第3章46話 大地に叫ぶ
神獣フェンリルは、世界を創造した2人の女神の祝福を受けている唯一の神獣である。
他の神獣のうち2体は片側ずつ、残りの1体は一切の祝福を受けていない。
4体の神獣には、それぞれ天地海冥の守り神として奉られ、世界の最初期から存在する。
神獣フェンリルは、大地を司る獣である。
幾千の星の誕生を見守りながら、大地の声を聞き、大地の呼び声に答え世界の天秤を計り守り続けてきた。
「 大地は死に星は叫ぶ 」
今この大地に、神獣フェンリルはいない。世界のどこかには存在しているが、残念ながらこの大地には居ない。
居るのは最早百も満たない数まで減ってしまった狼人族という血縁だけ。
彼らは加護を感じることはできず、その血の繋がりも確かめることは出来ない。しかし、確かに数年に一人、その血を色濃く受け継ぎ、加護を感覚で理解する者が生まれる。
「これほどとは・・・!!」
エナリオスが驚くのも無理はなかった。
大地のエネルギーがギザを通して天へと放たれる。いや、放たれるという表現は不適切であった。
天を、引き寄せる。
ーーこちらの表現の方が的確だろう。
「星を堕とすことが、可能だとはな。」
エナリオスがギザを睨むが、そこには2本の足で立っているが、既に意識などない狼がいるだけだった。
右足は抉られているのに決して倒れず、内蔵を刺されても筋肉で硬直させ失血を防ぐ。
だが、度重なる激戦に、狼は遂に意識を失った。
全ては、結界を破壊し、王朝を壊すために。
エナリオスはすぐに天へと走る。
水魔法で作り出した雲に乗って、天へ天へ登っていく。
「クソ、最悪だ・・・!」
およそ常に冷静なエナリオスが焦る。天を見上げると、そこにあるのは綺麗な綺麗な流れ星だ。ただ見るだけであるならば、それは美しいものであっただろう。
それが近づいてきていると知ってしまえば、すぐさま恐怖の対象となる。
時同じくして、天を見上げる獣がいた。
それはあの狼と戦い、その心の内をさらけ出しあった熊。
「なんてことだ・・・カケ、今すぐ城に戻るんだ!!全員が一丸とならなければ、王朝が火の海になる!!」
「嘘だろ・・・」
「僕は置いて行くんだ。今この王朝が滅びてしまったら、世界の均衡が崩れる。」
ミューズは、肩から自分の腕をおろし、フラフラとなって歩く。どこに向かっているかは、ミューズしか知るものは居ない。
カケはミューズの言う通りに城に向かって走る。今この状況を何とかしなければ、本当に王朝が滅んでしまう。
「・・・ギザ、君の全てを僕は見届けた。次は、僕の全てを見届ける番だ。」
何処へ向かっているのか、天には登れない熊は、見上げて一人を見つめる。その男の最強たる所以を信じて、次のために進む。
狼の全力が、勝るものでは無いと信じて。
※※※※※※※※※※※
ディコス王朝最強の騎士『大将軍』エナリオス=スニオンは、この戦いで初めて冷や汗をかいている。
本音を言えば、こんな王朝守りたくもないのだが、自分の確かな目的のためにはこの王朝の存続が必要不可欠である。
その目的は誰にも語ることなく、淡々と自分の中で閉じ込め、仕えたくもない王に仕え、率いたくもない騎士を率いて、見たくもない結界を守り、それでも三叉槍を握り続けた。
脅かし続けた『戦争』マギアは、力を失っている状態では勝てないと悟り、ついぞ一度も戦うことは無かったが、今は王朝に残した影ですらあの脅威。
真の出番は必ず『戦争』と戦うことだと思っていた。
しかし、そうでは無い。
自分がここにいる理由はまさにこの為であったと自覚するほどであり、このあまりにも理不尽な臨天魔法を食い止める必要がある。
必中効果という訳の分からない縛りが、なおエナリオスに冷や汗をかかせた。
ギザの大地そのものを利用した重力は、天高く、宙を舞う星を落として来たのだった。
その大きさは決して巨大でどうしようも無い程ではない。それは手負いの狼が全力で放ったものではあるが、巨大な隕石を生み出すことは出来なかったらしい。
「・・・亜人に助けられるとは。」
ギザをあそこまで追い詰めたのは自分では無い。ギュムズ=ナシオンでもない。
東の大国からきた、亜人の少年であった。
「どうしようも無い国だが、滅びてもらっては困る。その点では、感謝する。」
エナリオスは天高く、天高く、その落ちてくる星に向かう。
だが、間に合わないことを悟っていた。
間に合わないのは、王朝に落ちる事ではなく、結界に落ちること。
「この結界は破壊される。本当の戦争が始まってしまう。」
本来は自分が戦線に立ち、結界が破壊されたことでなだれ込む亜人たちを止めるべきではあるが、それは出来そうにない。
落ちてくる星をーー
「バカな・・・!!あの狼めが!!」
正確には、落ちてくる星たちを、止めなければならないのだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
星が落ちる光景は、王朝内と結界の外の、その両方から見受けられた。
或いは絶望であり、或いは希望であった。
「クソが!!真の意味で戦争が始まっちまうだろうが!!」
アストラが叫ぶ。
それはいち早く、結界の瓦解が免れないと理解したから。
「止めなければならないのである。」
「う、うん。と、止めよう。」
動き出しが早かったのは、カンピアとフェウゴ。
それは自分の実家の血筋か、戦争への理解が早かったからだろう。
アストラも口悪くいくつかの暴言を吐き捨てて、カンピアたちに付いていく。
「ま、待つのだ!!ここを離れることは許さんぞ!!」
「我々の王は、あなたではないのである。」
愚かにも強者を止める王に、カンピアははっきりと告げる。
「この状況でまだ保身に走るのは見事なのであるが、国とは民無くして存続は無いのである。あなたが一人で生きても、そこにあるのはただ滅びた国だと言うことを理解するのである。」
民無くして国は有り得ぬ。
カンピアの信条が、この愚王に届くかは分からないが、王は黙ることしか出来なかった。
宮殿を離れる3人に、多くの貴族の子供たちが付いていく。
カンピアの言葉の重みは、地下にいた誰もが知っている。その言葉と、それを背負うに足る度胸もある。強さは無いかもしれないが、彼には大衆を動かす力がある。
そうして、ゾロゾロとカンピアたちに付いていく中、王と宰相だけ取り残された玉座の間には、ただ哀愁が漂うだけであった。
そして、カンピアたちについて行かなかった者が一人。
いつの間にか窓から天をかけ上る女の子がいた。
※※※※※※※※※※※※
父は、無口だ。
きっと今も、誰にも何も言わずに、天から来る星を砕くために奮闘するのだろう。
何事も無かったかのように、しれっと帰ってくるのだろう。
「嫌だよ、私も、力になりたい。」
何を考えているか分からない父だが、一つだけ確かなものがある。
それは、王朝最強であるということ。
故に、誰にも頼らないことである。
「お父さん!!」
娘の叫び、その声は届かない。
星は音を立ててこちらに向かってくる。
燃え盛る業火の音と、破裂する空気音と、それが娘の声を隠す。
ただ、ある目的のために王朝には滅びてもらっては困ると、それだけで彼は天に昇る。
「・・・臨天魔法は、止められたとしてもその後がないな。」
臨天魔法を使えば確実に止められる。
しかし、その後に続く星を止めることは叶わない。
「あの狼の執念か。だが、執念で言えば、俺も負けてはいない。」
三叉槍を握る。
強く、強く、強く握る。
そして、自分の想いを確かめるために、ふと下を見る。
そこには、天に昇る娘がいた。
何よりも、誰よりも、守りたい愛娘がいた。
「セイレン・・・!!」
何をやっているんだと言う叫びは、もちろん聞こえはしない。娘が父を思う叫びも聞こえないのだから。
間もなく、星は結界にぶつかる。
向かってくる星たち全てを砕くことは叶わないと、エナリオスはそう感じていた。だから、守るべき場所だけを守るようにエナリオスは準備していた。
もちろんそこにはセイレンの真下にある宮殿も含まれるし、正門もまたその範囲内であった。それ以外は落ちても仕方がないと、そう思っていた。
しかし、彼は全てを砕かなければならない。
愛する娘に少しの被害が及ばないように、その星が発する全ての力と想いを砕かなければならない。
何を考えているか分からない最強の騎士。
その正体は、不器用にも娘を愛する父であったのだ。
「・・・お前に背負わせるものは、何一つない。」
エナリオスは水魔法をセイレンに放つ。それは攻撃ではなく守護。
「見ていろ。お前の未来はまだ明るい。」
天へ天へと、向かう騎士。
地へ地へと、堕ちる星。
エナリオスの水魔法の守護がセイレンに届いた瞬間、星は結界に当たった。
地下のヒミアが、突如としてかかる負荷に、抗う。
その抗う姿は誰の目にも映らず、彼女はただ一人で奮闘するのだ。
その奮闘を意味無いものと捉えることも出来る。
エナリオスの見立てでは、結界は必ず瓦解する。それほどの質量の衝突。
しかし、この奮闘こそが、エナリオスが星を止めるための時間になるのだ。
ーーー星は、音を立てて結界を破壊する。
美しい結界の破片が天を舞う。
その衝撃と音は、まるで大地に叫ぶ狼のようであった。




