第4章12話 会議は踊る
この議席に、調停機関以外の者が座るのは実に久しい。
調停機関の者が全員揃うことすらそもそもめずらしい。この議席が埋まることなど、実に久しくないだろう。
この議席の場は、もはやルダスとレイの空間になることが多かったのだ。それがどうだろう、今日は外から2人、この議席に腰を下ろす。
「これが客人か、ルダス様よぉ。」
「そうだとも、今宵の戦いには彼らの助力なしでは絶対に勝てないと私が判断した。」
相も変わらず態度の悪いアリシダに、ようやく沈黙を破って話し始める。客人が姿を見せたから。
「客人も来たことだ。ルダス、そろそろ始めてくれ。」
議長であるレイ=ストルゲーは、ようやくその任を果たすのだ。
今宵、ルダスが単独で戦っていた相手の全貌が明らかになり、それがどれほどの重大な事態をはらんでいるのか。
「今ここにいる我々5人が全てを統括し、適切に敵を排除しなければ勝てない。そういう名目でこの議会は開かれた。」
語り部は『観測者』ルダス。
この世全てを見通す、明確な役割を与えられた調停者。
「これは千年前の戦争の残穢だ。心して聞いておくれ。これに敗北すれば、取り返しなどつかない事態になるからね。」
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歯車が壊されたーーいや、むしろ、本来必要な歯車が噛み合ったのか。
兎にも角にも、第2幕は既に開幕した。
私が登場するこの第2幕の2戦目。初出なのでね、驚くほど華麗に決めて見せようじゃないか。
ーーそれにしても、やはり観る方が好きだな。
「ではまず、数ヶ月前に西の大国ディコス王朝で起きた大きな戦いを振り返ろう。」
物語を振り返るようにルダスは語る。
全ての始まりは、ディコス王朝で起きた『戦争』との激突。そこには、戦いを大きく左右する程の、ある重要人物の物語があった。
「ディコス王朝は、世界大戦の最中建築された魔獣戦線の名残だ。世界の東側では聖界メディウムが統治し、世界の西側では魔獣大陸マギサが大国を滅ぼしながら歩みを進めていた。そんな中で西側中の人類が一致団結し作ったのがあのディコス王朝だ。」
「なぁ、それずっと思ってたけどよ、本当に可能なのかよ。魔獣が蔓延る世界でどうやって誰にもバレずにあんな要塞国を創れるんだ。」
アリシダは率直な疑問を投げかける。
しかし、妥当な質問だ。魔獣の攻撃を受けながら、あんなものを建設できることが可能なのか。普通に考えればそれは不可能と断じるほかない。
それを実に良い質問だと褒めながら、まるで狙い通りの質問をしてくれたねと言わんばかりに嬉々として解説するのは、またルダスである。
「ディコス王朝の歴史には、彼らの存在無くしては語れない。彼らがいたお陰で、西側の人類は滅亡を免れたのさ。」
「誰だよ彼らって。勿体ぶらずにさっさと教えろよ、ルダス様。」
「君たちもよく知る人物さ。そして、よく知らない人物でもある。」
「おいルダス。謎かけをしてる場合じゃねぇんじゃねぇのか?」
「おやおや、楽しく御伽噺を聞かせるように話していたが、どうやら余裕が無いことがバレてしまったかな?」
エルドーラの指摘にやや思い詰めたようにルダスは返事をした。黙ったまま視線を送るエルドーラに、ルダスはおチャラけをやめて、静かに、御伽噺の続きを話し始める。
「ディコス王朝より西の、どこよりも広がる大海に、一つの灯台があると言われている。彼はそこからやってきて、ディコス王朝を創り、その最初の王となった。彼の王の名前は、メルキオル=ガスパール。今代において、『七人の使徒』が一翼である『賢王』と呼ばれる男だ。」
この議会の場において、その事実を知るものはただの一人としていない。
千年前に女神から承った権能をもって、現代を生きる『正義』レイ=ストルゲーも、母の権能を引継ぎ800年以上の時を生きる『聖女』セレフィア=ロス=アナトリカも知らない。
「バカな・・・メルキオルがディコス王朝の出身だと。聞いたことがない。」
「それはそうさ。これは君が『正義』となる前の物語だからね。」
「それで?『賢王』が今回の件とどんな関わりを持つ。」
「いいや、今回は彼の出番はない。私が何度も何度もシュミレーションをしても彼は一切出てこなかった。」
「はぁ?じゃあ今の会話は何だってんだ。」
「落ち着きたまえよエルドーラ。大事なのは、彼の出身地の方さ。」
「・・・灯台。御伽噺のような話だけど、聞いたことあるわね。」
灯台の導き、それ即ち、未来を指し示す千里の夢。
灯台の麓、それ即ち、光宿らず闇夜の誘い、魂の門があなたを誘う。
ーーー曰く、そこは水の都。巫女が御座す冥府の入口。
「もはや伝説となってしまったけどね。」
「水の都ーー、いわく付きの御伽噺だと思っていたが、本当に実在するとはな。」
「何を言ってるんだレイ。君はそこの出身者を一人知ってるじゃないか。随分と仲良さそうに話していたのを記憶してるよ?」
「・・・サンドラ。」
『預言者』サンドラーーー未来が見えたと言われる女性。光の子は彼女の予言の中の登場人物である。
「水の都はね、世界でも特別な場所なのさ。女神より役割を与えられた一族が治める一つの国のようなものだ。しかし、御伽噺の中でしかないように、そこに足を踏み入れる者はいない。何故なら、場所が分からないから。」
「・・・お前が何を話したいのか、ようやく分かってきたな。」
「おや?察してしまったかな?」
「実際、水の都もメルキオルも関係の無い話だ。重要なのは、そこが未知であること。」
「ご名答だよ、エルドーラ。そこで、彼女の登場さ。」
「『魔導王』スコレー=フィラウティア。この世全ての未知を探求する女。」
レイが嫌なため息を着く。彼女とレイの間の関係はさほど上手くいっていなかったことを物語っているかのように、千年前のいざこざを思い出すかのように、彼女は手を頭に当てる。
「彼女は自分の探究心を抑えられなくてね、この世のありとあらゆることを知りたいが故に、実に様々なことをやらかした。例えば、ディコス王朝の大結界とかね。」
この大結界こそ、今宵起きた西の大国ディコス王朝の戦争の全ての始まりだった。
亜人戦争を呼び起こし、後任を設定し、自ら突き放し、最悪の2代目を生み出した。
それが、『戦争』をも生み出した。
「ルダス、事の顛末はあの場に居合わせた私の騎士団員から聞いたわ。スコレー=フィラウティアは魂となっても輪廻の輪から外れて生きていること。そして、彼女が何故か『厄災の箱』の在処を知っていたこと。」
「なんだと・・・!!どういうことだ、ルダス様よぉ!!」
「それに、レイは何も咎めないけど、あなたも知っていたんじゃないかしら。ねぇ、ルダス。」
アリシダの怒号を上回る程の視線と圧。それは自らの国がその戦いに関わったが故なのかもしれないが、ディコス王朝で起きた全ての惨劇を知る権利があるのは確かであった。
それも、今回は他ならぬルダス自身が彼女を巻き込んだ。
世界を少しでも良くしようと、世界を『厄災』から守ろうと、本気で奔走している彼女に、ルダスは失礼なことをしている自覚はある。
「知っていたとも。私は『観測者』だからね。世界の裏側から全てを観る者であり、千年前の世界大戦の全貌を知る唯一の人物さ。」
「では、あなたには全てを語る義務があります。話しなさいルダス、もはやここまで来て話さないなんてことは無いでしょうね。」
「勘違いしないで欲しいな『聖女』セレフィア=ロス=アナトリカ。私は全てを語りはしない。私は『観測者』であって、読み手では無いんだよ。」
「でもあなたは、スコレー=フィラウティアに要らぬ知恵を与えた・・・違うかしら?」
「・・・」
口数の減らないルダスを、唯一黙らせることが出来るのは、千年前に顕現した女神と、頭の回る『聖女』。
「簡単な話よルダス。アナトリカ王国の北にも南にもちょっかいを掛けてるでしょ。こらから動き出す戦いに調停の六騎士の力は必要不可欠。しかし、そんな六騎士を各地に配置させた。これをレイがするとは思えないわ。では誰が?それは今から起こる何かを知っている『観測者』であるあなたを置いてほかにはない。」
「私がするはずないというのは些か疑問だがな。」
「レイ、あなたは中央の最高権力者として『原罪』を抑えなければならないことをよく理解してる。そんな貴方が各地に配置するかしら?」
「・・・しないな。」
レイはよく分かってるじゃないかと言わんばかりに、鼻で笑った。
それに、セレフィアは笑顔でこたえた。
「・・・お見事。実に素晴らしい推理だ。そう、そうだとも、スコレーとはとある盟約を交わしたのさ。その報酬として、私は彼女に知識を与えた。」
「その中に、『厄災の箱』の在処もあったと。」
「やれやれ、私の悪いところがいくつも明るみになってしまうね。」
「安心しろ、卿が我々の味方であるなど、女神なきこの時代にはもはや有り得ぬ話だ。」
「おやおや、手厳しい・・・ね。」
「振り返りは結構だ。『厄災の箱』の在処は知られた。先に私は状況を聞いていたが、箱の在処はここから北西に位置する最後の未到達地点『呪林地帯』だ。」
「なぁるほどな。だからお前も手出しなかったのか?あそこは呪いが渦巻く死んだ大地だ。さすがのルダス様も怖気付いたか。」
「いや、私は既に踏破している。」
「・・・あなたでも、見つけられなかったということかしら?」
「いや、私は具体的な場所まで到達している。しかし、最後の扉だけは開けなかった。正確に言うのなら、私では開けなかった。」
「では一体誰なら?」
「そんなこと、さっきよりも実に簡単な推理さ、『聖女』セレフィア。箱が待つものはいつだって、自分を開いてくれる鍵そのもの。」
これは『予言者』サンドラの一節。
この未来を必ず辿るのか、それは誰にも分からない話だが、彼女の予言はその答えを示した。
光の子は真実を知り、
8つ目の寵愛となりて鍵をもち、
厄災の箱開かれん
「光の子・・・イロアス・・・」
「そう、光の子さ。」
「あなた知っていたのね・・・いや、まさか!!」
「その、まさかさ。」
音を立てながら席を立ち上がり、魔力を込めて掌をルダスに向ける。その魔力量は何たるものか、さすが『聖女』と呼ばれる『使徒』の一翼。
夜を照らせるほどの高密度の光が集約されていく。
魔力を集約し、放つまでの一動作はあまりの速さに、『調停の盾』も1歩届かないほど。
しかして、それを止めたのはーー
「エル・・・!!手を離して!!」
「ダメだセレフィア。気持ちはわかるが落ち着け、こいつの力は必要だ。」
「おやおや、まさか君が止めてくれるなんてね。セレフィアの全てに賛同しているものかと思ったよ。」
「そうだ、俺はセレフィアだけの騎士だ。この手を離せと本気で命令されればこの手を離すさ。しかし、お前の説明不足が悪い。それを聞くまでは、止めるのも騎士の役目だ。」
「・・・念願の光の子。君たちアナトリカ王国が匿っていたのは私もレイも知っていたさ。知っていて黙認していた。しかし、今回ばかりはそうはいかない。」
「ルダス、ここから先は言葉を選びなさい。さもなければ私は、王として、あなたを裁く。」
少し悪ふざけが過ぎたかと、そう反省のため息をこぼし、いつになく真面目に言葉を選んで再び物語を話し始める。
「呪林地帯の中央に位置する千年前の廃城の地下には、巨大な扉があった。私にはその扉を開くことが出来なかったが、その扉がなぜ開かないのか、それを知ることは出来た。あれはずっと待ってるのさ、自分を開く鍵をーーつまり、光の子だけがあの扉を開くことが出来る。故に私は、彼をそこに送り込んだ。もう間もなく、彼はそこに到達するだろう。」
その目的は、レイも聞いていなかった。
「ルダス!!卿は独断が過ぎるぞ!!」
「そうだね。」
「なぜ私に一言も言わなかった!!」
「君に話すほどの余裕がなかったからさ。私の発言の一つ一つが読み取られている・・・つまり、私は簡単には動けなかった。アナトリカ王国の北にネメアを配置したのも、南にヘクトルを配置したのも、全ては後手に回ったためだ。」
「一つ一つ読み取られているだと・・・?ルダス、お前ほどの奴が今読み負けてるってのかよ。」
ルダスはようやく、席に腰を下ろした。深いため息が、脱力させていくのを感じる。
「ルダス、あなたは誰と戦っているの。」
『観測者』ルダスは、その役割より誰よりも優れた眼を持っている。そして、人を掻き回すのに最適な脳みそを保有している。
彼は知略に長け、ゲームと言えば彼の右に出るものは限りなく少ないだろう。
しかし、居たのだ。
千年前、自分の力だけじゃ絶対に勝てない知略の天才が。
「嘗て、私は女神テディアに仕え、女神のためにあらゆる物事を観てきた。私が生まれたのは、全てを観測し、全てを調律するため。つまるところ、私はこの星の生まれと共に創られた神創人間だ。」
この場にいる誰も、その暴露には驚かなかった。彼が権能を使わずに千年間生きていること、全ての物事を把握していること。
何よりも、世界の裏側を知っていること。
「嘗て、同じように女神ヘレンに仕えた者がいた。私と違うところは、その者たちは女神と共にこの星の創世に関わったということ。その内の一人は、千年前の世界大戦においてもその猛威を振るった。恐らく、最も人類を殺しただろう。」
それは現代に伝わることなく、その見姿も伝わることは無い。
しかし、1000年前を知るものたちは口を揃えて言うだろう。
あれより人を殺した者はいない、世界最高の頭脳を持つ男。
「私が1ヶ月もの間、知恵比べをしていた相手の名前はデュース。嘗て『軍神』と呼ばれるほどの戦上手な軍師であり、女神ヘレンの頭脳とまで呼ばれた男。」
一同は沈黙する。
その名前を知っているものは、この場において二人。
一人は、千年前の世界大戦においても『使徒』としてその力を奮った『正義』レイ=ストルゲー。
もう一人は、母より言い伝えられた物語の登場人物として名前を耳にした、『聖女』セレフィア=ロス=アナトリカ。
しかし、この先は誰も知らなかったのだ。彼が今、生きていることも知らなかったのだ。
「彼は現代においてはこう呼ばれている。」
同じように、女神に仕えた身だからなのか、それとも全てを見渡す『観測者』故なのか。
「『七つの厄災』が一つ、『疫病』の名を冠した呪いの王。そして、『厄災の箱』の番人だ。」




