第1章1話 孤児院からこんにちは
赤ちゃんの時から、俺ーーイロアスはこのレフォー孤児院にいた。
レフォー孤児院は、アナトリカ王国っていう国の南部にあるらしい。
辺りが森に囲まれていて、森を抜けた先に街があるらしいけど、往復で丸一日かかるくらい遠い。だから行ったことないし、なんなら行かせてくれない。
この国の王都なんて片道で一週間かかるらしい。
そんな辺鄙な場所にあるから、俺は孤児院の人以外には会ったことがない。
だから俺が人生で知っている人は、基本ここにいる15人くらいの同じような境遇の友達だけだ。
今はその友達と森の中で鬼ごっこをしている。森の中には柵があって、そこまでを範囲にするんだ。
俺はみんなよりも運動神経が良くて、いつも捕まらないから鬼をやってる。まぁ、やらされてる。
だけど鬼も鬼で楽しい。折れた枝や足跡から逃げた方向を考えて、獲物を追い詰める。
ほら、こうやって。
「はい、つーかまえた。」
隠しきれていない足跡、不自然に折れている枝、僅かに聞こえる吐息の音。
これだけ条件を揃えれば、簡単に捕まえられる。
「ロアにぃ強いーー!」
ちなみにロアは俺のことで、みんな俺のことはロアって呼ぶ。
そんなこんなで俺は全員捕まえて、みんなからブーブー言われてた。憂さ晴らしだからどうか許してほしい。
「みんなーー!ご飯よ!」
ミテラ叔母さんの声が俺たちを呼んだ。その声に反応してみんな俺への文句を一旦やめる。
そして、鬼への不満なんて何処かいってしまったかのように、声の主の元まで全力で走る。
ミテラ叔母さんは綺麗な真紅の髪と眼をした、レフォー孤児院の院長であり俺たちのお母さんだ。
孤児を見つけてくるたびにここに連れてきて育ててくれる。
誰も見捨てない、とても優しいお母さん。
ミテラ叔母さんに手を洗うように言われ、みんなで手を洗う。ちゃんとうがいもして、食堂の席につく。
「みんな揃ったわね。じゃあ、手を合わせてね。」
俺も手をあわせる。ご飯を食べる前に、ちゃんと感謝の意を唱える。
「「いただきます。」」
質素だが、美味しくて温かいご飯を食べ終わると、もう一度手を合わせて再び感謝の意を唱える。
そのあとは食器を片付けて、みんなでまっすぐお風呂に向かう。
温かい湯に浸かり、のぼせる前に風呂を出る。
髪を乾かし、歯を磨き、後はみんなそれぞれの部屋に戻って寝る。
みんな何人かの同性の相部屋で一緒に寝てるんだけど、俺の部屋はある女の子との相部屋なんだ。
普通はドキドキするシチュエーションなんだけどね、俺は絶対にドキドキしない。
部屋に入ると、その女の子はすでに部屋に戻っていて、俺を見て笑いながら話しかける。
「今日の鬼ごっこも手加減しないのねロアってば。もっとみんなに優しくしなきゃダメよ。」
「やるからには本気なの。」
「私も混ざろうかしら。」
「誰も見つけられないでしょ。だって、『精霊』なんだから。」
相部屋の女の子の名前はセア。
身長は30cmくらいだから女の子って言ってるけど、見た目は結構大人っぽい。
実際は何歳なのか聞いても、「レディに聞くのは失礼じゃなくって?」と言われて結局年齢は知らない。
セアは確かにレディと名乗ってもいいくらいの綺麗な金髪の長い髪と、奇遇なことに俺と同じ翡翠色の眼を持ってる。
さらに、背中から美しい青色の羽が生えてる。
物心ついた時に、彼女が何者か知りたくて本を漁って精霊について調べた。
精霊っていうのは、大昔にこの世界を創った『女神テディア』の眷属らしい。
普通の人には認識できない認識阻害の魔法を持っていて、その力で人から見られることはないし、魔法を解いて人に姿を見せることは滅多にない。
セアも同じで、普段はみんな見られないようにしてる。
精霊っていうのは今じゃもう見られないくらい珍しいらしいから、みんながパニックにならないようにしてるんだとさ。
だから俺もセアのことはみんなに内緒にしてる。ミテラ叔母さんにも言ったことがない。
俺にだけに姿を見せてくれるのは、捨てられてた赤ちゃんの俺を拾ってくれたのがセアだからだ。みんなミテラ叔母さんに拾われてきたが、俺をここに連れてきてくれたのはセアらしい。
連れてきたと言っても、セアが言うには孤児院の玄関に置いといて、あとはミテラ叔母さんが気づくまで見守ってくれてただけみたい。
その後特に行く宛もなかったから、俺と一緒にいるんだとさ。
だからセアは俺の恩人みたいなもんだ。そういう目でしか見てないからドキドキはしない。
あとは純粋に小さすぎ。恋愛対象外だね。
そんな精霊の女の子と就寝時間が過ぎるほど話したあと、俺たちは話し疲れて眠りに落ちる。これが俺たちの日課みたいなもんだ。
朝はセアの声で起きる。俺は朝に弱くて、セアが耳元で騒いでくれないと起きれない。この高い声が耳に響いて起きれるんだよね。
起きたあとは顔を洗って、またみんなで朝ごはんを食べる。ちゃんと感謝の意は忘れない。
セアは俺の朝ごはんからちょくちょく取って食べてるけど、認識阻害の魔法で誰も気づかない。
昨日の晩飯の時はみんなが気づかないんじゃなくて、単に居なかった。精霊は一日一食で腹持ちするらしいから朝ごはんしか来ない。
朝ごはんを食べたあとは、ミテラ叔母さんによる授業が始まる。
俺はこの時間を昼寝の時間にしてる。特に歴史の授業は、『厄災』やら『使徒』やら、アナトリカ王国の歴史だとか、『預言者』サンドラだとか、昔話みたいで眠くなってしまう。
だけど、その後の午後の授業が一番嫌いだ。
それは『魔法』の授業。
この世界は魔法が全てっていうくらい魔法が発達していて、魔法の出来・不出来で人生が決まるほどの魔法社会。だからこそ、この魔法の授業が一番大切な授業。いつもの座学は寝てるみんなも、この授業の時はとても真剣に受けている。
でも俺はこの授業すら寝てる。
でも、この授業は眠いから寝てるんじゃない。寝るしかやることがないんだ。
ーー俺は魔法が使えない。
魔法は、この世界を創ったとされる女神テディアが生命に与えた恩寵とされている。体内にある魔力と呼ばれるエネルギーを使って魔法を使うことができるらしい。例えば、火を生み出したり、水を操ったり。
魔力に目覚める子は1歳からでも目覚める。どんなに遅くても8歳までにはみんな目覚める。
でも俺は今年で10歳になる。この年齢まで魔法が使えなかった前例はない。世界初となる魔法が使えない少年。それが俺ーーイロアス。
女神様は残酷だな。
すでに両親から捨てられてるっていうのに。女神様くらいは見捨てないでほしかったよ。全生命に恩寵を与えといて、俺には何もなしなんて。
俺はなんのために生まれてきたんだろう。
そんなことしか考えれないから、この時間は大嫌いだ。
楽しそうな声が聞こえる。
「火が出た!」
「俺の魔法は騎士団に入れるくらいだぞ!」
「私はミテラ叔母さんみたいな強いお母さんになりたい!」
その声が、痛い。
魔法が使えて、未来の明るい友達の声が痛い。
現実は残酷だ。この授業はそれだけは教えてくれる。
1歳の赤ん坊のアフターなんて、空中でハイハイしてる。
最初見た時、ミテラ叔母さんですら開いた口が塞がってなかった。1歳で魔法が使える人間は滅多にいないらしい。いわゆる天才っていうやつか。
さらには泣いてる時には光り始めるおまけ付き。ほら今も光ってる。眩しいったらありゃしないな。
本当に、とことん眩しくて、前が見えない。
きっと俺の両親は魔法が使えないから捨てたのかもしれないな。魔力を全く感じなかったんだ。
そしたら捨てて当然か。魔法社会で魔法が使えないのだから。
天を仰げば、ほら、変な蟲も俺を見下してる。
耳も視線も痛いこの時間が大嫌いだ。
だから、授業が終わった後の自由時間で、俺は憂さ晴らしに鬼ごっこで優越感に浸る。
ね?憂さ晴らしでしょ?
楽しそうに鬼ごっこをしているように見えて、一番辛い時間に対しての憂さ晴らしに過ぎない。
そしてもう一つ俺の心を癒してくれる時間がある。それは寝る前のセアとの時間だ。
ミテラ叔母さんですら俺には気の毒すぎて声を掛けないけど、セアだけは俺を励ましてくれる。
この時間がなかったら、俺はきっと、心が廃れてしまうだろうな。
この時間だけは、俺は『夢』を見ていても許されるのだから。
そんな1日を何度も過ごす。何も変わらない1日を何度も何度も。
だけど、変化は突然やってくるものだ。それは予期せぬうちに、誰にも気づかれないうちに。それが例えどんなに些細な変化でも。
数日経ったある日の夜、憂さ晴らしを終え俺は部屋に戻る。
またセアに励ましてもらおう。楽しく、忘れられるくらいの楽しいおしゃべりの時間を過ごそう。
そう思って、嬉々として部屋の扉を開けた。
だが、そこにはいるはずの精霊の姿はなかった。
「・・・セア?」
もう少ししたら帰ってくるだろうと思って、俺はワクワクしながら待ってた。だけど、いつまで経っても、彼女は戻ってこなかった。
次の日も、その次の日も、戻ってこなかった。
日に日に悪化していく俺の心は荒み、やがてこう思ってしまう。
「セアもついに俺を見捨てたのか。」
元々気ままに俺に付き添ってくれてただけの関係だ。いつかこうなるとは思っていたけど、もう少し後の話だと思っていた。それにーー
「なんの挨拶もなしか・・・」
その日から、荒みは激しさを増した。
いつもあまり気にならなかった周囲の視線には、日に日に敏感になった。
誰もが俺のことを心の底で馬鹿にしている。そう思ってしまって仕方がなかったんだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
2週間程経ってセアが戻ってきた。唐突にいなくなり、唐突に戻ってきた。
2週間を短いと思うだろうか。
俺は思わない。だって、こんなにも俺の心は荒んでいるのだから。
俺はセアに何度も何度も、どこに行ってたのかと尋ねた。
「レディーの嗜みよ。」
そんなふざけた回答に、俺の心は怒りで満ちてしまった。
きっと2週間前なら、そんな怒りなど思わずに笑っていたのだろう。
しかし今は、この精霊は俺の心で遊んでいるのかと理不尽にもそう思ってしまうほど、荒んでいた。
それだけセアの存在は大きかったんだ。毎日自分の無能さで凹んでも、セアだけは変わらず俺に接してくれた。セアだけは俺を見捨てないでいてくれた。
その時間だけが俺の心の淀みを止めていた。
それなのに、何も言わずに俺を置いてどこかに行った。そのくせ何事もなかったかのように戻ってきて、浮ついた言葉で俺に話しかける。
感謝と安寧が、怒りと不信に変わるのは一瞬だった。
その日から、俺はセアを無視して寝るようになった。セアだけではない、この孤児院全てを無視するようになった。憂さ晴らしももはや意味をなさなくなったから、参加しなくなった。
誰も彼もが俺を見捨てるのなら、俺もお前らを見捨てる。別に不思議な話じゃないだろ?
・・・地獄だ。
魔法が使えない。ただそれだけの事実から始まった。
ただそれだけの事実が、俺の『夢』を踏み躙る。
俺の『夢』はーー
ーーー俺は、『英雄』になりたい。
セアが何度もしてくれた昔話を、この静寂な夜が思い出させる。
誰よりも優しく、誰よりも強く、誰よりも弱さを知る騎士がいた。世界の全てに手を差し伸べる騎士だった。民衆は彼を愛し、彼もまた民衆を愛した。
その騎士は、滅亡の意志と戦い、遂に厄災の女神を封じた。
そしていつしか、世界は彼を『英雄』と呼んだ。
俺はこんな『英雄』になりたいと、本気で思った。
でも、
「もう、関係ない話か。」
そして、かつて目指した夢を払い除けた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
彼は英雄譚の騎士を本気で目指していた。
そのためには魔法が使えないと話にならないと思っている。この魔法社会が彼にそう思わせた。世界に名を轟かす者の多くは強大な魔法を使い、圧倒的な魔力を持つ。
憧れの『英雄』になるためには、そうならなければならない。
彼はそう思っているし、この世界がそう思っている。
しかし少年はこの事件を通して知るだろう。
最も大切なのは、強大な魔法でも圧倒的な強さでもないことを。
『英雄』と呼ばれたその真価を。
孤児院の誰もが眠りに落ち、静寂に包まれる。
しかし、その安息は突如として破られる。
言ったはずだ、変化は突如として現れる。
ーーー天才児アフターの誘拐事件。
「さぁ、君はどうする。第二部はもう始まっているんだよ、イロアス。」
夢の中で、そう言われた気がした。




