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誰もが愛を求めている  作者: 天邪鬼(あまじゃき)
第4章  箱庭を蝕む天使
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第4章18話 ポイントD




 ーー『観測者』ルダスの権能の一つである『現世を映す瞳(パノプテーノス)』は、生まれた時に与えられた権能である。


 元々、ルダスの『観測者』という2つ名は、千年前の世界大戦において名付けられたものではない。この権能を与えられた時に、同時にその名を承った。


 この世界が造られて数千年、世界の裏側でただ生命が生み出す物語を、手に汗を握り、ただ観る。


 正に、『観測者』に相応しい二つ名を与えられたものだ。


 しかし、突如として彼の有意義な時間は終わりを告げる。


 「ルダス、貴方に最後の命を与えます。」


 ・・・女神様。勘弁してください。


 「どうか、その子の力になってあげて。」


 なんとも、横暴なことか。

 私の役目は、ただ観るだけだというのに。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 「世界の裏側から観るだけの男が、随分と力を貸したものだ。」


 戦場を俯瞰して観ているルダスに、こんなに気軽に話しかける敵は、恐らくこいつくらいだろう。


 「君とは、随分と古い仲になってしまったね。」


 「そうだとも、故にこそよくわかる。今回の戦は、随分と力を貸したものだ。現世に降りてきても貴様はただ観るだけの男だったはずだ。」


 ルダスと相対するのは、『敬神』ファナ。

 その名は世界中に轟き、世界の五本指に入るほどの実力者と評された。


 「そうだとも、私は観るだけの男だ。ここから先の仕事は、二人に任せる。」


 「そうはいかん。貴様の権能は厄介すぎる。」


 「そう言って、君たちは私を殺せた試しがあるのかな?私が最も厄介だと知っていて、君たちはあの壁を突破出来たことがあるのかな?」


 ファナの込めた魔力が跳ね上がる。それは一つの球体へと収束し、ルダスへと放たれる。


 ルダスは、何もしなかった。


 「『止まれ』」


 球体はルダスの前で止まり、一切の動きを見せなくなる。ファナが更に操ろうとしても、球体は動きを見せない。


 「『遡れ』」


 球体はみるみるうちに萎んでいき、やがてその消失を確認する。


 「すまないね、今は力を消費する訳にはいかなくて。」


 「ならば卿は下がっていろ。」


 「・・・本当に厄介ね。」


 改めて、ここがどこなのか。

 それを再び認識するにはいい機会であった。


 ここは世界調停機関メディウム。

 世界を『厄災』の危機から救うために創られた最初で最後の砦である。


 ここの長は、『観測者』ルダスではない。


 風魔法で悠々と空に舞う、その優雅な姿は、何者をも恐れることはなく、何者をも平等に、何者の上に立つ。


 『正義』レイ=ストルゲーの光臨である。


 「まずは、下に降りようか。」


 レイが指を下にする。それだけで、翼を生やして浮遊していたファナの上空から、突風が真下に吹き荒れる。その衝撃波によってファナは地上に叩きつけられる。


 「・・・!!本当に厄介ね!!」


 「褒め言葉として受け取ろう。」


 地面を思いっきり蹴り上げ、真上からの突風から逃れる。しかし、その後次から次へと別ベクトルからの突風が押し寄せる。


 風はやがて鋭利になり、かまいたちとなってファナを襲う。


 しかし、それをものともせずにファナは単身でレイに突っ込む。鳩尾目掛けて放たれたドロップキックは、何も見えない壁に阻まれる。


 「・・・!?」


 当たった感触はあれど、それが何に当たっているのか不明。さらに、そこら一体の空気が消える。

 否、消えるという表現は正しくない。固くなって、吸えなくなった部分がある。


 間違いなく権能。それも、かなり高位の権能。

 我らが主と同じほどの、女神の力に近しい権能。


 目の前を阻んだ謎の壁は、ファナの上下左右全てに展開される。翼を開こうにもどこにも逃げられず、やがて空気も底を尽く。


 「まず一人。」


 それは無いだろうと、ファナはやや力を発揮する。


 「反転世界(アナストロフィ)。ここは、閉じられた空間ではない。」


 その宣言が合図だった。空間は宣言され、その特異性を失う。

 何よりも驚いたのはレイであるが、報告に聞いていたファナの摩訶不思議な能力を早々に発揮させることには成功。


 だが、問題が発生した。


 「・・・女神の権能を上書きされるなんてね。やはり卿は危険だ。」


 「危険なのはどっちよ・・・こんなに早々に解放させないで欲しいわね。」


 そして問題は追加的に発生する。


 ここは戦場の中腹地点。空を飛ばれたせいで、ここまでの侵入を許してしまったことが何よりも痛手であることは百も承知であった。


 世界調停機関メディウムが位置するこの中央島は、南側に本部を建設し、北部は対『原罪』用に広く敷地を確保している。つまり、この中腹地点というのは、メディウムの本部がすぐ目の前にある状況なのである。


 最前線にアリシダを置いてきており、そこには『沈黙』と『純潔』がいる・・・はずだった。


 「ねぇねぇねぇ!!あなたの名前はなぁに?なぁんだったの?なぁんて呼ばれてたの?」


 人の肺を舐めるかのような、そのドブのような声は、目の前のファナと違い何度も何度も耳にした。


 世界の中で、目に見えて被害の大きい最悪の事象の一つが、目前まで迫っていたのだ。


 「あの子も名前が無い、この子も名前が無い。あぁ、可哀想に。もはや愛されることも知らないのね。そうねぇ、僕が名前をつけてあげるよ。なぁんて名前にしようかなぁ。そうだ!!君は体が大きいからデクノボウね!君は体が小さいからチビ!あぁ、でも、それはみんなそうか!!」


 ケタケタケタケタ


 嗤い声が響く。これが、最悪の事象。


 「あっれぇ?君、まだ名前ありそうだよねぇ・・・ってなんだ、ファナと『正義』かよ。」


 「シス、汚い嗤いはやめろ。」


 「なぜ貴様がここにいる、『沈黙』。アリシダはどうした。」


 ケタケタ、ケタケタ。人を嘲笑う声だけが、戦場に響く。


 「えぇ?メドがやけに本気でこっちに来ようとしてたから、本気で抑えてるんじゃなぁい?あんなにやる気になってるメドは初めてみたぁよ。」


 ここに来てしまったのが、世界的有数の最悪と呼ばれる事件の加害者。

 名前の無い墓標を創り出す、最悪の女。


 ーー『沈黙』シス。


 「いつも本気を出さないメドもファナも楽しそう・・・混ぜて混ぜて混ぜて!!シスも、お前の名前が欲しくなっちゃったなぁ。」


 「名前などどうでもいい。この女を沈めればある種、勝利だ。」


 9人の戒僧のうち、世界的被害の大きい最悪の権能を持つ女と、五本指の強者が同時に向かってくる。

 今この戦場において、『正義』レイ=ストルゲーの存在は大きい。大きすぎる。


 故に、敗北は許されない。


 「ーー権能解放。『時の保管』」


 最初から全力を出し切らなければ勝てない戦いと判断し、すぐさま権能を解放したことは流石である。何よりも、その権能が既に敵に知られているのであれば、出し惜しみする必要など無い。


 「貴様と真面に戦うのは実に何百年ぶりだろうな。」


 いつしか表に立つことをやめた『敬神』が、この戦場に立った時から、相対するのが『正義』であることは決まっていた。


 残念ながら、決まっていた。


 「魔宗教国ヴォリオスが戒僧筆頭、『敬神』ファナ。」

 「同じく戒僧、『沈黙』シス。」


 「『七人の使徒』の総括、『正義』レイ=ストルゲー。」


 ここに、地上最強と最悪の女の大決戦が始まったのであった。




※※※※※※※※※※※※




 実際のところ、世界調停機関メディウムは頻繁に北の大国ヴォリオスから強襲を受けている。


 主たる戦力は、『沈黙』『不盗』『真実』であるが、結界が発動し続けるメディウムでは、大きな脅威ではない。


 しかし、彼らはその特異であり、最悪である権能をフル活用する。


 この世には、名前の無い墓標、五体不満足、大量の成長しない赤子が蔓延っている。

 それら全ては、彼らの権能の被害者であり、メディウムがこれ以上増やしてはならない犠牲者たちである。故に、結界の中で縮こまっている訳にもいかず、『闘神』『天弓』『斧屈』が表に出て、彼らと相対するのだ。


 『観測者』はただそれを観て、『正義』は結界の中からそれらを指揮する。故に、彼女は表に出ることはない。


 無論、『正義』レイ=ストルゲーこそ、最も表に出て、最前線に立ち、周囲を鼓舞し続けなければならない存在であり、誰よりも犠牲者たちを救わなければならない。


 だが、彼女はそれをしない。

 ーーいや、これは失言である。できないのだ。


 誰よりも救いたいと、心の底から思っている。自分ができれば、この心の底から痛がっている感情を抑えることができる。


 されど、彼女はできない。


 「私との約束を守ってくれるだろ?なんたって、君のせいで私はここにいるのだからね。」


 曰く、自分が彼を表舞台に立たせてしまったらしく、彼との約束は、結界の中から出ないことだった。


 「君を外に出したら面倒でね。彼が約束を果たすために本気で動きかねない。まだ、その時ではないのさ。」


 身に覚えのない約束を勝手にされ、何のことかいつまでもわからないまま、『正義』レイ=ストルゲーはここにいる。

 それでも、彼女は内容も知らない約束とやらに縋らなければならない。縋るしかない。縋る他ない。縋る以外の選択肢がない。


 そして、ついぞ結界の外を出ないまま、今に至る。


 相手は、数百年前に結界が一度破られた時に相対した最強種。そして、今もメディウムに名前の無い墓標を増やし続ける元凶。


 「卿はあの時から成長しているのか、楽しみだ。」


 解放した権能が、好きに暴れる。

 大地に落とされた芽に権能がかかる。それはみるるうちに成長し、巨大な大樹となる。


 突如として突き上げれられた『沈黙』と『敬神』は翼を広げ、空を舞う。しかし、先程喰らったように、風が真上から吹き荒れ、二人は地面へと誘われる。


 「『加速せよ』」


 自らの脚に権能がかかる。

 身体能力は引き上げられ、時が加速する。


 一瞬の出来事だったと、見てる誰もが思うだろう。数十メートルは離れていた『敬神』ファナに詰め寄り、加速された脚撃がファナの腹に命中する。そして瞬時に『沈黙』シスの元へと時を加速させる。


 「だめだめ、もう既にこの世界は反転してるんだよねぇ。」


 「反転世界(アナストロフィ)。痛みは快楽へ。」


 その声は、確かに今蹴り飛ばした女の声だった。そして、すぐ近くまで来ていたのだ。僅かに横を気にしていて正解だった。


 「『遡れ』」


 肉体の時が、急激に逆転する。本来ならば有り得ない体勢から、レイは後ろ向きに加速する。


 さらに、


 「『動き出せ』」


 ーーー何が起きたかは、わからなかった。


 それが、『沈黙』と『敬神』の喰らったときの感想である。

 喰らった・・・何を喰らったのか、それすらもわからなかった。突如として二人はその場から吹き飛ばされ、体中にかまいたちの傷を負い、地面に激突した。


 そのダメージは大きい。

 『敬神』ファナは自らの権能で、痛みを快楽へと変化させている。だが、ダメージそのものが変わる訳ではない。

 『沈黙』シスにもその効果を適用させていて、同様の自体が起きている。


 何が起きたかわからないことは、致命的。


 「卿らは悪くない。」


 悠々と、一歩一歩こちらに歩み寄るその姿、正に千年間この世界を調停し続けた君主足り得る姿。


 「全ては、己が正義の故。」


 そして再び、『動き出せ』とという言葉とともに、二人は吹き飛ばされるのであった。




※※※※※※※※※※




 調停の六騎士とは、世界調停機関メディウムの長であるレイ=ストルゲーによって選出された4人の騎士と、2人の特別な騎士のことを指す。


 家系に依らず、レイは広くその地位に相応しいものを選定する。最も、選定の候補はルダスの権能によって比類なき才を開花させるものが選ばれる。

 レイはその最終決定権を持っており、今まで千年間、その地位をふざけたものにしたことは無い。


 無論、その人間の在り方とやらで、その地位を生きたまま後にするものも居れば、生涯をメディウムに捧げるものもいる。

 しかし、その殆どは、『厄災』やその配下との戦いに敗れ、死に至り、その地位を後にする。


 どれだけの強さを誇ろうとも、『原罪』に勝てたこともなければ、その配下である戒僧にも遅れをとることがある。


 そんな中、一際特別扱いされている席が2つある。


 一つは察しの通り、『調停の剣』の地位である。この地位には必ず『闘神』の後継者が座る。レイが選ぶことはなく、かつての『英雄』が残した剣がその主を選ぶ。そうして選ばれた者が、ルダスの巧みな口でこの席に誘導される。


 もう一つはというと、『調停の盾』の地位である。この地位には必ずアンドロ家の者が座ることになっている。それは遥かな昔の盟約・・・という訳では無い。ただ、アンドロ家がこの場所そのものを護りたいと代々願う故に、この席に座る。


 千年前、初代の『調停の盾』であるペルセウス=アンドロとよく言葉を交わしていたレイは、彼がここを護り続けようとする理由を知らない。


 勝手な推測だけが、代々アンドロ家に伝わる。


 それは、千年前存在した大国である聖界メディウムの跡地を守護し続ける、メディウムの意志そのものだという推測である。

 女神テディアに仕えたペルセウスのひたむきな忠誠心がその推測を呼び起こし、それは現代にまで伝わる。


 立派な先祖を、アンドロ家は追い続ける。


 「失せろぉぉぉ!!」


 故に、現代の『調停の盾』アリシダ=アンドロは死に物狂いでここを守護する。


 「ここから先は、過去の英雄たちが護り抜いた聖なる大地!!お前たちが踏み込んでいい領域じゃねぇんだよ!!」


 彼女もまた、アンドロ家の理想の体現者であり、その心は純粋極まりない。


 ーーーだからだろう。


 「お願い、ペルセウスの子どもよ・・・そこを退いて。」


 相対する者の声が、その耳には届かない。

 その哀しさたるや、一体誰が満たしてくれるのだろうか。


 『純潔』は、千年を尊く生きる。

 かつて無いほどの、執念をその胸に刻みながら、かの男を想う。


 ーー想うしか、ないのだ。




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