第4章10話 ポイントB
ーーー私は勝利の暁に笑いたいが、そうやって笑えるのは、ここが崩れ落ちないことが前提だ。
許しておくれ。同じ神の元で働いた仲だが、今の君を敵として見ることを。
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「ポルタ家という結界魔法の最高位が、どうしてこんな辺境の要塞に配置されているか知っているかしら?」
それは、同じ十大貴族として血を並ばせる2人に聞くには、あまりに知り尽くしている質問だった。
しかし、現に2人はそれを知らなかった。
「北の異常さを知らないだろう?なんたって、ポルタ家の結界が無ければアナトリカ王国は滅びゆく道を辿るのだから。」
目に見える神木を、神々しく、荒々しく、謎めいたオーラを放つ怪物に見える。しかし、同時に興味が絶えず、そこに手を伸ばしたくなる。
何の魅力かもわからない。これが魔法なのか、それとも誰かの権能なのか、あるいは本能なのか。兎にも角にも、人はそのオーラに見惚れ、溺れる。
「あれは、何なんですか。」
率直な疑問。
それが正しい感触で、当然の疑問であることは認める。しかし、
「見ればわかるだろう。」
その端的な返しも、当然だった。
「女神なき今でも、彼らはあそこに居る。その姿を世界の裏側に隠してね。」
「彼ら・・・?」
「何だ、知らないんですの。まぁ箝口令を敷くのも当然かな、セレフィア様にとっては思い出したくもない苦い記憶でしょうから。」
可哀想にと言う割には、他人事のように口ずさむ。自分には関係ないーーいや、そうでは無い。まるで知り合いがたまたま出てる御伽噺を言い聞かせるようだ。
感情の移入はある。しかし、それを知る術がないと言わんばかりの。
「精霊を知ってるかしら。」
その問に、2人とも頷いた。しかし、意味は違う。
片や、その精霊を見たことがあり、片や、その精霊の御伽噺を知っている。誰もが知っている有名な有名な御伽噺。
「1000年前に起きた世界大戦。そこで、精霊は眷属として女神テディアに付いた。その瞳は心を浄化し、その息吹は傷を癒し、その羽は万病を治した。」
それは、もはや見ることの叶わない精霊の特徴。女神なき現代で、その姿を見ることは奇跡に等しい。
「世界大戦が終わり、人々は癒しを求めた。精霊はそれに答えるように、自らの癒しの力を人間に奮った。だけど、それは間違いだった。人間は、愚かにもその特異稀なる力を我がものにしようとした。」
人は、特別というものを隔離し、独占しようとする。さらには、悪用までも。
「我々は、精霊王の逆鱗に触れたのだ。それからだよ、あの神木が敵意をむき出しにこちらを見るようになったのは。精霊たちが住まう森そのものが敵なのさ。」
その瞬間、森は再びざわめき、まるで雄叫びをあげるように、低い声で唸った。
「さて、仕事だよ。ポルタ家が何百年も何をしてるのか教えてあげるわ。」
その唸りは合図だった。
神木の向こうから、砂煙が巻き上がる。
「なんだ・・・あれは・・・」
ミューズとカンピアは知らなかった。
この世の異形と戦う者がいることを。
「木の化け物・・・?」
何千という木で造られた化け物がこちらに一斉に向かってくる。人の模造品のように、二本足で立ち、日本の腕があり、顔があり。手には木の剣を持ち、もう片手には木の盾がある。
まるで兵隊のように、しかし整列など出来やしなく、アリの群れのように一斉にこちらに向かってくる。
「あんなの序の口よ。その後ろを見てご覧なさい。」
アイギアが指さす方から、木の巨人兵が現れる。身体がミシミシと音を立てながらも、ゆっくりと歩みを進める。
「全ては神木が創り出す兵隊。そして、その神木を意のままに操るのは精霊王。」
「精霊王・・・御伽噺に出てくる精霊の王様。『七人の使徒』に負けず劣らずの加護を与えられ、『魔王』さえ跳ね除けたと言われる王。」
「そうね、嘗て英雄と並び世界の破滅に立ち向かった王が、まさか今代では敵とはね。」
この敵意を持った神意を、直で味わえばその精神を侵される。
故に、ここにはポルタ家の結界が必要なのだ。オーラまでも完全に遮断することの出来る絶対的な結界が必要なのだ。
「さて、わかってはいたけど、援軍まで来ちゃうのね。」
そう呟くと、アイギアはカンピアとミューズの背中を蹴っ飛ばした。
「「・・・は?」」
「あんたたち、強くなりに来たんじゃないの?なら戦いの中で学びなさい。死を目前とした戦士にできることは2つ。」
戦場にゴロゴロと転がる二人の男。それは予想していなかったと言わんばかりの表情のまま固まり、何が起きたか理解するまで数秒。
「死ぬか、覚醒するかのどっちかよ?」
「「はぁぁぁぁ!!??」」
結界の外に吹っ飛ばされ、強くなるために敵に向かえと。
相手の正体も大した知らず、実力も不明。神木から生み出された怪物たちが弱いわけもない。
さらに、ミューズは水属性、カンピアは土属性。とてもじゃないが相性も悪いだろう。イロアスやリアのように、炎魔法であればまだ安心材料があったのに。
「とにかく、やるしかないね。」
切り替えなければならない。何もしないなどありえない。
それに、2人は乗り越えたのだ。
あの、『戦争』から生き残って見せたのだ。
木の兵隊は剣を振り下ろす。
ミューズとカンピアは華麗にそれを躱し、それぞれ一撃を与える。
「・・・!脆い!」
殴った箇所は枯れ木のように崩れ落ち、直ぐに立てなくなる。
「なんでこんなに弱い・・・神木から造られているのに・・・」
ーー疑問。それを抱くか抱かないかで、相手の力量を正しく測れるかが決まる。
ミューズ、カンピアは正しかった。
故に、気づきたくなかっただろう。なぜ弱いのか。
倒れた木の兵隊は、その場で崩れ落ち、他の兵隊がその枯れ木を踏み越える。踏み越える度に枯れ木は吸収され、ほかの兵隊の養分となる。
「倒す度に、周りが強くなるのか・・・!!」
「であれば、個別撃破は愚かである!ミューズ!!」
全体的な波状攻撃こそが正解。
水魔法で全てを飲み込む水の竜巻を創造する。それに、カンピアが土魔法を混ぜこみ、礫岩を回転力により外にはじき出す。それはまるで銃弾のように木の兵隊にぶち込まれる。
「へぇ、偉いじゃないの。でも、わっちが戦わせたいのはそんな個体じゃない。」
結界の中から傍観しているアイギアが見つめる先。そこにいる巨大な木の兵が、剣を一振する。それはミューズとカンピアの魔法を粉砕し、大地を壊す。
「・・・!!他の兵隊の養分を!!」
木の剣を通じて既に吸収し、巨体はさらに大きく、その一振の威力も上がる。
横に薙ぎ払われた力にのみ任せた一振に、跳躍して躱す。転じて、ミューズは走り出す。カンピアはそれに呼応するように、ミューズの前に土の道をつくる。
これこそ、カンピアの成長だ。
「あれには隊を率いる将の器があるな。それに足る視野がある。他の能力に関しては十大貴族とは思えぬほど平凡であるが、さすがミルメクス家か。」
的確に、どこに足場を作れば良いか理解している。先を見据える力がカンピアはずば抜けていた。
「そして、そこに足場があると信じて走る亜人か。十大貴族と言えども亜人がここまで人間を信用するとは。」
前に進むことに一瞬の躊躇いもない。目の前に現れる足場を踏み越え、木の巨兵の傍らを駈ける。
その無尽蔵の体力は熊人族の特徴だ。生まれついた体力に、鍛えぬいた筋力が追いつく。駆け回り、遂には届き得たのだ、その巨人の首元に。
「そこだね。」
ロダ家の波紋感知による弱点の発掘。どこにどんな攻撃を撃てばいいのか、それを直感的に理解できる、水魔法の極致にいると言っても過言では無い。
故に、放たれた一撃は、木の巨兵の首を一撃で粉砕した。
膝から崩れ落ちる巨人はやがて枯れ木となって弾け飛び、宙に舞う。
「あの程度では相手にならんか。思った以上に優秀ね、セレフィア様。」
結界の外から傍観するアイギアは、ふともう一体を見る。
ミューズとカンピアが次に向かっている。にも関わらず、剣を振るう訳でもなく、拳を握るでもない。ただ、膝から崩れ落ちる木の巨兵。
「なんだ、何が起こっているのである。」
「崩れ落ちた・・・いや、膝をつかされた?」
ロダ家の波紋感知が、そこに誰かいることを感知した。とてつもなく強大で、そこにいるだけで強さが理解できる。
ーーー男は立っていた。
枯れ木の屍の上で、両手に斧を握りしめて立っていた。その斧は、この世に数える程しかない神器であり、この世の終わりが来ても壊れないように、伝説の鍛冶師が祈りを込めた2本の片手斧。
それぞれに名前があり、それぞれが違う特色を持つ。それを両の手に握れるものは限られており、その席は空席になることが多いと言われる。
「あなたは・・・いや、なぜここに・・・」
『調停の斧』は、そこに立っていた。
自分の運命はここにあるべきだと、そう魔術師に唆されて。
『斧屈』ネメアが、北壁に現れた。
「ここが最も、死から近い。死は馳走だ。ネメアのご馳走だ。」
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そこは、目の前が見えないほどの濃霧に包まれている。足場も、剥き出しになった根が凸凹道を作り出し、風が吹くたびに周囲の木々がざわめく。天上から僅かに漏れ出す光だけが目の前の道を照らす。
迷いに迷い、そこは抜け出すことが遥かに困難とされ、魔獣も人間も、誰もそこに近寄らない。何よりも、濃霧の中を彷徨う木の兵隊が命を刈り取りにやって来るのだ。
「シシシ、やっべぇなここ。死がすぐ側にある感覚、堪らねぇぜ!!」
「静かにしなさい、レティ。」
「うるせぇなババァ!!アタイがいなかったらテメェなんて森に殺されてるぜ!!」
「あなたの下品な言葉は耳に障るわ。もう少し静かにしたらどうかしら。」
「シシシ、誰にでもつく悪態こそ、魔人族の在り方だろうが!!アタイこそ真の魔人!!」
一人は溜息をつき、もう一人は高笑いをする。襲いかかる木の兵隊も腕を薙ぎ払うだけで粉々に砕け散る。
彼女たちは、ある命令のためだけにここにいる。自分たちの主たる男の命令にただ従うのだ。
「それにしてもよぉ、なんで今更ここに来なきゃいけねぇんだ?ババァ、なんか知ってるか?」
「あら、命令を聞いてなかったのかしら?」
「そーゆーことじゃねぇよ。アタイたちからしたらここはアナトリカを拒む天然の要塞だ。今更ここに戦力を派遣するなんてよぉ。」
「あら、あなた本当に真の魔人かしら?」
「あぁ?ババァ、どういう事だよ。アタイにその問をするとはよぉ・・・死にてぇのか?」
一人の女は不敵に笑う。
それが、彼女も魔人であることを物語った。
「遂に我らが主が動き出したからに決まってるでしょう。世界を滅ぼしにいくのよ。」
「シシシ、そーゆーことかよ!!やっと攻め滅ぼす側に回れるってんだなぁ!!」
咆哮とともに弾け出す魔力が、この濃霧を僅かながらに晴らした。濃霧自体も魔力が込められた特別なものであるが、それを上書きするかのようにより濃厚でどす黒い魔力が霧を晴らす。
その晴れた先から、また女性が現れる。
ゆっくりと影が形を成して、そこに人がいることが明白になる。
「これ以上森を荒らすのは御遠慮ください。」
現れた女性は、虚ろな目をしていた。それでも、宿る魔力は本物であり、そこに強者がいることは誰もが理解できるだろう。
美しい明るい茶髪が、なびく。灰色の瞳は、何を見通しているのだろうかと、その考えが読めない恐怖がある。
「あぁ?アタイらがいつどこで暴れようが勝手だろうがよぉ。」
「やめなさいレティ。この子は迎えに来たのよ、そうでしょう?」
数秒の沈黙。
そして、ゆっくりと背を向ける。これほどの強者が背を向けるのであれば、それは戦いに来たのではない証明。
「王がお待ちです。付いてきてください、『真実』のレティ、『慈母』のパナギア。」
名前を呼ばれても2人は驚かなかった。何よりも、命令で来た時にはもう分かっていたのだから。
「会えて光栄ですわよ、あなたもまた、名前だけ轟くに過ぎませんもの。ねぇ、『魂妃』アニマ=プネウマ。」
人形のような女性ーーアニマは、何も語らなかった。そして、何もしなかった。
ーー世界の敵を前に、何もしなかったのであった。




