第3章53話 太陽は月を想って
ーーアーロン=マギア=ボラデルカは、『厄災』である。
与えられた悪意は『戦争』であり、それに見合う権能『果てぬ想い、朽ちぬ呪い』を発現させた。
彼が何を想い、この王朝を消そうとしているのか、この世全ての国境を破壊しようとしているのか、世界を再び1つに再生させようとしているのか。
同じ魂から生まれ落ちた妹ーーアルテミア=ボラデルカもその実情を知ることはない。
その想いこそが、アーロン=マギア=ボラデルカを『厄災』へと導いたものなのだから。
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「アルテミア、お前だけはこの場に居て欲しくなかった。」
ディコス王朝を包む影。
それは臨天魔法として必中効果を成し、生半可な魔法で退けられるものでは無い。
唯一の対抗手段として、光だけが影を退けられるが、その力を持つものが余りに少ない。
だから、彼女の力が必要なのだ。イロアスとダスカロイが最も欲した最後のピースを担うのが、皮肉にも、同じ『戦争』だった。
血を分けた・・・否、魂を分けた兄妹だった。
「私は、こっちにつく。」
「そうか・・・やはり抑止として光は目覚めたか。」
自分を抑えることが出来るのは光魔法。それを、同じ『厄災』が持つことは本来到底有り得ない事態。しかし、現に彼女はその光に目覚めた。
「アルテミア、900年の結晶の中で、本当に今の人類の味方をすることが正しいと思ったのか。」
それは、最後の問だというのを直感で理解したのは、その場にいる全員だった。
イロアスやダスカロイに言葉を投げかけるよりも遥かに優しい抑揚で、彼は妹に問いかけた。同じ魂を分けて、一切を傷つけず、それでも敵として自分の前に立ち塞がった彼女に、決別の問を投げたのだ。
「私は、『戦争』。その答えは、戦いの中で。」
誰が予想したのか、彼女は、自分を『厄災』だと語った。
その答えに、兄は笑った。
「人が信念を持ち、互いに譲れぬものを懸け、その答えは常に戦いによって決まった。己が命を賭したその勝敗の行方にこそ意味があり、何よりも尊い。」
人が生み出した悪意であり、人が滅ぼさなければならない悪意。
戦うことによって是正するのが正義なのかと、人は問うだろう。
「マギア、そこにお前の信念もあるんだな。」
「無論だ。」
「俺は、人の命を奪うことを許容しない。戦いの先にあるのが死だなんてことは許さない。」
「己の信念を貫けぬのならば、その世界に生きる意味は無い。命を懸けてまで貫きたい信念があるからこそ人は何よりも尊いのだ。ただ押し付け、圧政した先にこそ待つは地獄絵図。それはこの王朝が証明した。」
「死ぬ事が尊いだなんてこと、あっていいわけねぇだろ!!その信念に則って、最後まで足掻いて生き続けやがれ!!」
その言葉に、誰よりも深く耳を傾けたのは間違いなくマギアであった。
それは『戦争』故なのか、はたまた別な心情があったのか。
「お前の信念も、確かに受け取った。もう問答は不要だ。信念を貫きたいのならば、生きたまま止めてみせろ!!」
最後のピースは担われた。
影の異界に落ちた王朝で、その主たる『戦争』マギアは遺憾無くその魔力を解放する。
権能は無い。
最早無尽蔵の魔力も、無限の再生力もない。それでも、彼の持つ魔力は計り知れず、太陽が隠れ続ける限り持続される臨天魔法の中で最強。
「アルテミア!!」
ダスカロイから貰った光源を失い、自らを燃やし続けていたイロアスは最後のピースを迎えに行く。
この影の中で自由に動き回るために必要なものは光。
「背中に!!」
イロアスの伸ばした手を、彼女は取った。
「振り落とされんなよ!!」
「イロアス、頼むわよ。」
光の空域がイロアスの周囲に創り出される。その中で影は出来ず、理不尽に感知不能な攻撃を受けることは無い。
だが、王朝中を包み込む影がイロアスを襲う。その形は様々であるが、全ては命を刈り取る形をもって襲いかかる。
「どれもこれも心臓ばっかり狙いやがって!!」
定義を拡張したことによって雨を蹴り続けて空中を舞う。アルテミアの光のおかげで少しはマシになった状況も、本来ダスカロイに向かうはずの半数の攻撃がこちらに押し寄せている。
それでいい。
今ダスカロイに見つかってもらっては困る。
その闇への溶け込み具合は、認識阻害という効能のお陰と、襲い来る影から身をかわすのに必死なイロアスでも感知できていない。
本来であれば数分あれば事足りるだろうが、見つからないように、それでもこの臨天魔法を突破するとなれば余程の魔力が必要である。
「あと何分とか知らねぇけど、俺も俺で限界近いぞ・・・ダスカロイ!!」
ダスカロイが来る以前、彼は既に理不尽な攻撃を何度も受けていた。全て心臓目掛けた攻撃であり、それをギリギリでかわし続けたが身体には想像以上のダメージがある。
血を垂らし続けながら、今も尚走り続ける彼と、それを背中から守り続けるアルテミア。
この子は特別なのだと、直感しているからこそ見える奇跡に、手を伸ばしたくなる。
ーー奇跡は、闇の中では芽生えない。
「見つけたぞ、道化。」
見つけれたことの嬉しさか、いや、言葉を発していなくともイロアスは僅かに少なくなった影の攻撃に気づいていた。
「そこまで光を貯め続ければ、阿呆でも気づくわ。」
認識阻害の範疇を超えていたわけではない。ここが闇の中であり、常にマギアの掌の上であること。
闇の中から、強烈な光を纏ったダスカロイが、イロアスの目にも映る。
「では、最初からだ。さっきと違うのは、お前も表に上がったということだ。」
イロアスと違い、ダスカロイに自由に動く術はない。彼はこの状況を打開するために力を溜め込んでいる。それを放てば全てを失う。
同じことをしろと、あんなボロボロの少年に言うのかと、そう直感するほどイロアスの身体は摩耗し続けていた。
「落ち着きなさいイロアス!!」
「これが落ち着いてーー」
「最後のピースは、私だけじゃない!!」
マギアによって放たれた影は、また突如としてダスカロイを見失った。
攻撃した場所には空虚が残り、何も居ない。
いや、何も見えなくなってしまった。
「・・・そうか、お前も俺の行く手を阻むか。」
闇の中、それは更に色濃く誰かを隠す。
霧が、何もかもを覆って包み隠すのだ。それは自分を隠すためでは無い。
「サンは・・・アルテミア様の願いを聞いただけ・・・その先に、ただ霧を照らす光があると思うから・・・」
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「あなたの光を、私に貸して。」
サンは、手を伸ばした。そこに躊躇いはなかった。
今まで仕えてきた主君を裏切る行動であることには間違いない。その手を取れば、必ず敵対は免れないのだから。
それが例え同じ魂を分けた兄妹であっても、サンに居場所を与えてくれた主君とは恩の差があるのは明確だった。
それでも、サンはアルテミアの手を取った。
光を信じている訳ではない。闇に染ることを悪だと思わない。
それでも、自分が愛したあの女性は、誰よりも光り輝き、自分に手を伸ばしたのだ。
その手と、同じだったから。
「アルテミア様・・・主君を、一人にしないで・・・」
「もちろんよ。たった一人の兄だもの。」
霧は道化の仮面を破った男を覆い隠す。
影すらも見失うほどの濃い霧に、彼自身に備わっている認識阻害が重なる。
「まさか、君が助けてくれるとはね。『幻霧』。」
「・・・」
サンは何も答えなかった。それは集中しているからではない。もちろん集中はしているのだが、この男の声に反応したくなかった。
サンは、ダスカロイのことが嫌いだ。
彼もまた被害者であることはわかっている。それでも、彼は『魔導王』であり、元凶たる理由を全て知っていても動かなかった。
今になって、主君を助けようとして動いている。
アルテミアの手を取ったのだから、こうなることは想定していた。嫌な男の手助けをしなければならないことは知っていた。
「・・・絶対、救けて。」
「もちろん。我が友に誓って。」
霧が更に濃くなる。
水魔法を霧として扱い、その効能は万物を隠すことに費やす。
「あと何分・・・」
「3分欲しい。頼むよ、ミスター・イロアス。」
決着の時は近づく。
この暗闇は照らされるのか、それとも影に飲まれるのか。
イロアスとアルテミア、彼ら2人の姿がまるで闇にひっそりと輝く月明かりのように、マギアを照らそうと試みる。
「サンからよ、あと3分!」
光魔法で伝達された終わりの時間。
何があろうと、三分後に全ての決着がつく。この巨大な巨大な、世界を一変させるほどの争いに終止符が打たれる。
月が、太陽を照らす時、終わりはやってくる。




