第3章55話 アーロン=マギア=ボラデルカ
ーー『戦争』アーロン=マギア=ボラデルカは・・・
この書き出しは、何度目だろうか。
何度彼について説明すればいいだろうか。
だが、それは仕方の無いことである。
同じ魂を持つアルテミアでもその全てを知るわけではなく、記憶を受け継ぎ彼を見てきたダスカロイも詳細を知らない。
彼のことを知っている人は、既にこの世にはいない。
一人は、彼を『厄災』として見初めた女神ヘレン。
もう一人は、彼に残酷にも現実を突きつけて、彼が『厄災』に至る道を示した『魔導王』スコレー=フィラウティア。
最後の一人は、何代にもわたってその想いだけを積み上げてきた一族エフェソスの元祖であるマリエラ=エフェソス。
彼の実情を知ることなど、最早彼が語る以外にない。
だが、幸運にも彼の実情を知る3人の後継はいる。
故に、彼は何者なのか、何故このようになってしまったのか、何を思っているのか。
全てを、ツギハギに繋ぐしか、彼を知る道はない。
一人は、同じ魂を持った『戦争』アルテミア=ボラデルカ。
もう一人は、最後の代『魔導王』ダスカロイ=ドレイペ。
最後の一人は、現代当主であるリディア=エフェソス。
その全ての話を、繋げる時が来たのだ。
今宵語られるは、『戦争』アーロン=マギア=ボラデルカの生きた証である。
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その始まりは、とあるクズが己の願望のために重ねた実験の結果からだ。
世界の禁忌を犯してまで、そのクズがやりたいことは高貴なものだったのか。否、決して誰にも理解されないような己の強欲が故、なんとも醜く、酷い行いだった。
そんな、全くの他人が起こした欲望の暴走の結果、魂を引き裂かれて生まれ落ちた。
傍らには、最早涙一つ零れず声一つ荒らげない女性が居るだけだった。
哀しくも、彼は愛から生まれ落ちた者ではなかった。
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彼女の名前はマリエラ=エフェソス。
この王朝の中では珍しい紫の髪色をしている。彼女は主の命令で意図せずに生まれ落ちた双生の面倒を見ている。
そこに監視の意図は無い。
彼女にすら秘密にされて、アーロンとアルテミアは双子として生まれ落ちたとなっている。
彼らの生まれを知れば、彼女は彼らの味方をするだろう。
一切の汚れた感情もなく、マリエラには双子の面倒を見なくてはならない。そうしなければ、成長した暁の実験に支障が出てしまうから。
故に、アーロンとアルテミアに初めて愛を与えたのはマリエラであり、彼らの母はマリエラなのだ。
意志なく生まれ落とされた本当の母親の名前を知ることなく、彼等は育ての親を母とした。
それを偽物の愛とは言うまい。
彼等は、覚えていないのだから。
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魔法を知った。
魔法は世界。
アーロンはその言葉を今でも信じている。
世界は太陽という炎によって温もりを与えられ、大海が潤いを与え、風が生命を運び、雷が罪を罰して、大地がそれら全てを支える。
生命は闇を抱えながらも、月光がそれを照らす。
まさに魔法は世界だ。
だから、自分の闇魔法をより理解した。アルテミアの光魔法を理解したーー理解してしまった。
日に日に、自分の体の中に違和感がある。なにかを強く、強く引っ張るような感覚。
光を強く求める衝動がある。
アルテミアは気づいていないだろう。自分はあくまでも求める側であり、アルテミアはただ求められている訳だけなのだから。
自分だけが、強く求めて引っ張っている。
生命は闇を抱えながら、月光に照らされる。即ち、闇は光を求めて歩みを進める。
「俺の闇属性は祖父の血統で、アルテミアの水属性は生みの母の血統だと聞いた。なら、光属性は何処から生まれたんだ。」
光属性は、突如として遺伝と関係なく現れることがあることは勿論承知している。
アルテミアにその資格があることも分かっている。自分の妹は誰にも負けないくらい美しく、気高く、優しく、他者を常に想っている。
だが、違和感があった。
自分が闇属性だからこんなに求めるものなのかと。
その疑問を解消するために、アーロンは巨人が番人を務める図書館へと向かった。
その番人はかつて初代『魔導王』スコレー=フィラウティアに仕えたという。何故こんなところで番人をやっているのか、それは現『魔導王』であり校長でもあるアラクシア=フィラウティアも知らないと語っていた。
・・・あの時、嘘の匂いがした。
だから、この状況を何も驚かなかった。
この番人は、この為にいるのだとすぐ理解するほどに。凡そ異常事態だと捉えることもできるが、アーロンはこれを好機と捉えた。
巨大な扉まで、番人は黙って案内を続けた。
突如来いと言われ、ただただついていった先。
その巨大な扉の中には、次元を超越してしまった禁忌。真っ白な空間に、彼女は漂い浮遊していた。
「初めまして、アーロン=ボラデルカ。私は君が求める答えを知っている人さ。」
「・・・誰?」
「おや、バイオラカスは何も説明しなかったのかな?全く、番人以外の務めを果たさないとは、使命に狂う友には困ったものだ。」
「誰ですか?」
「疑念を早く解消したいが故に、答えを急ぐ。若者の特権だね。ではお答えしようか、私は初代『魔導王』スコレー=フィラウティア。覚えて帰る必要はないよ、どうせ覚えたくもない名前になると思うからね。」
直感が、この人を嫌った。
「なんでも知ってるみたいな口ぶりばっかりだね。」
「なんでも知ってる訳じゃないさ。なんでも知りたいとは思ってるけどね。」
「そう、なら僕の名前を知ったかぶらないでくれ。僕はアーロン=マギア=ボラデルカだよ。」
「もちろん知ってるよ。敢えて言わなかったのさ、君がちゃんとマギアの名前を継いでいること理解しているのかを確かめるためにね。」
「マギアを継ぐ?」
「おや・・・ふむ、大方男に名づける隠し名とでも教わったかな?全く、ボラデルカは余程この名前が嫌いらしいね。」
「さっきから何言ってるんだ。俺をここに呼んだ理由はなんだ、いや、そもそもここはどこだ!」
「マギア君や、落ち着きたまえ。君の問には全て答えよう。もちろん、もちろんだとも、知りたい筈だからね。その知的好奇心は私の好物でね。」
「何も答えになってない。」
「あぁ、すまない。ではまずはそもそもここはどこだという問から答えよう。ここは私の魂を閉じ込めている塔だ。」
「魂を・・・閉じ込めている?」
「私は既に死人だ。だが、まだまだこの知識欲は止まることを知らないのでね、ぜひとも輪廻から外れて残りたいと思ったのだよ。」
「世界の禁忌だぞ。」
「そうだね、でも今は女神がいない。私を咎める彼女たちはもうどこにもいない。」
「・・・俺をそんなに大層な場所に呼んだ理由はなんだ。」
「ふむ、そうだなぁ、一言でいうなら慈悲といった所だろうか。」
「慈悲?俺はあんたなんかにそんな哀れみを抱かれるようなことをしていないし、されてない。」
「私はしてないさ、この魂の身で出来ることは少なくてね。こうやって客人を呼んでその心のままに問答することくらいしかできないのさ。」
「だったら見当違いだな。魂になって脳みそが無くなったせいだね。俺は今、幸福だ。」
「魂と脳みその関係はとても興味深い議論だ・・・が、それは長話になりそうだから置いておこうか。さて、君は幸福かという話だったね。確かに君は幸福そうだが、日々感じる違和感は幸福のうちに入っているかな?」
「盗み見してんのか?それとも心が読めるのか?」
「両方だよ。」
「・・・違和感ってのは、どれの事だ。」
「大きくわけて2つ。君の中の話と、この王朝全体のことかな。」
直感で嫌っていた。
しかし、明確に嫌いになった。
「結界を張ったのは、初代『魔導王』だと聞いたぞ。亜人を拒む結界だなんて、それがどれ程無慈悲で冷酷で残酷なことか、分かってるのか。」
「ふむ、君はそんなに亜人には関心がないように感じたが、どんな心変わりか気になるな。違和感と捉えているだけで、君は決してそこに怒りを抱いている訳じゃない。」
ーーだから、嫌いだ。
知ったかぶりをしながら問いかけをして、本当に芯をついてきて、人の心を掌握しようとする。
「君のその怒りは代弁だろ?アルテミアは、優しいからかな?」
初めて出会ったのに、嫌いだ。
この人は、あの校長と同じでは無い。だけど、嫌いだ。
「・・・おや?怒らせてしまったかな?まぁいいとも、今日はここまでにしよう。」
「今日はだと?もうここに来るつもりはない。二度と、俺にその面を見せるな。」
「それは無理だよ、君は再びここに来る。私の天敵風に言うならば、それが君の運命だ。」
「黙れ・・・!!」
「冗談でもないし、私は本気だよ。君は近々大きな決断を迫られる。その時、君のもう一つの違和感は本物となり、私にその答えを求めるだろうね。だって、その答えは私しか知り得ないから。」
無駄な時間ーーとは言えなかった。
知ったかぶりのように振る舞うことは、彼女の生き様なのだろう。だが、それは生理的に無理だ。
あいつが嫌いだ・・・が、無駄な時間では無かった。
「アーロン!どこ行ってたの!」
図書館から出た廊下で、一人の少女が自分を待っていた。自分と似たような少女。
「アル、ごめんごめん。ちょっと探し物をね。」
「そうだ!きいてよ!砂漠の緑化を進めている人達がいるんだって!その人達と協力すればきっと亜人たちの住む場所を提供してくれると思うんだ!そうすればきっとーーー」
意気揚々と、アルテミアはお喋りを始める。
しかし、自分にとって亜人は戦争に負けた敗者だ。これからそれらがどうなろうと知るところでは無い。
だから、あの時の怒りは確かに、アルテミアの代弁だ。この子の、亜人差別を無くしたいという心意気を、兄である自分が信じない訳にはいかないから。
故にこそ、スコレーはこれを違和感と称した。
ーー本当に、嫌いだ。
※※※※※※※※※※
二つ目の違和感の正体も、この事件をきっかけに理解した。
遂に、狂人が実験を始めた日。
二つの魂を一つにし、空の器を手に入れようと奔走した日。
「アーロン、逃げて。」
結晶の中、閉じ込められた妹から聞こえた震える声。自分に何が起きているのか、それを理解している声。
その声を置いて、逃げ出してしまった。
その声に従って、逃げ出してしまった。
どこに繋がっているかもわからない影の中に入り込んで、無我夢中でそこから逃げ出した。
どこでもいい、あそこから逃げ出したかったんだ。
学校内ではあるが、一先ず逃げ出した先。そこが何階なのかも分からない。兎にも角にも、この学校自体から逃げ出さないといけない。
「アーロン坊ちゃん!!」
廊下の奥から声が聞こえた。
今、最も会いたい人、会わなければならない人だった。
「マリエラ・・・」
「ここから逃げます。アルテミアお嬢様は?」
その問いには、自分を優しく包み込むマリエラの腕を強く掴んで答えた。
「・・・必ずここに戻り、アルテミアお嬢様を救ってみせます。だからどうか、今は逃げましょう。」
「マリエラ・・・俺は、俺は、アルテミアを・・・」
「坊ちゃん・・・?」
「ーー殺してしまう所だったんだ・・・あの子の存在を、この世から消そうとしてしまったんだ・・・」
その言葉の意味は、何も知らされていないマリエラにはわからなかった。
彼女は言った通り、監視の役割をもっていない。双子に愛情を与えるべく接することを許された。
ーーー遠くから、凄まじい魔力を感じた。
それは、狂い叫びながら、再び作り出したもう一つの魂を求める男の執念。
「逃がすものかぁぁぁ!!!」
廊下の奥から聞こえてくる雄叫びにマリエラは時間が無いことを悟る。
「坊ちゃん、私のことを掴んでてください。目は閉じて決して開けないように。」
正攻法では逃げられない。ゲートまでの道は既に閉ざされているだろう。そもそも、校長の許可がなくては使えない。
ならば、取る手段は一つ。
鳴り響く爆発音。
破壊され崩れる壁。
「気合いよ!!」
勢いよく外に飛び出す。
この学校がどこにあるのか、それを知らされていないが予想はついていた。
空中に浮遊する魔法学校。その外から見える景色は、雲一つない空だった。
マリエラは光魔法を使い、自身に翼を与えて空を翔る。とにかく学校から離れて遠くに遠くに。まずは、この坊ちゃんを救ってあげなければならない。
「その器を置いていけぇぇぇぇ!!!」
狂気と共に、七色の魔法がマリエラを襲う。
マリエラは魔法で防御を展開しなかった。兎に角、逃げるのが優先であり、アーロンが無事であることが優先。あれに捕まれば終わり。
「何が亜人戦争を終わらせた英雄よ・・・狂気に満ちた獣じゃない!!」
光の翼にだけ魔力を込めて、ひたすらに羽ばたく。その先に何があるかは考えていないし、考える余裕もない。
それでも、学校から、王朝から、離れる必要があった。
そして遂に、マリエラとアーロンは結界から抜けた。マリエラの姿は既にボロボロであるが、決して彼女は意識を落とさなかった。
だが、腕の中に抱いていたアーロンの意識は、結界を抜けた瞬間に途絶えた。
ーー両目に、大粒の涙を流しながら。
※※※※※※※※※※
「やぁ、やっぱり来たね?」
再び目を開けた先、そこはアーロンが二度と来ないと誓った場所。
しかし彼は自らの意思でここに来た。
「答えを、知りに来た。」
やや視線を落としながら、アーロンは嫌いな相手にものを頼む。
「まずは雑談から始めようか。君を守り抜いて学校を飛び出したマリエラというメイドは役目を全うしたよ。だが、魂となった君が目を覚まさないことを憂いているようだ。さて、自らの意思で魂を切り離した気分はどうだい?」
両目には涙の跡はなく、何かの温もりを感じることもない。
今のアーロンは、魂だ。
抜け殻となった器はマリエラに丁寧に抱かれたまま、砂漠をさまよっている。
「次来る時は、その魂の状態だと思ったが、まさか生きて魂となるとは思わなかったよ。実験の成れの果てが来ると思っていたんだがね。」
「・・・知っていたのか。」
「もちろん、私は王朝までなら全てを見渡せる。あの愚かにも狂気に染まった男も見ていたよ。」
「そのせいで・・・アルテミアは・・・」
その言葉を口にした瞬間、詰まった。
だって、自分はアルテミアを殺そうとしてしまったのだから。
結界をぬけた瞬間に、彼は結界に流れる魔力を感じ取った。
間違いなく、アルテミアの魔力だった。
「スコレー。」
「おや、雑談は終わりかな?折角魂の感覚を掴んだ君の話を聞きたかったのに。」
「妹を、助けたい。」
嫌いな相手に、真正面から正しくものを頼む事が出来るアーロンは、充分過ぎるほどに心を壊されていた。
「たった一人の妹のために頭を下げる・・・ね。だが、結論から言うと妹は救われない。例え君があの結晶を破壊したとしてもだーーー、君はもう、違和感の正体を掴んだのだろう?これはもう、そういう話ではないと。」
「ようやく、掴んだよ。今この身が魂となって、ようやく理解した。」
そうだ、これはそういう話では無い。
これは、妹を救うという話では無いのだ。
「俺と妹は元々、一つの魂なんだろ・・・?」
「そうだ。」
「生まれた順で俺が兄、アルテミアが妹なんだろ・・・?」
「そうだ。」
「・・・妹は、やがて俺の中に消えていくんだろ?」
「それが違和感の答えだよ、アーロン=マギア=ボラデルカ。」
元々一つだったものは、やがて戻っていく。
長い長い悠久の時を生きていくことなど、許すはずがない。
アーロンが抱いたその違和感は、アルテミアという片割れの魂を戻そうとする意志そのもの。
即ち、アルテミアを殺そうとする意志そのもの。
実験の果てに愛を知らずに生まれ落ち、妹を守るために生きてきた兄は、悲惨にも全てを打ち砕かれた。守るために生きていたのに、結果として魂は吸収を選ぶ。
「この世界は・・・あの子を否定するのか・・・!!」
この時、少年は実験を行ったアラクシアや祖父を恨むのではなかった。世界を愛して止まない妹を離別させる世界を恨んだ。
それが、トリガーだった。
「・・・!!行かせるか!!」
アーロンは自分の背後に黒い黒い何かを感じた。妹がここに居たのならば、それを振りほどいただろう。
だが、彼は今憎しみに満ちていた。
「ふざけるな!!私が何のためにこの子を連れてきたと思っている!!」
「さよならスコレー。俺はもうお前の敵だ。」
直感でわかってしまった。
この手を取れば、世界は敵なのだと。
「条件はまだ満たされてーーいや、アルテミアか!!」
その声を最後に、自分の意識は再び途切れた。
※※※※※※※※※※※※※
「目を覚ましなさい。」
先程とは違う声が聞こえた。
それは余程高貴な声で、それでも優しさを感じて、それでも哀しさを感じるような透き通る声。
声の主を、何となくわかった。
「女神ヘレン・・・」
目を開けると、見渡す限り黒い黒い世界が広がっていた。
そこには足枷を填められて、光の鎖で何重にも錠をかけられた白い檻があった。
その中に、誰かがいる。
「厄災に見初められた気分はどうかしら。」
上品に話す檻の中の女性ーー女神ヘレンは、透き通る声でアーロンに語りかける。
「世界を愛しても、世界を滅ぼそうとする意志だけが厄災に見初められる。」
「俺は別に世界を愛してなーーいや、アルテミアか。」
「君の愛すべき妹は、閉じ込められてもなお世界を愛している。」
それを、彼女は愚かだとは言わなかった。
「女神ヘレン、俺は世界の敵だ。」
「そうだね、あなたは世界を憎んでいる。」
「だけど、妹が愛する世界だ。」
「そうだね、だからこそ君には『戦争』の力が与えられた。誰よりも王朝を変えたいと願う妹のために、国を変えられるだけの力が与えられた。」
妹は、常に平和を願った。
誰も争うことのないように、誰もが平穏でいられるように。
皮肉なものだ。
それを成し遂げるためには、それ相応の破壊が必要なのだから。
そう、己を含めた破壊が必要なのだ。
「世界が一つになれば、平和な世界が訪れるのか。」
「もちろん、約束しよう。」
「その世界は、もう誰かを恨まなくても、誰かを殺さなくてもいい世界が広がっているのか。」
「もちろん、世界を再構築するのよ。」
「その世界で、アルテミアはアルテミアでいられるのか。」
「もちろん、私がそれを許そう。」
妹が生きていけるために、妹が望んだ世界のために。
アルテミアが、一人の魂として生きていけるように。
「だから、私の手を取って欲しい。」
故に、その手を取った。
『厄災』はアーロン=マギア=ボラデルカを見初めた。
「君に与える力は『戦争』だ。その力は世界を滅ぼすことができる。だが、勘違いしてはならない。大きな力には、大きな代償が必要だよ。」
「・・・代償はなんだ。」
「君は自分で殺した相手から呪詛を受け続ける。君の周囲には亡者の群れができるだろうね。夜も眠れない程の、呪詛の塊が君の安息を殺しにくるだろう。」
「・・・その程度の代償、喜んで受け入れよう。」
そして、マギアは、妹のために世界を敵に回した。
安息など最初から望んでいない。
妹が愛する世界を滅ぼして、何の代償もないなど有り得ないのだから。
アルテミアの願いを叶えて、世界に平和をもたらせて、その上で自分が破壊されることによって、一つの魂として確立させる。
全ては、愛する妹のために。
それが、愛を知らずに生まれ落ちた兄のできる、最大限の愛だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
天は何よりも青く、太陽は何よりも輝きを発していた。
こんなにも太陽とは美しかったのかと、900年経って漸く気づいた。
「月光は、太陽の光を伝えていた。」
七色の光によって体を天まで吹き飛ばされて、間近にみて気づくのだ。
「アルテミア、お前の愛する世界はかくも美しいものだったな。」
こうして、『戦争』は敗北した。
誰よりも愛する妹のために死力を尽くして、誰よりも愛する妹によって止められた。
歪んだ愛情とは言わせない。
それは愛を知らないで生まれた者が尽くした精一杯の愛だったのだから。
いつか自分が殺してしまう魂を、この世に残そうと奔走した一人の兄の物語は、今こうして終わりを迎えたのだった。




