第4章17話 最強の使い道
世界調停機関から二つの大きな力が消えた。その行方を知っているのは、当然ルダスだけ。
しかし、これはルダスの作戦ではなかった。もちろん彼にもその選択肢が頭にあった。だが、ルダスではその作戦を決行できない大きな理由があった。
「俺はセレフィアの指示しか受けねぇぞ。」
例え世界の滅びが目の前にあっても、彼の言葉は変わらないだろう。セレフィアという絶対的な人が居るのであれば、彼の行動は全てその人のためにある。
セレフィアが白と言えば白、黒と言えば黒。
「悪いな、それが約束なのさ。」
約束ーー、それを誰といつ交わしたのか。
ルダスにとって、エルドーラという存在は何も見えない面白い存在であると同時に、あまりに不気味な存在でもあった。
彼は、最強だ。
『闘神』オフィーリアと戦うことはないにせよ、どちらが強いかと言われれば、底の見えないエルドーラの方が強いのだろうとさえ思う。
圧倒的な武力を兼ね備えたオフィーリアと、絶対的な一を極めたエルドーラ。
相反する二人をどう配置するのか、これこそが勝利への絶対的な条件だった。
『不殺』への対抗と、最強二人の配置。
ルダスが選択したオフィーリアの配置は、『光の子』イロアスの護衛と、『疫病』デュースの討伐。
そして、ルダスが選択し、彼女からエルドーラに伝えた配置はーーー
「エル、ちょっと北に行って来てくれない?」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
北の大地は、人間が住めるような環境ではない。
それがこの世界の常識である。荒ぶる気候に蔓延る魔獣。住む者たちは全てが異形。
そんな中で、この城は目立ちすぎる。
「相も変わらず嫌な国だ。天気も悪いし、街行くやつは睨んでくるし、ましてやここの城のやつは手を出してくるのがはやい。」
聳え立つその城は、とても宗教国家とは言えないものである。協会のようなものでは無い、何かを祀るものがある訳でもない。
ここにおける宗教とは、教祖とは、全てはただ一つのことを指す。
「よぉ、久しぶりだな。」
玉座には、ただ一人の男がその威厳とイコールの威圧を放ちながら、座す。
『原罪』アルティアが、静かに座っている。
全ての『厄災』たちの総括がそこにはいる。千年間、この世界を脅かし続ける元凶がそこにはいる。
「無駄足だ。俺は元々動くつもりは無い。」
「鉄火場を離れてから随分のようだな、こんな世界を堕とせるかもしれない唯一無二の機会で動かないなんてな。」
「世界は必ず堕ちる。俺が動くのはその時だけでいい。俺の手足が全て事を運んでくれる。」
「じゃあちょっとお喋りでもしようか。腰を据えてな。」
凍りつくほどの冷気が、この玉座の間に漂う。しかし、攻撃の意思はなく、その冷気は、自身の主の腰を据える場所を作り出す。
「玉座の間に、玉座を増やすな。」
凍てつく玉座が、堂々と、アルティアの前に造られる。その無礼は当然この宗教国家では万死に値する。絶対唯一神を『原罪』に置くこの城では、それは神を二人置くほどの侮辱行為。
それでも、彼が罰せられないのは、この場にいる誰もが彼に手を出せないから。
出せばたちまち、死に至るから。
「さて、談話から始めよう。俺もまた、与えられた役目は足止めだからな。」
「動く気は無いと、言ってるのだがな。」
「お前だけじゃあない。」
『原罪』アルティアと対等に造られたその玉座で、エルドーラは不敵に笑うのだ。
「お前を含む、今ここにいる全ての足止めだ。」
その堂々たる宣言の後、玉座の間の扉が荒々しく開く。それもまた、無礼であるが、その無礼を許されたものがもう一人いる。
「なんでこいつがここにぃ。」
ゆったりと、人を侮ったような喋り方。しかして、今この場では誰も侮ってなどいない。
「よう、傷は癒えたのか?さすがだな、『魔王』」
「黙れぇ・・・アルティア、なんでこいつがここにいるぅ。」
「落ち着けサタナ。」
「だめだ、今ここで俺たちで殺すぅ。」
凶悪にも禍々しいその魔力は膨れ上がり、更に膨れ上がり、その姿は変貌していく。
その変身の瞬間を黙って見過ごすはずもなくーー
「『奪い取れ』」
その言葉が聞こえた瞬間、西の大国で魅せた本来の姿とは程遠い、小さな背丈のままとなる。
「アルティアァァ!!」
「落ち着けサタナ。今暴れられたら敵わん。そも、俺ではなく女神に忠を尽くすお前ならば尚更その矛を収めよ。これはそういう戦いだろう?」
怒りを噛み締める。
その言葉は、『魔王』サタナ=クシファにとって何よりも重い言葉であった。
ようやく動き出した、自分の主の戦いの邪魔をする他ならなかった。
「気になるな、今の言葉。」
「何を言う。そちらの人を逆撫でることが好物の悪趣味な男が全てを知っているだろう。」
「生憎、会議は嫌いでね。」
「では、種明かしをしてやろう。そもそも、これがどのような戦いか、それを教えてやろう。」
「おいアルティアァ。お前何を喋るつもりだぁ。」
「どうせあの魔術師なら知っている話だ。そして、本人に知らされていないだけで、この世界の転換点となるような猛者共には既にバレている。」
「イロアスのことだな?」
ほら見た事かと、アルティアはそうサタナに言うように、自慢げな顔をする。
「そうだ、あれが『光の子』であることも知っていような、お前なら。」
「なんだ、やっぱりバレてるじゃねぇか。」
イロアスが『光の子』であることは、特級クラスの極秘事項である。しかし、それを極秘事項にした『聖女』セレフィアもまた、いつかバレることは予期していた。
イロアスは、最前線に居なければならない。匿って匿って、地下に縛り付けていようが、彼は世界を救うためにいずれは表に出なければならない。
予言の通りに、『厄災』は『光の子』を求めるのだ。
精霊の説得と、『預言者』サンドラを知るセレフィアの個人的な感情によって、イロアスは最前線に立ち続ける。
「バレると思っていたが、随分早いな。」
「精霊が身を挺して守ったらしいじゃないか。その話は、この現代において有り得ない話だ。」
「・・・」
女神なきこの世界において、精霊が今どんな姿となってしまったのか、それは知る人にはよく知られた話。
「さて、『光の子』が千年の時を経て現れた今、当然我らはそれを求める。」
「・・・鍵か。」
「話が早くて助かる。そうだ、これは『厄災の箱』と『箱の鍵』の両方が手に入る一世一代の機会。逃す手はないし、奴が動かない筈もない。」
「奴とは、『疫病』デュースのことだな。奴は何者だ。」
「あれは哀れな亜人だ。ファナと同じくらい特殊な亜人だがな。この世界に2人しかいない種族であり、この先増えることも有り得ないもはや絶滅の一途を辿るだけの哀れな種族だ。」
「おい、答えになってねぇぞ。」
「『箱の番人』だ。それが奴に与えられた女神の生前最後の命令だからな。」
嘗て世界を滅ぼしかけた女神ヘレンの頭脳とまで呼ばれた男ーーデュース。女神無き後、『厄災の箱』を守り続け、それが今になって動きだした。
今になって動きだした理由はーーー、本当に、鍵だけか?だとすれば、イロアスが西の大国でぼろぼろになっているその瞬間こそ最もチャンスであったはず。
そもそも、なぜ千年間も何をしていた。呪林地帯を呪い続けただけなのか?
『厄災の箱』の番人としての使命は、よく理解した。
しかし、『疫病』としての使命と、女神の頭脳としての使命については理解が及んでいない。
「ルダスめ・・・何を企んでやがる。」
「やめておけ。あれの考えていることなど理解できやしない。人の物語を観るのをやめたあれに、人の心を求めるものではない。主が残したただ唯一の願いに従っているに過ぎない、哀れな人形だ。」
「理解できないな。ルダスも『疫病』も、なぜ今になって動き出すのか。」
「それは簡単なことだ。」
「・・・何だと。」
「世界の均衡が崩れ落ちたからだ。歯車を回したのは、お前たちだ。」
『厄災の箱』・・・世界の均衡・・・イロアス・・・番人・・・
そして、それは突如繋がる。
「『戦争』アーロン=マギア=ボラデルカか・・・!!」
「『厄災の箱』に、一つ力が戻った。女神の力が取り戻されつつあるが故に、哀れな番人は千年の時を経てようやく主との会話を楽しんだのさ。」
「そういう事か・・・道理で、お前が蚊帳の外だと思ったぜ。『戒僧』共の配置は全てデュースの指示だな。」
「千年ぶりにルダスめが後手に回っているところなど見たわ。」
「いいのか、お前は。」
いいのか。
それが何を指しているのか、エルドーラはまるで憐れむように、アルティアに語りかける。
「・・・その言葉の真意は訊かぬ。しかし、いいのかと言われれば別に構いやしない。俺の目的は別にある。それに、女神ヘレンの復活は俺の望みでもあるわけだ。」
「お前の望みの割には、動かないんだな。」
「動く必要などない。動かずとも、欲しいものは自分からこっちにやってくる。全てを救わずには居られないあの男のように、全てを救うためにやってくる。なんたってあれは正しく『英雄』だ。」
「俺はあれに期待などしていない。」
「世界が用意した3つの席に治まるものだ。『英雄』『勇者』そして『賢者』。時代がどれだけ代わろうと、必ずこの席に座るものは現れる。そうやってできている。」
「お前はあれがそうだとでも?」
「イロアスという鍵は『英雄』の候補だ。『英雄』の席は今満たされようとしている。」
「ならば、お前にはそれを殺す義務がある。なぜ動かねぇ?お前は何を待っている。」
『原罪』は、嗤う。
何を言うのだろうかと、嗤うのだ。
「お前をここに寄越したのはルダスだろう。『聖女』が唆されたか。」
「それでもセレフィアに行けと言われれば行くさ。そして、その判断は間違っちゃいねぇよ。」
「有難いことだ。最強の使い道がこんな所で足止めだけさせるなど。俺ならば呪林地帯の真ん中に放り投げて全てを凍り尽くすよう命じる。」
その言葉には、堪らずエルドーラは大笑いをしてしまう。
「・・・何が面白い?」
「いやいや、すまんな。だが、それだけはない。それをあの子がするはずもない。」
「何故だ?」
「当然のことだ。『聖女』セレフィア=ロス=アナトリカは、この世界を滅ぼせない。それが間接的にでも、出来やしない。世界を救済し、癒す者であるからな。」
「ならば、お前が直接行けばよかろう。」
「それもまた、出来やしない。俺は約束に縛られているからな。」
エルドーラの口から度々聞く、『約束』という言葉を、アルティアは頭の中に残す。
何かの『約束』の上に、彼もまた、行動をしなければならない。故にこそ、最強の使い道は限られる。縦横無尽に行動できる『闘神』オフィーリアとは違う。
「さて、俺ばかり答えて癪だからな。お前の行動の矛盾を一つ解き明かしてやろう。」
「・・・聞こう。」
「お前は動かないのではない。動けないんだろ。」
「その理由を、聞こう。」
「簡単だ。お前もまた、『約束』に縛られる側だからな。俺とお前は戦えない、お互いに課した『約束』が故にな・・・お前も利用されたな、お互い難儀なもんだ。」
これは全てが仕組まれたこと。
力を取り戻した女神からの邪魔だて。
「この戦場では、俺は力を貸しているに過ぎない。女神復活は俺の願望だからな。」
「仕切っているのは、『疫病』と『観測者』か。やれやれ、千年間の神話の再現か何かか。迷惑だ。」
「全くだ。」
「さて、追加で一つ質問だ。」
「何個でも構わん。今日は談話をしにここに来ることを許可した。」
「そりゃどうも・・・、お前が動けないのはいいが、この『魔王』がここにいる理由はなんだ?」
「簡単なことだ。化かし合いに負けたからだ。」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ルダスは全てが後手に回っていた。
それは本人も自覚しているところであるが、それでも、数手だけは、相手を上回ったと自負している。
それは、最強の使い道である。
『疫病』も『賢王』も、最強の使い道を間違えている。
最も彼らの力が発揮出来るところ?最も乱戦が想定されるところ?最も人が助けを求めるところ?
はたまた、相手の最強を潰せるところ?
「わかってないなぁ、千年前からわかっていない。」
戦場を俯瞰するその眼で、まず考えなければならないのは、敵側を含めた最強の使い道。
『原罪』アルティアは動けない。千年前の『約束』を果たさなければならないが故に、この絶好の機会でも動けない。
『闘神』オフィーリアは、絶対に失う訳にはいかない『光の子』につける。そして、元凶である『疫病』の元へと走らせる。残ってしまえば、彼はまた迷ってしまう。
『冠冷』エルドーラは北に配置する。それだけで、北の全ての動きが止まる。そもそも彼には期待をしてはいけない。千里先を見透すこの眼でさえも、何も見えないのだから。
『魔王』サタナは女神の影を追い続ける。故にこそ、彼ほど扱いやすい者はいない。
「いつから細工をしていたかだって?言ったはずだよ、始まりは西の大国ディコス王朝の戦争からだと。現代全てを見渡すこの私が、権能を解放した『魔王』の隙をつかない筈がない。あれの存在はね、この戦いでは邪魔だったのさ。」
そう得意げに話すルダス。
彼が施した細工は、『魔王』サタナにとっては最悪のものだった。
「え?ききたい?ききたいのかな?いいとも!教えよう、教えようとも!」
誰に問いかけられているのかすらわからない。しかし、彼は嬉しそうにこの戦場と化した調停機関で笑いながら大声で語るのだ。
「流転させたのさ。力の向きを。」
『魔王』から世界へと、力は流れ続けた。それに気づかなかったのだ。
そもそも、気づくはずもなかった。
「私の権能はなんとも便利なものさ。『魔王』が世界にかける認識阻害も逆転させてみせたのだ。力は流れ続け、世界がそれを『魔王』に認識させない。」
こうして出来上がったのは、世界を認識出来ないまま、魔力を垂れ流し続ける『魔王』サタナ。そのことにサタナが気づいたのは、ようやく傷の癒えた、一月後の世界だった。
「これが最強の使い道だよ。」




