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誰もが愛を求めている  作者: 天邪鬼(あまじゃき)
第1章  光が落ちた王国
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第1章11話 臆病者




 逃げきれない。そう感じ取った時、追い詰められた獲物は一体何ができるのだろうか。


 答えは何もできない。体が固まってしまうのだ。


 今のリア=プラグマはまさにその状況と言える。


 確かに逃げきれてたと思ってはいない。しかし、もう数分、時間がかかると思っていた。それなのにこの男は今、目の前にいる。紺碧の眼を猫のように鋭く光らせながら、不敵な笑みをこぼしている。


 「炎魔法による転移だね。」


 その言葉に、苦笑いが止まらなくなってしまう。冷や汗も止まらない。


 「自分の魔力をつけた人に一度きりの制約を設けて、転移する。範囲はそんなに広くないみたいだね。しかしこれは厄介だよ。もし残り人数33名全てにも同じように魔力をつけていたら、君は転移の範囲内に誰かがいる限り捕まらない。」


 「・・・お見事です。」


 リアは、試験の説明を受けた教室を一番に出た。その時魔力の残穢を、教室のドアノブに残しておいたのだ。教室を出る際には必ず触れるドアノブに。

 故に自分を抜かした100名全員に魔力をつけることに成功している。


 ただし、


 「3人ほどにはバレてしまったけど・・・」


 「それに気づける猛者もいるのかぁ。今年の受験生は非常に優秀だね。」


 穏やかに話してはいるが、この男は一切の隙を見せない。まさに追い詰められた獲物だ。


 しかし、この場にはもう1匹、追い詰められた獲物がいる。


 「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


 耳障りだと思っていた金切り声が、固まった身体に鞭を打つ。


 「な、なんで・・・お、鬼がここにぃぃ!!」


 この臆病者を囮にして逃げる。それも考えたが、この鬼はどちらを追うだろうか。


 十中八九、アタシね・・・

 ならば取るべき策は、


 「立ちなさい!フェウゴ=ヴァサニス!共闘します!」


 この臆病者と共闘し、うまく押し付ける。


 しかし見通しが甘かった。言ったはずだ。追い詰められた獲物が取る行動は一つ。


 固まってしまうのだ。何もできずに。


 「む、無理です・・・だ、だって・・・か、勝てるわけない。」


 「なっ・・・!!」


 「十大貴族を2人相手取ると捉えるなら、僕ももう少し魔法を使ってもいいかな?」


 さらなる絶望が押し寄せる。2人には打つ手のないこの状況。


 そう、あくまで2人には。



 ・・・いる。アタシの範囲内に1人、確実にいる。まだ逃げれる。


 しかし、その微かな希望を見出した獲物の表情を、鬼は見逃さなかった。



 風が吹く。

 それは自然を生きれば無数にある、気にも留めない事象の一つ。


 それはこの緊迫した中でも、気にも留めないだろう。むしろ自然の一つ一つのざわめきを気に掛けるならば、それは目の前の鬼を未だ甘く見ていることと同義である。


 リアは決して目の前の鬼に対して油断していた訳ではない。確かに現在、わずかに見出した希望に縋ろうと、緊張の糸を緩めた。


 しかしそれはわずか一瞬の出来事。


 少しの風が吹いたところでそれに気を取られるほど、集中力を欠いていた訳ではなかった。


 だが、彼女は見失った。対面の木にいたはずの鬼を。


 あまりにも穏やかで、あまりにも自然だった。


 そう、自然だったのだ。


 気に留めなければならなかったのだ。あの僅かに吹いた風に。

 自然の一つ一つに。


 だから気づかない。自身の目の前まで歩みを進めていた鬼の存在に。


 「リ、リア様!!」


 「丹花の鎧(たんかのよろい)!!」


 フェウゴの言葉がなかったら、リアは今頃、目の前まで来ていた鬼に気づかずに魔石を奪われていただろう。

 ただ名を呼ばれただけで、その危険性を認知し、瞬時に炎の鎧で身を守ったことは評価せざるを得ない。


 魔石に伸ばした手を、リアの炎の鎧に僅かに焼かれる。反射で瞬時に手を引っ込める。

 エナは焼けた手を撫でた。その表情、は困惑と驚嘆。


 その感情故に、エナが最も評価したのはリアではなかった。


 「・・・君、よく僕が見えたね。」


 アナトリカ王国の武を象徴するプラグマ家のご令嬢ですら感知できなかったエナの歩行を、完全に捉えたこの男をエナは評価した。そして同時に、興味を抱いた。


 「いいね君たち、面白い!」


 「あなたなんかに付き合ってられないわ・・・フェウゴ=ヴァサニス、足止めして。」


 「え、えぇぇぇぇぇ!!!!!」


 臆病者に理不尽な依頼をし、彼女は範囲内に現れた誰かの元へ転移する。


 再び炎が体を巻き転移するその瞬間、彼女は聞いてしまった。何気なくつぶやかれたエナの一言を。


 「また逃げるのかぁ。まぁいいか、君のほうが今は興味深いし。」




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 「はぁ、暇ねぇ。早くおわんないかしら。」


 上空をゆらゆらと飛ぶ精霊は暇を持て余していた。同じく上空をゆらゆらと飛んでいるこの蝙蝠(コウモリ)は何も話してくれない。


 喋り相手もいなく、うまく魔獣との接触を避けているイロアスとミューズを見るのも飽きてきた。


 そう思い、他の受験生を上空から観察する。


 ミテラ叔母さんのような真紅の髪はとても目立つ。


 「あ、また鬼と遭遇するわね。」


 イロアスが『魔王』かもしれないと疑っている男の位置は補足し続けていた。一応、念の為。

 どうやらあの真紅の髪の女の子は、鬼から逃げている真っ最中だ。


 「一度うまく転移したのに、見つかっちゃったのね。」


 あの男は正直強い。受験生如きじゃ相手にならないだろう。みんな捕まっちゃうかもとか思いながら、反対の方向を見る。


 飛行船内で出会った桃色の髪を持つ少女もよく目立つ。その近くに、態度の悪かった男もいる。


 2人は、常に鬼の位置を捕捉し続けているのだろう。

 先ほど鬼が初めてまともな戦闘をしたから、今だけ居場所が少しだが捉えやすくなっている。


 「あの2人と、真紅の髪の子が抜きん出てるわね。ロア、喰らいつきなさいよって・・・あら?」


 一緒に飛んでいる蝙蝠が、東の方を向いて動かなくなった。そうかと思えば、再び上空を巡回するように飛び始めた。


 下を覗くと、モナクシアウルフの群れが東の方向を向いて止まっている。


 「・・・何かしら、嫌な予感がする。」




※※※※※※※※※※※




 商業都市スクピディア。


 800年前まで、当初の十大貴族スクピディア家が治める商業の発達した都市であった。


 原因は不明だが、『厄災』が一翼『孤独』の不敬を買い、一夜にして島全土が凍結し滅ぼされた。


 『孤独』は行方をくらまし、スクピディア家は完全崩壊。

 これによって、完全に商業都市スクピディア並びに、島に蔓延る全生命は永久凍土に沈んだ。


 歴史には確かに刻まれているが、具体的な詳細は一切把握されていない、謎多き大事件。


 しかし、確かにわかっていることがある。


 生存者は0人。死体は凍結により砕け散り、回収すら不可能。


 しかし何故か砕け散ったのは人類の死体のみであり、他の獣はうまく解凍され、魔獣として蔓延っている。


 それによって、この島は永久に人類が住める環境ではなくなった。


 ーーなのにあり得ない。


 結界外で原因不明の建造物の崩壊が発生。恐らく島内の魔獣の影響と思われる。ここの「モナクシア」の名を冠する魔獣は未だ未知に溢れている。


 魔獣とは、人並みの魔力を持つ獣。


 その魔獣には2種類いる。


 1つ目は、元々生息する獣が魔力にさらされ魔獣として進化を遂げた種。

 犬や猫、牛に狼に熊に、他にも生息する極小の魔力しか有さない獣が、何らかの原因で大きな魔力にさらされ、魔獣に進化する。


 2つ目は、圧倒的な魔力を核として自然に発生してしまう生まれながらの魔獣。

 世界大戦に加担した多くの魔獣は、女神ヘレンの強大な魔力から生まれたとされる。


 かつて『七人の使徒』を苦しめた神獣も、これに該当する。


 この島には2種類とも存在する・・・とされている。


 その実、島全体は800年もの間調査が進んでいない。


 調査するたびに、新たな魔獣が観測される。『孤独』が未だ姿すら判明していない、一切の謎に包まれた『厄災』であることが、この島の調査を進めることができない理由である。


 どんな生命体がいるのかすら把握できていない。故に、この島では何が起こっても不思議じゃない。


 しかし、これはあり得ない。


 オル=パントミモスの目の前に広がる光景は、


 「魔獣の・・・進軍だと・・・!?一体何が起こってるでござるか・・・!?」


 群れをなす魔獣は確かに存在する。モナクシアウルフはこの島で群れをなす魔獣の代表例である。

 しかし、これは群れではない。


 「違う種類の魔獣がこんなにも群れるなんて聞いたことがないでござる。まるで・・・伝説にある世界大戦の・・・。それに、一番奥にいるのは・・・竜種でござる・・・スクピディアに竜種がいるなんて聞いたことがないでござる!!」


 しかし真に驚嘆したのはそこではない。


 これは明らかな進軍。群れではない。何かによって統率された動き。


 故に、あり得ないのだ。


 「・・・お主の仕業でござるな。なぜこの島に、人がいる。」


 「何故ってそりゃあ、何か企みがあるからじゃないぃ?」


 無人のはずのこの島に、騎士団以外の男が佇んでいる。


 その眼は、団長と同じ、紺碧の眼をしていた。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 「また逃げるのかぁ。まぁいいか、君のほうが今は興味深いし。」


 その言葉が、頭から離れない。


 その言葉は、アタシが、アタシを、アタシのことを、


 「大丈夫ですか・・・ってあれ?この方は・・・」


 「あら?こいつは・・・」


 聞き覚えのある声が聞こえる。


 なぜ、よりにもよって・・・アタシはこいつとは違う・・・アタシは、


 「アタシは、臆病者じゃない!!」


 不運にも、リア=プラグマが逃げた先は、自分が臆病者と罵った男だった。

 



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