第4章9話 ポイントA
ーーー真逆だが、こちらが崩れてもらっては困る。慎重に駒を動かさなければ。
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南にある巨大な要塞ーー『パレオフルリオ』。
何よりも強大にまで膨れ上がってしまった南の帝国ノートスの侵入を防ぐために設計された、アナトリカ王国最硬の要塞。
それを最硬としているのは、その要塞に潜むたった一人の騎士によって実現されていた。
「それが俺たちの姐さん、ラキ隊長だ。」
そう語るのは、南に配属されているラキ=ナウスマクラー直属兵である『飛翼隊』の副隊長イクティ=ノース。
「姐さんの魔法は、誰もが知っている。ノートス帝国もアナトリカ王国も、その誰もが姐さんの魔法に恐れ戦く。」
誰もが知っているということは、必ずしもメリットがあるものでは無い。むしろデメリットになり得る。誰もが知っているのであれば、その対処法を考える時間が実に多い。戦闘の中では相手の未知の効能を読み解くところも重要。
しかし、彼女は、自分の魔法を隠さない。
「俺たちの姐さんは最強だ!!俺たちはそう信じている!!故に、お前たちがここに来たのは幸福である!!」
イクティの声は大声となり、南の要塞を揺らす。彼の筋肉隆々の肉体から、そのタトゥーの入ったスキンヘッドの勇猛さから、全身から雄叫びが上がる。
「よぉぉこそ!!ここが地獄の大砦!!歓迎するぜ、雛共が!!」
ここにミューズがいれば大喜びで雄叫びを上げていただろうが、残念ながらフェウゴもアストラもそんなノリのいい方ではない。
フェウゴはなんでこんな所に来てしまったのかという、臆病にも嫌な顔をする。
しかし、アストラは声はあげずとも、その心の喜びが顔に出ていた。
ようやく、『魔女』が潜むノートス帝国と戦える場所まで来たのだと。
「じゃあ早速だが・・・行くぞ。」
イクティは付いてこいと言わんばかりに、手招きをしてズカズカと要塞の中を進んでいく。
その広い背を追いかけて、アストラとフェウゴはただ進む。段々と下に降りていくことを気にせず、外から歓声が聞こえるのを無視しーーー、いや、それは無視できなかった。
要塞の門を開く。
そこには、絶望が広がっていた。
ノートス帝国の兵隊が、こちらに攻め入るその瞬間であったのだ。その数は何万と及び、道が人で埋め尽くされる。
「嘘だろ・・・」
「なーに怖気付いてやがる。これは日常だ。」
何も驚くことは無い。これが、南の要塞の日常であり、特段の脅威でもない。
「これが脅威ではないということを、お前たちは今目の前で知ることになる。」
アストラとフェウゴが目の前の敵をみた瞬間、先頭を歩く相手の兵は突然倒れ出した。
「「は?」」
それは序章に過ぎなかった。
次々と兵が倒れていく。まるで、何かに撃ち抜かれたかのように。
そして次々と威力は上がっていき、やがて兵が同時に倒れる数は増えていく。
「・・・知ってはいたが、これはやべぇな。」
全てが急所で一撃。中には結界を張る者もいたが、結界も一撃で破壊され、その者の脳天を貫く。
「俺たちの姐さんの魔法はいたって単純。土魔法による弾丸精製に加えて、炎魔法による加速。世界最強のスナイパーだ。」
要塞の上、ラキのために用意された舞台がそこにはあった。真上から見下ろし、自分の背丈ほどある長い狙撃銃のスコープを覗く。
覗いた瞬間だった。
弾丸は発射される。音もなく、速すぎて弾も見えない。
鳴る音は、ノートス帝国の兵隊が倒れる音だけ。
「そりゃああんな目で見られたら・・・そんな異名もつけるわな。」
「あ、あれが、『鷹の目』ラキ=ナウスマクラー。」
一切の躊躇いもなく、一瞬の瞬きも許さず、その美しい指をなぞるだけで、人は倒れる。最後に見る光景の中に、ラキ=ナウスマクラーを映すことなく。
しかし、何処からか見られている。それは死神なのかと天を仰げば、そこに居るのは一匹の鷹のような、そんな目をした無慈悲な天女。
南の要塞を難攻不落とさせているのは、屈強な男たちではない。
たった一人の狙撃兵によるものであった。
「狙撃で為せるような、敵を倒す速度じゃねぇ。こんなに連射が可能なのかよ。」
「弾丸は魔法、発射も魔法。それよりも特殊なのは、ナウスマクラー家の伝家の宝刀であるあの銃だ。」
それは、ナウスマクラー家が兵器の家系と呼ばれるが所以である。
代々受け継いできたその狙撃銃は、ナウスマクラーの初代当主が承った神器。
「神器を持つことを許された家系、それがナウスマクラー。あの神器と、ラキ隊長の才能でこの南の要塞は守られている。この狙撃の腕には、『調停の弓』ですら敬意を表している。」
「ち、『調停の弓』からも?す、凄い人なんですね。」
「まぁそもそもここ辺りは『調停の弓』と縁がある。初代の生まれ故郷だしな。ラキ隊長の髪飾りもかつて初代『調停の弓』が身につけていたと言われてるものだしな。」
「へ、へぇ。」
目の前のノートス帝国の兵団は惨殺された。一切の抵抗もなく、ただその命を刈り取られる。それを、何もせずにただただ眺めていた2人は、世界の広さを知った。
それを何よりも許せなかったのは、アストラであった。
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次の日から、フェウゴとアストラは戦場に放り込まれた。ラキの援護射撃という名の本命射撃。ノートス帝国の兵団に突っ込んでいく自分たちがまるで愚かな援護組のようだった。
フェウゴはほとんど自分の魔法を使わなかった。なぜならフェウゴの毒はカンピアという親友以外の全てに影響する。自分の毒で何もかもを滅ぼしそうだったから。
しかし、アストラは常に全力を尽くした。
雷鳴が、戦場に轟く。
「おいおい、やる気が違うねぇ。こりゃあ骨のあるやつが異動してきたもんだな!!」
イクティが喜びの雄叫びをあげる。
暴れ狂い、その雷の音が鳴り止む頃には、ノートス帝国の兵団は残らず頭を撃ち抜かれて、半数以上は逃げ帰るような状況であった。
「オレァの名前はアストラ=プロドシアだ!!覚えておけ!!」
両手には自分の雷で傷ついた火傷跡が目立つ。ここまでやっても、戦果の殆どはラキであることを、アストラは知っている。
だが、アストラは叫んだ。
「ア、アストラくん。て、敵に自分の名前を、お、教えない方が・・・」
「うるせぇ。オレァには必要な事なんだよ。それより、お前はこのまま何もするなよ。」
心配するフェウゴに、アストラは冷たく言い放った。その目を、フェウゴは知っていた。
あぁ、憎しみの目だーーーと。
それが向けられるのが、自分じゃなくて良かったと心の底から思う。
ーーーこれ以上、その目で見られたくない。
その想いだけが、ここに来ても良かったと思えている自分の正直な感想だった。
「お前はヴァサニスの家系だろ。」
それは、フェウゴにとって嬉しい言葉でなかった。ヴァサニスの家系というのは、名誉ある看守の家系。それをアナトリカ王国では、番犬の家系と呼んだ。
凶悪犯罪者を難なく抑えることが可能とした、アナトリカ王国絶対の守護を誇る番犬。北の要塞で把握不可能な妄想体から訳も分からず結界を貼り続けるポルタ家とは違い、アナトリカ王国の本土を守る正義の番犬。それが、彼らの誇りであり、何よりも正しさの証明だった。
「自分たちが絶対的な正義である自信。その中で生まれた異質にも異質な魔力。それが、お前を『親殺し』たらしめた原因か?」
話しかけ続ける彼女の眼を見て、何が『鷹の目』かと思った。
まるで、同じ境遇を探してきた雛鳥のようだった。
「ラ、ラキ隊長は、や、優しいですね。」
『鷹の目』なんて言われているが、その目は人の本質を見抜く、ただの優しい目。
『親殺し』という不名誉極まりない異名を口に出されても、それが不快にも思わない。
「・・・お前は強い。ラキのために働け。」
「ボ、ボクよりも、ア、アストラの方が強いですよ。」
「あれはダメだ。」
「ど、どうしてですか?」
「あれは、かつてのラキだからだ。」
その言葉の意味を、フェウゴには理解できなかった。
『親殺し』という異名を与えられても、それでもフェウゴには理解できなかった。
「・・・やはりお前はここに居るべきだ。ラキと共にこい。」
理解できていないその顔を見て、ラキ=ナウスマクラーは昔を思い出す。
感情の炎に身を焼かれた、かつての自分を。
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次の日も、その次の日も、そのまた次の日も、ノートス帝国はやってきた。
亜人に魔獣、人間、ありとあらゆる使えるものを使う。強いものには褒美を、弱者には死を。
そうして建国されてはや700年。彼らは無限に兵を有するかのように、国土拡張を広げた。
「そのためには、このパレオフルリオを突破しなきゃならねぇ。何よりも、『鷹の目』を潰さなきゃならねぇ。だってのによ・・・」
兵団の数はみるみる減っていった。
ラキの狙撃銃ももはややる気を失っている。兵団を相手にしているのは『飛翼隊』とアストラだけだった。
とは言っても、ほとんどアストラが暴れ狂っているのみだが、それで抑えられる程の兵力しかこちらには投げ打ってこなかった。
「こういう時は、何かあるぜ。嵐の前の静けさってやつだ。」
その言葉を発し終わったあと、ラキは久しく銃を構えた。
ーーー何か来る。
兵団の後方。
その男は、たった単騎で向かってきた。
「・・・あれは強い。魔将クラスだ。」
男は、槍を片手に兵団に突っ込んでいった。
それをラキが逃すはずもなく、神器によって放たれた銃弾が空を切る。
ここに来てから2週間ほど経つだろうか、フェウゴとアストラは、ラキの弾丸が止められるのを初めて見た。
1ミリのズレもなく、槍の先端と銃弾が真正面からぶつかる。男は勢いを殺すことなく、兵団の背後に到着する。
「姐さん!!命令を!!」
要塞の上空に座すラキ隊長に、副隊長イクティが大声で語り掛ける。しかし、ラキは何も命じなかった。
「オレァが相手だ!!」
「やめろアストラ!!この馬鹿野郎!!」
無謀と言わざるを得ないだろう。アストラが雷鳴を轟かせながら、その男に突っ込む。
しかし、現場は一瞬のうちに混乱した。
男は兵団を殺し尽くしていたのだ。
しかし、油断はできなかった。何せ、ノートス帝国とはそういう所だから。
弱者を切捨て、強者のみを集わせる。それがノートス帝国。ラキの一撃で死ぬような弱者は要らないと、そう言わんとするかのように彼は粉微塵に槍を振り回し死体を量産する。
突っ込んでいったアストラも、その異形さに足を止めた。
雷鳴は轟いたまま、アストラは決して自分の戦闘態勢を解いたわけではない。しかし、自然とその立ち振る舞いと冷静さと殺気を見て、冷静になった。
「よぉよぉ、槍が疼くねぇ。いい殺気だ。」
男はそう語った。
そして、誰もがその正体を知っていた。
「しばらくなにも食ってねぇ!!俺を受け入れろ!!」
世界調停機関メディウムーーー通称、中央。
そこには聖なる騎士が御座すとされ、その上位6人を『調停の騎士』と呼んだ。
彼らはそれぞれ、武具の名前に例えられて呼ばれ、更には異名を付けられた。
武具は位を表し、世界調停機関に憧れる者はその座席を争った。
中でも、一際目立ったのは3人の騎士。
一人は誰もが憧れ、誰もがその者を追い求める。何よりもその男になりたいと願い、何よりもその男が世界最強と信じて疑わない。『調停の剣』テセウス=オフィーリアは、やがて世界最強と呼ばれ、正に世界を調停するに足る男となった。
一人は、『調停の弓』アルク=ヴェロ。その矢は誰をも捉え、誰をも貫く。世界の崩壊を一矢で止めた英雄の力を持つ。
最後の一人は、『調停の槍』。
かの男は、たった一人で南の帝国から中央へ渡ろうとする脅威から守護し続ける守り人。昼夜問わずその槍を振り下ろし、海を突き、天を突き、空に大穴をあける。神獣すらその体に傷を残し、癒えぬ呪いとなって苦しめる。
「久しぶりの外なんだ!!なんでもいいから食わせろや!!」
たった一突きで兵隊の頭が消し飛ぶ。その威力故に、突いた後にはただ空が残るだけ。
『調停の槍』の位を持ちながら、魔法にも長けた男。闘う為だけに生まれ落ちたかのような獣。
『魔槍』ヘクトル=ドリーが、自身の持ち場を離れてこの戦場にやってきたのだ。まるで、これから起こることを知っているかのように、最も戦乱の中に、紛れたいかのように。




