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9 推察

部屋に戻ったエヴァは、ベットの上でクッションを抱きしめながら、さっきの情景を思い出していた。


あれはなんだったの?ルーカス様が私の指を口に含むなんて!!!


思い出しては、言葉にならない叫び声をクッションに押し当てて叫ぶ。

恥ずかしい気持ちとあの行為の理由が知りたい気持ちで頭の中がぐちゃぐちゃだった。


ただ、指に棘が刺さっていないか心配してくれただけ。他意はないはず。

馬や子供が怪我した時と同じような気持ちで接して下さったんだわ。

そうでないと、あんな行動……説明がつかないもの。


クッションを抱きしめながら悶えていたエヴァの動きが突然止まった。

──説明がつくかもしれない。

明日朝一番に図書室へ行って調べてみよう。

そう思うと同時に、高揚していた気持ちがみるみるうちに萎んでいく。


もし予想が正しかったなら……なんでだろう。どうして、がっかりするような気がするのだろう。

初めから住む世界が違うのに。

自分の気持ちを持て余したエヴァはクッションをぽんぽんと軽く叩いて形を整えると、横になって瞳を閉じた。




朝ご飯をとりに厨房に向かったエヴァは、料理長のジミーや配膳係が既に休憩に入っているのを見て声をかけた。

「おはよう、ジミー。もうお客様の朝食は終わったの?」

「お嬢様、おはようございます。今日は旦那様とお客様がどこかへお出かけするようで、日の出前に出発されましたよ。朝と昼の分を籠に詰めてお渡ししたんです」

「そうなのね」

そういえば、昨日の夕食で鉱山が……とか話していたな、とぼんやりと思い出した。

きっとルーカスも付いて行ったのだろう。

「お嬢様の分の朝食も用意してありますよ。どうぞ召し上がりください」

「ありがとう。そういえば、昨日野いちごを採ってきたの。後でパイを作りたいのだけれど厨房を借りてもいいかしら?」

「はい、お昼まではご自由に使ってください。もう、野いちごのパイの季節ですか。お嬢様の好物でしたね」

「沢山採れたから、みんなに配る分も作れそうよ。楽しみにしていてね」



朝食を食べ終わると、真っ直ぐに図書室へと向かう。

レイモンドとルーカスについて気になることを調べておきたかった。


図書室に着くと、エヴァはダキア皇国の歴史の本を取り出した。

いつものお気に入りの場所、ウインドウベンチのクッションを整えて座ると、一つ大きく息を吐いたエヴァはゆっくりと最初のページを開いて読み進めていった。



やっぱりそうだった。あの剣帯に刺繍で描かれている紋章は……。

レイモンド様とルーカス様はやっぱり親族なんだろう。ルーカス様は末端とはいえども貴族の一員だと言っていたし。

二人が身分を偽る理由はなんだろう。

それに、ルーカス様あの行為は……食事だったのかしら。



厨房に戻ったエヴァは、野いちごのパイを作り始めた。

エヴァは厨房で作業している時間が好きだ。

頭の中で作業手順を追い、集中して丁寧に作ると無心になれる気がする。おかげで、悶々と考え込んでいた気持ちが落ち着いたようだった。


使用人達の休憩時のおやつに食べてもらうパイを厨房に差し入れし、もう一つのパイを包んで籠に入れてロジャーの小屋へ向かう。

ちょうど休憩で小屋に戻ってきていたロジャーとニックと一緒にパイを堪能したエヴァは、ロジャーから園芸談義を受け楽しい時間を過ごした。

ニックもわかってくれたのか、エヴァに婚姻についてもう何も言ってこなかった。ただ時々気遣うような視線はあったけれど。


仕事に戻るロジャー達と別れたエヴァは薔薇園にいつの間にか足を向けていた。


薔薇園のアーチを見上げながら改めて考える。

お母様はどんな思いでこの薔薇園を作ったのだろう。お父様は薔薇園を作る意味を知っていたのかしら。

二人に会いたい。聞きたいことが沢山ある。知らないことばかりで心細い。



薔薇園のベンチに腰掛けると、胸元から母の形見のネックレスを取り出した。血のように濃い赤色のガーネットのネックレスだ。ガーネットの真っ赤な色が、一瞬ルーカスの瞳と被る。


石を陽にかざして見ていると

「綺麗なガーネットですね」

後ろから声が聞こえて、思わず飛び上がって驚いてしまった。

振り返るとレイモンドが後ろから石を覗き込んでいた。

「驚かせてすみません」

苦笑しながらエヴァの前まで来ると、横に座ってもいいかと尋ねてきた。


「鉱山から戻ってこられたのですか?」

「ええ、辺境伯に鉱山で取れた鉱石も見せてもらいましたよ。質の良い鉱石が取れるのですね」

「国内でこの領地でしか取れない鉱石がいくつかあると聞いています」

「ルーカスから聞きましたよ。元々はエヴァ嬢の母上がこの薔薇園を作ったそうですね」

「はい、母が設計して庭師と一緒に作ったと聞いています」


ルーカスがこの薔薇園のことを報告しているのならば、エヴァの母の出自のことも伝えてあるに違いない。

目を細めて薔薇園を見回しているレイモンドに、今なら聞けるかもしれない、とエヴァは思った。


「レイモンド殿()()は、この薔薇園をお気に召しましたか?」

横でレイモンドが目を丸くしてエヴァを見返したのがわかった。

(その驚いた表情、ルーカス様とそっくりだわ)

内心穏やかではなかったが不安な素振りを見せずにエヴァがレイモンドの赤い瞳を見返すと、クククと面白そうに笑い出した。


「ええ、素敵な薔薇園ですね。ところで、エヴァ嬢はどうして()()思ったのでしょうか?」

これはきっと肯定してるんだろう。

「レイモンド様が下げている剣の剣帯が、ダキア皇国第一皇子の紋章だったからです」

「はぁーなるほど、そこですか。森で会った時から気づいたのですか?」

「もしかしてとは思っていましたので、今朝ダキア皇国の歴史書を読み返しました。貴族図鑑を調べると、コーキノス子爵家は元々王家御用達の生業をしている一族と書いてありましたが、レイモンド様のお名前は載っていませんでした。その代わり王家の方にお名前が。それに、御用達なら皇太子に家名を貸すこともあるかと思ったのです」

未だ笑いが収まらないようで、クスクスと笑い続けているレイモンドへ尋ねる。

「どうして皇太子と名乗らず、子爵として入国されたのですか?子爵の身分で突き通すなら、剣帯も変えるべきではなかったのかと」

皇太子が訳あって身分を隠すことは理解できるが、詰めが甘い。目の前の人物は抜け目ない人だ。抜けを作っているのには何か理由があるはず。

不敬な質問だとはわかっているが、気になって尋ねてしまった。


「色々あってね。一つは誰か気づくかな?って試していたんだ」

笑いながらレイモンドの口調が砕けたものへ変わる。エヴァに隠すつもりはないのだろう。

思わず、唖然として目の前で悪戯な笑みを浮かべる隣国の第一皇子を見つめた。

(試す?)

「エヴァちゃんだけだよ。今のところ気づいたのは。このまま内緒ね」

「このまま子爵として王都へ入るのですか?」

「うん、そのつもり。まだ今のティフリス王には会ったことがないからね。気付くかな」

……と言うことは我が国の王も試されるということ。見破れなかったら……と考えるだけで頭が痛い。


エヴァは思わずこの国の行く末を憂いてしまう。今の王が賢王であることを祈った。


レイモンドは機嫌が良さそうな笑みを浮かべたまま、考え込んだエヴァを眺めている。

「他に何か聞きたいことがありそうだね。答えられる範囲のことは答えるよ」

「ありがとうございます。ルーカス様も……皇子なのですか?」

「ふふふ、なんでそこは疑問系なの?」

これも肯定と捉えていいのだろう。

「歴史書に載っていたのは、レイモンド第一皇子の紋章だけで、ルーカス様の剣帯の紋章は載っていませんでした。でも、お二人の剣帯に施された紋章にはカラスが描かれています。この図案はレイモンド様と同じ皇室の方しか使用できないはず。それに、とてもお顔立ちが似ていらっしゃるのでご兄弟かと勝手に推測してしまいました」

「うん、百点。エヴァちゃんはダキア皇国の代々の王はどんな種族か知ってる?」

「はい、吸血鬼と聞いております」

「その通り。吸血鬼は寿命がすごく長いの。人間の倍以上だよ。これでも、僕は100歳を越えているからね。でも、ルーカスは最近生まれたの。だからエヴァちゃんが持っている歴史書や貴族名鑑が古いものだったら、まだ彼の紋章の説明が書かれていなくても説明がつくよ」

生まれたばっかりのかわいい弟なんだ、とレイモンドは目尻を下げた。

最近生まれた?

どう見てもルーカスはエヴァより年上に見える。

100歳を越えているレイモンドとは時間の感覚が違うのだろうと納得する。


「両親はレイモンド様の本来のご身分を存じておりましたか?」

「うん、知っていたよ。エリザベスも貴族だからね」

「そうでしたか……レイモンド様と母はダキア皇国でもお会いしたことがあったのですか?」

「エリザベスが小さい頃から知っていたよ。綺麗な子だったよ。クラウスと恋に落ちて結婚したって言うから、前回は偵察がわりにここにお忍びで遊びに来たんだよ」

悪戯っぽい笑みを浮かべながら話し始めたレイモンドを唖然として見つめる。

「お母様のことを小さい頃からご存じなのですか?」

「エリザベスの母君と僕の母が仲が良かったんだ」

「お母様のお母様……」

「そう、君のおばあさま。エヴァちゃんは会いたい?」

昨日もルーカスに聞かれた。

その時はわからないと答えたけれど……。

「お父様との結婚の際にお母様を勘当したのですよね。今更その娘が会いに行っても喜ばれないと思います。ただ気になるのは……お母様が亡くなったことはご存じなんでしょうか」

「どうだろうか。知っているかもしれないね」


お母様が亡くなっていることを知っているのであれば、悲しんでいるのだろうか。お墓参りに来たいと思っているのだろうか。気になることは気になる。でも、変に期待をして裏切られるのは怖い。親族に裏切られるのは、叔父一家だけでもう十分だという思いの方がエヴァには強かった。


二人の間を薔薇の香りを乗せた柔らかい風が通り抜ける。

まるで母がエヴァを包み込んでくれたような気がした。


ふと気づいた疑問をエヴァはレイモンドに尋ねてみることにした。


「もしかして……殿下はティフリス王国の閉鎖的な考えをご存じでいらっしゃるから、子爵として動かれるのですか?」

レイモンドの悪戯めいた表情を見て、考えが正しかったのだと悟った。

「ティフリス王国の国民が持つ、吸血鬼への心象ってどんなものかエヴァちゃん知ってる?」

もちろん分かっている。事実、エヴァの髪色と目の色が違うだけで異質なものとして区別されているのだ。

自分達と全く違う祖先をもつ種族なんて受け入れられない人が多いだろう。この国は純血の人間を良しとするから。

だからか、隣に位置する大国であり、輸出入で付き合いのあるダキア皇国と積極的に付き合おうとする国民は少ない。


「そうですね……吸血鬼に対しては、人の血を啜って生きる魔物……という物語を信じた認識を持っていると思います」

そう言いながらも、昨夜ルーカスに血を吸われたことを思い出す。

「かなり昔ではあるけどね、皇子の立場で王都へ行った時に吸血鬼と言うだけで必要以上に怖がられて散々な思いをしたよ。今回は動きやすいように吸血鬼ってことを内緒にしておきたいんだ」


「承知しました。……あの、レイモンド様、最後に一つ不躾なことを伺ってもいいですか?」

「いいよ、何が知りたいのかな?」

「レイモンド様とルーカス様は……血を飲まなくても平気ですか?」

「ふふふ。確かに僕たちは血を飲むことはあるよ。でも、基本的に食事で栄養を賄えるから必要ないとも言えるんだ。数百年前の先祖は日常的に食事として血を飲んでいたけれど、吸血鬼の体も時代と共に変化して、血を飲む必要はなくなった。それに誰彼かまわずなんてどんな病気を持っているかわからないから、こちらも怖くてできないしね。ただ、体調が悪い時や怪我をした時は、血を飲むことで体調が回復するんだよ。その時は夫婦だったり恋人のを飲むことが多いかな」

「そう……なんですね」

昨日のはただ単に薔薇の棘がないか見てくれただけだったんだ。


「あと、薔薇の花の生気を吸収すると調子がよくなるんだ」

「だから、ダキア皇国では皇族に忠誠を誓う貴族の家には必ず薔薇園があるのですね」

「そういうこと」

「この薔薇園は皇族の方が訪れた時のために母が作ったのでしょうか?」

「どうかな。ああ、そうそう、エリザベスの一族は薔薇を育てるのが得意なんだよ」


──薔薇を育てるのが得意。

母は実家でも薔薇を育てていたのだろうか。



「疲れが取れたところで、ルーカスに怒られるから仕事に戻るね」

レイモンドがにっこり笑って立ち去る姿が見えなくなるまでエヴァは最上のカーテシーで敬意を示した。



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