塗られたものじゃない。その真紅の髪は、血塗られた戦場では輝かない。君のその美しい髪は、他に赤に塗れていない世界でこそ一際輝き、それは美しく映えるんだよ。」
その言葉が、ミテラ叔母さんの中で、何度も何度も繰り返されているんだろうと思った。
だってその言葉は、血塗られた一族と恐れられたプラグマ家から、唯一戦場を離れたミテラ叔母さんだけに、許された言葉だった。
ミューズに聞いたんだ。血塗られた一族について。
それは、その一族の証とも言える真紅の髪と眼は、戦場の血で塗られたと。故に、血塗られた一族。
「だから私は、この真紅の髪と眼を、美しく思える。戦火と血で塗られたものとは違うと。私はそう自信を持って言える。私の髪は、瞳は、美しいと。」
「ならアタシの髪と瞳は、薄汚れているわね。」
「いいえ、あなたは私とスタフの子よ。あなたは誰よりも美しい心を持っている。」
「今更、遅いのよ・・・アタシ、もう17よ?」
「会うのが遅くなったことは謝るわ。あなたは、私を恨んでいると思ったから。だって、プラグマ家に置いて行ってしまったのだから。」
「そう、アタシは、プラグマなのよ。」
「必死に抵抗したんだけどね・・・お父様、厳しいから。この火傷の傷跡は、その時できたものなの。お父様に焼かれた傷跡。」
「お祖父様が・・・そんな・・・」
「もう過ぎた話よ、お父様の気持ちも理解はできる。プラグマの血が途切れることをあの人は何よりも恐れている。きっとそれは、名家に生まれた宿命よ。だから、あなたには恨まれていると思った。自分に全てを押し付けて、のうのうと生きている私を。」
「そう、思っていたわ。」
「思っていた・・・そう、やっぱり、あなたは優しい子。」
「リア、それで、いいのか?それで、全部ぶちまけたのか?」
イロアスがまた首をつっこむ。もちろん、そろそろ場違いであることは理解している。しかし、首を突っ込まずにはいられなかった。
リアからすれば、今まで溜まっていた言いたいことを全て押さえ込んで、ミテラおばさんの話を聞いている。そしてその話は、自分の知らない話ばかりであった。
今まで貯めていた感情が、間違っているかもしれない、そう自己完結してしまっている。
でも、そうじゃない。
イロアスは、全部ぶちまけるための機会を作ると約束した。
このままでは、その約束は果たされない。
イロアスは、それでは、リアが救われないと、そう思ったのだ。
「全部吐き出しちまえ!お前が今まで思っていたこと全部!」
救いたい。
このどうしようもなく、もやもやした関係を救いたい。
この優しすぎる女の子を救いたい。
愛する家族を思うばかりで、自分を隠す女の子を救いたい。
この、愛を隠す女の子を救いたい。
リアを、救いたい。
「・・・母様・・・どうして、会いに来てくれなかったの?」
そうだ、全て、ぶつけてしまえ。
母の愛を知っていたのだ、この子は。それでも、プラグマ家にっ徹した。
自分はリア=プラグマなのだと。リア=メーテールではないのだと。
名家に、縛られることを選んだのだ。
だから、隠した。母を嫌う自分を作り出して、必死に、それは必死に愛を隠した。
だから、スクピディアで、エナに、ミストフォロウに、その矛盾を見抜かれ、壊れた。
その偽物のリア=プラグマを、ぶち壊そう。
今日、そのために、俺はここにいるのだ。彼女を、リア=メーテールを救うために。
「アタシはずっと、会いたかったよ、母様・・・」
強く、気高く見せていた彼女は、今はいない。
代わりに、涙を流し、弱音を吐き出す彼女がそこにはいる。ただ、母の愛を求める彼女がそこにはいる。
「ごめんなさい、リア。でも、これだけは言わせてほしいわ。」
今、ようやく救われるのだ。
何よりも、欲した言葉を、やっと、やっと・・・
「リア、私たちは、あなたを何よりも愛しているわ。」
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それから、イロアスは部屋から出た。
泣きじゃくる二人を部屋に置いて。
「ミテラにも、いろいろあったのさ。」
扉のすぐそばにいた、クルーダ叔母さんがイロアスにそう語りかけた。
「リア嬢も、本当に可哀想な子だ。でも、ミテラも並大抵の道を歩いてはない。たった一人の、愛する夫のために、アナトリカという国から、『七人の使徒』という使命から、傷つけられてきた。それは、常人では想像し得ない痛みだ。」
イロアスは、黙って聞いていた。先ほど、ミテラ叔母さんの話を初めて聞いた時から、自分では想像することすらできないものがあるのだとは悟っていたからだ。
「理解しろとは言わない。だが、いつも通り接してやりな。」
「もちろんです。だって、俺の母親は、ミテラ叔母さんだから。」
そう言い放ったイロアスを見て、クルーダは笑った。
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数分たち、部屋からリアとミテラ叔母さんが出てきた。
ミテラ叔母さんから、頭を撫でられ、
「ありがとう。」
そう、言われた。
そして、リアを送るように言われたが、リアは玄関まででいいと言い放った。
「イロアス、ありがとう。」
玄関で、靴を履きながら、背を向けて、リアは感謝を伝えた。
「いいよ、よかった。」
背を向けているから、表情はわからなかったが、笑った気がした。
「あ、そうそう。アタシは、リア=プラグマだから。」
「・・・いいのか?」
「えぇ、アタシは、戦場に出るから。でも、名前なんて、大した問題じゃないでしょ?アタシは、リア=プラグマで、ミテラ=メーテールの子なんだから。」




