第3章48話 亜人のための戦争
崩れ行く結界。
堕ちる星々。
吠える獣。
その光景を目にして、彼は自分の役割を理解した。
この戦争を止めれるのは、他の誰でもない自分だと。
王朝最強のエナリオス=スニオンではない。
『使徒』であるダスカロイ=フィラウティアでもない。
唯一の親友であるイロアスでもない。
人間との共存を望み、亜人の心を理解し、ギザという彼らにとっての英雄とぶつかり合った自分を置いて他に有り得ない。
この、ミューズ=ロダだけが、この争いを止めれるのだ。
だから、彼は歩く。
フラフラになりながら、途中で吐血しようが、臨天魔法の反動で魔力が全然戻らなかろうが、彼は歩みを止める訳にはいかなかった。
「行かなきゃ、行かなきゃ・・・これは、僕の役割なんだ。」
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『戦争』マギアは、決して無傷のままダスカロイの相手をした訳では無い。
見た子も無い魔法、枯れることなく権能という理不尽で永遠に攻撃され続けた。時には躱し、時には直撃し、時には反撃した。
影を光で封じられたり、闇魔法で逆に利用されたり、ダスカロイの戦い方は本を開く度に変わりゆく。
血反吐も吐いた、脇腹をえぐられもした、目を潰されたり肺を貫かれたり、右腕を持っていかれたりした。
それでも、マギアは無傷だった。
「カラクリは解けたか?」
脇腹も目も肺も右腕も、全て何も無かったかのように再生した。
「俺の体は再生をし続け、お前の体はボロボロのまま治癒を知らない。」
理不尽だ。
あまりにも横暴だ。
「幹部はよくやった。特にギザは俺と同じ志を持つ。それが今回の結果を生んだのだ。」
「先程の衝撃・・・やはり結界は破壊されたようだね。」
「焦っていないな。」
「もちろん、ボックの信じた少年たちは優秀だ。各地に張り巡らせた目が教えてくれる。」
スコレーが発明した観測魔法。それは、本当に世界全てを見渡す目を持つ『観測者』ルダスを模倣して造られた魔法。
およそ人が扱える技術では無いが、ダスカロイはそれを成した。
「南の帝国の侵攻は防がれた。北の『魔王』もその足を止め、ここも最早ボックと君の2人きり。王朝では『大将軍』が堕ちる星を砕き、流れ込む亜人たちの前には一致団結した貴族たちが立ち塞がる。」
「立ち塞がっているだけだ。やっと自分たちで国を滅ぼせる時がきて、その手を緩めることなど亜人には出来まい。」
「君は随分と亜人を気にかける〜ね。」
それはダスカロイがふとした疑問。
気にかけるのは自分を支えてきた幹部たちではなく、亜人ばかり。
それが決して悪いという話ではなく、共にした時間、共有してきた志、それらを鑑みてもまず気にかけるのは幹部たちであろうに。
「君の頼れる幹部は最早一人も立っていない。それなのに君は気にかけることなく亜人ばかりを見ている。」
「当たり前だ。俺は『戦争』だぞ。ここでは生き死にが全てだ。敗者よりもまだ戦う意思のある者に気をかけるのは当然だ。」
「君は幹部を道具だと思ってはいないかい?」
「・・・貴様、今誰に訴えかけている。」
マギアの攻撃の手が強まる。
影は無限の質量を持ってダスカロイを握り潰さんと奔走する。
そんな中、ダスカロイは1つの狙いを持って動いていた。
「君は『戦争』だ。」
「そうだ、俺こそが『戦争』マギアだ。」
「そう・・・決して、アーロン=マギア=ボラデルカではない。」
「黙れ!!!」
「『厄災』に呑み込まれた少年よ、君を救う準備は出来ている。」
核心に迫っている自信はあった。
そして、それが真実だとしたらーーー
「失せろ。」
影という定義の捉え方。それを変えるだけでマギアは無限の質量を持つ影を操る。
概念の解釈を広げることは、口先と脳みそで考え発言することは容易い。
影は表面上なのか、影の下はどうなっているのか、実は底知れない異世界でも広がっているのではないか。
そんな子供話のような解釈。しかし、それが実現可能であるとするならば、それを魔法と呼ぶのだろう。
マギアはその子供じみた解釈を自分の魔法とした。
一度呑み込んでしまえば、それは何もかもを封じ込めて異界に引きずり込むだろう。
「墓場はここでは無かったのならば、もういいだろう、マウソロスよ。」
マギアとダスカロイが戦っている場所の解釈を広げる。
「地下とは即ち、地上の影の中である。」
無限の魔力を持つが故に、成し得ることの出来る解釈。
「隔絶された空間の中で、業を煮やして溺れていけ。罪深きフィラウティアの名を継ぐ使徒よ。」
魔法の名は無い。
解釈を広げただけで、ここは最初から影の中であったのだから。
そして、世界から断絶され、ダスカロイ=フィラウティアという男の魔力、否、存在すら感知できなくなる。
悠然と砂漠のとある影から、まるで最初からそこに居たかのように現れるのだ。
『戦争』マギアは、因縁に決着をつけて、向かう。
ーー憎しみ纏う王朝へと。
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「何としても食い止めるのである!!」
勇気ある弱者の雄叫び。
900年王朝を脅かし続けた巨人を討ち果たした1団が亜人を止めるべく剣を握る。
瓦解した結界の代わりに、カンピアが即席で作った土の壁はあと少しで破壊されるところまできていた。
「殺してはならないのである!!殺してしまえば何もかもが台無しになる!!」
「殺すなって、どうやって止めるんだよ!!」
「気合い!!」
具体的な指示は出せない。各々の判断で上手くやるしかないのだ。
それを知っているから、カンピアは抽象的に、それでも絶対守らなければならない約束を伝える。
友であるミューズ=ロダが憂う亜人戦争が遂に始まってしまった。
この戦いをなんとしてでも防ごうと奔走した全ての者たちの強さを乗り越えた『暴獣』の執念は流石としか言えないだろう。
相手の憎しみが、カンピアの作った壁越しに伝わってくる。熱狂と憎悪渦巻く戦場がここに出来てしまう。
疲弊しきった彼らに止める術はなく、時間を稼ぐことしかできない。頼りの『大将軍』も、星を2つ砕き、そこから地上に落ちた。
セイレンが受け止めているのを確認したが、恐らくここには来れない。
ーー未だ雨が降っている。
影を穿つためだけに振り続けるこの雨は、星を2つも砕いておきながらまだ意識を保っている『大将軍』の魔力から成っている。
この雨を持続させるために、エナリオスはもはや無駄な戦いを避けなければならない。
亜人戦争に彼を除外できたことは、ギザの勝利といっていいだろう。
さらに言えば、千体を超える影から宮殿を守り続けたキノニア、結界を張り続けたヒミア、負傷中のギュムズ、ギオーサ含め、立ち上がれる戦力は無い。
つまりは、圧倒的な戦力不足だ。
そうしてようやく、彼らは一致団結したのだ。
滅びゆく国を見て、ようやく気づいた。
「崩れるのである!!総員、戦闘準備!!」
指揮を振るのは他国の騎士であれども、戦うのは王朝で宝の持ち腐れのように高い魔力を秘めた貴族たち。
課せられた任務は不殺によって戦場を治めること。
ーーそして、壁は崩れ落ち、亜人は武器を持って攻め入る。
握ったことの無い武器を持って、ただ一つの正義によって戦場を駆ける。
「これが戦争・・・確かに、やるものでは無いのである。」
悲惨な光景が広がる。
お互い戦いなど慣れていないもの同士が、不格好に武器を振り上げる。初めて見る血に動揺するもの、見たこともない憎しみを浮かべるもの、高いプライドによる無差別な攻撃。
人よ、見るがいい。
これが、『戦争』だ。
世界が生み出した悪であり、世界が滅ぼさなければならない悪であり、世界を救済しようと願う人類史の悪意そのもの。
この亜人戦争は、世界を救済するための第一歩である。
世界を一つにする、即ち、全ての国境を破壊する。
その手段は他ならぬ『戦争』でしか有り得ない。
女神ヘレンが定めた『七つの厄災』の一つ。世界を滅亡させる事が出来る、世界が生み出した悪意。
「・・・なんなのであるか、あれは。」
「う、嘘でしょ・・・」
「クソが。」
亜人の流れはカンピアの指揮の元、凡そ止まりつつはあったが、決してそれは完璧ではなく、ただの時間稼ぎに過ぎない。
来てくれるだろうと信じたのだ。必ず『戦争』を倒して、この争いを止めてくれると。
だが、結果は違った。
亜人の影から瘴気が流れでて、それは宙に集まり人の形を創る。
「ここまでが計算だと、そう言うのであるか・・・!!」
ーー時は来た。
「今より始めるのは『戦争』。貴様らが生み出した正義であり悪意だ。」
王朝に訪れる闇より黒く、海より深い魔力。
それは、亜人を喜ばせ、敵を沈める。
『戦争』マギアが、今日という全てを終わらせるために現れたのであった。
見ろ。戦場では、老若男女問わず平等な一つの命である。
叫べ。戦場では、自らの正義を主張し正当化できる唯一の場所である。
殺せ。戦場では、殺しすら正当化され、殺せば殺すだけ英雄として称えられる。
愛せ。世界を再び一つにし、差別ない生を謳歌するために。
愛せ。世界を破壊し、大切な人の辛い思い出を無かったことにするために。
愛せ。世界を憎み、自分を想う仲間を。
「『戦争』こそが、世界を救済する。」
カンピア、フェウゴは毒と土を組み合わせ、触れることすらできない巨大な壁を作り出す。
それは先程から亜人の進行を防ぐために、大きな功績を担っていた。
マギアの腕の一振で、瓦解なぞしなければ。
「進め。先ずは、ディコス王朝だ。」
「それをさせちまったら、英雄はいらねぇだろ。」
亜人の前に炎の壁が現れる。
それは横一線に長く長く続き、誰の侵入も拒むように、これ以上血を流さないように造られた。
「・・・貴様か。」
砂漠を走り、少年はたどり着く。
待っている友がいると信じて、信じて、信じて、走り抜いたその先にーー
イロアスは、戦場に降り立ったのだ。
「さぁて、救おうか。」
誰を救うのか。
何のために救うのか。
それは、本当に正しい選択なのか。
腐るほど悩み尽くしたその先に、答えは無い。
だが、彼はもう、答えのない迷宮に迷い込むことは無いだろう。
目の前の全てを救う。敵も味方もない、そこに手があるのならば差し伸べる。
「亜人も王朝もーー、お前すらも救ってやるよ。」
イロアスの指の先にいる『厄災』は、ただ黙して不快に思うのだ。
「『戦争』マギア、そして、アーロン=マギア=ボラデルカをな。」




