第4章7話 呪林地帯
ーー英雄とは、正しさの証明。
耳が痛い話だ。
そんな大層なことを言っておいて、自分は英雄とやらじゃないのだから。
「眩しいな・・・バルバロイ。」
そう呟く男は、遠い目をしていて、まるで何かに恋焦がれているかのように、イロアスを見続ける。
「・・・そうだな。」
自分は英雄じゃない。
そして、隣の男もまた、最強の名を欲しいままにしておきながら英雄の座にはいない。
・・・居てはならない。
俺たちもまた、たった一人の英雄を追いかけているだけなのだから。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ーー呪林地帯。
大地そのものが強大な闇魔力を帯び、木々が、生物が、空気がそれを吸い上げ、全てが呪いと化した森林帯。
「かつて起きた世界大戦において、この森林地帯の中に魔獣大陸マギサの幹部が秘密裏に立てた廃城がある。お前にはその廃城の調査っていう名目で一時的に冒険者になってもらう。」
「冒険者・・・なぁ、冒険者って物語だけにしか出てこないんじゃねぇのか?」
イロアスの疑問は、この世界においてまったくその通りである。
冒険者とは、未知を追い求め、その命の限りを尽くすもの。
「物語の世界は未知に溢れてる。だけど、この世界はほとんど完結しちまってるじゃねぇか。」
「・・・なぜ、そう思うんだい?」
名も無き最後のギルドの長は、その言葉を深く掘り下げる。
「だってよ、世界に残る謎の建築物とかないじゃん。謎の魔物発生とか、謎のダンジョンとか。良く英雄譚の本を読んでるからわかるんだけどよ、そーゆーとこを攻略していくのが冒険者だろ?」
この世界において、もはや未知は未知ではない。原因はわからない事象はある。しかし、この世界においては神が明確であり、神同士の争いが千年前である。至って異常な世界なのだ。
この世界の創造主の思惑を読み解いていくことこそに冒険者は集う。しかし、世界の創造主は千年前に現れてしまった。
この世界は、単純なものになってしまったのだ。
「女神の降臨は、冒険者にとっては絶望だ。もはや謎を解く意味もない。答えなどそこにあるのだから。故にこの世界で冒険者は消えた。」
「・・・でも、ここは冒険者ギルドなんだろ?」
「そうだ。ここは、名も無き最後の冒険者ギルド。呪の巣窟の謎を紐解くために俺たちはここにいる。」
「呪の巣窟・・・それが廃城のことか?」
「そうだ。お前にはそこに辿り着いて貰う。」
「辿り着いて何すんだ?」
「さぁな。これもルダスが決めたことだ・・・しかし、今まで廃城に辿り着いたことのある冒険者パーティはたった2組だ。」
たった2組ーーイロアスはその言葉にやや驚愕した。それは、目が覚めた時に感じたこの冒険者ギルド全体のレベルの高さに他ならない。
確かに、ここにいる2人には敵わないだろうし、あまりに別格であるが、それでもここの冒険者とやらはそこら辺の騎士団よりも強い。
ディコス王朝での争いから、イロアスは直感的に人の強さを測れるようになっていた。
「それを俺が単独で到達・・・こりゃ俄然やる気が出てくるな!!」
それが自分に課せられた修行。
酷く困難で、死を伴う危険度。そこまでしなければ辿り着けない境地。
英雄への道が、簡単なわけが無いのだ。
「いや、単独じゃない。」
ーーーと、思っていたのはイロアスだけであった。
「単独で行かせるわけないだろ。女神が降臨した世界で未だ謎として残るこの大地だぞ。俺やオフィーリアでさえ何の成果も得られていない。」
「・・・お前らも到達してんのかよ。」
「昔の話でさぁ。長話はいいから、さっさと行くぞ。」
「え?行くぞって、お前が一緒に来るの?」
「今日はな。明日から歴戦の冒険者パーティに付いてきてもらうが、まずはお前の実力を示せ。じゃなきゃ、この修行とやらが意味があるか判断つかねぇでさぁ。」
イロアスは剣を握る。
呪い溢れる大地において、剣という物理がどれだけ意味を持つのかわからない。しかし、握るしかないのだ。
『英雄』は強さだけでは測れないーーーその言葉に嘘偽りはない。その成果を称え、誰にでも優しく手を差し伸べるその覇道にこそ人はついて行く。
だが、強さが欲しいと願うのもまた、英雄を目指す上で必要なことなのだ。
「そんじゃあ、行ってくる!!」
バルバロイに手を振り、オフィーリアと共に暗い暗い呪いの道を突き進む。
ーーその先に待つものに、千年を超えた縁を感じながら。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
杖のつく音が廊下に響く。白い装束が風になびいてゆらゆらと揺れる。
風が吹く方向を覗き見て、世界最高峰の魔導師である彼はふと笑う。完璧な結界とは言い難いが、彼らの猛攻を何度も何度も防いでみせた大結界がある。
なんと頼もしい限りと思いながらも、ルダスは静かに杖を向ける。その魔力の流れは結界に向かい、やがて溶け込んでいく。
『調停の盾』が受け継いできた結界術。その実力はアナトリカ王国のポルタ家を凌ぎ、何者にも負けない不屈の城を築く。悪魔が蔓延る北の大地からの猛襲を1000年もの間防ぎきってみせたのだ。
やや申し訳なさそうな顔をしながら、それでも全てはーーと思いながら、優しく撫でるように魔力で結界に触れる。
そして、千年ぶりにあらゆる準備を施しながら、彼は歩く。長い廊下の先に待つ、千年間苦楽を共にしてしまった人間の元へ。
「・・・遅いぞ、ルダス。」
世界調停機関メディウムに、玉座はない。王はいない。あるのは、ただ一人の議長であり、議長の決定によって物事は決まる。
故に、ディコス王朝やアナトリカ王国のような玉座の間というものはなく、誰かを高く置く椅子もない。全てのものが平等にと配置された円卓のテーブルがあるのみ。椅子にも一切の高低差なく、発言権は誰にでもある。
座席の数は8席。
その1席は議長のためにあり、そこに座してルダスを待っていた。
美しい金髪を短く髪留めし、前髪だけが風に揺られて靡く。議長とは名ばかりの甲冑をして、細身の剣を腰に差す。
「ここで待ってるということは私と話がしたいというわけだね。さて、一体どの件がバレてしまったのか。」
「ルダス、卿が悪巧みをしているのは四六時中ではないか。」
「そうとも。しかし、私の悪巧みは人を笑顔にさせるためにしているのさ。」
「アルクとネメアをディコス王朝に勝手に向かわせたまま戻らせていないのも、少年を一人拉致して呪林に追いやったのも、そこに同行させるのがオフィーリアであるのも、ここが手薄になるのも、卿の悪巧みの範疇であると?」
「はっはっは!!凄い!!全部バレてた!!」
「アルクとネメアを向かわせたことを黙っていたのは、私もまたディコス王朝の情報が欲しかったからだ。かの王朝で世界をひっくり返してしまうほどの戦争が起きたと同時に、我らの助力を排除しようと『原罪』と『渇望』は動き出した。そして戦争の終結と同時に彼らは退いた。」
「えぇ、全く見事な采配でしたよ。かくいう私も馬車馬の如く働かさせられて・・・私の仕事は観ることだけだというのに。」
「『戦争』を討ち取ったと聞いた。それは彼らにとって痛手であるはずだ。ならば、このまま全力で兵を投入し我らを削り続ける策もあった。だが彼らはそうしなかった。つまり、そうしなくても良い何か手柄を得たということ。」
「素晴らしい、ご明察の通りです。あなたにも私と同じ眼があるのではないかと期待してしまうほどだ。」
「さて問おう、ルダス。卿なら知ってるはずだ、彼らは何を手に入れた。」
ーー沈黙。
ルダスと金髪の女性は見つめ合う。風が吹く音が聞こえ、木々がざわめき、自然が揺れる。その全ての現象がよく耳に残るほどの沈黙。
「・・・怒らないでね。」
「早く言え。」
「ーー『厄災の箱』の在処です。」
「やはり卿は知っていたのだな、あの箱の在処を。そしてその在処を知るものがいたことも。」
「怒ってます?」
「当然だ・・・が、私は卿に怒る権利は無い。卿はあまりに先を見すぎている故に、誰もその理解を示さない。」
「はっはっは。しかしこれは失礼なことをした。あなたなら既に何処にあるのか検討はついているのかと。」
「徹底的に探したが、見つかったのは残渣が色濃く残る大地だけ。」
「えぇ、あそこにありますよ。まず間違いなく。」
「だがあそこは何度も何度も調査した。それに、あそこは『原罪』も悪魔を入れ込んで調査していたはずだ。」
「あそこには最早この世には膝を着くような主人のいない番人がいるからね。彼の前では『厄災』たちも等しく罪人ですから。まぁそこに付け入る隙があるんだけどね。」
「卿は知りすぎだ。『厄災の箱』の在り処も、それを守る番人の姿も知っている。」
「しかし全ては想像のつくもの。女神が降臨した大地に未だ残る謎があるのであれば、それは女神が残した異物に他ならない。」
一通りの話は終えた。千年間、黙っていた甲斐があった。
今この時をもってして、謎を紐解く時間が来たのだ。
「私の見立てでは、1ヶ月といったところかな。」
「1ヶ月後に、何が起こると?」
ルダスは笑って、笑って、笑った。
ようやく自分が物語の舞台に降りてきた成果が芽をではじめる。千年も動かない、幕の閉じた物語を見ていたのだ。
ーー退屈だった。
「世界は震撼するだろう。世界は気づいてしまうだろう。『英雄』が遂に世界にバレる日が来たんだよ、レイ=ストルゲー。」
風が吹き、再び金髪が揺れる。
その目は確かに先を見据えながら、確かな未来を掴もうともがく。
彼女の名前はレイ=ストルゲー。
千年間、世界を調停し続けた『七人の使徒』の一人である、『正義』の名を冠する者。




