第4章21話 魂の繋がりを射抜いて
「まずは、どうしてここが?」
投げかけたのは、当然の質問だった。
「私はあなたの魔力感知の範囲から確実に外れていました。それなのに、あなたはここまで一直線に来た。不可解です。」
遥か天上、大地を見下ろす雲の上。
確かに、見えない相手を探すのであれば、天の上を探すこともまた有り得るだろう。しかし、ゾエは一直線でアルクの元へと飛んできた。
ここにいる事が、わかっていたのだ。
「あのねあのね、ずっと不思議だったのね。」
「・・・何がですか?」
「『天弓』・・・いや、『調停の弓』の正体はずっと隠蔽されているのね。それは誰かの謀か、ゾエにはずっと不思議だったのね。だって、顔も見たこと無ければ、武器すら知らない。弓矢であることは知ってても、どんな魔法を使うのか、何も知らないのね。これって、凄いことなのね。最前線で魔宗教国ヴォリオスと戦いながら、ヴェーの正体を知らないのね。」
「・・・そう、厳命されてますので。」
「その全ては、『不殺』を殺すためなのね。そうだろうね、そうでしょうね、そうなるはずなのね。ゾエを殺すには、ゾエの感知の外から殺すしかないのね。それができるのは、『調停の弓』の名を継ぐ者だけなのね。」
この戦場のみならず、北の大国ヴォリオスとの戦いにおいて、アルク=ヴェロはその姿を表に出すことを禁じられていた。
『不殺』ゾエを殺すことができる唯一の可能性は、超遠方からの一撃のみ。ゾエに一切感知させず、その魂の器を砕くこと以外有り得ない。
アルクは、確かに最前線で戦ってきた。その得意の能力を生かして、対『不殺』の人間兵器として育て上げられた。
「今までもそうだったのね。ずっとずっと、そうだったのね。」
八百年の時の中、『調停の弓』はたった一人の敵を屠るためにその地位を守ってきた。
「お前たち『調停の弓』だけは、ずっと寿命で死んでいくのね。ゾエは一度もその姿を見ないまま、お前たちはその姿を変わりゆくのね。」
「私の宿命ですか・・・」
「その宿命が、ゾエをここまで導いたのね。お前たちの引き継ぐ神器は、弓ではなく、その12本の矢なのね。」
「・・・なるほど。矢に込められた痕跡を辿ってきたと。」
見事としか言いようのないほど、アルクは納得した。
最早、殺す手段もない。
それを、アルクは理解している。
ゾエの感知の外からの一撃にて屠る。だが、失敗した。失敗してしまったのだ。
「やっと、ゾエの手でお前たちを肉塊に変えられそうなのね。」
『不殺』ゾエはここまで到達してしまった。
しかして、それを宿命と捉える『調停の弓』がこれから成すべきこととはーーー
「私は私の務めを果たします。例え、この命があなたの呪いに蝕まれたとしても。」
「いいねいいねいいねいいね!!ゾエを殺してみせるのね!!」
矢は装填される。12の死がゾエを再び襲う。今度はその敵を眼前に捉えながら、ゾエは嗤う。
「穏やかな死を、与えるのね。」
ゾエの身体が変形する。半液状化したその肉体に矢は刺さらずに通り抜ける。
「ゾエと相対したことのないけど、どうせわかってるのね。ゾエが『不殺』でありながら、恐れられる理由がね!!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
大地からはどす黒い瘴気が漂い、木々はうねり、全ての植物がそれを養分としか思っていない。その生命を吸収しようと、まるで生き物のように活き活きとひとりでに動く。
普段ならば、避けるまでもない攻撃だろう。
世界から愛された故に、纏う光がその瘴気を消滅させるから。だが、今その光を展開することは危険を孕む。何故ならば、周囲の魂すらも浄化しかねないのだ。
面倒だが避ける他ない。
そして、この植物を操る敵を葬ることもできない。
「ワの権能を恐れずとも、『不殺』の権能は恐ろしいか。」
それは正にその通りであった。
自身にフルオートで発動し続ける権能は、女神から直接賜ったーー正確には賜ったのは母であるが、何にせよ女神から手渡った権能である。『疫病』から貰った権能については格下であり、自身の権能を超えて影響を与えることはない。
しかし、『不殺』の権能は違う。
9人の戒僧が保有している権能は、そのどれもが『原罪』の権能である。つまるところ、女神から賜った権能であり、『聖女』セレフィアが持つ権能と同格である。
『不殺』の権能は、必ず適応されるだろうというのがセレフィアの考え。
現状、結界内には至る所に『不殺』の目がある。隠れてこの縛られた魂を浄化することは困難を極める。
「・・・急ぎなさいよ、『天弓』。」
結界の外にその希望を見出しながら、この戦場にも変化が訪れる。
先程まで、他愛も無い攻撃を繰り返し受け、それをかわし続けるだけであったが、状況は一変する。
「おぉ・・・これは、ワが有利となったか。」
「・・・」
対抗策は、この結界内にはない。
最早外に委ねた戦いであった。
しかし、そう甘くはなかった。変化が起きた先を、目を細めて見る他ない。
「不機嫌そうなのね。でも大丈夫なのね、セレ。もうすぐ、全てが終わるのね。」
『聖女』セレフィアの背後には、肉片をかき集めながら先程まで相対していた姿へと変貌する『不殺』ゾエが現れたのであった。
※※※※※※※※※※※
「君にやって欲しい一番は、中央へと侵攻するであろう呪林地帯の全てを防ぐことだよ。『不殺』を殺す役目は別な人に任せてあるから、サポートだけしてあげてね。」
一国の女王であるが、与えられた任はほとんど達成した。自分に役目を与えた腹立たしい男は今どんな顔をしているのだろうか。
その言葉からはとても信憑性など無かったが、全くもって全てを信用しなくてよかった。
現に、想定された戦況では無いのだから。
『疫病』によって器を与えられて変異した『魔瘴樹骸』ディスコルディアと、殺生を行う全てに罰を与える『不殺』ゾエ。
2種類の異様な怪物に、『聖女』セレフィアは挟まれる。
「・・・」
嫌な顔をする。それは本心を明かさないあの男のテキトーさ、予想していなかった権能持ちの魔獣、ついぞ敵を葬りにきた悪魔。
いい顔をする方が不思議なくらい腹立たしい状況であった。
「ねぇねぇねぇねぇ!!ゾエは今までにない幸福な気分なのね!!」
「・・・へぇ、なんでかしらね。」
「結界の外、ゾエはようやく『調停の弓』の魂を歪めることができるのね!!そして、世界に愛されてしまった『聖女』すらも!!」
セレフィアは予想していた。
全ての冒険者が屍兵の群れに呑まれてしまった時、もはやこの呪林地帯にいるのはそれ相応の実力者のみである。自分の肉体を細かく分裂させ、殺生を監視する必要性はなくなってしまった。
『不殺』ゾエが、再び肉体を再構築してこの場に現れることは、想定内の出来事。
しかし、結界の外では最悪の想定が当たってしまった。
自分もどこにいるかわからない『調停の弓』である『天弓』アルク=ヴェロが見つかってしまったこと。
すなわち、この悪魔を殺す術が既に無くなってしまったという、最悪の想定だった。
「ねぇねぇねぇねぇ!!もういいよね!?いいよね!?」
ゾエは周りにいた屍兵のうち2体に手を触れる。やがてその屍兵は姿を歪めて、柄のない2本の剣となる。
「ここはゾエの宝庫なのね。こんなにもいっぱいの魂のストックがあるのね。」
呪われた大地の全てが、たった一人の『聖女』へと向かう。それは女神の光を、癒しを、救いを求めてか。はたまた、その光すら喰らおうとする呪詛か。
「そう・・・それがあなた本来の権能ね。」
「魂の形を変えることは即ち肉体を変えることなのね!!それこそがゾエの権能『成れの果ての器』!!」
権能の開示ーー、縛りによる能力向上。更には自分を何百年も追い詰めてその姿を晒さなかった『調停の弓』を討ち取る千載一遇のチャンス。それはゾエの戦闘意識を底上げした。
そして、魂を縛り付けられて意志のない呪いの人形と化した屍兵の群れ。
ゾエにとっては宝の群れ。
魂を歪めて剣と変貌させた2本の剣を両手に、ゾエは穢れなき『聖女』の元へと走る。
ケタケタ嗤いながら、その悪魔は楽しくてしょうがないと言わんばかりに、ぶち上がったテンションをセレフィアにぶつける。
「ほらほらほら!!!ゾエを殺さずして!!この戦場に終わりはないのね!!」
これを最も厄介だと思ったのはもちろん『聖女』セレフィア。
手に持つ武器の破壊すら、殺生にあたるだろうと想定する。あれは魂を歪められた屍兵に過ぎず、魂を持つものが生命の定義とするのであれば、これの破壊は殺人。
そして、聖なる光によって受けてもまた浄化しかねない。
光の出力を最低限まで抑え、創り出した光の盾でゾエの乱雑な攻撃を防ぐ。
しかし、嗤ったゾエは自分の魂を歪めて複数の腕を背中から生やす。
瞬間、盾から手を離し後ろへと下がるセレフィア。
「触れられたらまずいもんね!!でもさぁ!!そっちはまずいんじゃないのね?」
思わず後退したその先ーーー、
「樹万呪」
鋭く尖った枝木が貫かんとセレフィアの背後に設置される。後ずさったその足で自ら針山に刺さりにいくーーかと思ったが、セレフィアは瞬間的に光の結界を張る。
その神々しい光を利用しようと、ゾエは手に持つ魂の歪んだ剣を投げる。
だが、セレフィアは触れれば浄化しかねないその光の結界を圧縮し、剣が触れることを防ぎつつ、身体を沿ってかわし、後ろを向く。
「この程度じゃ死なないでしょ?」
圧縮された光は、今や正面となった『魔瘴樹骸』ディスコルディアに放たれる。
数メートル吹き飛ばされた挙句、その光は小規模な爆発を生んだ。
「ねぇねぇ!!ゾエの前でそんな派手な攻撃していいのね??」
「あら、お言葉だけど、およそ千年の間で私に勝てた人なんて、ただの一人もいないわよ?」
ゾエは見とれていた。このどうしようもなく堂々と、可憐で、美しく、その佇まいはかの女神を彷彿とさせる。
自分の記憶ではない。この器の記憶であり、すなわち、神獣デュポンの記憶。
「はは・・・ゾエは現世にこれて幸せなのね・・・これだけで、生が実感できる!!」
背中から4本の腕を生やし、それぞれに魂を歪めた剣を、大槌を、斧を、槍を持つ。さらに空きがある両の手で複数の魂を歪めて完全な球状に丸める。
そのうち一つをセレフィアに向かって投げつける。その球状は急速に成長し、臼歯の生えた芋虫のような形状へと変化する。
噛まれたらすり潰されると、セレフィアはそれを飛んで躱す。
「私を殺せばあなたにも権能が還るんじゃなくて?」
「わかってないなぁセレは!!そこの魂が殺すんだよ、ゾエは手をかけてないのね!!」
便利な機能だことーーー、そう皮肉を言いたかったが、空中でさらに複数の球状の魂を投げ込まれ、即座にその場を光の翼で離脱する。
現状、権能の自由度は向こうが遥かに上であると、静かにゾエを賞賛する。自らの権能ではこの状況を太刀打ちできるとは思っていない。
封印すること、残念ながらセレフィアは今それに特化する攻撃しか出来ない。
近接戦に持ち込むゾエの6本の腕を捌き切る。
「体術もいけるのね!!強いね強いね強いね!!」
ゾエの権能『成れの果ての器』は、ゾエ自身とゾエが触れたものにのみその効果を表す。警戒するべきは増やされた掌そのもの。
魂こそが器を形成すると豪語するゾエだが、『触れる』という行為に『掌』を選んだのは無意識的なのか、それとも縛りであるのか、セレフィアにそれを考える時間はなかったが、兎にも角にも実際ゾエは掌のみを他者の魂を歪める唯一の部位として選択した。
正確には、『掌の形をした肉体』であるが、セレフィアが最も気をつけて行動する上で、それが自分に触れられないように細心の注意を払う。
その後、空きがある2本の腕を伸ばし、屍兵の魂を歪めてまた武具を作成する。
「続き続き!!なのね!!」
相対するゾエという悪魔の嗤いに、セレフィアは目を細めて嫌悪感を露わにする。
そしてゾエがこちらに突っ込んでくるその間際、背後から迫り来る呪いの波動を、確かに感知した。
深い深い闇を感じさせる。しかし、それだけでは無い異様な雰囲気。
「『聖女』セレフィア=ロス=アナトリカ。ワの権能を甘く見たな。」
結界内における怪物は史上最悪の形をして現れる。呪林地帯の呪いの王とまで言わしめたこの魔獣は、どうしてか、本来纏えるはずの無いそれを纏って現れた。
「・・・そう、それがあなたの権能の本来の力なのね。」
身体の半分を闇に包み、もう半分を、本来纏えぬはずの光で満たす。
闇と光の共存を成した魔獣が誕生したのであった。
『聖女』の力の抑えた光魔法が、適度にディスコルディアに伝染した。
権能とは、やはりなんと理不尽なことだろうか。
数十年前、光魔法と闇魔法の共存を目指して観るだけの男に教えを乞うた女がいた。
その傍らで、順序だてて魔法を発動することにより共存という魅せ方を実現した道化がいた。
彼らの努力を無に帰すかの如く、この魔獣は権能というチートによってそれを簡単に実現して見せた。
ーー否、簡単では無い。
セレフィアはその権能がどれほど恐ろしいか、理解した。自分も発動条件としては似たような権能を持っているが故に、嘆かわしく思う。
「もはや痛みすらもないのね。」
「痛みなど、とうの昔に麻痺している。」
伝染したのだ。そう、あくまでこれは伝染。本来習得し得ぬものでも、伝染してしまえば、無理やりにでもそれを実現できてしまう。
この魔獣は、権能によって身体を作り変えたのだ。伝染して、それが実現可能になるように、作り変えたのだ。
何があなたをそこまで追い詰めるのか。
それをふと、考える。
しかして、それを許すような間はここにはない。
光と闇を纏った魔獣がセレフィアに突撃する。闇で包めないのであれば、同じ属性を無理やり侵入させればいい。
セレフィアの光の盾はそれでなくとも、魂を歪められた屍兵を浄化しないように出力を抑えている。なんとも容易い壁であろうか。
そして、呼応するように動き出すゾエ。光が濁るその瞬間を、待ち望んでいる。背中からさらに腕を生やし、触れる準備をする。
ゾエは、待っていた。
故に、失敗した。
「あら、いいのかしら?そんなに腕を生やして。」
「・・・は?」
瞬間、ゾエに激痛が走り、血反吐を吐く。
この場において、その意味を理解できなかったのはディスコルディアのみ。そして、その瞬間を逃すはずもなく、セレフィアは神々しい程の光をまといーーー、
「もう闇なんて要らないんじゃないかしら。」
ディスコルディアの呪いを、瘴気を、闇を、浄化するほどの聖なる魔力を与える。
瞬間的に動けなくなるディスコルディアを後にしながら、振り返り、訳もわからず血反吐を吐くゾエに笑う。
「あなたの権能は2つとも特別。でもね、『不殺』はあなたの魂に根付いていないもの。だからこそ、貴方の分体においても遺憾無く権能の効力を持つ。そして、もう一つの権能はあなたの魂に根付く本来の権能。であれば、分体にその力を扱うことは叶わない。」
言葉を聞いて、ゾエはようやく理解した。
「言ったはずよ、私は魂の色が見える。今のあなた、魂が無いものね。」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
全くの同時刻において、それは炸裂した。
「ふざけるなふざけるなふざけるな、ふざけるななのね!!」
天高く舞上ったからこそ、その叫びはよく聞こえる。音を妨げるものはなく、よく響くものだ。
叫んでいるのは、先程までこの世に出てから最も喜ばしい瞬間を迎えていた悪魔ゾエ。
ようやく、自分を何百年も追い詰めていた『調停の弓』の魂を歪めることが叶う。そう嗤っていたのに、それは叫び声へと、怒りへと変貌する。
「あなたの倒し方をずっと思考していました。ずっとずっと、思考していたのです。」
血反吐を流しながら、ゾエは息を荒くする。
目の前の男の狂気に、僅かながらの恐怖を感じてしまったから。
「代償は支払っていますよ。『調停の弓』は今日で終わりです。その永きに渡る因縁の糸を今度こそ、私が射抜くのです。」




