第4章6話 英雄からの言葉
バルバロイ=ベイリンと名乗った男がその場に現れるだけで、冒険者ギルド内は静まり返る。その男がどこまでこの荒くれた場所を統治しているのか、ひと目でわかる。
佇まいが、あまりにも強者であった。落ち着きのある冷静な立ち振る舞いだが、瞬間的に動けるようにしている。手を置く位置も常に剣に伸ばせる位置、視線もこちらから目を離さず、何もかもを見られているような、そんな感覚。
「・・・オフィーリア、俺は彼の名前を間違ってしまっただろうか。先程から屍のように返事がないのだが。」
バルバロイは隣の男に話しかける。
イロアスは、わかっていた。この二人の男だけ、桁違いの強者なのだ。
特に今オフィーリアと呼ばれた男は、『戦争』よりも強い。
「いや、名前はイロアスでさぁ。俺もルダスから聞いただけなんだけどな。」
「やれやれ、困った人だ。だが、ルダスが動く時はちゃんとヤバい時だからね。無下にする訳にはいかない。」
イロアスにとってここは見知らぬ地であり、周囲にも知ってる人は一人もいない。
ここが本当は敵地かもしれないと思ったが、それは無さそうだった。周囲が敵意を持っていないから。確かに荒くれではあるが、それは敵意ではない。
だが、それはこの男の登場で消し飛んだ。
「てめぇ・・・なんだその獣じみた覇気は。」
その言葉が場を白けさせる。荒くれ者たちは唾を飲み、その場を静観する他なかった。
「ふふふ・・・はっはっは!!この少年は面白いな!!なぁ、オフィーリア!!」
だが、反応は真逆だった。
バルバロイは高笑いし、イロアスを指さして爆笑したのだ。
「バルバロイ、うるせぇからその辺にしてくれやい。この少年もこんなに怖がってまさぁ。」
「いやいや・・・すまないすまない。確かに、この少年は面白いな。ルダスが気にかけるだけはある。その嗅覚からすると、ルダスもどうせ敵だと思ったんだろうな。」
「お前らは一体なんなんだ・・・ここはどこで、俺に何をさせようってんだ。」
「トントン拍子で進んでしまったんだね、ルダスの悪い癖だ。何でも見えているから相手も同じように何でも見えてると思ってしまう。こちとら何も分からないのにね。」
「お前らは、敵か。」
「いやいや、味方だよ。世界を守るために戦う味方だ。こっちにおいで、詳しく話してあげよう。」
※※※※※※※※※※※
世界は大きく4つの大陸で分別できる。
現在イロアスが居るのは、西の大陸ディコスと北の大陸ヴォリオスの丁度狭間に位置する大森林の入口。ディコス王朝の北であり、魔宗教国ヴォリオスの西側。
ディコス王朝は、革命軍本部と大量の魔獣によってその場所に辿り着くことは叶わず、魔宗教国ヴォリオスもまたその呪い故に好んで近づく場所では無い。
それが、通称『呪林地帯』。呪いが吹き出す生命が途絶えた大森林である。
「呪林地帯はね、常に闇魔法の呪いが渦巻いている。その呪いに蝕まれた魔獣がここにはわんさか湧いていてね、俺たちはその呪いがこれ以上広がらないように喰い止めているというわけだ。」
ギルド内の奥、ギルド長の部屋に案内されたイロアスは、そこでここが何処なのかを教えて貰っていた。
「・・・事情はわかった。でもなんでお前はそんなにーー」
「獣じみた力は俺の生まれに関係するんだ。勘弁してくれ。」
「・・・わかった。疑ってごめん。」
「まぁ仕方ない。どうせルダスが『魔王』と同じ気配ってのにも気づいてこその疑念だろう?」
「そうだ!!あいつは、何者だ。」
「あいつが何者かなんて、俺たちの方が知りたいくらいだが、断言する。敵じゃない。」
イロアスの疑念は解消されたわけじゃない。だが、確かに同じ気配はせども敵意はなかった。
「わかった。」
「素直な子だな。さてさて、本題に入ろうか。オフィーリア、あとはお前の仕事だろう?」
沈黙して座っていた男だったが、イロアスの方を見てその口を開く。
「自己紹介は要らねぇよな。まずはーーー」
「いや、誰?」
一瞬沈黙して、笑いを我慢できなかったバルバロイが爆笑する。その高笑いはギルド内を震わせ、オフィーリアも怒りで震わせる。
「おもしれぇ!!こいつは本当におもしれぇな!!天下のオフィーリア様が聞いて呆れるな!!」
「おい黙れ獣め。」
「いやぁ笑っちゃうなぁ!!自分が最強だからって世界中が自分のことを知ってると思い込んでらぁ!!」
「黙らねぇと殺すぞ、バルバロイ。」
「はぁおもしれぇ。でもなイロアス、お前がものを知らなさすぎだ。この世界でこいつを知らない奴の方が珍しい。」
「・・・名前はわかんねぇけど、めちゃくちゃ強いってことはわかる。副長と同じくらい強い。」
「副長・・・あぁ、エルドーラのことか。最強の座なんて興味ねぇけど、お前の評価は間違ってねぇでさぁ。」
「じゃあ紹介しよう。世界最強と呼ばれる『闘神』オフィーリアだ。」
「・・・テセウス=オフィーリアだ。自己紹介したのは久しぶりでさぁ。」
ディコス王朝でよく聞いた。
アナトリカ王国騎士団副長『冠冷』エルドーラは世界最強と肩を並べると。そして、『戦争』との戦いが終わり、戦況の全てを落ち着いて把握した時、やはりエルドーラだけが段違いの働きを見せていた。
南の帝国を氷漬けにし、北の魔獣を凍結させ、『魔王』を退け、侵入者である戒僧クレイヴを遠くから殺気だけで動きを限定させる。
エルドーラが居なければ外からの強者たちに間違いなく滅ぼされていた。
そんな規格外の男と唯一肩を並べる男。
『闘神』とは、『七人の使徒』の一翼でありーーー
「英雄の剣に選ばれた者しか継ぐことが許されない最強の座。」
「さすがにそれは知ってるか。全部の説明が必要かと思ったぞ。」
「それが・・・英雄の剣・・・」
イロアスは、オフィーリアの腰の剣をよく覗く。
「『闘神』は、剣がその地位に相応しいものを剪定する。その剣はかつて『神匠』によって造られた。後の世でこの剣の名前は、最初に握った『英雄』の名前を冠することで伝わってきた。」
ーーー曰く、天剣アレスと。
「この剣が選ぶのはその時代で一人だけ。血縁も才能も関係ない。ただこの剣は相応しいものの前に現れる。」
そうして、今代の『闘神』は選ばれる。
逆を言えば、剣はいつでも見放すのだ。
「何を基準としているのか、それは天剣アレスしか知りえないこと。例えそれが戦いの最中であろうが、剣が見放せば柄を握ることすら許されない。」
『神匠』にそんな摩訶不思議な能力を持った剣を造る力は無い。彼が与えられる力は不壊であることだけ。
しかし、現に剣にはその能力が宿った。あの日、『英雄』アレスが亡くなった日、剣にはその力が宿ってしまった。
「オフィーリア、もう自己紹介はいいぞー。久しぶりだからといって色々と喋るじゃないか。」
「すまんすまん。じゃあ本題に入りまさぁ。お前が何故ここに連れてこられ、俺が何故ここにいるのか。」
イロアスには、一切の見当がついていなかった。アナトリカ王国から何か任務を与えられた記憶もなく、ここを噂に聞いたことも無い。ましてや中央に呼び出されるようなこともしてない・・・いや、それは『戦争』の一件があるからあるにはある。だが、呼ぶにしても『魔導王』や『冠冷』を呼ぶだろう。一端の騎士を呼んだところで話は進まない。
ふと脳裏に浮かんだのは、この呪林地帯の捜査という名目の修行。しかし、その考えはすぐにやめた。彼らが自分を修行してくれる理由がないからだ。
「お前の修行だ、イロアス。」
「・・・は?」
脳裏から捨てたアイディアが再浮上してしまい、それはひどくイロアスを困惑させた。
「お前を強くしろ。それがルダスが俺に頼んだことだ。」
「なんで俺なんだ・・・?」
「さぁな。だが、俺も必要だと感じた。」
「・・・まぁ、ルダスとオフィーリアがそう言うならそうなんだろう。俺にはそれ理由はそれだけで十分だ。」
「いやいや、待てよ!!俺はそんなに特別なんかじゃーー」
「お前が特別なんかはどうでもいいんでさぁ。お前のディコス王朝での活躍は聞いてる。その上で、お前を強くするとルダスが決め、俺も剣の導きに従うだけでさぁ。」
「でも、俺にはアナトリカ王国に帰ってやんなきゃいけないことがあんだよ!!」
その叫びは沈黙を呼ぶ。
イロアスには、やるべきことがある。
西の大国ディコスで、彼女の存在は露見した。革命軍幹部第6席『幻霧』サン。その少女は革命軍のためにアナトリカ王国に派遣されたスパイであり、その役目を見事に果たし、魔法学校の結界を破壊した。
それが、千年のときを超えて初めて世界の滅びに直結するような大戦を呼んだのだ。
「俺には・・・助けなきゃいけない仲間がいるんだよ。」
結果として『戦争』は敗北し、ディコス王朝の悪政も崩壊。今は『魔導王』の元で統一され、世界有数の亜人との共和国としてあゆみ始めている。
だが、その代償は大きい。
サンという少女は叛逆により捕らえられ、アナトリカ王国に幽閉中。心の霧をリアによって晴らされ、『戦争』との戦いで大きな役割を果たしたのも束の間、彼女の尽力虚しく、世界の敵であったものとしてその処罰を受ける。
「ルダスから全て聞き及んでいる。お前は仲間が捕まったことに対して助けようと動かなければならないーーーが、それは英雄ごっこに過ぎねぇでさぁ。」
「なんだと・・・!!」
「真の英雄であれば、その場で、そいつがいるだけで、そいつのために誰もが手を差し伸べる。お前は英雄を目指していると聞いたが、目指しているだけで、その見姿は英雄ごっこをしているちっぽけなガキでさぁ。その証拠に、お前は仲間を助けられずにここに来た。」
「だから・・・だから、早く戻らねぇとって!!」
「今のお前が行ったところで、仲間は救えねぇさ。お前に、その力は無い。ましてや相手はあの『聖女』と『冠冷』だ。お前よりも遥に英雄に近いところにいる。奴らの言い分の方がどうせ正しい。どうせ正しくなってしまうんだよ。」
「なんだよ、どうせ正しいって・・・確かに最初は敵だった、でも、最後は世界を守るために力を貸してくれたんだよ。それが、『どうせ』なんて言葉で片付けられてたまるかよ!!」
「『どうせ』ってやつはな、その人の存在値の証明だ。お前は英雄になりたい癖に、英雄を理解していない。」
「英雄とは、誰にも平等に手を差し伸べ、その願いのために力を尽くす者。誰をも救う者だ。」
「違うな。英雄とは、自らが行った覇道を他人に強制させる者だ。英雄の言葉は正しい、英雄の行動は間違っていない、英雄こそが至上と、民草の心に刻み込み、それを世界に正しいことだと証明する者だ。そうやって証明してきた奴が語る言葉には力が宿り、『どうせ』正しいという魔法を生み出す。そういうもんでさぁ。」
「なんだその言い方・・・ふざけんな!!」
「英雄願望を持つお前もまた、過去の英雄に囚われている。過去の英雄が証明してきた『どうせ』ってやつの魔力に引き寄せられたガキに過ぎない。」
「ふざけんな!!誰の願いも、誰の叫びも、その全てを救うことこそが英雄であり、それが間違っているわけがねぇ!!誰かを救いたいと想うその心が、間違っているわけがねぇ!!」
「お前の心は潔白で綺麗で美しく、幼い。生物ってのはそんな大層なもんじゃねぇのさ。誰もが一度考えりゃそれが正しいとわかってるけどな、それを行動に移せるようになるにはな、必要なんだよ、『どうせ』ってやつが持つ魔力が。」
「どうせ正しいからって、そんな軽い気持ちで・・・」
「今までやってこなかったことを英雄のおかげでできるようになる。新しい領域に一歩を踏み出すことは凡人にはとてつもなく難しいんだよ。それを英雄がいて、そいつのお陰で『どうせ』って魔力で一歩を助力する。」
「・・・まぁ、言い方の問題だ。オフィーリアの言ってることを綺麗に美しく言うとこんなもんだ。『英雄とは、正しさの証明』。」
「正しさの証明・・・」
「英雄がいるからこそ、民草は安心して付いていくのさ。その行いが、その言葉が、その視線が、その全てが民草の道標となり、その全てが正しいと信仰される。故に、英雄は折れてはいけない。英雄は負けてはいけない。英雄は勝ち続けなければならない。」
「・・・」
イロアスは沈黙する。
オフィーリアの意見は一理はあるが、その言い方を優しくバルバロイが包み込む。そしてようやく、イロアスの頭の中に落ちてきた。
英雄とは正しいの証明ーーー確かにそれは、イロアスの目指す姿と重なる。
誰にでも手を伸ばし、救いを求める全ての者を救う。それが例え亜人でも厄災だったとしても。心から願う者を見捨てることはしない。
「英雄願望を持つお前は、強くならなければならない。ルダスが言ってるのは要はそういうことだと理解した。まぁ他にも天剣がお前のことをやけに気に入っていたりとか諸々の理由はあるが・・・お前はどうしまさぁ?それでも助けたいと動くことを俺は止めねぇでさぁ。」
「・・・サンは、暗闇の中にいるんだ。」
オフィーリアとバルバロイは喋るのをやめた。イロアスの目つきが、変わったのだ。
「あいつことは詳しくは知らない。真正面から戦ったリアの方が詳しいし、俺よりもサンのことを思ってる。そんなリアが血反吐はきながらでもようやく霧を晴らしたんだ。サンはようやく霧を纏わなくても良くなったんだよ。だから、救いたい。」
「・・・じゃあーーー」
「だけど!!お前らの言う通り俺の力じゃまだ救えない!!『聖女』や『冠冷』の意見を超えることが出来ない!!俺に必要なのは実績だ・・・そのために、強くなりたい。」
イロアスは幼少期、強さだけが英雄の証明ではないことを知った。
それは幼少期にやさぐれて動けなかった自分を恥じた故にである。強さではない。その誰をも救いたいと願う心が強くあれば良い。そう思っていた。
しかし、現実は遠い。
強くなければ、救いたい全てに手が届かない。心はもちろん大事であり、強さだけが英雄の証明ではないことには変わりない。しかし、強さがなければ全てに手が届くことは無い。
「俺を、強くしてくれ。あんた、最強なんだろ。」
「・・・サンとやらはどうすんでさぁ?」
「仲間を信じる。同じ、サンを想う仲間を。」
「その行いは、お前の英雄像を汚さないのか?」
「俺も救うために、今強くなる必要があるんだよ。」
オフィーリアとバルバロイは視線を合わせて、笑う。
「支度をしろ。」
※※※※※※※※※※※
イロアスは誰をも救うために、今は力を追い求める。
それでいい、それがいい。
その先に、何が待っていようと突き進まなければならない。
「さぁて・・・、実に千年ぶりだが、こんな真正面から君と戦うことは無かったよ。」
自分の身長よりも長い杖を持ちながら、ルダスは風を受けて静かにある方向を眺める。
「お互い千年間準備したんだ。そして今日、全ての準備が整った。」
語る言葉は落ち着きがありながらも、真剣に強い眼差しを持っている。
これから起きる戦いの全貌を既に知る者として、ルダスには責任がある。
「駒を進めようか。ここから先は、神話級の軍術勝負だよ。」




