第3章47話 開戦の衝撃
動かないことを縛りとした結界は、確かに王朝を囲い、その守護の役目を果たした。
元々過ぎた役目ではあった。
かの初代『魔導王』スコレー=フィラウティアと同じ結界を張れだなんて。
長文詠唱や術式の刻印、そんなことをする暇もなく、襲い来る脅威から守るために即興で縛りを設けて創った結界。
それは、革命軍全ての侵入を防ぐものとなった。正確には、敵意を持って領域に侵入する全てのものを弾く結界。
だが、開戦と同時に結界は1度破られた。『戦争』の影が放った自爆特攻によって結界に僅かな穴があき、侵入された。
『虐像』『彗星』『暴獣』という曲者揃いで強者揃いの幹部たちを侵入させてしまった。
そして、影もまた侵入を果たした。
キノニア=ディマルが居なければこの宮殿もとっくに落ちていただろう。
いや、そもそも外にエナリオスが居なければ『彗星』によって的確に急所を抉られていただろう。縮こまった愚かな貴族たちを弱者が奮い立たせなければ『虐像』によって自分は死んでいただろう。亜人を想う他国の少年が居なければ『暴獣』によって王は死んでいただろう。
結界が無ければ、一致団結することもないまま亜人によって攻め込まれ、この王朝は落ちていただろう。
結界に、大きな何か脅威が迫っていることを、肌で、魔力で、直感で、感じ取っていた。
ヒミア=タブーは、自分の役目の終わりを理解した。
僕たちは、間違っていることを知っている。
ヒミア=タブーは、土魔法のエキスパートだ。そんな彼女が、学校と王朝を覆っている結界に興味を示さないはずが無かった。
解析にはとんでもない時間がかかった。ありえないほど複雑に絡み合って凡人が理解するには多くの時間が必要であった。
これを張った初代『魔導王』はとんでもない化け物だということはすぐに理解出来た。
認識阻害、不色、浮遊、条件付き、認可、静止ーーこの結界に込められたあらゆる効能は、ヒミア=タブーには絶対に成し遂げることは出来ない。
こんなとんでもない結界を、どうやって維持しているのかは最近知ることになったが、興味が尽きなかった。
結界の成り立ちを知って、ヒミアは想う。
今度は自分が、その悪役になるのか。
ーー今、結界は一人の亜人によって破壊される。その獣は全ての思いを込めて臨天魔法を放った。
ヒミアには、抗う資格はなかった。
「・・・いいよね、校長。もう、この王朝には結界は要らない。」
皮肉な話だ。
結界を破壊したいという心を秘めたまま、結界を張らざるを得なかったのだから。
「まぁ、ちょうど限界だったよ。」
開戦から今の今まで、亜人によって攻撃され続けていた。そんな結界を常に修復し続け、中からの攻撃にも耐え、ヒミアの魔力は既に限界を超えていた。その証拠に、結界を張るために地面に付け続けている両腕の血管は魔力によって破裂し、血が止まらなくなっている。尋常じゃないほどの汗をかき、それでも彼女は結界を張り続けた。
そしてーー
パリンッ
ヒミアは衝撃で後ろに吹き飛ばされる。
結界を通して、彼女にまでその余波は届いた。
「はぁ、貧乏くじ引いた。」
そして、魔力が尽き果てた彼女はようやく、結界を張らずに済んでほっとするのだ。
もはや王朝には要らない。
結界は、星によって砕かれ、二度と張られることは無かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
目の前で結界は崩れ落ちる。
王朝最強が許してしまった臨天魔法ーーこれは自分の失態であると自覚する。
「大した男だ。」
同時に、やはりあの狼を認めた。
王朝に大義名分はない。ここが『厄災』の手に落ちてしまえば世界の均衡が崩れるというだけであって、およそ人道から外れているのは王朝の方だ。
自分を含めて、王朝のために戦うという者は一人もいないのだ。
ミューズ=ロダという男もまた、亜人のために戦っている。王朝を守るだなんて、人道を外した国を救う理由など本来無いのだ。
しかし、彼らには大義名分がある。
結界の外に追い出され、飢餓も貧困も味わった亜人を救う。妹を900年の間奪われた復讐。
彼らには、理由があるし、それが大義名分となる。
「星が堕ちれば、お前の勝ちだった。」
星によって潰された王朝はもはや機能を失うだろう。それは均衡を崩すことに他ならなく、亜人もまたそれを歓喜する。
しかし、それをさせることなど出来ない。
王朝中を満たすほどの、大魔力が溢れ出す。
それは王朝にいる誰もが、その出先を理解した。
「お父様・・・」
王朝最強たる騎士。
『使徒』『厄災』や『魔王』などの千年前から存在する強者を抜かして、世界の中で5本指に入る最強格。
アナトリカ王国の『冠冷』、ノートス帝国の『堕天』、魔宗教国ヴォリオスの『敬神』、王権領域ガスパールの『魂妃』。そして、ディコス王朝の『大将軍』エナリオス=スニオン。
結界を破壊し、地に落ちようとする星を砕く資格はある。
「 水の都の護神 其は神獣の御業真似る者 彼の都に祈りを捧げ 導きの灯火を待つ者 」
ギザが臨天魔法によって空の果てから呼び寄せた星は2つ。巨大な巨大な星は炎を纏って、呼び声に応えて大地に落ちようと駈ける。
「 三本の角 一つは海を割り 一つは大地を沈め 一つは星を砕く 」
大海を揺らす神獣には、三本の角があるとされている。エナリオスの詠唱の通り、それぞれの角には役割がある。
まるで、神獣の角を真似たように、エナリオスは三叉槍を星に向ける。
エナリオスの中の大魔力が大海を創り出し、それはやがて三本の槍として圧縮される。
圧縮され、圧縮され、圧縮されーーその槍は渦を巻き、触れるものを弾き飛ばし切り刻む。
これは臨天魔法ではない。しかし、未熟な者が作り出す臨天魔法よりも遥かに強く、それはーー
「 星海を割る角 」
三本の槍は、三叉槍に集まり、圧縮された水がさらに混ざり合い、圧縮される。
巨大な一本の槍と成ったエナリオスの大魔法は、彼の持つ三叉槍と重なり合う。
そして、それは放たれた。
星を砕く、まるで神獣の角のように。
1つ目の星に、真正面からぶつかる。
その衝撃波は大気にヒビを入れるかのように空を脅かした。
普通の武器であれば壊れているだろう。
しかし、この世界には伝説的な鍛冶師が創ったとされる神器がある。
ギオーサの持つ杖のオリジナルである、ルダスが持つ杖もその一つであるが、他の行方は誰も知らない。そもそも、世界に何本あるかも創った本人か、或いは本人をよく知るものしかわからないだろう。
そのうち一本が、ここにある。
『大将軍』が持つ三叉槍の名は『トリアイナ』。伝説の鍛冶師が、神獣を真似て創ったもの。
水の都の出身者がこの槍を持つことに数奇な運命を感じるが、エナリオスはそれを理解している。
自分こそが、この神器を持つに相応しいと。
神器が持つ特性はたった一つ。
不壊であるということだけである。特別な力を持っている訳ではない。かの鍛冶師に、そんな力は無い。
だが、決して壊れない。
例えこの世界が終わったとしても、決して壊れることは無い。
大魔力が込められたトリアイナが、遂には星にヒビをいれて破壊する。
一つ目の星は破壊され、その槍は二つ目の星に向かう。一つ目を貫く前提で込められた回転は、ドンピシャで二つ目の星と正面衝突する。
「貫け、トリアイナ。」
千年前を悠に超えるそのまた昔、神獣は迫り来る隕石を一本の角で割ったという。
何千年たっただろうか。
その御業は、一人の男によって成し遂げられた。
2つの星が砕け散る。
破片は炎を纏って大地に落ちる。
「周りが砂漠でよかったな。」
王朝を囲うように星のカケラが落ちていく。
そして、魔力のほとんどを使い果たしたエナリオスもまたゆっくりと落ちていく。
星が落ちた衝撃は王朝内の全てのものが感じ取った。
そして、その衝撃音とともにーー
「結界が崩れ落ちたぞぉぉぉ!!」
誰が言ったか、亜人軍の中の一人が叫んだ。
星の落ちる音が、ミューズが何よりも防ごうとした亜人戦争の開戦の合図となってしまったのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
遠くで、星が落ちた衝撃を不思議と感じ取った者が2人。
「この戦争の終わりの始まりだ。今、漸く亜人の心は満たされる。」
「・・・行かせるわけないだろ。君の相手はボックだ。」
一人はまるで無傷であり、魔力も万全。
片やもう一人は、体中に傷を負い、血を流している。
誰が見ても一目瞭然。
ボロボロの姿の『魔導王』がそこにはいた。




