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誰もが愛を求めている  作者: 天邪鬼(あまじゃき)
第4章  箱庭を蝕む天使
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第4章13話 夢




 ここに来たのは、もう何度目だろうか。


 呪林地帯に来てからというもの、この夢を必ず見る。そして、必ず忘れる。


 だけど、ここに来たら全てを思い出す。


 前にもこの夢を見たことがあることも、思い出す。


 真っ黒な真っ黒な世界。上も下も横も前も後ろも、も真っ暗で真っ黒で、どこまで延々と続く嫌な世界。何よりも、恐ろしいと思えるほどの世界。


 夢と言うにはどこがリアルで、本当にここに居るような感覚。


 「気味が悪い・・・」


 本音をこぼし、少年は歩みを進める。どこに向かえばいいのか、それもわからないが歩かなければならないと思わせる。


 何かが、待っているような気がしてならないのだ。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 イロアスの朝は、ここ数日は騒音と共にやってくる。


 「今日もうるせぇなぁ。」


 朝に弱いイロアスも、セア以上のこの騒音を聞けば流石に目が覚める。


 ベッドから起き上がり、服を着替える。少しボロボロになってしまったが、大きな傷はない服。縫い目が目立つが、それもまた味だろう。


 大きな欠伸をしながら階段を下りる。ギシギシと音を立てる木造の階段の先に、やかましい騒音の原因がある。


 「やぁ、おはようイロアス。」


 「おはよう、バルバロイ。」


 まずは騒ぎを少し笑いながら見つめるここのギルド長に挨拶をする。そこを過ぎれば、騒音の原因とご対面だった。


 「ようイロアス!!いい朝だなぁ!!」

 「ちょいとこっち来いや!!お前も混ざれ!!」


 「朝からうるせぇなぁ、もう少し静かにできねぇのかよ。」


 「馬鹿野郎!!これが俺たちの儀式だ!!てやんでい!!」


 イロアスは混ざらずに、バルバロイと一緒にテーブルに座る。毎朝毎朝、彼らがしている事には理解に苦しむ。


 「よいしょぉぉ!!」

 「てやんでい、てやんでいぃぃぃ!!」

 「おらおらおらおら!!」


 あまりにも騒がしすぎる朝。それがここ、名前の無いギルドの恒例行事だったのだ。


 しばらくすると、ギルドの扉が開く。ゾロゾロと次から次へと冒険者が扉を開けて空いてる席に着き始める。

 その顔は疲れ果てて、まるで恒例行事の参加者とは真逆の顔と静寂。


 汗と血の匂いがイロアスの鼻につく。夜明けまで戦い通し、疲れ果ててこの席に着いたのだ。


 「よぉし!!野郎ども!!今日の飯はこれだぁぁぁ!!」

 「てやんでい!!!」


 喧しくむさ苦しい大の大人が、続々と飯をテーブルに置き始める。その量は何たることか、食べきれないかも知れない量を次々と運んでくるのだ。さらに言えば、健康とは程遠い茶色一色の料理。野菜といえば、生の野菜が水洗いされて切られただけ。


 「朝から重いっつーの。」


 イロアスはまず野菜から食べ始め、この茶色の集団を食べる準備をする。


 周囲も同じ反応だと思うだろうか。しかし、そうでは無い。


 疲れ果てた彼らは、肉から食べる。豪快に、行儀など気にせず、食らいつく。喰らって喰らって、食らうのだ。


 「これが冒険者なのか・・・?やべぇ集団だぞ。」


 「これが彼らの生なのさ。イロアス、食べたらまた修行だろう?今日はどこまで行けるかな。」


 「昨日ようやく最後の屍と戦えたからな、今日こそはクリアだ!!」


 「いい気概だ。お前を強くするよう言われた期日まで残り3日でさぁ。あと2日で最後の扉を守っている屍共を駆逐しろ。だが、俺が首を斬りにいくのもちゃんと防げ。」


 「無茶言ってやるなよ・・・」


 唐突に背後に現れたオフィーリアが今日のレッスンのメニューを話すが、世界最強に常に命を狙われながら攻略するこの地獄に、イロアスは慣れてしまった。


 最初は全くもって攻略所ではなかったが、1ヶ月もあれば天性の才能を持つイロアスにとっては余裕綽々であったーーいや、余裕綽々は言い過ぎた。


 本当に殺されかけたこともある。


 「出発は1時間後でさぁ。」


 また今日も、死と隣り合わせで生きる。




※※※※※※※※※※※※※※※




 「ただいま・・・」


 今日も死にかけた。何回死線が見えたかわからない。


 「おー、おかえり。飯、できてるぞ。」


 夜飯は朝と違い、普通の食卓が並ぶ。疲れ果てたイロアスにとってはこれくらいでいい。それに、この食事はバルバロイが作ってくれており、栄養価が高く、考えられたメニューである。


 「ちゃんと食っとけ。まだ最後の屍共を殲滅できてねぇからな。」


 「はい・・・」


 イロアスがゆっくりと食事を口に運ぶ。その疲れ果てたイロアスを見て、他の冒険者たちがガヤガヤと声をかける。


 これも日常。


 「また生きて帰るとはなイロアス!!」

 「オフィーリア様が居るとはいえ、毎日毎日生きて帰るだけで偉いんだぜ、坊主。」

 「ちゃんと飯食ってんのかぁ!!これじゃあ足りねぇだろ!!」


 ガヤガヤなんてものでは無い、寧ろ騒音に近い。


 「疲れてるイロアスにおっさん共が群がるな。さっさと行け。」


 バルバロイが遠くから注意する。冒険者はガハハと大声で笑い、それぞれの武器を担ぎ、森へと向かう。


 「毎晩毎晩、お前らの方こそ大変だな。」


 「それが俺たちの仕事よ。誇りある冒険者の役目さ。」


 背中を向け、こちらを振り返りもせず手を振る。それに、イロアスも手を振り返す。


 それが、一日の終わり。


 ーーーーイロアスが覚えることの出来る、一日の終わり。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 「・・・またここか。」


 上下左右真っ黒な空間。

 どこにも何も無い空間。


 「毎夜毎夜、なんで俺はここにいるんだろうな。枕の下になんかあんのかな。」


 昔にきいた迷信を信じざるを得ないのかもしれないと、そう思う。


 ここから、決まってイロアスは少し放浪する。真っ暗で真っ黒で、どこに進めばいいのかもわからないが、決まって放浪するのだ。


 イロアスは気づいていないだろう。真っ暗闇なのだから致し方ないのだが、決まっていつも、同じ方向に自然と放浪していることに。


 「ここ、魔法は使えんだよなぁ。」


 手元に炎魔法で作った灯火と、光魔法で作った道標を浮遊させておく。それでもこの暗闇を照らせるものでもなく、そもそも真っ黒なのだから照らしても真っ黒なのだ。


 どこよりも深い闇だが、この光と炎がないよりかは幾分かマシだと自分に言い聞かせる。


 「ここが本当に夢なら、広大な空間で魔法も使えるから修行場にしたいんだけど、なんかそれはやめた方がいい気がするんだよな。」


 何かがあることは、直感で理解していた。



 ーーーそれは、自分の宿命を知らない少年の足掻き。



 「今日はどこまで行こうかな・・・というか、今までどこまで行ってたんだ?」


 ふと、気づく。


 ここに来るのはもう何度目かわからない。ここのことを目覚めたら一切覚えていないのも、ここに来ればわかる。


 しかし、ここに来ても、自分がどうやって目覚めたのかは覚えていない。


 「・・・ここには、誰かいる。」


 それは敵なのか、味方なのか。



 そんなもの、すぐに分かることーーー



 本当に突然だった。

 そこに、箱があることに。


 「そうだ・・・俺はいつも・・・」


 イロアスは、この箱を知っている。そうだ、あれはまだ10歳の頃だった。


 あの日、この箱は話しかけてきたのだ。自分を開くように、話しかけてきたのだ。


 瞬間、突如として箱は形を変えて、大きな白い檻となる。何かを光の鎖で封じ込めているようなその檻を、イロアスは知っている。


 「お前は・・・誰だ・・・いや、俺は知っている・・・?」


 檻の中に、人がいることを知っていた。知っていたからこそ、まだ何も見えていないのに、そんな言葉が出た。


 「今日は、こんなに近くまで来てくれるようになったわね。あの邪魔者もいないし、今日はいい日だわ。」


 檻の中の女性の姿は見えない。檻の中があまりに暗すぎて、黒すぎて、その中まで見通すことはできない。イロアスのような暗視持ちでも、その中を覗くことができない。


 「お喋りしましょ?イロアス。」


 「なんで・・・俺の名前を・・・」


 「あら、当然じゃない。自分を助けてくれる英雄の名前を覚えない訳にはいかないわ。」


 「あなたを、助ける・・・?」


 「あぁ、そうね。そうだったわね。あなたは知らないのにここまで来てしまったーーー、あの邪魔者は何も教えないものね。」


 「一体何を・・・」


 「いいのよ、そんな堅苦しいことは。お喋りしましょ?私のことももう思い出したでしょう?」


 そうだ、知っている。イロアスはこの女性をしっている。


 瞳の色も髪の色も顔も知らない、声しかわからない。それでも、この女性を知っている。


 「ーーー女神ヘレン。」


 脳が、理解している。

 目の前の姿の見えない女性は、女神なのだと。


 「なぁに?イロアス。」


 全ての元凶が、目の前にいる。


 千年前、世界大戦を引き起こした災厄がここにいる。世界を滅ぼそうとする意思そのものが目の前にいる。


 『戦争』を、アーロン=マギア=ボラデルカを闇に落とした張本人がここにいる。


 「あなたは覚えていないかもしれないけど、もうこの1ヶ月で何度も話しているわよ?」


 「なんで、覚えてないんだ・・・」


 「邪魔者がいるからよ。テディアの代わりが務まるとでも思っているのかしらね。私の天使があれを追い出そうと奔走してくれてるけど、邪魔者の役割に与えられた力が強すぎるからきっとすぐに来てしまうわ。」


 「邪魔物ーー、そういえば前にも誰かがここから出してくれた。」


 「そんなこといいから、お喋りしましょう。私に聞きたいこと、あるんじゃないかしら?」


 それはその通りだった。

 ここを出てしまえば何もかも忘れてしまうだろう。それでも、今この場において、聞きたいことなど山ほどある。


 「・・・なんで。」


 「ん?何しから?」


 「なんで、アーロンを『戦争』にしたんだ。」


 沈黙が流れた。

 ずっとずっと話したかったと、そう言っていた女神ヘレンが、黙った。


 そして、大笑いしたのだ。この空間いっぱいに響くほどに。


 「面白いわイロアス!本当に愉快で楽しい子ね!」


 「・・・何が面白い、何がおかしい、何で笑ってやがる!!お前のせいで、お前のせいであいつは、『厄災』なんて呼ばれて世界の敵になったんだぞ!!」


 「あの子は特殊よ。本来の『厄災』とは程遠いわ。アルテミアと二人で『戦争』なのよ。本来有り得ないけど、一つの魂が二つに分割されたことによって起きた奇跡の事象。アルテミアが世界を愛して、アーロンが世界を滅ぼす。だからね、私のせいじゃない。あの子が世界を滅ぼそうとしたのは、最初からだもの。」


 「アーロンはずっと苦しんでいた。」


 「眠れぬほどの呪詛を毎日毎日聞き続けたらそりゃそうなるかもね。」


 「違う!!あいつが苦しんでいたのは、本当に誰よりも妹の幸せを願いながら、世界の敵であり続けることを強いられたことだ!!お前が手を貸さなければ・・・アーロンは・・・」


 「私が手を貸さずとも、アーロンは世界を滅ぼすために奔走したわよ。」


 「『戦争』という力がーーー」


 「愛すべき妹を救うために力を求めるのはそんなに悪いことかしら?世界の誰をも救いたいと願うイロアスが力を求めることと何が違うのかしら?」


 「その力の使い方が、滅ぼすためにでもか。」


 「そもそも、あの子をそうさせたのは、そう決心させたのは君たち人間よ。君たち人間はいつもそう。一人では何も出来やしない、何も動きやしない、他人と割り切って切り捨てる。その癖して、巨悪に対して初めて一致団結して、さも自分たちは初めから仲間だったと誇らしげに美談にする。」


 言葉が喉に詰まってしまった。

 それは、それが現実だと知っていたから。心の奥底で、理解していたから。


 人間の根源的な恐ろしさを、先の戦いで見てしまったから、知ってしまったから。


 「本当に反吐が出るわ。千年前に滅ぼせなかったことが今でも悔しい。」


 「そんな人間と、なんで話したいんだよ。なんで俺なんだ。」


 「あらイロアス。あなたも用が済めばボロ雑巾のように殺すわよ?特に悲惨に、殺してあげるわ。痛ぶってなぶって斬り裂いて押し潰してすり潰して撲滅して、殺してあげるわよ。この世に生を受けたことを、何よりも、あの女の後悔と懺悔する顔を拝むためにねぇ。」


 イロアスの手が震えた。

 根源的な恐怖を感じてしまったから。特別も何も無いのだ。この女神にとって、この世界で生きとし生きる生命全てが敵なのだ。


 あの女ーーー、それが何を指しているのかわからない。しかし、その人は自分にとって何よりも大切なかけがえの無いものなのだとは理解した。


 「・・・女神ヘレン。」


 「何かしら?イロアス。」


 「なんで、生命をそんなに憎むんだ。」


 「・・・そうやって何度も私の過去を引きずろうとするのかしら?本当に嫌な子ね。」


 「千年前、何があったんだ。一体何が起きたんだ。」


 再びの沈黙。


 それを破ったのはーーー




 ーーコツン。


 それは杖が、地面に一突きする音。

 世界が黒から白へと移り変わる。檻の中は暗闇のまま、白い空間にはよく目立つようになる。


 「女神ヘレン、あなたの好きにはさせないよ。」


 自分の背丈よりも高い杖をつきながら、男は檻に近付く。


 「私の天使はどこかしら?」


 「直に来るさ。頭脳戦は負けっぱなしなんだ、ここだけでも勝たせてもらうよ。」


 「君さえ居なければ・・・よくも、よくも!!この邪魔者め!!」


 「私は私の役目を果たしているに過ぎない。世界を観測する者として、生命が彩る物語を閉ざさせやしないさ。」


 男は、イロアスの肩に手をかけて、そっと微笑んだ。


 「ルダス・・・なんでここに・・・」


 「今の君にはまだ早い。彼女と話すには、まだ早い。」


 「早いなんてことは無いわ。イロアスがこの時代に来てしまったのだから、ここから先は留まることを知らない。」


 「やはり『戦争』の力が・・・」


 「ようやく私の天使に指示が出せるわ。あの盗人とは大違いの働き者よ。」


 「もう充分だ。イロアス、すまない。また君の記憶を消させてもらう。」


 「待ってくれ!!ルダス、俺はまだーーー」


 瞬間、その瞳は何も写さず、また闇へと落ちていく。


 ・・・まだ、聞きたいことが沢山あるのに。





 「君は本当に邪魔ばかりするわ。」


 「女神ヘレン、あなたこそ一体何がしたいのでしょうね。何度繰り返すつもりですか、イロアスが聞く質問は、常に一緒だ。」


 「あら、それでもいいじゃない。毎回笑いが絶えなくていいわ。何度も何度も、私の過去を覗こうとして、私を救おうとする。可愛いわね。」


 「・・・イロアスに、鍵を開けさせるために、あなたは延々と同じ会話を繰り返す。救いを求めたふりをして、自分が自由になるように誘導する。」


 「続きを聞かないように、毎度記憶を消すあなたも働き者ね。でも、そろそろそうもいかないんじゃないかしら?ねぇ、私の天使?」


 ルダスに近づく男が一人。

 その男は、背中に白い翼があり、白装束を纏い、髪は金髪で、瞳も金。


 天使と、そう呼ばれるにふさわしい格好であり、その立ち振る舞いはまさに神に使える者。


 箱庭の天使と、そう名付けるとしよう。


 彼を、『疫病』デュースを、ここではそう呼ぶとしよう。




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