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誰もが愛を求めている  作者: 天邪鬼(あまじゃき)
第3章  双生と哀獣の戦場
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第3章58話 終戦は儚く脆く




 「・・・逝ったか。」


 死してなお、その柔らかな手で触れる。


 その優しさに触れながら、一人の息子は目を覚ます。

 仰向けに倒れ、靡く紫色の髪に見とれながら、確かな事実を受け止める。


 「小僧、間もなく俺の命も終わる。だがその前に、『厄災』として貴様の道の行く末を教えてやる。」


 受け止めた先で、マギアは託すことに決めたのだ。

 確かな、希望を見いだした故に、イロアスに最後の言葉を告げる。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 「小僧、最後にリディアが斬ったものが何かわかるか。」


 それは、リディアと真正面から戦ったイロアスにしかわからないこと。彼女の願いを知っているイロアスにだけ理解し得ること。


 「リディアの権能は俺が与えたものだ。女神から賜った権能を持つ者たちは、一人にだけ権能の器を与えることが出来る。」


 「それが、『繋ぎ斬る鋏(サーべランス)』。概念を含めた全てを斬ることができる権能。」


 「そうだ、リディアの望むものを斬る力。だが、俺がその力を与えたわけではない。」


 「・・・どういう意味だ。」


 「俺が与えられるのはあくまで器だ。実際にどんな権能に目覚めるのかは俺にも把握出来ん。だが、何が目覚めるかを知るきっかけはある。」


 リディアは、ずっと斬りたい何かがあった。

 それは真正面からリディアとぶつかったイロアスか、生涯をかけて仕えたマギアしか知り得ないこと。


 「リディアは、俺とアルテミアの魂の回廊を斬りたかった。そうすることで、完全に分裂し、双生として人生を歩むことができるからだ。」


 その場にいた全員が、リディアが最後に斬ったものを理解した。


 皆はマギアの過去もマリエラの過去もリディアの過去も知らない。


 マギアがいつかアルテミアを殺してしまうことも、知らない。


 リディアのその行動にどんな理念があったのか、どんな想いがあったのかなんて誰も知らない。


 それでも、それをしたいが故に権能の器は、万象を斬る権能へと変化した。


 「元は一つの魂であったことなど、『魔導王』から既に聞いているだろう。リディアはそれ斬った。最早アルテミアと俺は全くの別物だ。」


 学校でマギアはアルテミアから『戦争』の力を奪った。故に、魂の回廊を斬れば暴走したアルテミアの『戦争』の力はマギアに返っていく。


 「だが、魂の回廊を斬るなど、例え権能でも不可能に近い。それも斬ったのは『厄災』の力そのものを含むだろう。」


 「そうだ、故に俺はこの作戦を諦めた。初めからそうできればどれ程楽だったか。『厄災』としての権能も、リディアの権能も元を辿れば一人の女神に行き着く。だが、『厄災』の権能の方が遥かに格上の権能だ、本来リディアが持つような分け与えられた権能では斬ることなど叶わない。」


 「・・・代償を支払うことによる縛りでの強化か。」


 「そうだ。」


 何を代償としたか、誰もが思う。少なくとも、命を支払うこと以外に有り得ないと。


 「・・・代償は、自身の魂の破壊だ。」


 その場の誰もが、驚き目を丸くして、言葉を喉に詰まらせる。何を言っていいのか、それすらわからなくなるほどの重い重い代償。


 再び生を賜ることすらできない、完全な消滅。

 リディアは、それを受け入れて消えていったのだ。


 「故にこの作戦は無しとした。誰が好きこのんで、自分を守り続けるマリエラの血縁を消滅させようと思う。」


 「主君・・・もう・・・会えないの・・・?」


 「そうだ。最早リディアの存在は消えた。転生すらも許されない、魂の監獄に入ることも許されない。リディア=エフェソスは、完全に消滅した。」


 転生しても会えない。


 ・・・それだけじゃないのだ。


 「俺がまだ生きているから・・・か。」


 「・・・どういう意味だ。」


 「魂の消滅が、二度と転生できなくなるだけなんてことはありえない。」


 「どういう意味なんだよ!!」


 「・・・その存在すらも、世界から消えていく。リディア=エフェソスという人間は最早存在することすら許されない。俺が死んで間もなく、誰の記憶からも消えていくだろう。」


 それは誰も知りたくなかったこと。


 分かっていた、分かっていたのだ。権能は万能では無いことを、分かっていたのだ。


 「リディアの魂は今、亡者の群れの中にいる。消えかかってもなお、俺の傍にいてくれている。故にまだ記憶から残っているだけだ、俺がこのまま死ねばーーいや、死なずとも多くの時間は残されていないだろう。」


 「・・・!!ふざけんな!!そんなこと、そんな事が許されていいはずがねぇ!!」


 「喚くな。これはリディアの選んだ道だ。」


 「うるせぇ!!これで救われただなんて・・・あっていいはずがねぇだろ!!」


 「喚くなと言ってる。」


 「てめぇ!!なんでそんなにーーー」


 「喚くなと言っているだろう!!」


 血反吐を吐きながら、感情を剥き出しにするイロアスに怒鳴り、自身の遂にその感情をさらけ出した。


 「誰が!!誰がそれを許すものか!!リディアの存在をこの世界から消すなど、俺が許すと思っているのか!!」


 それは、マギアの魂から漏れ出た本音。

 誰よりも自分を近くで支えてくれた人を、消したくないと思う。


 例え『厄災』にその身が落ちようとも、それは人であるが故に抱く感情。

 何よりも、母だと彼女を慕ったマギアの魂の叫び。


 吐息が多くなる。

 血が止まらない胸、ぼやける視界。


 上を向けば優しく微笑みながら、もう魂はどこにもいないリディア。


 横を向けば穏やかに涙を流して意識を落としたアルテミア。

 リディアにいつまでも抱きつきながら、止まらぬ涙を流すサン。


 「・・・小僧、お前なのだ。」


 周囲には、マギアを支えてきた人がいる。

 それでも、最後に選んだのはーーー


 「これが、最後の問答だ。何をもって人を救う。」


 選ばれた少年は、その問に明確な答えを持っているわけではない。

 何度も何度も、自分の中の迷宮に迷い込み、その時々の答えを出して、今を生きてるのに精一杯なのだ。


 誤魔化して答えを出しているわけではない。


 ならば、絶対に人を救いたいと願う少年が答えにたどり着けないのはなぜなのか。


 「人を救う道に、答えなどない。それが現実だ、小僧。」


 その言葉には、説得力がある。

 『厄災』もまた、誰かを救おうとしているのだから。


 『厄災』とは、世界を滅ぼす悪であり、世界によって滅ぼされる悪である。そして、世界が生み出した悪そのものである。


 その悪意を、一身に受け継いで、誰かを想って世界を滅ぼす。


 何かを愛しながら、世界を滅ぼすことを選択した哀しき獣。


 「『戦争』とは、平和を願う希望から生まれた。互いの正義のぶつかり合いとは、互いの平和を願う希望のぶつかり合いだ。だが滑稽なものよ、希望はぶつかり合えば、それを叶えるための手段を問わない。やがてすぐに絶望へと移り行く。」


 「故に『厄災』。世界を愛しながら世界を滅ぼす真の悪意。俺はその体現者に過ぎない、俺を倒したからと言って戦争がこの世から消えるわけではない。必ずしも願う平和が誰かの為とはならない、全ては自分本位の平和を願うのかもしれない。その平和が、自分の大切な誰かを傷つけるかもしれない、追い込むかもしれない、殺してしまうかもしれない。」


 「小僧、貴様はそれでも誰もを救う道を選ぶのか?」


 イロアスの目を見る。

 その真摯に現実を受け止めようとする純粋無垢な目は、何とも優しいもので厳しいものか。


 「・・・大いに迷うといい。だが、これだけは言っておこう。貴様は正しい。迷うな、リディアとアルテミアの言葉を信じろ。」


 リディアとアルテミアが託したのだ。

 間違っていない。


 この少年は、世界を救うだろう。

 恐らくこの少年こそがーーー


 「お前はこれから全ての『厄災』を見るだろう。奴らの心底の願いを目の当たりにするだろう。だが揺らぐな。貴様はその時に自分が救いたいと思った者を救うといい。それが例え、『厄災』であろうとも。」


 「・・・」


 この少年に託すには、若干の不安もある。まだ迷い続けて、いつか自分を責めて悔いる日がくるだろう。挫折して一人では立ち直れない夜もくるだろう。


 それでもーーー


 そうして、マギアは笑った。




 「アルテミア・・・お前だけが心残りだ・・・」


 それでも、マギアは笑うのだ。

 誰もアルテミアを悪くしないだろうと、今この場にいる奴らには思えるから。


 魂の縁は切れた。

 もうアルテミアは『戦争』ではない。ただの1人の女の子だ。


 「アルテミア・・・愛している。」


 涙一つ零すことなく、アーロンは自分の最期を迎えた。涙はもはや枯れたのか、否、そうではない。


 幸せを願っているのに、涙なんて似合わない。


 笑って送り出してやった方が、その方がずっと素敵だろう。



 ・・・そうだろ?リディア、マリエラ。




 『戦争』アーロン=マギア=ボラデルカは眠りにつく。


 亡者の呪詛はもう聞こえない。

 月光が闇夜を照らしてくれたのだ。もう、暗闇の中を孤独に過ごす夜はない。


 イロアスたちの目の前には、亡者の群れが天へと返っていくのが見えた。


 その中に、一際輝く魂を二つ見つけたのだ。

 一人はマギア、天へと笑いながら昇るその姿はまるで子どものようであった。


 もう一人はーーー


 名前も分からない母親のような女性は、イロアスに向かって、笑いかけたのであった。




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