第3章43話 哀獣
エナリオスが宮殿外の決着をつける前。
宮殿の玉座の間まで侵入を許してしまった瞬間まで遡る。
『暴獣』ギザとミューズ=ロダが向かい合い、互いに拳に力を入れている。
もはやこの因縁は、二人だけに留まらない。
これは、亜人の全ての因縁の話である。
「君に王を殺させやしないよ。君に、そんなことはさせない。」
「・・・全ての元凶の血がそこにあんだよ。どけ!!」
「どけ・・・か。君はまだ、僕を殺そうとはしないんだね、君は優しいよ。」
その言葉に、ギザの堪忍袋の緒が切れる。
確かに同じ亜人として殺すまではしないと、そう思っていた。例え立場が逆であっても。
魔法学校フィラウティアでも、ギザはミューズを殺そうとはしなかった。
確かに邪魔な存在であったが、亜人というだけでギザは殺す気はなかった。例え言葉で殺すとは言っても、その行動には確かな優しさがあった。
だがもういい。
最も殺したい血族が、すぐ目の前にいるのにこの衝動を抑えれるわけがない。
「もう、俺の牙は心臓まで伸ばす。」
瞬間、ギザの拳は解かれ、その研ぎ澄まされた爪がミューズの首元に走る。
筋肉の緊張を解くという、ミューズの心理の逆をついたはずであったが、それは間一髪でかわされる。
それはミューズの野生の直感と、わずかに怒りのこもった殺意だけでかわした。
講師で殴ってくるという心理の確かな逆をついたが、ミューズの集中力もまた研ぎ澄まされている。
だが首という部位は繊細である。わずかに掠っただけで、ミューズは出血をした。
あまりに磨がれた爪というのもあるが、それ以上に皮膚が薄く、出血は容易い。
だが、それを一切気にすることなく、ミューズは反撃に出た。
先ほどと同様に爪でミューズを切り裂こうとするが、それを全てスレスレで避ける。
「スピードが上がってんな。」
少し離れたところから眺めているアストラは、ギザの速さの違いに気づいた。
そして、その通りである。
ギザは全身に重力を軽くするバフをかけている。
それによって、拳ではなく軽い爪で攻撃を仕掛けている。
しかし、ミューズはそれを避けている。
周囲を全く気にしていない、いや、見えていない。
それほどの桁違いの集中力を見せていた。
もはや、ミューズの目には、ギザしか写っていない。
「潰れろやァ!!」
目の前の重力が加速する。空気の揺らぎを見ればわかる。普段の何倍もの重力がそこにある。
だが、ミューズには当たらなかった。
「今のはノーモーションだろうがッ!!」
そう、今のはギザは筋肉の揺らぎを見せず、一切微動だにしていない。
ただ魔法にのみ集中し、瞬間的に発した。
ミューズはそれを回避してみせた。
極限までの集中力が、ミューズに新たな可能性を生んだ。
それは、魔法学校でも片手で数える程度でしか成功しなかった技法。
ロダ家の波の感知は、筋肉の微細な動きにとどまらない。
それは、魔力の流れすら把握する。
一言も発さず、ミューズはただギザだけを見ている。
周囲は全てアストラに任せ、ミューズはただ目の前の相手を倒すことだけに集中している。もう、彼を止めることだけに全神経を注いでいる。
「今までとは違ェな。テメェはそうか、今この瞬間も進化してるってわけだなァ!」
魔法学校で、ミューズはただ強さを求めた。自分が亜人であるから。
初日の衝突、その後の半殺し事件。それらを経て、ただ強くなることを求めて授業に受けた。もう誰も自分のせいで傷つかないように、もう誰も自分のことで悩まないように。
そして何よりも、彼と肩を並べて『英雄』になれるように。
ギザの重力魔法もまたさらに加速していく。
魔法の影響を受けた床は瞬時に圧縮され、下層へと落ちる。
もはや玉座の間は穴だらけになってしまうだろう。
しかし、ミューズの筋肉・魔力の波の把握により、何度も何度も距離を詰められ一撃は入れられる。
しかし、ギザもまたやはり強者である。
「テメェのタイミングでこっちに来んなや。」
確かにミューズは魔力の波を把握できる。しかし、どんな魔法が来るのかを把握するのは難しい。込められている魔力量・目線・筋肉の動き。それらを把握してようやく何の魔法が出るのかを消去法で決めれる程度。
故に、先ほどから自分で確実に一撃を入れれるタイミングで入り込んでいたが、急にリズムをずらされる。
寄せられ、重い一撃。
まるで引力のように、ミューズが引き寄せられ、ギザの重力魔法が込められた拳を喰らう。
吹き飛ばされーー
「嘘だろッッ!!」
「僕は近接が一番得意なんでねっ!!」
歯を食いしばり、口から血反吐を吐いてもなおそこに奮い立つ。一切の後退りもなく、ギザの重い頬で拳を受け止め、自らの右拳に力を込める。
「海砲!!」
ギザの巧みな攻撃を耐え凌ぎ、重い拳を血反吐を吐きながら受け止め、そして、豪快な一撃をギザの鳩尾にぶち込む。
渾身の一撃は、間違いなくヒットした。同じく、血反吐を吐く。
違うのは、ミューズは耐えたがギザは後ろに吹き飛ばされたことだった。
「おぉ!!やったか!!亜人だから期待していなかったがやるではーー」
「黙れ・・・まだ終わっちゃいねぇよ。」
小うるさい王様を黙らせ、アストラは冷静に分析した。ギザの動きに、多少の違和感。
それはミューズが一番わかっていることである。
「・・・くそ、どこまで戦闘のセンスがあるんだ。」
狼人族という、この世界に数種のみ存在する戦闘民族の才能は、ミューズを苛立たせ、震わせ、笑わせる。
「クリティカルヒットとはいかなかったか・・・!!」
瓦礫が落ち、塵が舞う。
その奥に、悠然と立つ狼が1匹。
「重力で自分を後ろに引かせながら、僕の右腕の重力を加速させた。・・・威力をここまで弱らせるとはね。」
「テメェは強ェよ。だがな、もう無理だ。空間は掌握した。」
その言葉に、ミューズだけが異常に気づいた。
体の制御が一切効かない。
「重力は空間を掌握できる。そこら一体全ては重力の結界によって俺様の支配下にある。」
重力の結界という見えない結界によって、ミューズは体の制御を奪われる。
思ったように歩けず、思ったように照準が定まらない。
「終わりだ。」
空気が一気に圧縮する。ミューズに空気の鎧のようにまとわりつき、一切の身動きが取れないまま空中に浮遊する。
「ありゃもうダメだな。俺も気張るが、期待はすんな。」
ーーー化け物め。
確かにダメージは与えた。血反吐も吐かせた。だが奴は息切れ一つおこさず、悠々とこちらに闊歩する。
腕の一本でどこまでダメージをーー
そんなことを考えている刹那。
彼は一か八かの賭けに出た。
「 臨天 」
重力で押さえつけているミューズから、はっきりとそう聞こえた。
その言葉を発した瞬間、重力の結界はミューズの臨天魔法によって上書きされる。
「どこにそんな力があんだよ・・・!!」
ミューズの言葉と共に、ギザは自らに何十にも重力の鎧を着せた。
臨天魔法の必中効果から身を守るための行動を即座に取ったギザは流石である。
ミューズの臨天魔法の発動と同時に、雷で結界を張り、生きててもらわなければ困る二人のクズを守るアストラもまた、流石であった。
「 其は亜人 其は波の守り手 其は時代の波を紡ぐ者 其処に善悪はなく、其処に唯一人の孤独も許さない 私は、彼の者と同じ道を歩む 」
ミューズは思い出す。
授業で、詠唱はこう習った。
詠唱は、祈りであると。
「 渦紋凪ぐ水面 」
結界は完成される。
重力の空間支配などない。其処にはただ、水面があるだけであった。
「・・・なんだこの結界は。」
絶え間なく攻撃されると睨んでいたギザからすれば、あまりに拍子の抜けた臨天魔法。
「ふふ・・・はっはっはっは!!不完全だけど、今までで一番上出来だよ。」
「こんなんで満足なのかよテメェは。」
「満足ではないが、今の僕ではこれが限界みたいだ。だけど、君はここで倒れることになる。さぁ、ラストマッチだ。」
※※※※※※※※※※※
臨天魔法の説明は何度めだろうか。
この魔法は魔力を爆発的に生み出し、その後魔力が数秒、人によっては数十秒魔法が使えなくなる。その縛りとして、必中効果を生み出す。
ミューズの発動した臨天魔法は、習得度が低く、未完成であるがそれでも臨天魔法には違いない。
つまりこれが、『暴獣』ギザと亜人ミューズ=ロダの最後の戦いとなる。
同じく亜人を想いながら、違う道を歩む二人。
価値観は環境によって左右され、命をさらされ続けたギザと、貴族に生まれたミューズは永遠にわかりあうことはない。
そんな二人が今、同じ場所に立つ。
穏やかではない心とは違い、波一つ立っていない水面に二人は立つ。
「これがテメェの臨天魔法とはな。」
「感動しているところ申し訳ないが、時間がないもんでね。」
臨天魔法の効果が続くのは、自らの魔力が持つ限り。
それまでに決着をつける。
「・・・これを作り出すだけなら、テメェは俺様に勝てねぇぜ。」
「それはない。これは僕が考えに考えて作り出した魔法なんだ。ここはね、近接戦特化なんだよ。」
目の前にいたミューズが、液体となって水面に消える。
それはギザに最悪の想定をさせた。もし、本当にそんなことが可能ならばーー
ギザはそうおもい、ふと水面を見る。
其処には反射して映るはずの自分ではなく、自分とは違う形の耳をした亜人が覗いていた。
水面から飛び出たミューズは、ギザの下顎に拳をヒットさせた。
「ッッッ!!」
「臨天魔法だぞ!!必中のね!!」
「んなもんわかってんだよッッ!!テメェ、重力の影響を受けてねェなァ!」
「それはそうさ、今の僕は水のそのものだからね。」
ミューズ=ロダの水魔法は、波に特化している。
その波を活かせる臨天魔法を考え続けた。
その結果、自らが液体となれば、もっと直接的に波を感知でき、なおかつ相手の攻撃を交わす必要もほとんどない。
そうした願いを込めて作られた魔法空間。それがこの渦紋凪ぐ水面である。
実際に液体となっているのは体全体の70%である。
それは体全てを液体として認識できなかったため。厳密に言えば、そうやって想像できなかったからである。
「これが今の限界。だけど、もう重力によって狙いをずらされることはない!!」
絶対に近接まで持ち込むことができる。それがこの臨天魔法の最大の強みであり、ミューズの最大の長所を活かせる場である。
「洒落せェ!!」
重力であたり一面を吹き飛ばそうとしても、地面の水面は永遠と湧き続け、ミューズはギザのそばを離れることはない。
何度も何度も何度も、ミューズの拳をくらい続ける。
そしてーー
何かが割れる音がする。
「しまッッッ!!」
ギザの重力の鎧が崩れる。
そしてついに、ギザの生身に一撃が届いたのである。
「うおおおおおお!!」
ミューズの雄叫び。それは勝利の確信ではない。
やっと、この『暴獣』を倒すことができる。やっとーー
「君はもう、その拳を下ろすんだ!!」
亜人を想い、亜人のために行動し続けた。それが、世界から間違っていると言われても、決してまっすぐ歩いてきた。
同じくして、貴族に生まれながらも、亜人差別を撤回しようと奮闘していた少年がいた。
この二人は出会うべくして出会ったのだ。
互いに互いの考えを理解している。どちらが真に正しいのかを理解している。
だけどーー
爪が甘かったわけではない、臨天魔法が不完全なことが理由ではない。
詠唱が聞こえなかったわけでもない。
「 遠吠えは大気を震わし 其の走りは大地を震わす 彼の神狼は世界を圧する眼光を持ち 幾億の星の誕生を見守る大地の獣 」
その長文詠唱は、二つめの大魔法。
臨天魔法ではない。だが、この不完全な結界を破壊するのには十分であった。
「巨狼震撼」
何もかもを圧縮する。
世界の中心に折り畳まれるかのように、結界はひしゃげて揺らぐ。ゴミが丸められるかのように、ギザの魔法によって、臨天魔法の結界は震え出す。
通常ではあり得ない光景である。
しかし、ミューズの臨天魔法が不完全であったこと、未だギザの魔力が格上であったこと。それでも本来的には臨天魔法の結界を破壊するなどあり得ない。
閉じ込めるに特化した結界が、大魔法によって破壊される。
「嘘だろ・・・」
そう、あり得ない。
だから、一瞬だけ油断してしまった。
まだ破壊になど至っていないのに。
「これが経験だ。臨天魔法を初めて使ったんだろテメェ。いいか、切り札にはなァ、絶対的な自信を持て。」
臨天魔法は、自分が反撃されない保証などない。
だから、油断してしまったミューズには、重い重い一撃が与えられた。
その一撃とともに、結界は本当に崩れ落ち、臨天魔法は解かれた。
床に背をつけるミューズと、ようやく息切れを起こしたギザ。
二人には、それほどの力量があったのだ。
「ミューズ=ロダ・・・テメェの言っていることは理解できる。理屈ではそうだ、テメェが正しい。だがな、感情がそれを許さねぇんだよ。」
なんと哀しい眼だろうか。
そんな眼をした獣など知らないーーだから、ここで止めなければならなかった。
「・・・ギザ・・・待て・・・」
ギザの歩みは止まらない。
もはや、ミューズには止める術がない。臨天魔法によって、魔法は使えず、魔力も練れない。
今ほど悔しい瞬間もない。
止めれないーーーこの獣を、この哀獣を止めることはできない。
アストラが、ゆっくりと立ち上がる。
しかし、アストラが戦う必要などなくなってしまった。
窓ガラスが割れる音がした。
あぁ、そうだ。この国にはまだーー
「ようやく来たか!!遅かったではないか!!」
先ほどまで暗い顔をして涙ぐんでいた王が、勝ちを確信して喚き出す。
「・・・クソが、誰も俺様の願いを見てはくれねェなァ。」
「・・・安心しろ、殺しはしない。」
『大将軍』エナリオス=スニオンが、黄金都市中の敵を殲滅して、ようやくここに舞い戻った。
そして、黄金都市における最後の戦いが始まった。




