第4章8話 未来のための選択
ーーー呪林地帯は、生死の境目を壊した大森林と、冒険者や学者は口を揃えて言う。
木々が踊り、迷わせ脱出を妨げる。ツルで作った縄を吊るして、天国へ導きましょう。さぁ、輪っかに首を通してね?
「ーーじゃねぇだろぉぉぉ!!」
ツッコミで剣を一振し、周囲の木々を両断する。ツルでつくった丈夫な輪っかがあちこちに地面に落ちていく。
「自殺強要してくんだけど!!何この森!!」
「呪林地帯でさぁ。」
「んなもん知ってんだよ!!」
生死の境目を壊したとはよく言ったものだ。生きる希望を失った者がここに踏み込めば、間違いなく死を選ぶ。
冒険者がボロボロで帰路につく時もまた、そこに安息が見えるのであればそこに縋るだろう。
「数え切れない屍がこの呪林にはある。まぁほとんどは生を諦めた者たちだがな。」
木々のざわめきが妙な静けさを破る。そのせいでイロアスはここに入ってから一度も気を休めていない。無論、誰も近づかない呪林であり、元々気を休めながら進むという考えが間違っているのだが、それでも何かしらの休息があってもいいだろう。
「ほら、また聞こえてきたぞ。」
「ふざけんなよ・・・自然全てが敵なのかよ・・・!!」
しかし、安息はない。
ここには、安心して休める休息所など存在しない。
木々は死を勧誘し、大地は足を絡め取り、大気は瘴気にまみれ、指針は揺らぎ正面は不明。奥へ奥へ進む度に呪いは一層濃くなり魔力は高まる。
「想像以上にやべぇじゃねぇか・・・!!」
自分がどれくらい進んだのか分からない。しかし、確かに歩を進めている。
一日で行けると思っていた。甘かった。
「クソ・・・まだまだじゃねぇか・・・」
『戦争』との戦いは確かにイロアスを強くした。既にそこら辺の有象無象にイロアスを止めることは敵わないだろう。
だが、あくまで有象無象。
何人の侵入を拒んできた正体不明の呪いは時に強者を飲み込み、その怨嗟を啜ってきた。
・・・普通なら、ここまで進むまでに精神の汚染が始まるんだがな。
そう思うのは、一度ここを踏破した世界最強であるオフィーリア。
ルダスが気にするからどんなやつかと思えばーー、こりゃすげぇな。久しく見ない才能を持ってまさぁ。
まさか、炎と水に加えて、光魔法も持ってるとはね。
無意識なのか、魔法に意志でもあるのか、兎にも角にもその光魔法はイロアスを包み込み、呪いの効果をはねかえしている。
「ルダスの旦那、あんた何を隠してる。この少年は何者でさぁ。」
まるで、世界から愛されているような、この少年の存在を待っていたかのような、そんな感覚。
自らが持つ英雄の剣が、この少年を強かに見守るような感覚。
「・・・イロアス。今日はここまででさぁ。」
「うぇ!!もうちょっと!!」
「いや、充分に理解した。俺はお前を育て切る。歴戦のパーティと一緒に踏破じゃ生ぬりぃ。お前は一人で踏破するべきでさぁ。」
それが、世界最強である『闘神』テセウス=オフィーリアの結論。
確かな未来を見いだした少年の師となる決意であった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
アナトリカ王国には、2つの巨大な要塞がある。それぞれ北と南に位置し、南はノートス帝国の侵入を防ぐ。ノートス帝国との戦争は常にこの要塞より前で行われる。
北には絶対王権領域ガスパールがあるのだが、ここは『七人の使徒』である『賢王』が守る国であり、ここがある限りさらに北の魔宗教国ヴォリオスは攻め入ることはない。
しかし、魔宗教国とガスパールが争いを起こしたことなどなく、踏み入ってはならない領域と化している。
その真実は如何程か、世界の5本指に入る最強格であり、『賢王』の懐刀である『魂妃』がいる故か。それとも何か別な理由があるのか。
兎にも角にも、北は南と比べては安全であった。
「それでも北には、アナトリカ王国の武を集めなければならない理由がある。」
北に向かう馬車が一台。その荷台には若き兵隊が2人。
「ミューズ、私を誰だと思っているのであるか。商人の家系であるカンピア=ミルメクスである。そのような情報、既に掴んでいるのである。」
荷台に座すは、一人の亜人と一人の少年。この組み合わせは中々お目にかかれないだろう。
亜人の子はよく英雄願望を持つ少年と共にいて、その夢までも彼と同じに染まった。
一方一人の少年は、『親殺し』と蔑まれた少年と共に過ごし、かつ、貴族としてのノブレス・オブリージュを心がけていた。
同じ十大貴族でありながら、彼らは一緒にいる機会があまりにも少なかった。
しかし、彼らは貴族。
知っていた、この先の大地に何があるのかを。
「これが・・・初めて見たな・・・」
北には何かがある。
それが、北に赴いて命を絶っていった騎士の最後の言葉。北の教国がこちらに向かってこない理由の一つ。
「世界で最も魔獣が多発し、世界で最も天変地異が起き、世界で最も人を殺す大地。」
人はこう呼ぶだろう。
ーーー災禍の神木
目の前に見える1本の巨大な樹木が、まるでこちらを覗き見るように、唸り声を上げたように、枝葉を揺らす。
ようこそようこそ、おいでませ。
誰にも見えなく、誰にも見える。ここは世界最古の人類王が御座す領域。
「災禍と戦い続ける戦場。それが、アナトリカ王国の北壁が存在する理由。」
見さらせや。
あの神木の先に、君には何が見えるのかな。
ーー絶対王権領域ガスパールへ、ようこそ。
歓迎の風のざわめき、木々の揺らぎ。
空想の御伽噺のような、まるで2人を幻想へと導くような怪しげな雰囲気。
さぁ、おいでませ?
「いざ行くのである!!あそこには新天地が待っている!!」
「おうとも!!きっとあそこには彼の英雄が居るはずだ!!待っていてくれ、直ぐに行きます!ロダ家の祖先よ!!」
馬車から身を乗り出し、いや、もはや馬車など不要。自分の足で行きたいのだ。
そう言って身を乗り出し、馬車から飛び出すその瞬間、彼らの肩が何者かに捕まれ、意気揚々とした一歩目はくじかれる。
邪魔をするなと振り向く瞬間、2人は頬を思いっきり引っぱたかれる。
衝撃が全身に走り、その怒号が馬車を引く馬をビビらせた。
「目を覚ましなさい!!」
瞬間、目がチカチカとし、頭の中がすっきりとする。いや、すっきりではない。
先程までの自分は、自分ではないことをはっきりと認識できる。
「・・・目は覚めたようね。全く、セレフィア様もお人が悪い。このような未熟者を連れてくるなど・・・」
二人は、貴族であった。故にこそ、知っている。目の前の強気な女性が何者なのか、どれほどの実力者なのか、その全てを知っている。
騎士団に入団せずとも、セレフィアによって特殊な役職を与えられた2人の騎士。
「お、お初にお目にかかります・・・」
「・・・である、いや、であります。」
水色の短髪に、水色の瞳。
まるで空のように、透明感溢れるようなお人。
アナトリカ王国の北壁を守護する『双璧の騎士』と呼ばれる片翼ーーー『空檻』アイギア=ポルタ。
「ほら、目を覚ましたならさっさと準備しな。わっちはあのバカ妹と違って優しくねぇわよ。」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
北と違って、南は至極単純である。
そこに何があるのかは明々白々。
「で、でかいね・・・」
対ノートス帝国に建設された巨大な要塞ーー『パレオフルリオ』。
山と山の間に建設されたそれは、ノートス帝国からの侵入を拒む巨人兵のようであり、神聖な盾のようなもの。
ポルタ家が座す北と違い、南には結界はない。波のように押し寄せてくる帝国の強襲に対して結界を維持し続けるのは困難であるが故。
「こ、ここで、な、なにをするんだろう。」
「・・・」
ノートス帝国と行うは防壁戦ーーーと、この巨大な要塞を見れば思うだろう。しかし、現実そうでは無い。
この要塞はとある家系のために造られただけの門なのだ。
要塞の裏扉が開く。
ようこそと、そう手招きをするように。
・・・なぜか、警戒してしまった。
いや、ここに来てからずっとずっと、心臓を誰かに見られているような、死神がずっと手で触れ続けるような、そんな奇妙で確実に死に近い感覚。
死をもたらす魔法を使うフェウゴと、戦闘の家系に生まれたアストラだからこそわかるのか、それとも、誰の目にもそれは映るのか。
その正体は、一人の女性。
「・・・来い。入れ。」
外套で身を包み、口元まで覆い、見えるのはその人を刺すような鋭い目つき。髪は短くまとめられていて、一本の矢がその髪を束ねている。
それしか情報がないのに、フェウゴもアストラもその人を知っている。
『双璧の騎士』の片翼ーーー『鷹の目』ラキ=ナウスマクラー。
アナトリカ王国史上、最も敵を葬った騎士である。
「自由に使えと言われた。ラキはお前らを戦場に放り込む。死んだら殺す。死ぬくらいなら役に立て、このラキのために。」
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これから起きることを、彼は知っている。
世界で彼だけが、それを知っている。
「『厄災』は動けない。折角情報を得たのに、動けない。我々が動かない限り動くことは出来ない。なぜなら、あの少年以外に扉を開くものがいないから。待たなければならない。少年が、そこに辿り着くまで。」
盤面に駒が置かれていく。丁寧に丁寧に張り巡らせた糸と駒を繋いでいく。
ミスはありえない。
それは即ち世界の終わりを意味するのだから。
「故に彼はあそこで、彼はここで、彼もまたあそこ・・・彼女はこちらで、あの子もあそこかな。」
何度も何度もシュミレーションを繰り返す。
ここはダメで、ならここはこうで・・・あぁ、また負けた。
「うーん、やはりここが危ういね。でもこれ以上の戦力は・・・」
いや、いいのがあるじゃないか。
「さぁて、そう考えたら時間が無いね。やることがたくさんだ。」
ルダスは断言した。
1ヶ月後には、再び世界を震撼させる戦いが始まる。
「世界調停機関の総力戦といこうじゃないか。」
現状、その勝敗は、ルダス一人に委ねられているのだった。




