第4章4話 とある少女の1日
その日は、やけに雨が強い日だった。
まるで、自分の灯火を消そうとしてくるような、もはや残り少ない灯火を消そうとしてくるような。そんな、曇天の空の下だった。
赤い傘をさして、雨音を立てながら歩く。
靴の中に雨が染みて、それを魔法で乾かして。無意識に、でも潜在的に。少女は下を俯いてただ歩く。
すれ違う人の誰の顔も見ずに、まるで傘で見えませんでしたと言い訳するかのように、下を俯いて傘を深く下ろす。
少女の世界には、2つの灯火しかないのに。
どうしてそれを消そうとしてくるんだろうか。
「ーーー」
まるで世界が、少女を弾くように。
「ーーー」
雨は、ただ振り続けた。
「ーーー様。」
声が聞こえた。
下を俯いていて、いや、それでなくても傘のせいで見えなかったが、目の前には扉があって、いつの間にか目的地には着いていたのだ。
「リア=プラグマ様。」
「・・・ごめんなさい。少し考え事をしてたわ。」
目の前には、それは優雅な立ち振る舞いを見せる老人と青年が立っていた。
黒いスーツに身を包み、毅然とした態度でこちらを見る。それでも失礼のないように細心の注意を払いながら最大の敬意を感じる。
「セレフィア様がお待ちでございます。どうぞこちらへ。」
青年が爽やかな作り笑顔と声色でリアを誘導する。老人はリアの後ろから一定の距離感、一定の歩幅で着いてくる。
「ユージン様、何もあなた程の方がアタシに付かなくても。」
後ろの老人に問いかける。
「そうはいきませぬ。このユージン=シンバルクの務めはセレフィア様の命に従うこと。寧ろこちらこそ申し訳ありません。この老骨の愚孫がリア=プラグマ様の前を歩くことをお許しください。」
「申し訳ありませぬ。ですが、これもまたセレフィア様の命にございます。どうかご容赦を。」
「やめてください。同じ十大貴族でしょう。堅苦しいです。」
「そうはいきませぬ。セレフィア様の命がある限り、我らは自らの家訓に添うものでございます。」
ーーシンバルク家。
それは従事の家系としてアナトリカ王国に名を馳せる十大貴族の一つである。
その歴史はアナトリカ王国と共にあり、アナトリカ家と共にある。プラグマ家よりも遥か昔からこの国を支えてきた十大貴族の中でも格上の家系である。
「お爺様でもユージン様には逆らわないのよ。そんな方がアタシに様付けしてるのが怖いのよ。」
「そうはいきませぬ。セレフィア様の客人に対し無礼は働きません。それに、リオジラは古い仲ですので。」
「お爺様には様付けないのにアタシには付けるのね。」
「そうはいきませぬ。今は、リア様は客人でございますので。」
「お二人共、愉快な話をしている内に到着いたしました。」
既に何度か訪れた場所。普通は滅多にその場所に招かれることは無い。その顔を拝むことは式典等しかない。
セレフィア=ロス=アナトリカが座す玉座の間。
「それでは、私たちはこれで失礼いたします。」
二人のシンバルク家は頭を下げ、その場を後にする。残された少女は、その扉に手をかける。
許された謁見。
「無駄にする気はないわ。例え、あなたでも。」
扉が開く。木材が軋む音を僅かに立てながらも整備がきちんと行き届いたその扉の重圧はリアに緊張をもたらす。
入団式でこの場所を訪れたのが最期だった。あの時は微塵の緊張もなかったが、今は心臓の音がよく聞こえる。まるで耳元にあるかのように。
「いらっしゃい、リア。」
玉座に座る女性がいる。
相も変わらず美しいその見姿に、少女は圧を感じる。その手招きが、その視線が、その笑顔が、少女の胸を圧迫する。
「突っ立ってないでこっちに来い。」
セレフィアの横にいるこの場でただ一人の騎士。騎士団に所属しながらその団長にも従わず、セレフィアのただ一人の騎士。
エルドーラが、その立ち振る舞いから強者の圧を放つ。
「謁見の場を与えていただき、光栄でございます。」
深々と頭を下げ、その歩みを進める。
千年間この大国を治める『聖女』に、小さな小さな少女は何を語るのか。
「アタシの友人である、サンについてお願いがあり来ました。」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「まずは、労いの言葉を。あなた方の働きが世界を救ったと言っても過言ではありません。良くやりました。」
王が最初に発した言葉は、感謝だった。
「あ、ありがとうございます。」
「そんなに小さくまとまらないで、リア。あなたの働きは特に素晴らしかったと聞きます。誇らしいわ。エルが謁見の場を許すなんて、そうそう無いんですよ。」
「光栄でございます、セレフィア様。」
「さぁ、思う存分言いたいことを言いなさい。あなたにはそれをする権利がある。」
それを圧力と解釈せずなんというのか。
千年間国を治めてきた女王相手に物怖じせず言葉をはける者がこの世に何人いるのか。師団長ですら己のわがままを通すことなく女王の顔色を伺う。
それは、圧力。
自分たちを信じ、愛し、頼ってくれる女王への想いに応えなければならないという圧。
故にこそ、誰も己の意見を言いながらも、彼女を立てるのだ。
ーーーただ、今日この日、彼女は違う。
「恐れながら。アタシの友人を解放していただきたく。」
「・・・詳しく聞きましょう。」
「サンは、人を守りました。自分の生きて歩いてきた道を捨て去って、自分の主君に刃を立てて、人々を守りました。」
「それでもあの少女が『戦争』を魔法学校に招き、引き金を引いたことには変わりないわ。アナトリカ王国の騎士が、あろう事か他国の戦争の引き金となってしまった。これについて、貴方はどう思う?」
「・・・許されざる行為だと思います。」
「では、今拘束しておくことが正解だと思いませんか?」
「サンには、罪を償って貰わなければなりません。」
「尚更ですね。ではーー」
「償いは!!人々を守るために手を貸すことで!!」
少女は叫ぶ。たった一人の友のために、世界の誰もが愛してくれるような『聖女』に、国中の誰もが愛している女王に。
「・・・あなたの言いたいことはよく分かります。人は罪を許されることは無い。それが大なり小なり、誰かの心に深く刻まれた傷を癒す事など出来やしない。サンという少女が犯した罪は消えることは無い。」
少女は口を震わせながら、それでも女王の声に耳を傾けた。
「だけど償う努力をすることはできる。人を傷つけてしまったのなら、その何百倍の人に手を伸ばしてあげる。」
少女は拳を強く握る。それでも女王の言葉を呑み込んだ。
「素敵なことだわ。私もそれを望みます。」
「ではーーー」
「でもね、私は一国を治める者として、世界の守護者として、世界を滅ぼそうとする意志を赦しません。」
「サンにはもうそんな意志なんてありません!!」
「では何故彼女は自分の心に霧の魔法をかけているのかしら。何故一つの情報もこぼさないのかしら。何故まだ世界を救うために抗わないのかしら。」
「心に霧の魔法をかけている・・・?」
それは少女にとっては衝撃だった。
西の大国ディコス王朝において、リアはサンの心の霧の全てを晴らした。もはや自分の心を、記憶を、霧で隠すことなどしないと思っていた。上を向いて、天の下で輝く少女になったと思っていた。
「私には、サンという少女が罪を償おうと、次は世界を救おうと、そう思っているようには見えません。」
「なら、アタシがまた心の霧を晴らすから!!どうか!!サンに会わせて下さい!!」
「それもできません。」
「何故ですか!!」
「これはあの少女の戦いです。あなたは他人の力で作った道をまた歩かせるのですか。」
見抜いていたのだ。
サンが今までどのように歩んできたのかを。闇魔法の牢獄でこれ程まで固く閉ざす少女が普通の道を歩んできたわけが無い。
『戦争』と共に歩んできた道をようやく自分の力でこじ開けた。
「サンという少女は、エルに自らその首を差し出しました。そこにどんな意図があったのか、そこに何の想いがあったのか、それは明らかになっていません。しかし、世界を滅ぼそうとした意志は無くとも世界を滅ぼすに加担した事実はハッキリしています。我々は知らなければならない。今宵の騒動の裏の裏まで全て知らなければならない。」
「サンは巻き込まれただけなんです!!」
「彼女は重要な参考人です。」
「それなら!!ディコス王朝にいる他の幹部でも!!」
「彼らの処遇はディコス王朝が決めます。しかし、サンの所属はアナトリカ王国騎士団です。故に我々はサンしか裁くことができません。」
分かっていた。今の自分がどれほど我儘を言うだけの存在かなんて。それでも言葉に発さずには居られなかったのだ。
「サンは・・・アタシと同じなんです。」
戦いの最中、リアとサンは確かに繋がった。
「大切な人が居ると、その話をアタシにしてくれると約束してくれたんです。」
「・・・同情はします。」
「それなら!!」
「それでも、私の判断は変わりません。世界を滅ぼそうとした重罪人として、『厄災』と渡り合うための重要参考人として、あの子の身柄は確保させて貰います。」
「セレフィア様・・・どうかーー」
「リア、あなたには酷かもしれない。それでも、私の判断は変わりません。」
眼からこぼれ落ちる涙が目の前を霞ませる。最早言葉を交わすことも出来ない。
リアにとって、重い重い判決が下された。
「・・・帰ってくる。」
ずっと口を閉ざし、その成り行きを見届けていたエルドーラが初めて口を開いた瞬間、リアの後ろで光の魔法陣が形成された。
転移魔法による転移先は、指定されていた場所。
「セレフィア様、新入騎士団5名お連れ致しました。」
カンピア、フェウゴ、アストラ、ミューズ、セアが転移してきた瞬間、目に映ったのは膝から崩れ落ちて涙を流すリア。
カンピア、フェウゴ、ミューズは無礼にも王女に挨拶せずにリアの元へ駆け寄った。セア、アストラはそこに混ざらなかったが、王女を見てもその頭を下げることはしなかった。
「お前たち!!無礼だぞ!!」
「良いのです、シロギ。彼らの行動は正しい。」
駆け寄る同期に、リアは自分の弱いところを晒してしまった。それでも良かった。今は、支えて欲しかったのだ。
「イロアス・・・」
「イロアス君!!リア嬢を支えてーー」
ミューズは、直ぐに辺りを見渡す。少し遅れて、その場の全員が辺りを見渡した。
「・・・シロギ?」
「・・・はい。」
「イロアスは?」
玉座の間が静かになったのは、この一瞬だけだった。そのすぐ後に、何人かには声も聞こえていないが、とある精霊が叫び声を上げる。
「ロアーーーーー!!!!!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
転移の魔王陣に乗った所までは、みんなと一緒だった。
そこまでの記憶は確かにあるし、これは捏造された記憶では無い。
シロギ師団長と共に確かに魔法陣に乗った。カンピア、フェウゴ、ミューズ、アストラと一緒に乗った。
「・・・乗ったよな?」
「そうとも、君は確かに転移魔法陣に乗った。」
「・・・じゃあここどこ?そしてお前は誰?」
何処かの庭園の中のようだが、客人を招く為だけに作られたかのようにそこには必要最低限のものしかなく、テーブルと椅子、紅茶が用意されている空間。
そこの椅子に腰をかけてこちらを見て笑う不思議な男がいた。
その男はそれはもう素敵な笑顔でこちらを見て問に答える。
「ここは世界調停機関メディウム。そして僕の名前はルダス。気軽にルダスと、どうぞそう呼んでくれたまえよ?」




