第3章52話 一手を補う者
「ダスカロイ=ドレイペだと・・・?」
「気軽にダスカロイと呼んでくれ。」
「フィラウティアの名を捨てたか。それは自分の業から逃げ出したのと同じだ!!」
「いいや、決して逃げ出していないさ。フィラウティアの名のせいにするのを辞めたのさ。その業は、ボック自身が決着をつけなければならないもの。」
「ふざけるな!!名前を捨てたくらいで!!」
「残念ながら、捨てたのは名前だけじゃないよ。」
その言葉の真意を、正確に受け取ることができたのは皮肉にもマギアだけだった。
「・・・貴様、まさか。」
「言ったはずだ、フィラウティアの名前は捨てたと。」
そのやりとりを、イロアスが理解する前に事は始まる。言葉を交わすことなどもういらないのだと、高まる魔力がそれを語る。
「ミスター・イロアス、状況を。」
何の迷いもない。
それは、あらゆる方法で業という罪に囚われ続けていた彼の悲惨な瞳を見続けていたからこそわかること。
彼の瞳には、マギアを真っ直ぐ捉えている。目を逸らさずに、彼を見ているのだ。
「これはマギアの臨天魔法だ。空間全部影で、感知魔法も役に立たない。」
天上を見上げ、この魔法の原理を容易く見破ったかのように彼は答える。
「太陽を隠したことによる影の定義の拡張と、発動条件を狭めることによる縛りかな。」
ならば一旦こうだとそう言わんばかりに、ダスカロイは光魔法を発して光源を作り出す。
簡単にやってのけるが、そもそも光魔法を会得していること自体が珍しいこの世界では、マギアの相手をすることは一般人には難しい。
現に、この戦場で光魔法を持つものはたった4人。
カンピアの指示を聞き撤退を余儀なくされたアルテミア、サンと、今は乱入者と戦闘をしているリディア。
「光源を複数置けばそこには光の空間が確立される。影はこの中だと現れない。」
だが、外からの影の攻撃には実際には防ぐ他ない。本来光の元で影が自由に動くなんてことは有り得ないが、ここが臨天魔法の空間内ということが仇となる。
必中効果の付与された影はもはや光を貫通して動きだす。
「・・・ミスター・イロアス、彼の肩の傷はいつから?」
「あれは臨天魔法発動前に俺が付けた傷だ。」
「ならば今の彼には・・・」
「権能の効果はない。」
結局ダスカロイはマギアの権能の正体を見破ることはできなかった。もちろんある程度の予想は付いていたが、もし本当ならば自分ではどうにもできないからだ。
「ミスター・イロアス、君には本当に驚かされるよ。」
「決着つける前に、俺から一個いいか?」
影をお互いに防ぎながら、イロアスはこの戦闘中にも関わらず、確認しなければならないことがあった。
「もう、迷わねぇよな。」
最後の確認だ。いや、本当は確認するまでもなくわかっていることではある。
しかし、自分の目を見て、真剣に答えて欲しかった。ダスカロイ=ドレイペという男の答えを得る必要があった。
「道化はボックが殺した。これでまた迷っているようなら、ストラトスに殺されてしまうよ。」
「よーし、そしたらラストマッチと行こうじゃないか。後救わなきゃいけねぇのは、お前だけだぜ。」
「そうとも、君には『戦争』から降りてもらわないとね。」
「まだそんな戯言を言っているのか。俺は俺だと、何度言えばわかる!!」
「君が自分でその選択をしたことは理解している。それでも敢えて、ボックはこの表現を使わせてもらう。君は誰よりも妹を想う兄では無い。もはや、その心を利用された『厄災』だ。だから、帰ってきてもらおうか。唯の兄であるアーロン=マギア=ボラデルカとしてね。」
「黙れ!!」
影は千に延びる。
その無数の影は或いは鞭、或いは槍、或いは剣、また、或いは何かを掴もうとする手腕として。
必中という効能を得た影は遂に光を破壊するに至る。
「ミスター・イロアス!!」
光の空間から脱出する2人。ダスカロイの心配の言葉を去りおき、イロアスは雨を蹴って空中に居続ける。
ダスカロイはその頼もしい姿を笑い、光の宝玉をイロアスにくっつける。
「それを上手く使いなさい。」
「ありがとう・・・って言っても、やっぱりこのままじゃ防戦一方。」
「ボックが夜を破壊する。だから、君には少しの間ヘイトをかってくれるかい?」
「策はあるんだな?」
「もちろんだとも。」
「じゃあその役、請け負った!!」
ダスカロイはその言葉を待っていたかのように、その後自分を闇で包む。限りなく不可視の状態を作り出し、マギアからの目を逸らすために。
代わりに、イロアスは目立つかのように空を駆けた。
「マギア、かかってこいや!!」
「明らかに目立とうとする動き。ダスカロイが本命だな。」
「速攻でバレたが、それは俺を無視していい理由にはならないぜ?」
無数の炎の槍がマギアに向かって放たれる。しかし、何事も無かったかのようにそれは影の中に呑まれていく。更に言えば、空中に張った炎魔法の魔法源まで、突如として闇の中から現れる影に破壊される。
ダスカロイから貰った光源があるが故に、自分の周りには急に影は現れない。それが唯一の救いであり、まだ水魔法による感知が生きている。
マギアはほぼフルオートで影をイロアスに向けている。真剣になって探しているのはダスカロイの方であるが、
「闇に潜んだな。だが、悪手だ。」
そもそもこの闇を作り出しているのは誰だと思っているのかと、そう問わんばかりに影はフルオートで魔力を持つ者を追い続ける。
「認識阻害か、だが、姿見せずしてこれが防げるか?」
勘違いしてはならない。ここは王朝の壁の中であり、張られた結界などない。
立ち上がれる戦力もなく、最早虫の息なのだ。
イロアスの叫びと共に、カンピアが主となって貴族も亜人も宮殿まで避難させている。
「質量を持つ影が押し潰して行くぞ!!止めなければなぁ!!」
巨大な闇の入口が崩壊した建物の瓦礫を呑み込みながら真っ直ぐ宮殿に向かって走り続ける。
無論イロアスもそれを止めるためにそちらに向かうが、フルオートでイロアスを追い続ける影に手間取り間に合わない。
「やってくれるね!!」
闇に潜み認識阻害で密かに魔力を高めていたダスカロイが表に出る。
策はあるが、それには莫大な魔力が必要であり、それをこのままではずっと枯らされ続ける。
大急ぎで巨大な影の口の正面に立とうとするが、
「壁!!早くしなさい!!」
「うるせぇ!!オレァに指図すんじゃねぇよ!!」
何かが闇を照らす。
巨大な雷と炎の壁であり、光魔法に比べれば不安定だがこの闇を照らすに足る充分な光源。
「あいつら・・・!!助かるぜほんとうに!!」
リアとアストラが、殿を務めて宮殿の前に立ち塞がる。その更に奥にはカンピアとフェウゴが土と毒で宮殿の入口を塞ぎ、その中には貴族と亜人を匿っている。
「イロアス!!動けるのはアタシとこの暴言男だけよ!!」
「誰が暴言男だテメェ!!」
「じゃあそのまま宮殿の攻撃を防いでくれ!!ダスカロイ、光源を!!ヘイトは俺が稼ぐ!!」
再び闇に紛れる前に、光源をリアとアストラに与える。
イロアスは向こう側に攻撃させてしまったことを悔やみながら、雨を蹴ってマギアの元まで近づこうと試みる。
「一度防いだくらいで喚くな。既に俺の臨天魔法は王朝を範囲として成った。」
より一層影が何もかもを呑み込みながら進軍する。
リアとアストラは再び壁で防ぐ準備をするが、イロアスがそれをさせる前にマギアの元まで走る。
再び心臓を狙う影の武器が発出され、それをギリギリで弾き返しながらも、雨を蹴りマギアの元まで急ぐ。
「その光源、鬱陶しいな。」
瞬間、イロアスの心臓目掛けて放たれた槍が、一本だけ光源を狙いそれを撃ち抜いた。
それで一息つき、後はフルオートの影がイロアスの感知を掻い潜り理不尽に叩きのめす。
「もう一度姿を現さなければ、今度こそ宮殿が沈むぞ!!」
「やらせるわけねぇだろ!!」
理不尽な影を間一髪でかわしてマギアの元に蹴りを入れる。それをフルオートで動かしている影が防ぐ。
「貴様、自分の体を燃やして光源にしたのか。」
「闇なんてなぁ、燃やし続けてやるよ。」
先程からここを照らそうと何度も延焼の効能で魔法を放っているが、闇が呑み込んで広がりはしない。ならば、自分を燃やし続けて明かりとすればいい。
「鬱陶しい!!」
影が手となり剣となり槍となり鞭となり、あらゆる形に移り変ってどうにかしてイロアスを捕まえにかかる。明確に、イロアスはマギアの瞳に映り続ける。
完全にかわすことなど不可能な程の量の影が押し寄せる。
イロアスの身体能力を持ってして軽症で済むもの。
その手数をイロアスに向けてもなお、マギアはダスカロイを見つけようと辺り一帯を食い散らかす。
「どこだ!!道化!!」
誰もが思う。
あと一手、足りない。
「しまっっ!!」
影だけに気を囚われた。自分だけがマギアの元へと焦った。
その結果が、現状。
マギアはイロアスの喉元まで剣を立てて、間一髪で急所を外したが、剣は深くイロアスの肩を貫いた。
そして、無数の影が背中から刺してーー
「それはさせないわ。」
光の盾が美しく華のように開く。
影はその光に侵入できずに塵と化す。そして、マギアは今確かに目の前にいたイロアスを見失う。
辺り一面に濃い霧が現れ、それが最後の一手だと知る。
「さて、兄妹喧嘩といきましょう。」
「アルテミア・・・お前にだけは、邪魔して欲しくなかった・・・」




