第1章18話 揺るぎなき信念はあなたにも
間一髪であった。
もしもエナが見えていなかったら、その存在を感知できていなかったら、敵側の勝ちであっただろう。
こちら側は誰もその目的に気づいていなかった。
まさか敵の目的が、こちら側でも数人しか存在を知らない精霊であるだなんて、一体誰が想像つくだろうか。
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「7年前に『聖女』と現れた以来だなぁ、精霊ぃ。」
そうセアに喋りかけた男の姿を、たった今鮮明に思い出した。
子どものような見た目に、黒い髪、そして今まで忘れもしなかった紺碧の眼。
「『魔王』!!」
「おやぁ?君かぁ、だがもう君には用はないよぉ。僕たちが用があるのはそこの精霊だからねぇ。それに、王都で見かけた時は君に精霊がくっついているのかと思ったんだけど、今見たところそうじゃないみたいだしなぁ。そうだろぉ?『灼熱』。」
その問いかけに、遅れて東から飛んできた老人が『魔王』の正面に立つ。その威圧は『魔王』と同等な程、イロアスの第6感を刺激する。
7年前、ただ対峙しただけであったが、今、魔法を使えるようになり、経験を積み、わかる。
『魔王』の実力は別格であった。ミストフォロウが霞むほどの実力を隠し持っている。今、『灼熱』と呼ばれている老人と、エナ=アソオスがいなかったら、自分達に勝機はないと確信できるほどであった。
「この少年を狙っていたように感じたが、やはり真の狙いは精霊様であったかのう。」
イロアスは問いかけたかった。
なぜ、『魔王』にもこの老人にも精霊が見えているのかと。
そして、それは同じ場所に立つリアにも当てはまっていた。
「お祖父様、精霊とは何のことですか!?一体今何が起きているというのですか!」
「リアや、その少年と共にすぐにこの場を離れなさい。なぁに、心配はいりゃせんわい。この試験は我らが愛すべき王国アナトリカの未来そのものであった。それを阻んだ愚か者どもには、王国全てをもって排除しなくてはのう。」
「悪いけど、その精霊だけはもらっていくよ。他の何を捨ててもね。」
「お前ら一体何をーー」
自分達を遠回しに邪魔だと言う二人に向かって、一言文句を言ってやろうとしたその瞬間、リアが俺に覆い被さるように倒れ込んだ。
そう思ったが、違った。起き上がったミストフォロウが俺の首を真っさっきに狙っていたのだ。
そして倒れ込んだイロアスとリアをまとめて串刺しにしようと形どった雷の槍を手に持つ。その槍を放つのを阻止するが如く、エナが猛スピードでミストフォロウに迫る。
その速度ももったまま放たれる蹴りは、ミストフォロウを再び吹き飛ばす。
ミストフォロウとエナの苛烈な争いが始まった。
しかし、イロアスの目線は、セアに向けられた。それほどまでに異常だったのだ。
人から見られることを嫌い、孤児院ですらミテラ叔母さんにしか姿を明かさなかったセアが、光だす。
何も変化がないと思っていたのは、見えていた俺の感想であった。
「あれが、精霊・・・」
そう言ったのは、俺の横で地面に突っ伏したままであったリアであった。精霊が見えていないはずの彼女が、ついにセアの姿を見た。
セアはいま、認識阻害の魔法を解いたのだ。
「7年ぶりね、『魔王』。」
「さて、精霊が未だなぜこの現世にいるのかは問わないよぉ。だって答えは明白だぁ。光の子はどこだぁ、あの女神の眷属ならばそれを知っていても不思議じゃないぃ。じゃなきゃ貴様ら精霊は女神なきこの世に現れはしないぃ。」
「あなたに教える義理などありません。それに、女神なきこの世に精霊がいてもおかしくなどないでしょうに。」
「いいやぁ、それは無理がある返しだよぉ?」
「そうですか?だってあなたも女神なきこの世にとどまっているではないですか。」
「・・・お前、何者だぁ?」
セアが煽ったその一言が、『魔王』の琴線に触れた。明らかに雰囲気が変わった。
目を離した瞬間に、その手はセアの喉元まで迫っていた。だが、それは届かない。
「どけよぉ、『灼熱』。」
「ほっほっほ、長生きするものですなぁ。まさか『魔王』が怒る所を見られるとは。」
そのすきに、イロアスは立ち上がり、セアを優しく手に包む。そして、思いっきり逃げ出した。
「イロアス!?何をして!?」
「逃げるんだよ!狙われてんだろ!リア、手伝ってくれ!」
リアも立ち上がり、イロアスと二人でその場を離れる。背後で二組の戦いが苛烈を極めているのがわかる。
「イロアス!離しなさい!あなたまで狙われてしまう!」
セアの怒りはもっともであった。今現状、セアが狙われているとわかった以上、セアはイロアスのそばにいてイロアスを危険に晒す必要はない。しかし、なぜかイロアスは自分から離れようとしなかった。
いや、わかっていた。
イロアスが自分から離れるわけないと。狙われていると知ったら尚更離れるわけがないと。
それでも、
「私を置いて逃げなさい!イロアス!」
「うるさい!リアがいるからって威厳に満ち溢れた喋り方なんてしなくていいんだよ!いつも通り俺の近くでふよふよ浮いていればいいんだよ!」
「危険だわ!」
何度言っても、イロアスがセアを離すことはなかった。
精霊セアは少しだけ勘違いしていたのだ。
確かにイロアスには信念がある。それは自分が告げたイロアスの父と母の願いを伝えた時から変わらない揺るぎない信念。
全てを救うというその信念。英雄であらんとするその揺るぎなき信念。
勘違いしていた、自分はその対象ではないと。
「俺は、セアも救うよ。だから黙って俺に助けられろ!」
なんて横暴な言い方だろうか。黙って助けられろだなんて。だけど、長く生きて思うのだ。
私を助けようとする人が、一体どれほどいただろうか。
これほど嬉しいことはない。だけど・・・
「安心してください、精霊様。」
「あなたは・・・」
「我が祖父リオジラ=プラグマはこの国の騎士団の総隊長であり、あなた方精霊族の主である女神テディアの使徒であります。その地位にふさわしい力を有しております。」
「わかっているわ。でも、あなたは敵をわかっていない。あれは全ての魔獣の王です。『魔王』と言うのは、ただ恐怖の象徴でそう言われているのではない。言葉通り、全ての魔獣の王なのです。」
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おかしい。なぜ奴の魔力は、これほどまでに・・・
「そこどけよぉ。」
魔力量では絶対に負けていない。だが、魔力出量がここまでとは。
森を呑むほどの闇。『使徒』としての権能がなければ絶対に勝てなかっただろう。それほどまでの相手であった。これではまるで、
「『厄災』じゃのう・・・」
「僕をあんな紛い物と一緒にするなよぉ。」
「奴らを紛い物とはのう。さすがは、千年を生きると呼ばれている『魔王』じゃ。」
『魔王』から放たれた闇を自身の炎で打ち消す。しかし、その出力の違いから、全てを打ち消すには時間を要した。その隙に、『灼熱』は獲物を逃す。
その逃してしまった獲物はあまりにも大きかった。
『魔王』が常人では達すことのできない速度で追いついたのは、イロアスとリアの背中であった。
その気配に気づいたのは、リアでもなく、セアでもなく、イロアスが先であった。
狙いは精霊セア。その手に包む救うべき対象を、リアに預け、その両の足で『魔王』の行手を阻む。
セアが何か叫んでいるが、リアはそれを聞いてもなお、セアを逃すつもりはなかった。
今のイロアスでは到底敵うこともなく、『灼熱』すら置き去りにしたその魔力を目の前にしてなお実感する。
『魔王』の発した闇夜に勝らんとするその漆黒を、肌で実感する。
触れたら死ぬ。それほどまでに濃い魔力。
ミストフォロウとの戦いで目覚めた感知能力が、全力で赤信号を出している。だが、一歩たりとも下がるわけにはいかなかった。
ここで全ての魔力を使う。水と炎の、混ざることのない魔法を、今編み出す。
「鉄火走錨」
炎でできた数多の武具を、大波が押し出す。その波が『魔王』を包み込み、数多の武具が『魔王』に刃を突き立てる。
だが、波の大半を闇が呑み込み、容易く抜けられる。
その抜けた先に、イロアスは待ち構えていたのだ。その魔力の残り滓を纏った拳が、『魔王』の頬を殴る。
それは、『魔王』の想定を超える見事な一撃であった。
ここを素早く抜け出すことのみを考えていた、有象無象に構うのが惜しいと思えるほど、精霊を逃すわけにはいかなかった。
それが千年待ち侘びた悲願への一歩目だったのだ。
そして、今、有象無象によって数秒無駄にしてしまった。その数秒が、運命を大きく分けた。
「よくやったわ、イロアス。」
7年前と同じだ、この状況を、よく覚えている。それは、この場にいる『魔王』ですらも思っていた。だが、違うのは、『魔王』のその怒りであった。だが、果たしてその怒りを発散できるだろうか。
「さて、『聖女』と『灼熱』の両者を相手にすることはできるかしら?」
再び、天から舞い降りたその天使を、俺は目に焼けつけた。
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「早いご到着でしたな、セレフィア様。」
「えぇ、だけど、危機一髪でしたわ。この少年の尽力がなければ、この世界が終わっていたかもしれません。」
『魔王』の背後から現れた老人が、天使に語りかける。
この状況、『魔王』にとってまさに絶体絶命であった。
「・・・はぁ、本当に腹が立つなぁ。絶対にその名と顔を忘れないよぉ、イロアス。」
「逃すつもりはないのだけれど?」
「今回ばかりは僕だけじゃ逃げきれなかったよ。だけど、あっちからの召喚だ。」
『魔王』のすぐそばで、空間に亀裂が入る。7年前と同じだった。
「そちらは今忙しいのではなくて?」
「お前もこっちに来ている場合じゃないだろうにぃ。じゃあなぁ、『使徒』どもぉ。」
そう言って、『魔王』は亀裂の中へと消えていった。
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眼を覚ますとそこは、白い森だった。いや、正確には違う。これは凍りついた森だ。
「あぁそうだ、あのガキに吹き飛ばされたんだっけか。」
日輪をもう一度発動させようとしたが、発動する前に何度も止められ、挙句何度も魔法をぶち込まれた。今度はこちらが防戦一方だった。
先ほどあれだけ戦えたのは、自分に有利な状態を作っていたからだと思い知った。
これが師団長クラスっすか。
「そう、これが師団長って奴だよ。S級犯罪者程度で、僕たちアナトリカの騎士に勝てるだなんて驕りがすぎたんじゃない?」
まさにその言葉通りだった。自分の失念だ。旦那にも再三注意を受けた。この国の騎士団はレベルが高い。特に師団長クラスともなれば、別格だと。
風を纏い、空に立ち、剣より鋭く切り刻む。
一手一手の挙動が読まれる。わずかな風の変化を確実に読み取ってくる。そんなことができる風魔法の使い手は、世界の全てを探してもそうはいない。
今回の作戦は、こいつからどう逃げ仰るかが鍵だった。
旦那が最初から派手に動き、精霊を虱潰しに見つけることもできたが、旦那の協力者から目立つ動きを避けるように言われていた。
故に俺が旦那の手足となって精霊を探すことになり、その際俺が敵わない『青鬼』エナ=アソオスから逃れるために、旦那から結界を貰い受けた。
作戦は完璧に遂行された。
しかし、精霊によって認識阻害の結界は破られ、旦那は『灼熱』によって足止めを喰らった。
それだ。それが不可解だ。
なぜ、『灼熱』がここに来たのか。
エナ=アソオスによって起き上がることもできない犯罪集団の首領は、抵抗すら無意味なその時間を、考察して過ごした。
それは考えてもわからないだろう。
だが、答えは向こうからやってきた。
「そうっすか、お前の仕業っすか。合点がいったっす。」
仮面の下と、同じ顔をした、何年も前に別れた兄弟がそこにはいた。
「狙いは精霊だったみたいっすね。」
同じ喋り方、同じ背丈。血を分けた兄弟がそこにはいた。
「さすが王国1の情報屋っすね。頑張ってるじゃないっすか、スキアー。」
「その王国内で、甘い匂いを撒き散らしたのはお前だな、ミストフォロウ。」
あぁ、その時から、バレていたのか。
「甘い誘惑の匂いを身に纏った少年が、俺にプラグマ家の情報を聞いてきたっす。その時点で、少年が間者か、はたまた何かしらの被害を被っているか、そこまで読み取ったっす。だけどその後、少年がロダ家の保護を受けたことがわかったっす。故に後者である可能性が高い。」
淡々と話すスキアーの話を、ミストフォロウは黙って聞いていた。
「少年がプラグマ家に訪れたいことから、『灼熱』にその情報をわたし、『灼熱』自身がその目で少年を見極めることになったっす。」
「・・・なら、『魔王』の偽の目撃情報を流したのは失敗だったすね。」
「その目撃情報のせいで、戦力を二分にせざるを得なかった。だから俺と『聖女』が偽の目撃情報を潰しに行かないといけなくなったっす。だけどその情報のおかげで敵は鮮明でした。敵は『魔王』なのだと。」
「・・・泳がされたわけっすか。」
「こちらが気づいていることを悟られたくなかったんすよ。だからある程度作戦を遂行させやしたが、まさか魔獣の進軍を作り出すとは。」
「だけど、そちらも自分たちの戦力を見誤ったってわけっすね。いい方向に。」
「そういうことよ、将来が楽しみだわ。」
スキアーとミストフォロウの今回の一連の事件の全貌を語り合っている中を、後からきた『聖女』が割り込む。
「喋りすぎよスキアー。敗者に教えることなどありません。」
「久しぶりに会えた感動の再会を邪魔するんすかぁ?長く生きてるせいで感情がなくなったんすか?」
「・・・『単眼の死角』の頭領は、2人いると聞いています。もう一人は誰ですか。」
「教えるわけないじゃないっすか。それに、俺には相方が何を考えてるかなんて知らないっすよ。」
「そう、まぁ、ここで聞く話でもなかったわね。あなたを、アリシダ大監獄へ幽閉します。」
そう告げられたミストフォロウの顔は、仮面で絶対に伝わらなかったが、
恐らく、笑っていた。




