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誰もが愛を求めている  作者: 天邪鬼(あまじゃき)
第4章  箱庭を蝕む天使
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第4章22話 アルク=ヴェロ




 ーーー800年前




 「ルダス、あれは何だ。卿なら知っているだろう!!」


 「・・・千年前は引きこもっていたくせして、なぜ今になって出てきたんだろうね。気をつけるんだレイ、あれは原初たる悪魔だ。」


 「原初の悪魔だと・・・ならば奴らは・・・」


 「アルティアはどうやら、北の大陸を統一したようだね。『厄災』の総括らしくなってきたじゃないか。」


 「笑い事ではない!!」


 「はは、それは失礼だったね。確かに、君の前で言うことじゃなかったね。でも、この世界調停機関設立以来のビッグイベントだ。滅びに耐え得る実力があるのか、品定めってところかな?」


 「『盾』と『剣』を前線に。やや後ろに『槍』と『斧』と『獣』を配置。」


 ルダスとその場を後にし、レイはすぐに全軍に指揮をする。


 「軍の特性を活かした6つの部隊。素晴らしい発案をしたはいいが、実戦は初めてだ。更に相手は完全に未知数の敵ときた。そこで、君の出番というわけだ。準備はいいかな?『弓』くん?」


 召集を受け、その場で膝をつき、心臓に手を当てて拝謁する。


 「お任せ下さい、枢機卿。私が必ず、仕留めてみせましょう。」




 ーーー800年前に起きた、『黒の嵐』と呼ばれる戦争の一幕。


 中央調停機関が設立されて数十年。まだ歴史も浅く、その脆弱性を見事に突かれた、歴史上有数の敗戦である。


 この日、『正義』レイ=ストルゲーが召集した六騎士の内、生き残ったのは『剣』と『弓』のみである。


 介入した東の大国アナトリカ王国、2代目『聖女』が居なければ間違いなく世界は一度滅びたと言われる。

 まだ南の帝国が発足せず、アナトリカ王国も多くの兵を投入できたことが救いであった。


 この戦いにおいて名を轟かせたのは、『聖女』セレフィア=ロス=アナトリカ、『敬神』ファナ、『純潔』メド。


 そして、『不殺』ゾエと、『調停の弓』アラシュ=カマンギールである。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 あの日をよく思い出す。

 この12本の矢が、あの日見た血の景色を思い出させてくれる。


 姿の見えない謎の宿敵に一方的に打ちのめされたあの日を思い出させてくれる。


 『獣』も『斧』も呪い死に、黒い翼が中央を覆いこんだ。そして、泣き叫ぶ声とともに塵となって消える大結界、世界最強を抑え込む同族、絶え間なく放たれる光。


 嗤いながら敵を殺す魔人を見ずに、ただ真っ直ぐ見つめた先。


 こちらを見るなと強制された瞳、何者かの介入とは知っていたのに、どうしてか抗えなかった。


 そして、脳天に突き刺さる不可避の矢。

 器を転々とし、最終的にはほんの少しの肉片だけしか残らなかった。目と口を作り出して終わるくらい、小さな肉片。


 他の全てを撃ち抜かれ、死の直前まで追い込まれたあの日を、よく思い出す。


 「ヴェーはどこまでできるのか、ゾエは見定めをしたのね。」


 「そうですか。いかがですか、私の覚悟は。しかと味わいましたか?」


 存分にと、そう言わんばかりの怒りの眼差しを、怨敵である『調停の弓』に向ける。


 血反吐を吐きながら、確かに魂にダメージが入った感触を噛み砕く。


 基本的にゾエにダメージを与えることは叶わない。『聖女』のように、魂そのものにダメージを与えることができれ光魔法を持っていなければ、ゾエに何かしらの傷を負わすことは叶わない。


 そして、当代『調停の弓』である『天弓』アルク=ヴェロは、光魔法を使えない。彼の魔法は風属性であり、事実、彼は風邪で作り出した翼で空中浮遊を可能にしている。


 であれば、アルクにゾエを傷つけることは叶わない。


 しかし、魔法での戦いはそう単純ではない。


 権能を上回るほどの魔法が、この世には存在してしまう。世界を創造した女神がもたらした権能というルールを曲げてーーー否、超えていく魔法がある。


 「何を代償にしたのね?」


 縛りを設けることによる絶対的な向上。

 これこそが、権能を持たぬものが辿り着く唯一の正解。


 「さぁ、なんでしょうね。」


 「簡単に教えてもらおうなんて思ってないけどね!!」


 ゾエは身体を異形へと変貌させる。

 今この場でいくつもの分体へと成るのは危険と判断した。地上で百を超える分体を生み出しても、そのどれもが数秒で塵となったことを踏まえ、肉体を大きくし、的を一つへと絞ることこそが最善。


 そして、十の腕を生やし、掌を作り出す。


 「知ってるんでしょ?ゾエの権能!!」


 そう、アルクは知っている。

 何百年と語り継がれる、『不殺』ゾエの巫山戯た権能の正体を。


 「魂を歪め、その器を変える。生きたまま、まるで初めからその形であったかのように作り替える。」


 「正解正解正解!!大正解ね!!」


 「異形へと変貌した生命は、死ぬまでその器で生きる。戻りたいと願ってもそれを成せるのは現世においてあなたを置いて他にいない。」


 「まぁでも、大体は魂の急激な変化に器が耐えきれなくて、一日経たずに死んじゃうけどね?」


 そして、それが『不殺』のルールから外れる。それこそが『成れの果ての器(ト・ピクロテロス)』の最悪なところ。

 要は、事象そのものを書き換えるのだ。初めからそうあったもの、即ち、器が耐えきれずに死んだのであれば老衰と同じである、ということ。


 器を変えた直接的な原因は間違いなくゾエにある。しかし、『不殺』は事象を書き換えただけのゾエに殺人を適応しない。


 だからこそ、ゾエは掌を増殖し、魂の形を歪めることだけを自らの戦い方とする。


 加えて、自分が触れやすいように、相手に闇魔法のデバフを加える。速度低下、反射速度低下、自分の腕をかわせないように、闇魔法を展開し続ける。


 アルクは闇魔法によるデバフを常に警戒し、風向きを調整。嗅覚から来るものであればこれだけで防げる。


 しかし、ゾエの闇魔法は視覚を経由する。

 風魔法などで防ぎようの無いもの。


 「ははは!!」


 闇魔法に落ちたという確信。視覚からの情報を遮断する魔法はせいぜい光魔法くらいだろう。そして、『聖女』とは違いそれを使えないのであれば、答えは明々白々。


 伸ばした腕が、アルクに触れるその暇、確信は油断へと変わる。


 10の矢が全ての腕を吹き飛ばし、ゾエの肉体に多大なるダメージを負わせる。再び突き刺さった脳天と心臓には、常人であれば即死故に苦しむことのない痛みが、ゾエを襲う。


 「二撃目、三撃目。」


 天はその叫びと、ふつふつと湧き上がる怒りで空気が振動する。


 「なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで!!!!」


 「それはこちらのセリフです。」


 アルクを睨みながら、ゾエはその怒り故に思考は閉ざされていた。

 そして、その前は姿を見られたからと言って、『調停の弓』を侮った。


 「積年の情報を、経験を、そして想いを、なぜ私が全てを乗せて弓を引かないと思っているのですか。」


 睨んだ。だからこそ、わかった。


 「・・・!!!セレフィア=ロス=アナトリカァァァァ!!!」


 「共有していただきました。矢文はしっかりと届いたみたいですね。」


 アルクの瞳には光魔法が宿っている。セレフィアに飛ばした矢文がその命運を分けた・・・というのは大袈裟な表現だ。元々、こうなることを想定していたのだから。


 宿った光魔法は闇魔法を跳ね除ける。加えて、セレフィアの瞳の力を共有しているこの光魔法は、魂の色も見抜く。


 「数百年、初代『調停の弓』アラシュ=カマンギールはあなたを射抜くことに失敗した。それこそが、我らの歩みの始まり。その後誰一人、あなたを射抜くことは叶わなかった。でも、気づいていますか?あなたのその軽薄な薄嗤いが、何度も何度も何度も何度も、虎の尾を踏んでいるのですよ。」




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 初代『調停の弓』であるアラシュ=カマンギールは、東の大国アナトリカ王国と、南の大国ノートス帝国の間にある、小さな小さな隠れ村の出身である。

 領土としてはアナトリカ王国ではあるが、彼らは何者にも従わない、己の心で生きる狩人であった。


 そんなアラシュ=カマンギールは、その狩人たちの集落を後にした。


 「世界を守るために私の力が必要であれば、喜んでこの力を貸しましょう。」


 アラシュは、誰よりも強い正義を宿していた。何者にも従わない、己の心だけに従う孤高の狩人。

 同じような強い『正義』を持つその人とならば、世界を守るために戦ってもいいと、そう判断した。


 「いつか来る最悪のための備えだよ。必ず君の力が必要になる。」


 そして、最悪はやってくる。






 ーーー800年前。


 「あれが最悪か。」


 『黒の嵐』と呼ばれる、世界調停機関の有数の敗戦。その始まりの火蓋は、突如として切られた。


 北の大国である魔宗教国ヴォリオスの空と大地が、黒い翼によって埋め尽くされたのだ。

 ヴォリオスは、西側は呪林地帯、東側は正体不明の『災禍の神木』によって挟まれている。西側を通り抜けることも可能ではあるが、彼らの主は大軍でそこを通ることを否とした。曰く、番人を起こすつもりはない、とのこと。東側は通ることが叶わない程の濃霧と正体不明の敵に囲まれている。ここを通ることは誰も望まなかった。


 そうであれば、通れる場所など一つ。


 中央からの正面突破である。


 「アラシュ様!!現在、『剣』の軍と『盾』の軍の前線が崩壊しかけています!さらに、『獣』、『斧』と『槍』も交戦を開始!!」


 「大丈夫、見えてますよ。」


 狩人として鍛えられたその眼は、魔力で強化されてさらに奥を見通すことが可能となっていた。そして、その瞳で判断した結論は、


 「全軍、至急『剣』と『盾』の援護射撃に回ってください。」


 「いえ、しかしーーー」


 「お願いします。あれがいるだけで、我々は負ける。」


 端的だった。しかし、軍はそれだけで異変を察知した。そして、この戦いにおける弓兵の役割が最も大切であることも理解した。


 「私があれを射抜きます。必ず、何を犠牲にしてでも。」


 アラシュがその瞳で捉えた者は、『不殺』ゾエであった。レイやルダスからの情報提供も特段なし。何故ならば、彼らもそれを見るのは初めてであったから。


 分かっていることは、あれが原初たる悪魔であること。


 そして、嗤いながら敵を肉片に変える異能を持つということ。さらには、自らも肉片で分身を型取り、自在に操るということ。


 既に戦場に展開されたいくつもの小さな目。


 アラシュの狩人としての直感であった。遠目から見れば、もっと戦闘力の強い敵はいた。だが、あの悪魔から目を離すことはできなかった。


 戦場のあらゆるところで、一人、また一人と倒れゆく。彼らは何も致命傷を受けた訳ではない。しかし、敵に打ち勝った時、彼らは死んでいく。そしてそれは敵味方関係なく起こる大規模テロのようであった。


 その因果を、嗤いながら歩みを確実に進めるゾエのせいだと、アラシュの中で断定した。時ほどなくして、ルダスがその謎を解き明かすことになるが、その前に直感的に、野性的に、経験的に、アラシュだけがあの悪魔を何よりも危険だと判断した。


 ーーーまずは、その目を落とす。


 アラシュの持つ弓は自慢の一品である。神器ではないが、とにかくしなやかで曲がりやすく、アラシュの手によく馴染んでいる。


 そもそも弓の神器などこの世に存在しない。かの鍛冶師は不壊である物しか作れなかったが故に、「えー、不壊って硬いってことだろ?弓はしなやかな方がいいじゃねぇかよ。まぁそれっぽいやつなら作れるけどよぉ。」と、作ることを拒否した。


 「まぁでも、あっちなら造れるぜ?やるか?」と、そう言って造られたのが、『調停の弓』に与えられた神器である12本の矢。

 「失くすなよ?・・・なぁ、失くすなよ?撃ったらどっかいっちゃうかもね、じゃねぇからな!!はぁ?一本失くしただぁ!?拾いにいけばかやろう!!」


 銘は、『羅針(ピクシス)』。これの作者は既に死亡し、これを求めた男もまたこの世界には存在しない。


 求めた男は、「回収するのがめんどくさい。」と言って中央に送り付けた。しかし、これを巧みに使う者もいる。


 アラシュ=カマンギールは、雷属性であり、最も得意としたものはその狩人の眼で行われる誘電操作。雷を纏わせることが可能である神器『羅針(ピクシス)』とは格段に相性が良かった。手元に戻ってくる矢なんて最高だと、自分の武器として格上をした。


 「轟雷指針(ケラウノス)


 まず一射。

 それは戦場を通り、空気に帯電属性を付与する魔法がかけられている。


 アラシュの弓矢の技術は世界最高峰。どんなに離れた距離でも、確実に射抜きたい所に矢が届く。

 遠くの戦場に刺さった一本の矢は、指針となった。


 「雷界庭園(アレクシケラヴノ)


 その戦場には、常に帯電効果が発生する。

 その場にいるものは誰も分からないだろうが、ただ一人、空気に違和感を感じたものが居た。


 「・・・?なんかピリッとするのね・・・?」


 違和感を覚えた時には、既に遅かった。


 既に、アラシュによって第二射が放たれていたのだから。


 「まずは、戦場に蔓延るその眼を消します。」


 雷の属性が宿った矢は、アラシュの思いどおりの軌跡を描く。アラシュが指をなぞるだけで、誘電は発動する。


 「・・・眼が、全部消されたのね・・・?」


 違和感が確信に変わったのは、その瞬間だった。

 一直線に放たれた第三射が、自分の脳天に突き刺さったのであった。


 「・・・は?」


 ゾエの眼ではこの敵の正体は不明。だからこそ、さらに眼を放ち、この矢の主を探そうと試みた。しかし、第四射にてその眼も全て撃ち抜かれ、試みは失敗。


 「誰なのね・・・!!!ゾエの生を奪おうとする生物は!!!」


 その叫びが、遠くにいるアラシュに聞こえることはなかった。彼は既に第五射、第六射を放ち、ある二人を誘導していたのだ。


 叫ぶゾエの前に現れるのは、『斧』と『獣』。アラシュの判断は正しかっただろう。この戦場において最も危険だと判断した敵を殺すために、強者の数で最速で潰す。


 『斧』と『獣』も、すぐに戦場に異物を察知。アラシュの判断を正しいものとし、すぐに近づくために目の前の魔獣の群れを一掃した。

 戦場には魔獣の血が溢れ、赤く染まる。肉片が弾け飛び、鳴き声一つ聞こえない。静かな静かな戦場。


 「・・・みーちゃった、のね。」


 赤く染まる染まる。ゾエの頬が、興奮して赤く染まる。


 「・・・は?」


 敵の正体を知らないのは、アラシュも同じであったのだ。


 ゾエの首元まで迫った『斧』と『獣』は、傷も負わずにその戦場から退場した。残念ながら、彼らの初陣は正体不明の敵の、不明で異質な何かに殺された。


 「ははは!!!ゾエの前で、生命を弄ぶ行為は許されない!!」


 その高嗤いは、アラシュには聞こえない。しかし、分かってしまった。


 ーーーあれを殺せるのは、自分だけなのだと。


 「あれは実に最悪だね。アルティアめ、最悪なやつに最悪の権能の代行を選んだ。私の目をよく掻い潜ってみせたものだ。」


 「・・・ルダス様。あそこの戦場の全兵を撤退させて下さい。」


 「大丈夫、そのつもりだよ。『斧』と『獣』のお陰で敵の正体が知れた。一万を超える時を生きる原初の悪魔ゾエ。彼が与えられた罰は『不殺』。彼の前で殺生を行う全てのものに、死の罰が下される。」


 「彼の前で、ですか。」


 「そうだ。」


 「ではやはり、私なら殺せますね。」


 ルダスはゆっくり笑うと、いつも持ち歩いている杖の先端をゾエがいる戦場へと向ける。戦場全体が波を描き、ゾエを中心として、台風でも起きたかのように人の波が中心から離れていく。


 その渦中にいるものは、全くの無意識だろう。


 作ってあげるのはきっかけだけ、とこの枢機卿は語る。


 周辺に誰もいなくなったその戦場に嗤う怪物を、狩人は絶対に逃さない。


 「生命を軽んじたその罰を、その命をもって償うといい。」


 そこからは、実に一方的であった。12の矢をもってして、ゾエは肉片を最小にまで削られた。

 見たくても見ることのできない、奇妙な感覚に襲われたまま、終ぞゾエは敵の正体を知ることなくその戦場から逃げおおせた。


 狩人としてのプライドか、はたまた正義を背負うものの一人としてか、アラシュ=カマンギールの怒りの叫びは、後にも先にもこの瞬間だけであっただろう。


 そして、この日をもってして、『調停の弓』の因果は成立した。


 『不殺』と結ばれた因果は、12本の矢とともに、現代へと時を超える。アラシュ=カマンギールの無念と、その正義は受け継がれていく。


 現代『調停の弓』アルク=ヴェロという、稀代の天才によって。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 ーーーアルク=ヴェロは、何も望まなかった。


 生まれてこの方、弓はおろか剣にすら触れず、触っていたのは農機具のみ。貧しい貧しい家庭の長男で、家族を支えることを最も大切にしてきた。


 そこら中にいるであろう、一般人であった。


 好きな英雄譚も、語り継がれるアラシュ=カマンギールではなく、ましてや『英雄』アレス=オクターでもない。

 そもそも、彼は英雄譚など見ない。


 いや、こんなことを話したところで、アルク=ヴェロという男を理解することは出来やしない。


 「・・・君は『調停の弓』になれるよ。どうする?」


 「謹んでお受けいたします、魔術師様。」


 故に、突如現れた謎の男の誘惑に乗ることもなく、即答でその約束された地位を断った。これには、魔術師様も歓喜の声を上げ、大笑いした。


 因果を超えてみせるのはこういう大胆不敵な子が成してくれるんだよ、と大笑いしていた。


 「はぁ、面白い面白い。笑い疲れるとこだったよ。」


 「何が面白いのですか?」


 「いやぁね、君にとても可能性を感じてね。」


 「期待してくれてますか?」


 「その天恵であると言わんばかりの懐かしい目を見た時から、君には期待しているよ。」


 「懐かしい・・・?」


 「君と同じ目を持った友人を一人知っていてね。もう800年も昔の話だけどね!」


 「800年・・・」


 「こんな華奢な男が800年も生きているわけがない、そもそも人間にそんなこと出来るはずが無い。君はそう尋ねようとして、言葉を喉に詰まらせた。それは、答えを得たからだ・・・やはり、良い目だね。」


 「・・・そうですか。では、私のやるべき事は決まっているのですね。」


 「君の目は、魔力過多による発育の賜物だ。農業に勤しむとは言え、この物騒極まりない集落で生き残るために、その目は身につけられたのだろう。その素晴らしき正義を、どうか私が護る愚かな『正義』のために助力をして欲しい。」


 「・・・それで世界は守られますか?」


 「違うよ。()()()()()()()()()()()()()()()()


 ーーそれが自分に与えられた役割だと知っている。


 「あぁ、そういえばここは彼の故郷だ。今は『鷹の目』がここを見守っているのか。」


 「彼って、誰のことですか?」


 「んー、君の大先輩だよ。かつて、私とともに『厄災』から戦い抜いた初代の『調停の弓』さ。え?名前?知らないの?仕方ないなぁ、彼の名前はねーーー」




※※※※※※※※※※※※※




 装填された12の矢は、空中を翔ける。風魔法で作られたいくつもの弓が空中の至る所に生成され、矢は空中で弾むように乱射される。


 手を生やし、伸ばし、意地でもその魂に触れようとゾエは空中を奔走する。醜い翼が広い大空で不格好にも羽ばたく。


 普段であれば、もはやかわす必要もなく、ある程度の肉体の破損くらい覚悟で突っ込みながら、何がなんでもその魂に触れようとするのに、ゾエにはそれが出来ていなかった。


 何らかの縛りを得て、魂にまで届き得る力を手にした『調停の弓』アルク=ヴェロに、今までにないほどの苦戦を強いられている。


 そもそも、何を縛りにかければ、魂に攻撃できるのか。魂の破壊は二度と転生は叶わなくなる、最悪の殺生。


 非道極まりない、その下衆な行いにゾエは腹を立てた。


 「ゾエの尊厳を奪う気なのね!!!お前たち、『調停の弓』どもは!!!」


 苦い苦い思い出が蘇る。

 一片の肉片だけにされたあの日を、完封されたあの日も、ようやくその姿が拝めそうになったあの日も、氷漬けにされたあの日も、水責めにされたあの日も、生き埋めにされそうになったあの日も、風邪で切り刻まれたあの日も、雷で撃ち抜かれたあの日も、


 嫌な記憶だけが、ゾエを包み込む。


 「お前らさえ!!居なければ!!」


 その言葉は、確かにアルクに届いていた。何故ならば、それはアルクも望んだことだから。


 因果とは不思議なものであり、互いに望まなくても結ばれることがある。あの日、世界に吠えたアラシュ=カマンギールは、その理不尽と因果で結ばれた。


 何代も交代を繰り返しても、『調停の弓』は必ずゾエを捉えた。


 800年前のあの日の視線を、ゾエは思い出すほどに、今宵の視線は熱く燃ゆる。


 初代『調停の弓』アラシュ=カマンギールの目は特別だった。それは狩人だからこそ鍛えられたもの。魔眼と呼ぶに相応しいもの。

 その正体は、魔力過多による肉体の突然変異。


 点ではなく、戦で追うことにだけ特化して、あらゆる魔力の流れを、軌跡を、その目は捉えることができる。

 アラシュはこの魔眼を応用した。線を描くことにより、雷魔法によって超速で放たれる矢を全て把握する。そして、今代の『調停の弓』も全く同じことを意図せずやってのけた。


 風魔法で乱射されるその矢の軌跡をアルクは追い続ける。その軌跡の先に、弓を生成してあげるだけで、矢は再び跳ね返る。

 そして、その線が見えないものにはーーー


 「四撃目。」


 再びゾエの心臓に矢は突き刺さる。絶叫は空を包むが、雲も風も、それを感知しない。

 そして、この男もまた、感知しない。


 「五撃目。」


 次は脳天が貫かれる。意味は無いと知っていているが、アルクは確実に急所を狙った。少しでも、相手に与える負荷は大きくしておくべきだという判断のものでもありーーー、


 「・・・ゴフッ・・」


 吐き出した赤く染まる液体を見て、賭けていた対価の重さを知る。

 時間がないことを、何よりも知る。


 何があっても、今日、ここで因果は終わる。


 「私は巡る因果の渦中。しかし、私は知っている。私は君を知っている。世界の生命の理を歪める悪魔よ、私はこの世界の生命の美しさを取り戻す。命とは、限りあるが故に美しく輝くのです。醜くも、永遠を願う悪魔よ、世界の狩人たる祖の教えを、ここで示そう。」


 アルク=ヴェロは、軌跡を覗く魔眼を持つ。彼は最初から、ルダスが尋ねてくるその前から、知っていた。


 ゾエが自分の敵であることを。滅ぼさなければならない、理をねじ曲げる怪物であることを。


 「私たちは英雄にはなれません。これは私だけの物語なのです。世界なんぞ関係ない、私たちだけの因果の物語。」




 ーーー故に、アルク=ヴェロは英雄譚を望まない。そして、何も望まない。

 知っているから、自分だけの役目を。




 「・・・因果を撃ち抜く矢は、託されたんだよ。故にこそ、私の存在意義はようやく満たされる。」


 魂に攻撃することを可能にした縛りの正体ーーー、


 「縛りの開始はあなたと私が面を向かって互いを認識すること。この開始条件もまた縛り。因果を超えて、ようやく邂逅を果たすもの。そして、その直後、魔法という全てを賭けました。13撃あなたに入れたその瞬間に、私の魔法は二度と使えなくなる。私は、未来を賭けたのです。」


 壊れいく魔力炉と魔力回路。それは精神を引きちぎられる感覚であり、各臓器と密接に関わるもの。下手をすれば、心臓にまでその毒牙がかかるもの。


 即ち、自らの人生を賭けたに等しい、縛り。


 ーーー間もなくして、因果は終わる。それを縛りに賭けたのであった。




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